学位論文要旨



No 217138
著者(漢字) 藤生,和也
著者(英字)
著者(カナ) フジウ,カズヤ
標題(和) 下水道アセットマネジメントのための統計解析に基づく将来劣化量予測手法
標題(洋)
報告番号 217138
報告番号 乙17138
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17138号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 滝沢,智
 東京大学 講師 栗栖,聖
内容要旨 要旨を表示する

日本の全国下水道普及率は近年約1.2ポイントずつの上昇を続け、2007年度末で71.7%に達し、浄化槽などの区域を除いた最終想定普及率88%まで残すところ十数年の段階となっている。また、全国下水道管渠総延長も40万kmを超えている。このように日本の蓄積された下水道資産は膨大な量であり、かつ、下水道管渠損傷を原因とする道路陥没数が2007年度約4,700件となるなど、施設の老朽化が進んでいるおり、加えて下水道事業体である地方自治体の財政難や少子高齢化の進展などの事情や状況もある。したがって、資産管理を効率的に行うアセットマネジメント手法の開発導入が下水道事業の喫緊の課題となっている。

本研究は,アセットマネジメントのうち、統計解析に適する程度の大きさの施設群について関与・管理する国又は大規模事業体統括部局が施設,財務,組織等の管理計画策定などに利用できるマクロマネジメント手法の開発を主たる研究方針とし,個別施設の管理を直接担う現場事務所や小規模事業体でも利用できるようミクロマネジメントへの応用にも配慮しつつ行った。

本研究の成果をまとめると以下のようになる。

(1) 下水道事業が会社や他の地方公営企業に比べ残存耐用年数も償却資産回転期間も格段に大きな,いわば経営的に非常に重い償却性固定資産を有していることを明らかにした。このことから,下水道事業では償却性固定資産の効率的管理の成否が,すなわちアセットマネジメントの巧拙が経営に重大な影響を与えるものと推察される。

(2) 全国の管渠の同一年度の管齢別の供用延長及び改築延長のデータにワイブル分布を適用して耐用年数確率分布(ワイブル係数m=2.87, η=104, 平均μ=93年, 標準偏差σ=35年)を算出した。得られた分布を基に全国年間改築延長の将来予測を行い,ピークを2093年,年間4,653km,6,400億円と推計した。これら手順をマクロマネジメント手法として提案した。

(3) 全国の下水道起因の道路陥没について前章で得られた分布を基に年間陥没数の過去データを良好に再現できる管齢別陥没発生率を推計した。さらに将来陥没数を推計し,ピークを2061年,年間45,222件と算出した。これら手順をマクロマネジメント手法として提案した。また,陥没による損失額が得られる場合に陥没数削減を目的とする早期改築の効率性を検討する手法を提案した。

(4) 処理場コンクリートの腐食改修履歴データにワイブル分布を適用し,腐食環境分類に応じた耐用年数確率分布(I類:ワイブル係数m=3.2, η=42, 平均μ=38年, 標準偏差σ=13年, II類:ワイブル係数m=1.9, η=68, 平均μ=60年, 標準偏差σ=33年)を算出した。また,硫化水素ないし硫酸によるコンクリート腐食進行の研究調査文献データを整理・解析した結果,下水道現場での腐食深さは平均的に時間の0.88乗で進行すると考えられる。これらの手順をそれぞれマクロマネジメント手法,ミクロマネジメント手法として提案した。

(5) 全国機電設置事業費の過去データにワイブル分布を適用し,耐用年数確率分布(ワイブル係数m=4.34, η=29.2, 平均μ=26.6年, 標準偏差σ=6.9年)を算出した。ただし別分布もありうるので,上記分布による将来改築事業費推計にあたっては,当該現場の過去及び新規データへの適合性を十分に検討する必要がある。同分布を用いて全国の将来改築事業費を推計し,長期的には年間約6,800億円で推移すると算出した。

(6) 費用効果分析やLCC,LCA検討に大きな影響を与える割引率について適正値を検討した。併せて管渠工事を例とし,割引率のうち利子率について,その値に応じて経済効率的となる耐用年数と管材コスト比の関係を試算した。また,人口減少と高齢化による財源難に備え,耐用年数増加及び管材コスト比抑制となる管材開発により2030年に管渠工事の年当たり費用を78.8%に低減させることは,利子率4%では難しいが,2%でなら管材企業努力による実現の可能性があると考えられる。

(7) 事業へのアセットマネジメントの効果的適用方法について検討した。まず,ミクロマネジメント結果のマクロマネジメントへの反映手法としてベイズ推定の利用可能性を指摘した。次に,マクロマネジメント結果のミクロマネジメントへの反映手法として,既報のスクリーニング手法の利用可能性を指摘し,確率密度関数又は信頼度関数による劣化予測手法を提案した。さらに,全国や類似施設のデータを利用してデータのない高齢域を補外する手法を提案した。最後に本研究の各種手法の効果的適用に必要なデータ項目一覧を示した。

審査要旨 要旨を表示する

都市の基盤施設である下水道施設は、最も重要な社会資本のひとつである。この社会資本を世代を超えて有効な形で生かし、その価値の低下を防ぐためには、建設時のみならずその改築と維持管理が重要である。とりわけわが国のような先進国では下水道施設の更新を長期的にどのように進めるかが重要な課題になっている。社会資本の維持管理の手法として近年アセットマネジメントが注目されているものの、下水道に対してその活用の可能性を示した研究は乏しい。本研究は、下水道施設にアセットマネジメントを導入するにあたり、とりわけ重要な施設劣化の予測を統計的に行ったものであり、全9章からなる。

第1章は「序論」と題し、下水道を含むさまざまな社会資本のアセットマネジメントの導入事例について整理を行い、下水道に適用する場合の課題と本研究の目的について述べている。

第2章は「ストックが財務に与える影響度」である。本章においては、財務指標から算出される指標値を用いて、下水道とさまざまな業種の比較を行っている。償却資産回転期間を指標にとり、これと残存耐用年数の両者が下水道において大きく、そのことから下水道資産の長期的管理の必要性が大きいことを明らかにしている。

第3章「管渠の耐用年数の推計」においては、これまでの管渠の改築のデータから耐用年数を推計する方法を提案し、適用している。2005年に全国的に実施された調査による下水管の供用延長と改築延長の実データに対してワイブル分布を当てはめることによって、管渠の耐用年数を求める方法を本研究では提案し、分布が良好に合致することを示した。この方法は、過去の管渠の建設と改築に関するデータから耐用年数を推定し、それによって将来生じる改築の必要性を推定するための基本的な手法として有効である。この方法で、改築必要量のピーク値とそれが2093年に生じることを予測している。

第4章は「道路陥没発生数の推計」である。道路陥没は下水管の老朽化によって生じる典型的な事故であり、それを予測して対策をとることは、道路も含めた社会資本の維持の面で重要である。本研究では、第3章で提案した方法によって過去から将来にわたる下水管の年齢別の供用延長を推定し、それに陥没発生率を乗じる方法を提案した。下水管の年齢と陥没率の関係は複雑ではあるが、その両者の関係について、全国の実データをもとにして推定している。それらを用いて陥没数の計算値を求め、実際の値との合致度を検証した。さらに、将来の陥没数の推計を行った。

第5章「硫化水素腐食に対するコンクリート耐用年数の推計」においては、コンクリートの腐食という、下水道施設で生じる現実的に大きな問題を取り上げている。ここでは、腐食環境分類別に処理場のコンクリートの耐用年数を算出する方法をマクロマネジメントとして提示した。また、硫化水素による腐食の実験データに基づいて腐食の進行を定式化し、ミクロマネジメントとして活用する方法を提案している。

第6章は「機電設備の耐用年数の推計」である。下水道施設では極めて多種の機電設備が用いられている。これらを健全な状態に維持することが重要なことはいうまでもないが、その種類の多様性がマネジメントの困難をもたらしている。本研究では、まず多様な機電設備を分類し、ここでもワイブル分布を用いて改築数を表現し、将来を予測している。

第7章「社会的割引率及び金利の影響」においては、長期にわたる検討を行うアセットマネジメントにおいては割引率の設定が結果に及ぼす影響が多いことを高耐久性の下水管材の場合を対象にして示している。

第8章「事業へのアセットマネジメントの効果的適用」は、マクロとミクロのアセットマネジメントをどのように関連づけて総合的なマネジメントを実施するか、またアセットマネジメントを普及させていくための方策について、前章までに得た知見をもとに議論している。この章は、実りあるアセットマネジメントの実用化に当たって重要な章である。

第9章は「結論」であり、本研究で得られた知見をまとめると共に将来の課題を示している。

本研究は、多額の初期投資がなされまた維持の金銭的な負担が大きい下水道施設を、長期にわたって健全な姿で効率よく維持するためのアセットマネジメントの基本となる諸点について検討を行い、手法の提案を中心にしてまとめたものである。下水道分野におけるアセットマネジメントは、ほとんどこれまで研究成果がなく、本研究の知見は極めて貴重なものであり、今後のさらなる検討の礎になるものとして評価される。

以上、本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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