学位論文要旨



No 217132
著者(漢字) 今井,龍一
著者(英字)
著者(カナ) イマイ,リュウイチ
標題(和) 業務分析及び課題発見の支援方法に関する研究
標題(洋) A Study on Supporting Method of Business Analysis and Problem Discovery
報告番号 217132
報告番号 乙17132
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17132号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 准教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

業務分析とは、現状の業務プロセスを明らかにして課題を発見し、改善策を講じた業務プロセスモデルを組み立てることである。業務プロセスモデルは、組織の"経験知"を可視化したものであり、業務改善を検討していく以外でも大変有益な資料となる。このようなことから、社会環境の変化に柔軟で迅速に対応し、事業の執行の効率化、コスト縮減やサービス向上などを実現するため、さまざまな組織で業務分析が取り組まれている。

これまでは、組織の部課局ごとや専門分野ごとの個別で業務分析が実施されることが多かった。また、業務プロセスのどこに問題や原因があるのかが混沌とし、関係者間の共通認識が少ないことが懸念されていた。近年は、組織全体や分野横断などの全体を捉えた業務分析の必要性が認識され、Enterprise Architectureなどの方法による業務分析が取り組まれるようになってきた。関連して、昨今、大規模災害などの不測の事態に対応する業務継続計画(BCP:Business Continuity Plan)の整備が注目されている。また、金融商品取引法(日本版SOX法)の改定を受けて、民間企業では内部統制の強化が急務である。これらの取り組みでも業務分析の実施が必須であり、組織の運営で不可欠な活動となっている。しかし、現在の業務分析の作業には、大別して2つの課題が潜在している。

まず1つめの課題は、業務分析の作業そのものの支援策が少ないことである。業務分析の一連の作業は、業務分析者が分析対象に係わる実務者にヒアリング調査しながら進めることが多く、業務分析者に作業が集中している。この回避策として、複数人で作業を分担して進めることが考えられるが、業務プロセスモデルの粒度やモデルで表現している記号の意味が異なったり、表記ゆれが発生したりするなど、モデルの品質を確保するのが難しい。表記ゆれの課題以外は、関係者間で共通認識を持ってモデル化に着手すると概ね回避できることが見込まれる。モデルに表記ゆれがあると、課題分析にて重複した作業やデータの抽出が困難など非常に大きな問題を生む。この解決策としては、モデル上で用いられる用語を収録したデータ辞書の作成があるが、大変な手間・労力が伴うことから、実際の業務分析では作成されないことが多くある。

一方、業務プロセスモデルにはデータ辞書が無くても検出できる単純な表記ゆれが多く発生する。このような表記ゆれを排除するだけでも品質確保に大きく寄与する。データ辞書の利用以外に、現実的・有効な手段として表記ゆれを検出できる方法、かつモデル化しながら利用できる手間いらずの方法が非常に有効である。しかし、データ辞書を必要としない単純な表記ゆれを検出する具体的な支援策が提供されていない状況にある。このため、複数のモデルを統合・集約したり、既存のモデルを再利用したりする際に表記ゆれの検出・修正に手間がかかってしまう。

このような手間を回避するため、業務分析者は作業分担せずに一連の作業を担当している。この結果、業務プロセスモデルを作成した業務分析者以外がモデルを再利用することや、モデルを流通させることが困難になってしまう。

2つめの課題は、業務プロセスモデルを用いて課題を発見する方法が体系化されていないことである。業務分析の各作業のうち、現状の業務プロセスモデルを用いた課題の発見は、業務改善の目的を達成するのに極めて重要な作業である。一般的には、実務者へのヒアリング調査や業務分析者の経験則に基づいて課題を発見しており、業務分析者の技量に依存している側面がある。この解決策として、特殊なモデルを作成して課題を発見する方法が提供されている。しかし、業務分析で広く普及している表記方法ではないため、モデルの再利用性が確保されないことが懸念される。良き成果を得るには、熟練した業務分析者が従事する必要があるが、集中的に取り組むには費用が増大する。また、集中的に取り組まなくても典型的な課題を発見したり、課題の見落としを防ぐチェックリストを作成したりするなど、標準的な業務プロセスモデルを前提として課題発見を支援する方法は体系的にまとめられていない状況である。

業務プロセスモデルは、業務手順の形で組織の中に蓄積された経験知を明示的に表現したものに他ならず、モデルを構築して改善を行う方法は、合理性や合意形成の観点からも大変有効な方法である。共有化されたモデルを利用して継続的な改善を行えることなどを考えると、モデルを用いた改善を行う方法が普及しないことは大きな問題である。

本研究の目的は、業務プロセスモデルの作成作業の効率化、再利用性の向上および品質確保を実現するため、(1)業務分析支援ツールを開発すること、(2)課題発見の支援策を開発すること、(3)これらの支援策に基づいた業務分析の進め方を提案すること、(4)本研究で開発した支援策を国土交通省の河川・国道事務所を対象にした業務分析に適用して有効性を確認することとした。

(1)について、業務プロセスモデルの編集や統合作業で単純な表記ゆれを検出する支援策による作業の効率化やモデルの品質確保を実現するため、本研究では、業務分析支援ツールを開発した。同ツールには、作業負荷軽減の支援となる作業箱作成機能、モデル編集機能、モデル統合機能および入出力機能、品質確保の支援となる品質検査機能(表記ゆれ検出機能)および用語・類語辞書機能、さらに各表記法でモデル化可能な属性収集の支援となる詳細情報入力機能を具備する。

(2)について、課題発見の技法を体系化し、業務分析で広く普及している表記方法で作成された業務プロセスモデルから典型的な課題を発見する支援策による分析作業の効率化や分析成果の品質確保を実現するため、本研究では、課題発見を支援するため次の3種類の支援策を開発した。

・業務分析者の技量に依存することなく業務プロセスモデルから発見できる典型的な課題と、各課題を発見するために着眼する業務プロセスモデルの属性の組合せとを体系化してテンプレートとしてとりまとめた。課題発見のテンプレートの要約は、表1に示すとおりであり、各課題を発見するために業務プロセスモデルのどの属性に着眼すればよいかを指南する。また、各課題に対する改善策の手掛かりもまとめている。

・課題発見のテンプレートを用いることによって、業務プロセスモデルから典型的な課題が発見できる。しかし、業務分析は、目的によって業務プロセスモデルの捉え方や発見すべき課題の重要度が異なる。業務改善の(短期的な)目的の典型的な例と、目的ごとに発見すべき課題とを明らかにし、業務改善の(短期的な)目的に応じた発見すべき課題を絞り込んだシートを開発した。

・組織には、必ず(中長期的な)実現目標が定められており、実現目標を達成するために提供すべきサービスがある。この提供すべき各サービスと関連する現状の業務プロセスモデルとを対比させ、そのギャップを課題として発見する手順をまとめた。

(3)について、上述の(1)および(2)の研究成果に基づき、業務分析支援ツールと課題発見の支援策とを用いた業務分析手順を整理した。まず、経営層と業務分析者とで実現目標を設定し、組織が提供すべきサービス体系を整理する。サービス体系とは、分析対象の業務が受益者に提供すべきサービスを指す。組織には使命を果たすためにさまざまな目標が設定されており、これらの目標を設定するために必要なサービスを体系立てて整理する。次に、業務分析支援ツールを用いて実務者と業務分析者との協業により現状の業務プロセスモデルを作成する。業務分析者は、作成した現状の業務プロセスモデルと課題発見のテンプレートとを用いて課題を発見し、改善策を検討する。また、改善策を反映した業務プロセスモデルを設計し、実現にむけた整備計画を立案する。

(4)について、本研究で開発した支援策を国土交通省の河川・国道事務所を対象にした業務分析に適用し、有効性を確認した。得られた知見は次のとおりである。

・業務プロセスモデル構築の効率化

関係者(業務分析の専門家、分析対象の実務者)で業務分析の作業を分担することで、より広範囲の業務を対象に、より品質の高い均質な業務プロセスモデルを効率的に構築することを可能にした。作業を分担して構築した業務プロセスモデルを統合化するにあたり、表記ゆれの解決が効果的であることを示した。モデルの構築に利用した用語を登録し、辞書化する機能が本研究で開発した業務分析支援ツールには具備しており、業務プロセスモデルの再利用を容易にしている。

・課題発見のテンプレート化による分析支援

業務プロセスモデルの分析を通じて課題などを発見する作業をテンプレート化できることを示した。その結果、従前に比べてより経験の少ない専門家でも大きな見落としなどをすることなく、課題の発見や整理が可能になることが分かった。また、実務者が認識していない課題も発見することもできた。再利用に耐える均質性、透明性という意味で品質の高い業務モデルをより大規模に、かつ効率的に生産、分析・利用することを可能にした。

・業務プロセスモデルの再利用性の向上

本研究で論じたプロセスを通じて構築された業務プロセスモデルは、構築・利用された用語辞書なども添付・参照することで、構築に係わった専門家以外の人々が再利用することが可能になる。モデルを再利用することで、同種の組織でより効率的かつ大規模な業務分析を行える。異なる組織の業務モデルを比較するのが容易になる。また、業務分析のツールなどを開発するインセンティブが生じ、蓄積されたモデルを手軽に修正、分析できる環境が誕生する可能性がある。これにより、業務分析ツールなどの高度化、汎用化が期待できる。

以上の結論から、本研究の提案する業務プロセスモデルの作成作業の効率化、再利用性の向上および品質確保を実現する業務分析支援ツールおよび課題発見の支援策、これら支援策に基づいた業務分析の進め方の有効性を確認することができた。

以上

表1 課題発見のテンプレート(要約)

審査要旨 要旨を表示する

民間セクターから公共セクターまでさまざまな組織で業務改善は絶えず続けられており、組織活動の効率化や製品やサービスの品質向上に貢献している。業務改善のための分析の基礎として、業務がどのように進められているのかを詳細かつ体系的に記述した業務プロセスモデルが構築され、モデルを利用して業務上の課題の抽出や改善方策の検討がさまざまな観点から行われている。モデルは業務改善をはかるための組織内での共通資産と言ってもよい。

しかしながら業務プロセスモデルの構築や利用にあたっては、作業の効率性やモデルの再利用性などに課題が指摘されている。まず業務プロセスモデルは経験のあるコンサルタントによる聞き取り調査を中心に構築されるが、整合性のあるモデルを構築するために一人あるいはきわめて少数のコンサルタントにより聞き取り、資料整理からモデリングまでの一連の作業が実施されることが多い。そのため業務プロセスモデルをより多くの分野で利用できるようにするためには作業時間など効率性の点で改善の必要性が大きい。さらにモデルに含まれている個別の業務や作業、受け渡される情報の名前の付け方などに標準が無く、業務プロセスモデル作成者によりアドホックに命名されるため、作成者が異なれば同じ情報が異なる名称で記述されたり、同じ名称の業務ではあっても実は内容が異なったりすることが生じる。そのため、モデル作成者以外の人がモデルの内容を網羅的に検索したり、再利用したりする際には問題が生じる。モデルから業務改善点などを抽出する際にも一貫性のある分析を行うことが困難になり、モデルの高度利用が阻害されがちである。もし、業務プロセスモデルをネーミングなども含めて一貫性のある方法で構築することができれば、より多人数のコンサルタントが分担してモデルを構築でき,全体として作業効率の改善が可能になる。またモデル作成者以外の人々がモデルを連携させたり,再利用したりすることも容易になる。さらにモデルから改善点をより体系的・網羅的に抽出し、改善策をシミュレーションすることもより容易になり、体系的な方法論の開発や蓄積、流通につながると期待される。

本論文は、ネーミングなど一貫性のある業務プロセスモデルの構築を支援する方法論を提案し、その方法論に従ってモデリングを行う環境を開発した上で、業務プロセスモデルを共同で構築できることや、業務プロセスモデル分析による課題抽出過程を「テンプレート化」することでより体系的・網羅的な課題解決が可能になることを示したものである。

論文は7章からなっている。第1章は序論であり、研究の背景や目的を述べている。第2章は業務プロセスモデルに基づいた業務分析の課題について、手法や作業の実施などの観点から整理し、既存の研究をレビューしている。その結果、ネーミングなども含めた一貫性のあるモデル構築作業を支援することの重要性が指摘されている。第3章は一貫性のあるモデルを構築するための作業支援ツールの要件が整理され、それに基づいて開発されたツールの機能の概要や期待される効果が説明されている。第4章はこうしたツールにより作成された一貫性のあるモデルをテンプレートを適用して分析することで業務の改善課題をできるだけ体系的、網羅的に抽出・整理する方法論を開発している。第5章は課題抽出の方法論の適用手順を述べている。第6章はケーススタディであり、国土交通省の河川事務所、国道事務所を対象に実施した業務分析の結果を分析・評価している。その結果、モデリング作業の効率化、業務プロセスモデルにおける名称などの揺れの抑制、改善課題の抽出結果の品質向上などを図ることができたことが確認された。第7章は結論と今後の課題がまとめられている。

本論文は、従来の多くの業務プロセスモデルが注目していなかったネーミングなどの意味論的な側面からのモデルの一貫性維持が容易になるような作業環境を提供することが、作業の共同化が可能になることを通じてモデリング作業全体の効率化につながり、さらにモデルそのものの再利用性の向上やモデルの利用方法(課題の抽出支援など)の持続的な改善につながることに着目し、一貫性のより高いモデルの構築を支援する方法とその環境を開発し、実際の業務分析作業に適用してその効果を確認したものであり、建設マネジメント学に多大の貢献をしている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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