学位論文要旨



No 217129
著者(漢字) 山登,庸次
著者(英字)
著者(カナ) ヤマト,ヨウジ
標題(和) ユーザ状況適応型サービス実現のためのサービス合成、検索技術の研究開発
標題(洋)
報告番号 217129
報告番号 乙17129
学位授与日 2009.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17129号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,哲雄
 東京大学 教授 山口,和紀
 東京大学 教授 山口,泰
 東京大学 准教授 増原,英彦
 東京大学 准教授 中尾,彰宏
内容要旨 要旨を表示する

【研究背景】

近年のIT技術の進歩に伴い,PCだけでなく,様々な機器がネットワークにつながる,ユビキタス環境が実現しつつある.ユビキタス環境では様々な機器がネットワークに遍在し,従来は取得が難しかった実世界の状況(コンテキスト)取得が可能になってきている.

また,近年の別の潮流として,ビジネス動向,ユーザニーズが目まぐるしく変化することに伴い,サービスの変更を容易にするための,サービスのコンポーネント化技術が進展している.コンポーネントを組み合わせ,サービスを構成する概念として,Webサービスを用いたSOA,通信キャリアのSDP,インターネットのWeb2.0などが普及している.

ユビキタス環境では,ユーザ状況に適切なサービス(状況適応型サービス)提供が期待されているが,ユーザニーズは,位置,プレゼンスなどの実世界の状況に応じて動的に変化するため,従来の様にサービス提供者が予めサービスを作り込むことは困難である.そのため,ユーザに適切なサービスを提供するには,コンテキスト取得技術と,コンポーネント技術を利用し,実世界の状況に応じて,コンポーネントを組み合わせてユーザが所望するサービスを提供するアプローチが有力と考える.

これらの背景を踏まえ,本論文は,ユーザに適切なサービス提供のため,ユーザ状況に応じて動的にサービスコンポーネントを発見,選択し,合成するアプローチを提案し,そのためのキー技術となる,サービス合成,検索技術の研究開発を行う.

サービス合成技術に関しては,Semantic Webを用いた意味的シナリオにより,ユーザに適切なコンポーネントを選択し,インタフェースを解決する方法を提案し,シナリオ記述性の評価,実装による性能評価,シナリオ生成手法の評価,関連研究との比較を行う.更に,実装したサービス合成システムの適用領域を整理し,実際に適用したアプリケーションを実現し,実証実験などを通して,開発効率,変更容易性の有効性を示す.

サービス検索技術に関しては,コンポーネントの大規模化を想定して,意味ベクトルとCANを応用した,P2P技術による効率的かつ柔軟な検索方法を提案し,シミュレーション実験による評価,関連研究との比較を行う.

【ユーザ状況適応型サービス提供の要求条件と課題】

ユビキタス環境で,ユーザ状況適応型サービスを提供するための要求条件として,以下の4つが上げられる.

要求条件(1):未知の多様なコンポーネントを利用可能

ユビキタス環境では,ユーザの移動等に応じて利用可能なコンポーネントが変更されるため,コンポーネントの形式やインタフェースを予めサービス開発者が既知であることは困難である.そのため,未知の多様なコンポーネントを,実行時に利用可能であることが要求される.

要求条件(2):ユーザに適したコンポーネントを選択し構成

ユーザにカスタマイズした連携サービス提供には,ユーザに適切なコンポーネントを連携する必要がある.そのため,個々のユーザポリシに応じた選択が要求される.

要求条件(3):実行時の状況変化に応じてサービス再構成可能

連携サービス実行中にも,ユーザ状況は変化するため,長時間処理のサービスの場合は,ユーザ状況変化に応じてサービスを適応変化させ再構成することが要求される.

要求条件(4):コンポーネント数が膨大になった際にストレス無く利用可能

ユビキタス環境で,膨大なコンポーネントが存在する際も,ストレス無く連携サービスが提供できる必要がある.そのため,コンポーネント検索の大規模環境対応が要求される.

これらの4つの要求条件を満たすには,既存技術では困難がある.例えば,Webサービスを連携する仕様として有力なBPELは,個々のWebサービスのインタフェースを厳密に記述する必要があり,ユーザ状況に応じてWebサービスを切換えることは出来ない.

要求条件を満たすために,解決しなければならない4つの課題を示す.

課題(1):未知の多様なコンポーネントを利用可能にするインタフェース解決

ユーザ状況に応じたサービス連携のため,未知の多様なコンポーネントを,サービス実行時に発見し,インタフェースを解決して利用するインタフェース解決技術が必要である.

課題(2):ユーザに適切なコンポーネントを選択するサービス選択

複数の候補コンポーネントから,ユーザポリシ,ユーザコンテキストに適切なコンポーネントを選択し,連携サービスに利用するため,サービス選択技術が必要である.

課題(3):ユーザ状況変化に応じたサービス切換

ユーザの状況変化に応じて,連携サービスの状態を保ったまま,コンポーネントをより適切なコンポーネントに切換え,サービスを再構成する,サービス切換技術が必要である.

課題(4):大規模環境での負荷分散かつ柔軟な検索

コンポーネント数が膨大になった際も,ストレス無く検索できるため,負荷分散し効率的,かつ,ユーザ要望に適したコンポーネントを柔軟に検索できる検索技術が必要である.

【サービス合成方法の研究要旨】

サービス合成方法の研究では,課題(1)(2)(3)の,未知の多様なコンポーネントを利用可能にするインタフェース解決,ユーザに適切なコンポーネントを選択するサービス選択,ユーザ状況変化に応じたサービス切換を解決するための,サービス合成技術の提案を行う.

既存技術であるBPELは,インタフェース定義を厳密に記述するため,実行時の動的な選択は無かった.そこで,本研究では,ST(Service Template)と呼ぶサービスシナリオを,Semantic Web技術のOWL-Sメタデータを用いて意味的に記述し,メタデータを付与され公開されているコンポーネント(SE:Service Element)を実行時に検索し,ユーザに合わせて選択,実行するアプローチを取る.

課題(1)を解決するインタフェース解決技術を検討する.メタデータ管理DBに登録されたメタデータ間の同値,継承関係をOWLリンクを用いて辿ることで,インタフェースの名称や型は異なるが同等機能を持つSEを発見し,発見したSEを実行する際は,OWL-S Groundingを用いて,実際のインタフェースに変換して実行する.これにより,インタフェースは異なっても同等機能を持つSEを利用可能とし,1つのSTで数多くのSEに対応できる.これにより,従来技術と比べて,コンポーネント利用可能数を向上できる.

課題(2)を解決するコンテキストアウェアサービス選択技術を検討する.発見された候補SE群を,ユーザコンテキスト,ユーザポリシ,SEプロファイルの組で点数付けを行い,点数を元にユーザに適したSEを選択する.これにより,BPELのswitch文のように様々なパターンを予め記載する必要がなく,多様なサービスを実現できる.

課題(3)を解決するサービス切換技術を検討する.ユーザ状況変化に適応するため,点数付け機能を周期的に動作させ,より現在の状況に適切なSEが見つかった際に,他のSEやパラメータなどは保持したまま,そのSEに切換えを行う.これにより,長期間のサービス実行中の,ユーザ状況変化に応じてサービスを再構成することが出来る.

サービス合成の評価として,ST記述の効率性の検討を行い,BPEL,TaskComputing等に比べて効率的であることを示す.また,提案のサービス合成技術を実装し,性能評価により,市中BPEL製品と比べて十分な処理時間であることを示す.さらに,サービス合成システムを用いた,ショッピング支援サービスの実証実験を通じて,実サービスに有効であることを示す.

【サービス検索方法の研究要旨】

サービス検索方法の研究では,課題(4)の大規模環境での検索を解決するための,新たなP2P技術の提案,評価を行う.コンポーネント数が大規模になった際に,集中レジストリでは,サービス検索の処理集中の観点で課題がある.そこで,P2P技術を用いて負荷分散しかつ適切なコンポーネントを効率的に検索するアプローチをとる.

Gnutella,Winny等のP2P検索技術では,低適合率,過剰なトラフィック,悪質なコンテンツが問題であった.また,chord,CANは,柔軟な検索が出来ない問題があった。そこで,本研究では,意味的に近いコンポーネントのインデックスを管理するピアにのみ,クエリを効率的に転送し(複数回転送を遮断し),悪質なコンテンツを発見しない,P2P検索を行うため,可変長意味ベクトルとCANトポロジを応用した方法を提案する.

具体的には,コンポーネントを語彙体系に基づいた可変長意味ベクトルで表し,意味ベクトルをユーザ評価により学習し,その意味ベクトルをCANトポロジを利用して管理する.検索時は,N次元CANトポロジで管理された,N次元意味ベクトル空間上で,ユーザが欲するコンポーネントと意味的に近いコンポーネントのインデックスが管理されているピアにのみ,クエリをフラッディングすることで,トラフィックを抑えて,効率的に検索することが出来る.発見されたコンポーネントのユーザ評価を反映させ,意味ベクトルの長さ,方向をアップデートすることで,適切な意味ベクトルが自動で抽出される.

シミュレーション実験では,21次元の場合で,Gnutella型のナイーブな検索に比較して,検索トラフィックは1/3に抑えながら,再現率は140倍,適合率は1.4-1.6倍の値を示し,有効性を示している.関連研究であるpSearchは,悪質なコンポーネントが多い際は,適合率が悪化するが,提案方式は悪質コンコンポーネントがあっても高適合率を実現できる.

【まとめ】

本論文では,ユーザ状況適応型サービスを提供するため,ユーザ状況に応じて動的にサービスコンポーネントを発見,選択し,合成するアプローチを提案し,そのためのサービス合成,検索技術を研究開発した.提案方式を,実装,実証実験,シミュレーションを通じて有効性を示した.

審査要旨 要旨を表示する

商品の購入や旅行の手配などに広く使われるようになったWebサービスは,サービス指向アーキテクチャ(SOA)と呼ばれるWebサービス技術をベースとして開発されることが主流となりつつある.この枠組みでは,部品化されたサービスを多様なベンダがネットワーク上に提供し,それを組み合わせ統合することで,新たなビジネスにつながるシステムの構築を可能とする.そこで重要となるのは,必要なサービス部品をどのように検索し,検索した部品をどう組み合わせるかである.そのためサービスの検索と連携にさまざまな標準が提案され,それに沿った製品が開発されている.

このようなサービスを選び連携させたシステムを記述するのに,標準的に使われている言語仕様にBPEL(Web Service Business Process Execution Language)がある.また,インターネット上に散在するWeb情報資源を知的に検索する手法として,Semantic Webが提案されており,それをWebサービスに応用する試みもいくつかなされている.しかし,これら既存の技術やツールを使っても,ユーザの状況に適応した柔軟なシステムの構築は困難である.第一にサービス部品は常に追加・変更され,またユーザの移動に応じて使用可能なものも変化するが,それに適応するような記述ができない.第二に,機能的に同等なサービスは一般に多く存在するが,そのどれを選ぶかはユーザの嗜好やポリシーによる.しかしそのような選好を柔軟に記述できない.第三に連携サービスを実行中でもユーザの状況は刻々と変化するが,実行中のサービスを継続しながら必要な適応変化を実現することが難しい.

この論文では,現状技術のもつこのような制約を打破し,真にユーザに適合したWebサービス・システムを構築するための方法を提案した上で,実際にそれをソフトウェアとして実現し,さらに実証的な実験を行って評価した結果が報告されている.

本論文は6章で構成されている.

第1章では上に述べたような研究背景と目的,その目的達成のために克服すべき課題が説明される.続く第2章では,現在の技術動向がサーベイされ,既存の技術でどこまでが可能であり何が問題であるかが詳細に検討される.そこではユーザ状況への適応の問題だけでなく,サービス検索の性能上のネックという技術的な課題も検討される.

第3章は,本研究の主要な成果の一つである,ユーザに応じたサービス部品を選択するための柔軟な要求記述方法,それに応じたサービス選択方法,さらにそれを組み合わせ実行時に切替えを可能とするサービス合成方法,が提案される.そのために用意される構成要素はサービスシナリオという記述性の高い記述単位と,それに関連づけられるサービス部品である.メタデータを利用することで意味的な解釈に基づいて部品を選択するとともに,ユーザに応じたサービスの切替えを可能とする.そしてサービス合成エンジンを実装し,その記述力や実行性能を具体的に評価している.すなわち,単に手法を提案するだけでなく,実用的に動作するシステムを実現した上でその定量的評価をきちんと行っていることが,この研究の大きな特徴である.

第4章では,サービス合成システムを実践の場に持ち出して,より実際的な評価を行っている.その一つは買い物支援サービスである.青森県のショッピングセンターを舞台として,ユーザの現在位置,属性,時間,などに応じ,タイムセール,新品入荷,推薦商品などを提供する.二つ目として,TV電話へのWebコマーシャル提供サービスという異種ドメインを結合した実験が報告されている.三つ目として,出張サポート・サービスを題材とし,家庭環境と会社環境で同じサービスが異なった方法で提供される事例を述べている.このような実証実験は論文提出者が属する産業界という環境を活かして初めて実現できるもので,この研究の独自性と意義を高めるものと評価できる.

第5章では,このようなWebサービスが大規模ネットワーク環境で提供されることが想定される近い将来にそなえ,負荷分散により効率を高めるP2P技術の提案と評価が行われている.その方法は,サービスを表現する語彙空間内で独自の学習手法を備えた検索を実現して精度向上を図るもので,シミュレーション評価もきちんとなされており,実際的な意味とともに学術的にも優れたものと認められる.

最後に第6章で,全体のまとめと今後の課題が述べられている.

このように,本研究はWebサービスという優れて現代的な対象を扱いながら,きわめて精緻な手法の提案,実装と評価を正統的な方法で成し遂げたものとして,大きな学術的貢献があると認められる.

よって,本論文は博士(学術)の学位論文として相応しいものであると審査委員会は認め,合格と判定する.

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