学位論文要旨



No 217140
著者(漢字) 中村,真理
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,マリ
標題(和) 個体の状態分化と集団の分業を扱う蟻コロニーのモデル化とその設計手法
標題(洋)
報告番号 217140
報告番号 乙17140
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17140号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 淺間,一
 東京大学 教授 上田,完次
 東京大学 教授 神崎,亮平
 東京大学 准教授 太田,順
 東京大学 助教授 横井,浩史
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、蟻に見られるような協調作業を適応的に自己組織する自律分散システムを設計するための汎用性・適用性の高い方法論を構築することである。蟻はフェロモン信号を用いて空間構造を動的に作りだし、この空間構造を通信手段として利用しながらコロニー内部の役割分担を自己組織し、その結果コロニー全体で協同作業を形成することが知られている。本研究ではこのような蟻の協調作業を模倣したシステム設計の方法論を構築した。

この方法論はフェロモンのように蒸発・拡散する信号を用いる均質で大規模なマルチエージェントシステム(MAS)を対象とする。まず、信号の空間分布を手掛かりにして、タスク遂行に必要な動作を各状態のエージェントに割り当てていき、有限オートマトンの状態遷移の形でエージェントの行動則を構築する。この行動則に従うMASは、空間構造や作業分担の形成を通じて、協調作業を自己組織する。ここでその数値実験結果から協調作業の効率や作業分担を数値評価し、更に必要な動作を行動則に組み込んで試行錯誤で設計改善を繰り返す。このような構成論的システム設計の手順を容易にするためには、行動則を簡潔化する必要がある。

本論文では本方法論に基づいて蟻コロニーの様々な協調作業をモデル化し、様々な機能を持つMASを構成論的に設計した。これらのシステムは簡潔な行動則を持ち、より効率的な協調作業を自己組織する。以上より、本論文の目的を支持する結果が得られたことを確認した。

以下、本論文の具体的な内容について説明する。本論文の第1章では、研究の背景・関連研究・目的(「蟻に見られるような協調作業を適応的に自己組織する自律分散システムを設計する」ための汎用性・適用性の高い方法論を構築する)について述べる。

第2章では、まず蟻コロニーの協調作業、特に空間パターンの形成と作業分担の形成について説明し、これらに関する従来のモデル研究について説明する。更にこれらを踏まえて、上記方法論の詳細な手順について説明する。

更に3~5章では本方法論に基づいて、蟻コロニーの様々な協調作業をモデル化する。本方法では柔軟なモデルの設計が可能となるので、従来取り扱えなかった様々な機能を導入して蟻コロニーモデルの設計を改善する。以下、その内容について具体的に説明する。

第3章では上記方法論に基づいて、下記の機能を柔軟にモデルに導入し、ハンドコーディングで蟻の採餌行動をモデル化する(採餌効率は時間当たり餌輸送量で与えられる)。

・[トレイルモデル]:徐々に減衰するフェロモントレイルを利用して、餌場の位置を記憶する機能を持つモデルを構築する。数値実験の結果、このモデルは餌探索に大きく偏った作業分担を形成する。

・[誘引モデル]:トレイルモデルにフェロモン拡散効果を導入し、離れた位置の蟻を餌場まで誘引する機能を持つモデルを構築する。数値実験の結果、このモデルは信号動員に偏った作業分担を形成する。

・[不応期モデル]:誘引モデルに蟻のフェロモン信号不応期を導入し、作業分担の自己調整機能を持つモデルを構築する。数値実験の結果、このモデルは餌探索・信号動員サブタスク間のトレードオフにより高い採餌効率を示す。

設計改善の結果、より効率的に機能するシステムを簡潔な行動則で実現できる。

第4章では本方法論を進化計算に拡張し、採餌タスクモデルの自動設計を行なう。進化計算には3章で用いた11個のルールを再利用する。進化過程で生じる4種類のモデルのうち上位3種は3章で設計したモデルに相同であり、進化計算の準最適解は不応期モデルに相同となる。これより3章の設計の妥当性を支持するものである。

第5章では本方法論を用いて、採餌タスクとゴミ塚形成タスク(これらのタスクはそれぞれMASで観測される二種類の自己組織的挙動の典型例である)の間の分業をハンドコーディングでモデル化し、それらの間の相互作用について調べる。まずゴミ塚形成タスクをモデル化する。

・[ゴミ塚形成モデル]:このモデルは地上にゴミを散らすよう短い時間スケールで動作し、その結果、地上に広く分散した小規模なゴミ塚を形成する。このモデルはコロニーの縄張りを誇示するよう動作するので、その作業効率をゴミ塚の分散度で評価する。

上記のゴミ塚形成タスクに対し、3・4章で説明したように採餌タスクでは巣への走性を利用して大規模な空間構造を形成し、より長い時間スケールで餌を巣へ集めるよう機能的に動作する。

これらの異質なタスク間の分業をモデル化するため、タスクに対応する階層性を状態遷移(行動則)に導入し、次のようにシステム設計を改善する。

・ [単純分業モデル]:ゴミ塚形成モデルと不応期モデルの行動則を融合し、採餌・ゴミ塚形成タスクを並行処理する単純分業モデルの行動則を構築する。数値実験の結果、このモデルは巣周辺に集中して大きいゴミ塚を形成し、ゴミ塚形成タスクの作業効率低下を示す。

・[分業切替モデル]:単純分業モデルにタスクを積極的に切り替えるルールを導入し、分業切替モデルを構築する。数値実験の結果、このモデルでは採餌効率・ゴミ塚形成タスクの両方で作業効率の向上を示す。

第6章では本方法論の有効性を示すため、既存の集荷モデルに信号拡散効果を導入した信号拡散モデルを構築する。両者の数値実験結果を比較すると、後者で作業効率の向上(平均収束ステップ数の減少)が見られるので、本方法論の有効性を確認できる。

以上、本論文では、本方法論を用いて様々なモデルを設計した。これらのモデルは簡潔な行動則を持ち、より効率的な協調作業を自己組織する。以上より本論文の目的を支持する結果が得られた。第7章では本論文の結論をまとめ、今後の展望について述べている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,自律分散系における搬送の効率化を目指し,蟻コロニーを対象としたモデル化,個体状態の分化および集団の分業を効率的に行う設計手法が提案され,その有効性がシミュレーションによって検証されている.

従来,多様なタスクを状況に応じて柔軟に処理するために,多数の自律エージェントが協調して動作する自律分散系が開発されてきた.自律分散系においては競合・干渉・デッドロックの発生を回避する協調手法の開発が必要とされている.従来の協調手法には,1)少数個体間で個体識別しながら柔軟にタスクを割り当て,効率的且つ精緻な連携作業を行なう方法,2)多数の個体間で環境を介した間接通信を行ない,効率性を重視せずに協調作業を組織化する方法,の二通りがある.そこで本論文では,多数個体からなる自律分散系の効率的な協調手法の開発を目指した.その際に自律分散系の搬送問題が重要であると考え,その例題として蟻コロニーに見られる各種搬送タスクを取り上げた.更に本論文の目的を「生物の機能,特に蟻のフェロモン通信を参考にした自律分散系における効率の良いタスク割当手法の構築」とした.

本論文では従来の蟻コロニーモデルで扱えなかった「空間構造形成+作業分担調整+タスク割当」の三点を同時に取り扱うことにより,効率的な自律分散系をタスクに応じて柔軟に設計する方法を開発した.その概略は以下の通り.

・個体がフェロモン通信しながら移動すると空間構造が生成される.個体は空間構造と内部情報に応じて状態分化するので,各状態の個体に搬送タスク遂行に必要な移動動作を割り当ててif then ruleを設定した.

・次に複数のif then ruleを組み合わせて個体の行動則を構築し,決定的な有限オートマトンの状態遷移グラフとして行動則を書き表した.

・適切なタスク割当の実現には,空間構造への動作割当だけでは不十分で,個体の空間分布を調整して系全体の作業分担を調整する必要がある.そこでこの系の数値実験結果を元に,「作業分担の調整」や「作業効率の向上」に必要なルールを追加して,構成論的に行動則を構築した.

以上の手順に従い「拡散信号源への接近」と「信号感受性の低減(信号不応期)」を行動則に組み込んで,作業効率の良いシステムを構築する方法を開発した.また,上記の方法を用いて具体的に蟻の各種搬送問題をモデル化し,効率の良いシステムを設計した.

第1章では本研究の背景や目的を述べている.

第2章ではモデル化の方法を具体的に述べている.

第3章では上記の方法を用いて蟻の採餌タスクをモデル化している.トレイル・誘引・不応期モデルを設計した.「拡散信号源への接近と信号不応期」を組み込んだ不応期モデルは作業分担を調整するため,広範な給餌条件で最も高い作業効率を示した.これより不応期モデルの有効性を示した.

第4章では進化計算を用いて採餌タスクモデルの自動設計を行なっている.上記の方法を進化計算へと拡張し,三章で設定したルール群を再利用してルール間の優先順位を最適にするよう自動設計した.進化計算の数値実験の結果,1)得られた4種の採餌戦略のうち採餌効率の上位3つをとるモデルが三章のトレイル・誘引・不応期モデルと相同(同様の振舞を示し,よく似た作業分担を示す)となること,2)準最適解は不応期モデルに相同となること,の二点を確認した.これにより三章で提案したルールの優先順位が妥当であると評価した.

第5章では,ターゲットが集中または分散した搬送の例として採餌とゴミ塚形成タスクを取り上げ,提案したモデルの評価を行っている.「拡散信号源への誘引動作+信号不応期」を組み込んで両タスクをモデル化し,更に上記の方法を用いてこれらのモデルを組み合わせて両タスク間の分業をモデル化した.「蟻が両タスクの信号に反応する」単純分業モデルでは採餌タスクの影響でゴミ塚の分散が妨げられたが,「蟻が不応期を利用してタスクを切り替える」分業切替モデルでは両タスクの作業効率の向上を確認した.

第6章では「二種類のオブジェクト多数を種類毎に一つのクラスターに積み分ける」集荷タスクを取り上げ,提案した手法の有効性を検証している.集荷タスクで一般的なDeneubourgのAnt-like robot モデルに,上記の方法を用いて「拡散信号源への誘引動作+信号不応期」を組み込んで,新たに信号拡散モデルを構築した.これにより後者の優位性を実証して上記の方法の有効性を示した.

第7章は本論文の結論である.本論文では蟻のフェロモン通信を参考にして自律分散系で効率的にタスクを割り当てる手法を開発し,「拡散信号源への誘引動作+信号不応期の拡散動作」を蟻の各種搬送モデルに組み込んで作業効率の向上を確認した.

以上から,本論文では,自律分散系のモデル化および有効な設計手法が提案されており,自律分散系における搬送の効率化など,その内容の工学的寄与度は大きいものと判断する.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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