学位論文要旨



No 217134
著者(漢字) 佐藤,孝輔
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,コウスケ
標題(和) 個別分散空調システムのエネルギー性能評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 217134
報告番号 乙17134
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17134号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 特任教授 柳原,隆司
 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 准教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、近年、日本の業務用建築において飛躍的に普及してきた個別分散空調システムについて、その実態を明らかにし、当該システムの適正な設計及び運用を行うためのエネルギー性能評価手法について検討した。各章では、当該システムの普及状況、設計・性能評価の現状と課題、機器挙動及び室内温熱環境の実態、室内温熱環境への影響、エネルギー性能評価モデルの開発及び適用について論じてきた。

第1章では、日本全国の業務用建築に関する既往のデータベースを整理した結果、当該システムの普及は、竣工年が新しく、或いは小規模なものほどその度合いが大きいことを確認した。また、日本全国の建築ストックにおいて、当該システムを採用する業務用建築の比率は約3割を占め、今後とも比率は高まると予測した。このような状況において、膨大なストックについて、エネルギー性能の実態を把握し、適正な方向につなげるための性能評価手法を構築する必要があると結論づけた。

第2章では、個別分散空調システムの設計・性能評価の現状と課題について、既往の文献を整理した。その結果、近年、当該システムに関して多くの研究が行われるようになったが、現段階においては、適正な設計方法、運用方法、或いは性能評価手法に関する普遍的な基準が確立されていないことを明らかにした。本章では、今後に向けた課題として、「個別分散空調システムのより詳細な運用実態の把握」、「実建物での利用を想定した性能評価手法の構築」、「実態把握・性能評価を行うためのシミュレーションモデルの構築」が必要であると結論づけた。

第3章では、稼働中の事務所建物における個別分散空調システムの運転実態に関する詳細調査を行った。調査では、5つの事務所ビルに対して、室内機単位の機器挙動データ及び室内温熱環境を計測・分析した。調査分析結果を以下に概説する。

・室内機の挙動

・実運転では非常に低い負荷率で運転されている。

・同一の空調空間内にある複数の室内機の挙動は機器毎に異なる。また、ある室内機の挙動が、隣接するエリアの室内機の挙動に影響する。

・冷房時に、過剰に潜熱処理する状況が見受けられる

・サーモオフしている時間が非常に長い

・室内温熱環境

・同一の空調空間内にある複数の室内機の設定温度が同じ状況では、室内機系統毎の温度分布は小さく、この傾向は、ダクト型及びカセット型に共通している。

・設定温度と達成温度の差は、システム及び運用上の不具合がない状況では小さい。

・設定温度の変更行為

・設定温度の変更行為は全ての期間に共通して頻繁に行われている。エネルギー性能評価の視点では、1日あたりの設定温度の変更回数と空調システム電力消費量に正の相関があることを示した。一方、このような頻繁な設定温度の変更行為は、変更行為が行われている系統において、要求温度が達成されていないことを示唆している。

以上のような調査結果に対して、本章では、エネルギー性能及び室内環境性能の低下に関する個別分散空調システムの挙動と要因、及びその適正化の方向性について考察した。その結果、「機器選定の適正化」「機器単体の制御からシステム全体の制御への思想転換」「評価・分析ツールの整備」が必要であると結論づけた。

次に、本研究で用いた計測・分析手法の汎用化を試みた。機器挙動の計測は、空調システムの制御に用いている内部情報を活用することで、比較的簡易に行える可能性があることを示した。また、本研究で用いた分析手法をより汎用化する視点で運転データの可視化手法を提案した。さらに、本研究で使用した分析手法を、当該システムを採用する他の建物のエネルギー及び室内温熱環境の管理で用いるための評価指標としてまとめた。

第4章では、個別分散空調方式の設計及び機器の制御状態が室内温熱環境に与える影響について、CFDを用いて解析した。CFDの解析モデルの構築にあたり、天井カセット型室内機の吹出気流特性について、詳細実測を行った。実測結果を再現した等温CFDモデル解析を行った結果、気流特性については、実測値と計算値は、決定係数0.78の相関があることを確認した。次に、実建物における運用状態及び制御状態を想定し、異なる条件の空間が結合した場合の冷房時非等温CFD解析を行った。解析の結果、得られた知見を以下に示す。

・設定温度の変更による隣室空間への影響は定常計算においては小さい。

・部分負荷時に一部の室内機がサーモオフ或いは停止することにより、机の下の床面付近など局所的な気流の滞留が確認できるが、居住域における影響は大きくない。

・室内機1台あたりの受持ちエリアを大きくした場合には、一箇所あたりの風速及び風量の増加と什器の影響を受け、空気分布指標ADPI値が低下する。

上記のように、居住域の温度分布の視点では、条件の違いによる影響はあまり大きくないことを確認した。一方、いずれのケースにおいても、運転している室内機の吹出噴流領域の気流及び噴流領域以外との温度差が大きいことを確認している。特に、受持エリアを大きくした場合にはこの影響が大きいことを確認した。

第5章では、個別分散空調システムのエネルギー性能を定量的に評価するための、シミュレーションモデルの開発を行った。モデル開発に当たり、第3章の調査結果をふまえ、当該システムの特徴及び要件をライフサイクルエネルギー性能評価の視点から整理した。第1に、1台の室外機と複数の室内機から構成される当該システムは、冷凍サイクルの視点ではシステム一体としてとらえる必要があり、多様なシステムのモデル化を効率化するためには構成機器単位でとらえることが求められる。第2に、多種多様な外気処理方法に対応することが必要とされる。

環境試験室を用いた実測実験の計測値を用いてモデルの検証を行った結果、実測結果と試算結果は概ね相関関係にあることを確認した。また、稼働中の建物における運転データを用いてモデルの検証を行った結果、室外機の電力消費量は、夏期及び中間期の冷房運転では若干誤差はあるものの、計算モデルが実測値を再現していることを確認した。

第6章では、開発したモデルを用いて、企画設計段階から運用段階まで一貫したエネルギー性能評価を行うための適用方法について検討した。得られた知見を以下に示す。

・室外機の電力消費量は、定格効率、部分負荷効率及び負荷率で決定する。

・室内機と室外機の組合せにより、空調システム全体の電力消費量は異なる。特に、外気負荷の有無で、室外機系統を区分することが、省ネエルギーの視点から有効である。

・冷媒配管長及び室内外機の高低差は、空調システム電力消費量に影響を及ぼす。また、室外機の給排気がショートサーキットした場合のエネルギーロスは非常に大きい。

・同じ冷暖房能力の室内機でも、選定する種類によって搬送動力が異なる。また、部分負荷運転になる中間期には空調システム電力消費量に占める搬送動力の比率が大きくなる。

・部分負荷運転時に一部の室内機を停止したり、或いは、サーモオフ時に室内機ファンを停止することによる搬送動力の削減効果が大きい。

・室内機の冷房時蒸発温度を負荷に応じて可変させることにより、空調システム電力消費量が削減される。一方、蒸発温度の設定は潜熱処理量にも影響を及ぼし、達成される室相対湿度も変動することを確認した。

さらに、個別分散空調システムのエネルギー性能の適正化に向けた今後のシナリオを以下のように設定しその効果を試算した。

【現状において適用可能な項目】

STEP1:過去の実績値等から、実負荷を想定した期間負荷計算を行い。当該結果に基づき機器容量を選定する。

STEP2:費用対効果を検討し、定格効率及び部分負荷効率が高い室外機を採用する。

STEP3:室内機の負荷特性にあわせた室外機の組み合わせを検討する。本章では、事前の検討で効果が確認された「外気負荷の有無」で室外機を分ける方式を採用する。当該組み合わせて機器容量を再設定する。

STEP4:冷媒配管による搬送ロス、熱ロスの最小化のため、室外機は各階設置とする。

STEP5:室外機の設置環境は、設計段階から風通しの良い場所への設置を検討し、施工段階でも確実な設置を行う。

【将来的に適用が期待される項目】

STEP6:サーモオフ時に室内機ファンを停止することができるシステムを採用する。

STEP7:STEP2よりも、効率が高い室外機を採用する。

STEP8:冷房時に、負荷に応じて蒸発温度を変更することができる室内機を採用する。

試算の結果、適正化のシナリオを遂行することによって、何も対策しなかった場合と比較して、現状で適用可能な項目だけを採用した場合でも約40%、さらに今後の機器性能の向上や制御システムの改良により約60%の省エネルギー効果が期待できることを示した。

最後に、本研究の成果をまとめる。

(1)個別分散空調システムの普及状況を整理した。

(2)これまで十分な情報がなかった個別分散空調システムの運転実態を詳細調査・分析を通して明らかにした。

(3)建物のライフサイクルを通して当該システムのエネルギー管理を適正に行うためのエネルギー性能評価モデルを開発した。

(3)実態調査で明らかになった不具合の要因と機器挙動との関係を整理すると共に、適正化の方策及びシナリオを示し、改善による効果を定量的に評価した。

(4)上記の検討を通して、開発したモデルの実用性を確認した。

これらの成果が、個別分散空調システムを採用する建物のライフサイクルエネルギー性能評価の一助になることを期待している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近年、日本の業務用建築において飛躍的に普及してきた個別分散空調システムのエネルギー性能評価について論じたものである。本論分では、個別分散空調システムの使用実態を明らかにし、当該システムの適正な設計及び運用を行うために、主として、そのエネルギー性能評価手法について論述している。

空調工学の学問分野や業界においては、個別分散空調システムは、中央方式の空調システムと比較して、経済性や空調ゾーンに対する柔軟性の点で優位であると見なされてきた。しかし、一方では、湿度や空気質のコントロールの点では問題があるとも言われてきた。また、エネルギー性能の点では、搬送動力分が省エネルギーになるという見解もあるが、システムの全体的なエネルギー性能や形成された室内環境まで含めた性能になると、個別分散システムが優位であるとは言い切れない。この原因は、コスト評価は除くとしても、個別分散空調システムに関するエネルギー性能と室内環境性能を両面から適正に評価する方法が確立されていないからに他ならない。それゆえ、個別分散空調システムを適正に評価すること、及び、その評価方法を確立することは、これからの「環境の時代」において、極めて重要な研究テーマであると言える。

このような背景の下に、本論文では、個別分散空調システムの普及状況、設計・性能評価の現状と課題、機器挙動及び室内温熱環境の実態、室内温熱環境への影響、エネルギー性能評価モデルの開発及び適用について論じている。すなわち、第1章では、日本全国の業務用建築に関する既往のデータベースを整理し、個別分散空調システムの膨大なストックとそのエネルギー性能の実態を把握することの重要性について述べた。第2章では、既往の文献を整理し、個別分散空調システムの設計・性能評価の現状と課題について論じた。

第3章以降が、本研究の主要な章であるが、第3章では、稼働中の事務所建物における個別分散空調システムの運転実態に関する詳細調査について述べた。5つの事務所ビルにおける調査の結果、室内機の挙動、室内温熱環境、設定温度の変更行為、などについて、様々な問題があることが判明し、それらの問題を解決するためには、(1)機器選定の適正化、(2)機器単体の制御からシステム全体の制御への思想転換、(3)評価・分析ツールの整備、の三つが必要であると結論づけた。

第4章では、CFD(数値流体解析)を用いて、個別分散空調方式の設計及び機器の制御状態が室内温熱環境に与える影響について解析した。また、CFDの解析モデルの構築にあたり、天井カセット型室内機の吹出気流特性について、詳細な実測を行った。CFDによる分析によって、室内機の吹出噴流領域と噴流領域以外との温度差や室内の温度分布に対する設計及び機器の制御状態の影響について確認した。

第5章では、個別分散空調システムのエネルギー性能を定量的に評価するために開発したシミュレーションモデルについて述べた。環境試験室を用いた実測実験の計測値を用いてモデルの検証を行った結果、実測結果と試算結果は概ね相関関係にあることを確認した。

第6章では、開発したモデルを用いてシミュレーションを行い、企画設計段階から運用段階まで一貫したエネルギー性能評価を行うための方法について検討し、様々な有用な知見を提示した。

最後に、以上を総括して、本論文は、個別分散空調システムに関する問題点を実証的に明示すると共に、その解決のためのエネルギーシミュレーションを開発し、適正化の方策及びシナリオを検討している。また、今後の課題についても明らかにした。本論文の建築設備工学と環境工学に対する寄与は極めて顕著である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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