学位論文要旨



No 217136
著者(漢字) 樋山,恭助
著者(英字)
著者(カナ) ヒヤマ,キョウスケ
標題(和) CFD解析とマクロモデル解析を融合したシミュレーション手法の開発と建築環境デザイン
標題(洋)
報告番号 217136
報告番号 乙17136
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17136号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 准教授 前,真之
 東京大学 特任教授 柳原,隆司
内容要旨 要旨を表示する

「安全安心な社会基盤の構築」「低炭素社会へのパラダイムシフト」等の社会的課題のもと,今日の建築環境デザインにおいては,以下の要求等に応えられる高度なシミュレーション技術の需要が高まってきている。

・空調等のエネルギー消費を総合的に定量化するエネルギーシミュレーション

・換気効率を考慮した空気質の評価が可能な拡散シミュレーションetc.

これらの要求を満たすべく,これまでにも多くのコードが開発されてきているが,そのほとんどは室内に流入若しくは発生する熱,物質や運動エネルギー等の物理量が瞬時に空間内に一様に拡散し完全混合する仮定の基で解析される。これは,空間内に形成される3次元的な環境変数の分布を無視し空間を1節点で代表することで,演算の効率化をはかり建築全体の総合的な解析を可能にするものである。しかしながら,この完全混合仮定の基では,以下に挙げる例のような温度分布等の環境変数の局所性を積極的に活用するデザインや,換気効率に配慮した汚染質の拡散予測等を正確に評価することが非常に困難となる。

・換気窓や室内の温度成層を利用した高温熱排気

・パーソナル空調を併用したタスクアンビエント空調システム

・風の運動エネルギーを駆動力とした積極的な通風設計etc.

これらを正確に評価するシミュレーションの実現には,やはり空間内に3次元的な環境変数の分布を形成する流れ場の情報が必要であり,CFD解析等の3次元流れ場を解析できる技術が,高度な建築環境デザインの実現に不可欠となる。

このような背景の基で,近年では限られた時間スケール及び空間スケールにおいて,CFD解析を用いて室内の流れ場と熱物質輸送を高精度に計算し,逐次,前述の完全混合を仮定したシミュレーションに組み込む試みがなされてきている。筆者は,このような解析に異を唱えるものではないが,時間的に変動する境界条件に対応して,室内の熱物質輸送にはCFD解析による詳細な解析を行い,熱・物質の壁体内や空間相互の輸送に関しては一次元に簡易化した解析を行うとする計算モデルに対しては,モデル構築に対する方針に一貫性を欠くとの印象を持つ。また,CFD解析を逐次行うことに対する時間的コストは未だ非常に高く,全体のシミュレーションの計算ペースがCFD解析の計算時間に随伴してしまうため,未だ研究段階を抜けて実務レベルで利用が可能であるとは言い難いと考える。

そこで本研究は,室内の完全混合を仮定する従来のシミュレーションと, CFD解析による熱物質輸送シミュレーションを逐次行う計算モデルの中間に位置するモデルとして,室内気流の熱物質輸送に関する3次元性と非定常性を一定の仮定の基で考慮した計算モデルを提案するものとする。この計算モデルにより実現するシミュレーション技術は,モデルで仮定する室内の熱物質輸送の構造を解析するために行う流れ場の流体シミュレーション及びその後処理を除けば,従来の室内完全混合を仮定するモデルとさして変わらない解析コスト(計算時間)になることが期待され,且つ室内の気流による熱物質輸送の性状を,完全混合モデルに比べ,より実現象に対応して解析し,3次元的な環境変数の分布を考慮した解を導くものとなる。

本論文は以下のように構成される。

第1章及び第2章は本研究の動機付けをするための序論となる。

第1章では,本論文の導入として現在の建築環境デザインにおいて求められているシミュレーション技術を概観し,本研究の動機付けを行う他,本論文の構成を説明する。

第2章では,建築環境工学において発展してきたシミュレーション技術を概説し,本研究の位置づけを明確にする。本研究は,回路網解析等のマクロモデル解析,及びCFD解析といったこれまでに別々に発展してきたシミュレーションモデルを複合させたシミュレーション技術の開発を行うものである。そこで,まずマクロモデル解析とCFD解析の特徴を解説する。また,近年同様にこの2つのシミュレーションモデルを連成したシミュレーション技術が開発されてきていることから,これらの技術と本研究における技術の差異を明らかにし,本研究の位置づけを明確にする。

第3章から第6章までは本論として,本研究の本旨となるシミュレーション技術が示される。

第3章では,「通風気流のエネルギー散逸量のCFD解析と換気量予測計算」と題して,CFD解析により導かれた流れ場情報をマクロモデル解析に反映させることで,通風量計算の精度を向上させる手法の提案を行う。回路網解析により換気量を計算する場合,開口から室内に流入した気流がもつ運動エネルギーは,室内で完全に消散されることを前提としている。そのため,通風のように気流がその運動エネルギーを保ちつつ室内を通過する現象を再現することは難しい。そこで,建物条件により決まる通風気流のエネルギー散逸過程にみられる定性的な特徴に基づき,対象建物における小数回のCFD解析から気流のエネルギー損失量と建物条件の相関を導き,CFD解析結果を回路網等のマクロモデル解析における係数へ反映させることで,建物条件の変化に伴う通風量の変化を予測する手法を示す。

第4章では,「室内気流による濃度応答のCFD解析と建物内の濃度輸送シミュレーション」と題して,CFD解析により室内気流による濃度輸送を計算し,その情報を基にした濃度応答計算法と換気回路網解析を組み合わせることで,気流による3次元的な濃度輸送を考慮した,建物内における濃度輸送シミュレーションを実現する手法を提案する。本章では,空調負荷計算におけるレスポンスファクタ法にならい,室内の濃度発生点から流れが固定された空間に投入された濃度の時系列輸送を示す係数列「濃度応答係数」を定義し,線形性の過程に基づく濃度発生量と応答係数の畳み込み演算により,濃度輸送の非定常計算を行う「濃度応答計算法」の詳細とその適用例を示す。

第5章では,「室内気流による濃度応答のCFD解析とセンシング情報を用いた発生源同定」と題し,第4章で定義した「濃度応答係数」を利用した応用解析手法として,室内の環境形成に対する個々の外乱,内乱,操作要因による空間的,時間的寄与を予めデータベース化しておくことで,ある点で環境変化が観測された場合にその原因を迅速に探査することを可能にする手法を提案する。

第6章では,「室内気流による熱流応答のCFD解析と熱環境シミュレーション」と題して,第4章で定義した「濃度応答係数」を熱場に応用し,空調,例えば吹出し冷風等,による熱量の除去を含む個々の冷・温熱源の入力に対応した室内の特定の位置における空気温度の変化を迅速に計算する手法「熱応答計算法」を提案する。また,この熱応答計算法を空調制御シミュレーションに適用し,繰り返し的な試行錯誤が必要となる最適化問題における利用例を示すほか,動的熱負荷計算に組み込むことで,室内の3次元的な熱輸送を考慮した熱環境シミュレーションへの展開を示す。

第7章では,全体のまとめを行い,本研究の成果と今後の課題が総括されている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「CFD解析とマクロモデル解析を融合したシミュレーション手法の開発と建築環境デザイン」と題して、CFD解析により得られる室内の3次元の気流、熱や汚染質の空間分布情報をフローネットワークモデルに合理的に反映し、精度の高い建物内の空気流動シミュレーション、汚染質輸送シミュレーション、熱移動シミュレーションを構築するものである。本論文はこのための基礎的な検討を行い、特に室内における非定常な熱や汚染質の3次元的輸送の過途応答を反映する高度なフローネットワークモデルを提案している。これは室内における熱や汚染質の3次元の空間分布性状や時間応答がその輸送性状に大きな感度を持つ建物内の汚染質、熱輸送を、実務的な解析時間で高度に最適化するための必須の技術になるものと言える。本論文は、開発されたフローネットワークモデルが建築環境デザイン実務において、従来に比べ高度な室内環境設計を可能とすることを明らかにしている。

本論文の構成は以下の通りである。

第1章及び第2章では、本論文の導入として現在の建築環境デザインにおいて求められているシミュレーション技術を概観したうえで、本研究の動機付けを行っている。近年、本研究と同様の研究目的のもと、本研究とは別の手法により回路網解析等のマクロモデル解析、及びCFD解析といったこれまでに別々に発展してきたシミュレーションモデルを複合させたシミュレーション技術の開発が進められている。第2章ではこの技術に関しても言及しており、本研究の他研究に対する優位性等、研究の位置づけを明確にしている。

第3章では、大規模な開口を設置することで積極的に自然換気を行っている建築物を対象に、自然通風量の変化予測に対する解析精度を向上させる手法の提案を行っている。この計算手法は、CFD解析により導かれた流れ場情報をマクロモデル解析における係数や数式に反映させることで、開口から室内に流入した気流がもつ運動エネルギーを通風の駆動力として考慮させている。ここでは、「高温多湿地域における環境負荷削減のための提案型集合住宅」を対象としたケーススタディを行うことで、この計算手法の適性を実証している。

第4章では、気流による3次元的な濃度輸送を考慮した、建物内における濃度輸送シミュレーションの実現を目的として、CFD解析により室内気流による濃度輸送を計算し、その情報を基にした濃度応答計算法と換気回路網解析を組み合わせる手法の提案を行っている。この手法を用いると、数回のワークステーションによる準備計算のみによって、PCによっても非常に短い計算時間で3次元CFD解析とほぼ同精度の濃度輸送シミュレーションが可能であることを示している。

第5章では、濃度発生を入力としてセンサー位置の濃度応答を計算する第4章の順問題とは逆に、センサー情報から濃度発生情報を同定する逆問題を解くため、応答係数を用いた発生源を同定する連立方程式の定式化と、最適化と同様のアプローチによる発生源候補の絞り込み手法を示している。

第6章では、第4章で定義した「濃度応答係数」を熱場に応用し、空調や内部発熱、壁貫流熱等を含む個々の冷・温熱源の入力に対応した室内の特定の位置における空気温度の変化を迅速に計算する手法「熱応答計算法」を提示している。この手法の有用性を検証するため、本手法を空調制御シミュレーションや3次元温度分布を考慮した動的熱負荷計算に適用したケーススタディを行っている。このケーススタディで示されている現象の再現には、通常では膨大な量のCFD解析を要し、多大な計算負荷を必要とする。それに対し本計算法を用いることで、同じ計算対象を高速に、しかもPCによって再現可能であることが示されている。

最後に第7章では、本論文の結論をまとめ、今後の課題を示している。

以上を総括するに、本論文は、室内に形成される3次元的な熱や汚染質濃度などの環境変数の空間分布とその時間応答を考慮した高度なシミュレーションツールを提案しており、建物内の熱や汚染質の輸送性状に関して、これらが大きな感度を持つことが一般的である、従来に増して省エネルギー的、かつ高い環境水準を達成する高度な建築環境設計の実現に対し、大きく貢献することが期待される。これらシミュレーションツールが実際の建築環境設計実務に使用されるには、実用レベルに耐えられる労力、計算量で多数の最適化検討を行えることが求められる。本論文は開発されたシミュレーションツールがこの条件を十分満たすことを、ケーススタディを通じて検証している。本論文は建物内の熱や汚染質の輸送に関わる建物環境設計に大きく貢献するものであり、建築環境工学の発展に寄与するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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