No | 217130 | |
著者(漢字) | 岡野,健太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オカノ,ケンタロウ | |
標題(和) | ヨウ化銅を用いる芳香族アミノ化反応を基盤とした(+)-ヤタケマイシンの不斉全合成 | |
標題(洋) | Enantioselective Total Synthesis of (+)-Yatakemycin Based on Cul-Mediated Aryl Amination | |
報告番号 | 217130 | |
報告番号 | 乙17130 | |
学位授与日 | 2009.03.11 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 第17130号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景・目的】アリール炭素-窒素結合は医薬品や重要な生理活性を示す天然物に多く含まれているため、古くからその構築法の開発が行われてきた。芳香族ハロゲン化物のアミノ化反応もその一つとして挙げられるが、古典的なUllmann-Goldberg反応1では一般的に高温、無溶媒といった過酷な反応条件を必要とするため適用範囲が限られていた。近年、BuchwaldやHartwigによりパラジウム触媒を用いる穏和な芳香族アミノ化反応が報告されている。2最近、安価な銅触媒が見直され、穏和な条件下で進行する芳香族アミノ化反応がBuchwaldやMaらにより報告されている。3一方、当研究室でも図に示すヨウ化銅と酢酸セシウムを組み合わせる分子内芳香族アミノ化反応4を独自に開発しており、これを用いてduocarmycin類の全合成を達成している。5本反応の特徴は、立体的に込み入った基質においても円滑に反応が進行する点であり、配位子を添加する必要がないことから実用性に優れている。 本博士論文では、本分子内アミノ化反応をこれまで困難であった分子間反応に展開し、(6a)触媒化に関する検討も行った。(6b)また、確立した方法論の有用性を示すことを目的として、放線菌から単離・構造決定された新規抗腫瘍性化合物(+)-yatakemycin(1)7の合成研究に着手した。 1に含まれる活性化されたシクロプロパン環を有する化合物群はDNAのアルキル化を作用機序としてマウス白血病細胞L1210に対して強力な抗腫瘍活性を示すため、精力的に合成研究が行われてきた。81は類縁化合物であるCC-1065、duocarmycin類の中で最強の活性(IC50=3-5 pM)を示し、Bogerらにより構造訂正を含む不斉全合成が達成されるなど、9注目を集めている化合物である。 【逆合成解析】最も不安定であると考えられるシクロプロパン環は、合成の最終段階で以下に示す分子内渡環反応10により構築することとした。また、2は下に示す左セグメント3、中央セグメント4、右セグメント5を別途合成し、収束的に縮合させることで合成可能であると考えた。 【左セグメント合成】文献既知のテトラヒドロイソキノリン6(11)に対して、塩化鉄存在下でのジブロモ化(12)を含む三工程でジヒドロイソキノリン7とした。さらに、7をヘミアミナール8へと変換した後、水素化ホウ素ナトリウムにより還元的に開環させることでアミノ化反応前駆体9を得た。9に対して加熱条件下アミノ化反応を行うことで、プロモインドリン10へと導いた。ベンジルアルコールの酸化とHorner-Wadsworth-Emmons反応により、デヒドロアミノ酸誘導体12とした後、もう一度アミノ化反応を行うことでジヒドロピロロインドール骨格を構築できた。ここからNs基をFmoc基へと変換し、ベンジルエステル14をチオールエステル15へと導いた。最後に、三塩化ホウ素を用いてFmocカーバメートの隣接基効果を利用した位置選択的な脱メチル化反応13を行い、左セグメント3の合成を完了した。 【中央セグメント合成】2,6-ジブロモヨードベンゼン誘導体165をヨウ素選択的にリチオ化した後、BF3・OEt2存在下で(S)-エピクロロヒドリン(17)に対する位置選択的開環反応を行い、14光学活性クロロヒドリン18を高収率で得た。続いて、アジド基の導入とStaudinger反応を経てアミノ化反応前駆体20を合成した。これを前述したアミノ化反応の条件に付して、テトラヒドロキノリン誘導体21とした。さらに、残されたブロモ基を足がかりとして溝呂木-Heck反応を行い、デヒドロアミノ酸部位を構築した。この変換ではリン配位子の適切な選択がきわめて重要であり、さまざまな配位子を検討した結果、2-di(t-butyl)phosphino-1,1'-biphenylが最も良い結果を与えた。ここから、インドール環構築に必要となるブロモ基を位置選択的に導入して24とし、再びアミノ化反応により中央セグメント4を合成した。 【右セグメント合成】本アミノ反応は右セグメント合成においても有用であった。イソバニリン(25)からフェノール性水酸基の保護、位置選択的ブロモ化、Horner-Wadsworth-Emmons反応によりアミノ化反応前駆体27を合成し、加熱条件下でアミノ化反応を行ったところ、Cbz基が脱保護されたインドール28を得た。最後に、メチルエステルを加水分解し、酸クロリドとして右セグメント5へと導いた。 【各セグメントの縮合と全合成の達成】以上のように合成した3つのセグメント(3-5)の縮合を行った。塩基性条件に不安定なチオールエステル部位を有する左セグメントは最後に縮合させることとした。まず、中央セグメント4と右セグメント5をピリジン存在下、カップリングさせて定量的に29を得た。続いて、水酸基の保護基をTBS基からメシル基へと変換し、さらにメチルエステルの加水分解とCbz基の脱保護を同時に行い、30を合成した。鍵となる三成分カップリング反応は、3をTBAFで処理して31としたのち、30を縮合剤とともに加えることで、再現性よく、ほぼ定量的に望みとする32を得られることがわかった。続いて、水素添加による脱ベンジル化を行ったが、対応する2は全く得られなかった。そこで、酸性条件下での脱保護を検討したところ、低温で三塩化ホウ素を作用させ、ルイス塩基性を持たないカチオン捕捉剤としてペンタメチルベンゼンを過剰量添加することで、2をサブグラムスケールにおいても再現性よく、良好な収率で得ることに成功した。最後に、Bogerらが報告している条件9bを用いて分子内渡環反応を行い、(+)-yatakemycin(1)の全合成を達成した。得られた1の旋光度を含む各種スペクトルデータは天然物と完全に一致した。 【結語】本博士論文では、当研究室で開発されたヨウ化銅と酢酸セシウムを組み合わせる分子内芳香族アミノ化反応をこれまで適用困難であった分子間反応へと展開し、触媒化に成功したことで、本アミノ化反応の一般性を確立できた。反応条件の最適化で得られた知見により、(+)-yatakemycin(1)に含まれる5つのアリール炭素-窒素結合全てを効率的に構築できた。また、(S)-エピクロロヒドリン(17)の位置選択的開環反応により、1に含まれるシクロプロパン部位の立体化学を完全に制御することが可能になった。さらに、改良合成において、アリールベンジルエーテルを官能基選択的に脱保護できる穏和な反応条件を開発した。(15)以上により1を通算収率16%、6から17工程にてサブグラムスケールで合成することに成功した。(16) | |
審査要旨 | アリール炭素-窒素結合は医薬品や重要な生理活性を示す天然物に多く含まれているため、古くからその構築法の開発が行われてきた。最近になって、銅触媒を用いる穏和な芳香族アミノ化反応が注目を集めており、当研究室でも右に示すヨウ化銅と酢酸セシウムを組み合わせる分子内芳香族アミノ化反応を独自に開発している。岡野は、本分子内反応をこれまで困難であった分子間反応に展開し、確立した方法論の有用性を示すことを目的として、抗腫瘍活性天然物(+)-yatakemycin(1)の合成研究を行った。 (+)-Yatakemycin(1)は2003年、富山県立大学の五十嵐らによって放線菌TP-A0356から単離された。1に含まれる活性化されたシクロプロパン環構造を有する化合物群は、核酸のアルキル化を作用機序とした強力な抗腫瘍活性を示すことが知られている。また、マウス白血病細胞L1210に対して、1は類縁化合物であるCC-1065、duocarmycin類をはるかに凌ぐ活性(IC50=3-5pM)を有することも報告されている。 まず岡野はyatakemycinを3つのセグメントに分け、左セグメントの合成を開始した。文献既知のテトラヒドロイソキノリン2から5工程で合成した3に対し、加熱条件下でアミノ化反応を行い、ブロモインドリンを得た。続いてデヒドロアミノ酸誘導体4とした後、もう一度アミノ化反応の条件に付すことでジヒドロピロロインドール5へと導いた。さらに、チオールエステルの構築と位置選択的脱メチル化を経て左セグメント6の合成を完了した。 中央セグメントの合成では、2,6-ジブロモヨードベンゼン誘導体7をヨウ素選択的にリチオ化した後、BF3・OEt2存在下で(S)-エピクロロヒドリン(8)に対する位置選択的開環反応を行った。得られたクロロヒドリンから窒素官能基の導入を含む3工程でノシルアミド9を合成した。これを前述したアミノ化反応の条件に付して、テトラヒドロキノリン誘導体10とした。さらに、溝呂木-Heck反応を含む3工程を経て11とし、再びアミノ化反応を行うことで中央セグメント12を合成した。 そして、右セグメントも本アミノ化反応を用いて合成した。即ち、イソバニリン(13)から3工程で合成されたアミノ化反応前駆体14に対して、加熱条件下、反応を行ったところ、Cbz基が除去されたインドール15を得た。次に、エステルの加水分解後酸クロリドとして右セグメント16へと導いた。 次に岡野は3つのセグメントの縮合を行った。塩基性条件で不安定なチオールエステル部位を有する左セグメントは最後に用いることとした。まず、中央セグメント12と右セグメント16を縮合させて17へ導いた後、2工程を経て18を合成した。鍵となる三成分カップリング反応は、6をTBAFで処理して19としたのち、18を縮合剤とともに加えることで、再現性よく、ほぼ定量的に望みの20を得られることがわかった。続いて、水素添加による脱ベンジル化を行ったが、対応する21は全く得られなかった。そこで、酸性条件下での脱保護を検討したところ、低温で三塩化ホウ素を作用させ、ルイス塩基性を持たないカチオン捕捉剤としてペンタメチルベンゼンを過剰量添加することで、21を良好な収率で得ることに成功した。最後に、Bogerらが報告している条件に従って分子内渡環反応を行い、(+)-yatakemycin(1)の全合成を達成した。 岡野は、ヨウ化銅と酢酸セシウムを組み合わせる分子内芳香族アミノ化反応を、これまで適用困難であった分子間反応へと展開し、触媒化に成功したことで、本アミノ化反応の一般性を確立した。また、本反応を用いて、1に含まれる5つのアリール炭素-窒素結合を効率的に構築した。さらに、アリールベンジルエーテルを官能基選択的に脱保護できる穏和な反応条件を開発した。以上により1を通算収率16%、2から17工程にて効率よく合成することに成功した。本合成戦略は1に限らず、その他の含窒素環状構造を有する化合物群にも広く応用可能であると考えられ、薬学研究に寄与するところ大である。よって、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。 | |
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