学位論文要旨



No 217141
著者(漢字) 森田,浩充
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,ヒロミチ
標題(和) 自動車用燃料噴射弁における微細穴加工の研究
標題(洋)
報告番号 217141
報告番号 乙17141
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17141号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 准教授 高橋,哲
 東京大学 准教授 小林,英津子
内容要旨 要旨を表示する

クルマが地球に負荷をかけることなく人と共存でき,人々が豊かさを感じることのできる先進的なクルマ社会創造へ貢献することが自動車および関連会社の使命である.そのため,各社は「環境」「安全」「快適」「利便」をキーワードに様々な技術開発を進めてきた.中でも近年,地球温暖化に端を発する環境問題や原油の枯渇,バイオ燃料化による穀物高騰など資源問題が深刻な問題となおり,自動車エンジンの排気ガス浄化および低燃費化のための革新的な製品技術およびその生産技術が求められている.エンジン燃焼分野では,これまで多くの技術が研究,実用化されてきた.特に,燃料微粒化に代表される噴霧制御技術は,燃焼効率自体を飛躍的に向上させ,またコストのかかる付帯装置が不要となるため,極めて有効な手法である.本研究は,その噴霧制御のキーとなる燃料噴射弁先端の複数の小さな燃料噴射穴を,微細,高精度,高速に実現する微細穴加工技術の研究である.

自動車用燃料噴射弁の噴射穴の特徴は,金属材料に,アスペクト比(深さ/穴径の比)が5を越え,かつミクロンオーダの精度を有することである.また最近では,多様化するエンジン燃焼方式との高精度なマッチングが要求され,斜め穴,異形穴など,穴形状に対する要求も多様化している.それに対し,従来主流であったドリル加工では,小径化に伴う工具剛性の低下やバリ取りの問題から,直径0.2mm程度が実用上の限界であった.また形状自由度への対応も困難であった.一方,加工反力が極めて小さく,バリの発生がない長所を持つ放電加工は,加工能率が遅くコスト面で不利であった.そのために大量生産方式である自動車部品の生産システムにはマッチせず,金型,治工具など大量生産を支える分野への適用に留まっていた.

現在,燃料噴射弁の微細穴加工における研究は,工具高速回転化によるドリル加工小径化,放電パルス高エネルギー密度化による放電加工高能率化,そして極短パルス化によるレーザ高精度化など多くの工法が研究されている.しかし,精度と能率に対して背反事象の関係があり,いずれの加工法も主流を占めるには至っていない.本研究の開発方針は,従来の加工法にとらわれず,穴の要求機能に見合った加工原理を多面的に検討し,選定した加工原理のポテンシャルを引き出す加工法や加工設備を開発する.さらに他工法との組合せにより,加工性能を飛躍的に向上させるものである.

本論文の開発ステップを以下に示す.はじめに,燃料噴射弁で最も重要な微粒化性能を向上させるべく,微粒化機能に直結する小径化,すなわち直径0.1mmまでの微細穴加工法の開発に取り組む.従来のドリル加工並の高能率化を目指した微細穴放電加工機を開発する.次に,噴射弁の噴霧形状,噴射流量性能を向上させるべく,異形穴加工による形状多自由度化,内面仕上げ加工による流量高精度化の開発を行う.また,直径0.1mm以下の極微細穴加工法として,放電加工による微細化追求に取り組む.最後に,燃料噴射弁の小型化要求に対応すべく,燃料流路穴の小径深穴化を実現するアスペクト比20以上の高速小径深孔加工法の開発を行う.

【研究結果】

2章では,新しく考案した微細穴放電加工用電極送りデバイスの基礎検証結果について述べる.微細穴内部での加工屑滞留に起因する短絡,開放現象に対し,電極送りの制御性が能率阻害の主要因であった.その課題に対し,電極を高応答に駆動できるダイレクトドライブ方式の電極送りデバイスを開発した.デバイス単体での高応答特性について,実験および解析的手法で駆動のメカニズムを考察した.また,加工状況に合わせて電極送りの駆動条件を可変できる専用のサーボ制御装置を開発した.上記デバイスを組み込んだ放電加工実験により,応答性と加工能率との関係を定量的に明らかにした.開発したデバイスの周波数応答は最大5kHzであり,従来のサーボモータとボールネジを組み合わせた放電加工機に対し,100倍以上の応答性能を実現した.また,加工能率では,同放電加工条件において従来方式より5倍に向上することがわかった.さらに,本方式にチャックレス給電機構を組み込むことで,自動化で最も問題となる電極交換を不要とした.これら成果により,直径0.1mmまでの微細穴に対し実用開発の目処を得た.

3章では,開発した電極送りデバイスを量産ラインへ展開するための信頼性向上技術について述べる.本デバイスでの長時間稼働テストおよび構造検証により,加工能率,加工精度の不安定要因を解析し定量的に明らかにした.能率面では,デバイス自体の発熱による電極の把持力低下を防止するため,圧力,温度を計測し圧電素子の伸縮量へフィードバックする制御システムを開発した.精度面では,穴貫通後の電極突き出し量を十分確保かつ安定化するため,電極送りデバイスの駆動周波数に同期した放電電流成分を抽出することで,電極消耗に影響されない終点位置制御システムを開発した.その結果,量産ラインへ展開できる目安となる8時間稼働に対し,全自動,無停止で,かつ実用上十分な精度,能率を確保できることを実験により証明した.

4章では,燃料噴射弁の流量精度を向上させるための放電加工機のシステム技術について述べる.多穴を有する燃料噴射弁の構造的な特徴と,放電加工条件で穴径を可変できる加工法の特徴を活用した流量フィードバック制御システムを考案した.その要素技術として電極成形システム,専用の放電加工電源を開発した.上記システムにより,流量精度を従来比約3倍に向上できることを確認した.

5章では,燃料噴射弁の機能を向上させる3つの微細穴加工技術について,その研究成果を述べる.

1つ目は,噴霧形状の多様化に対応する異形微細穴加工法の開発である.加工能率と加工精度の両立を図るレーザ粗加工,放電仕上げ加工の複合プロセスを提案した.放電仕上げ加工時の微小加工領域において,能率低下現象とその要因を見出し,電極振動が有効なことを実証した.

2つ目は,噴射流量の高精度化に対応する微細穴流体研磨加工法の開発である.噴射穴の持つ形状ばらつきを,噴射弁の機能である流量に置き換え,その流量を加工中インプロセスで計測する工法である.研磨液流れのメカニズムを分析し,高精度化のための必要条件を明らかにした.

3つ目は,さらなる微粒化のための直径0.1mm以下の微細穴放電加工の開発である.直径50μm以下の剛性が極めて低い微細ワイヤ電極でも,電極ダイレクトドライブ方式を活用できる電極ホルダ構造を考案した.その結果,直径60μm,アスペクト比15の極微細深穴加工を量産展開可能な精度,能率で実現した.

6章では,燃料噴射弁の燃料流路穴に適用する小径深穴の高速放電加工技術について,その研究成果を述べる.自動車用高応答ON/OFF電磁弁を活用した高応答・高出力な放電加工用油圧式電極送りデバイスを開発した.従来実用化されている加工液噴出法と組み合わせることで,従来工法のガンドリル加工以上の高速性を実現した.

【研究成果の社会への貢献と今後の研究方針】

上記開発した微細穴加工技術は,穴明けから仕上げ加工に至るまで,(株)デンソーの自動車用燃料噴射弁製造ラインに全展開している.ガソリン,ディーゼル問わず全てのエンジンの微粒化性能に大きく寄与し,CO2,NOX等の排気ガスを数十%低減することに大きく貢献している.08年現在,噴射穴径において世界最小径を実現している.本技術は,今後も日,欧,米の厳格な排気ガス規制をクリアするキー技術としてますます重要になる.

燃料噴射弁のさらなる性能向上には,燃料噴射の機能要件から革新的な微細穴形状を提案すること,同時に微細,高精度,高能率を実現する微細穴加工技術の追求が必要である.微細穴加工のポイントは,エネルギーの分解能およびエネルギー密度を極限まで高めること,除去された加工屑を微細穴内部から取り除くこと,その2つを同時に実現することである.そのために,各加工原理の持つポテンシャルを極限まで追求し,それらを2つ以上組み合わせることで,現工法の持つ能率・精度の相反関係をブレークスルーする.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「自動車用燃料噴射弁における微細穴加工の研究」と題し,地球温暖化や資源枯渇に対する排気ガス浄化,低燃費化のための燃料の噴霧制御に直結する噴射穴を微細,高精度,高速に実現する微細穴加工技術の研究である.

燃料噴射穴には,燃料の微粒化,流量高精度化,均質化要求から小径化,高アスペクト化(深さ/穴径の比),高精度化が求められる.最近では多様化するエンジン燃焼方式にあわせ,形状自由度も求められている.従来主流であったドリル加工では,工具剛性,バリ,形状自由度の問題から,量産加工は直径0.2mmが限界であった.一方,上記問題を解決できる放電加工は,加工能率が遅くコスト面が問題であり金型,治工具への適用に留まっていた.

本研究の開発方針は,従来の加工法にとらわれず,穴の必要機能に見合う加工原理を多面的に検討する.そして,加工原理のポテンシャルを引き出す加工法や設備を開発し,さらに他工法との組合せにより,加工性能を飛躍的に向上させることを狙う.

本論文の構成を以下に示す.はじめに直径0.1mmまでの微細穴を対象に,高速に加工できる微細穴放電加工法や噴射機能を向上させる各種微細穴加工法の開発について述べる.次に,アスペクト比10以上の小径深孔加工の高速化技術開発について述べる.

【研究結果】

2章では,微細穴放電加工における高速化の課題が,主に微細穴内部での加工屑滞留に起因する短絡,開放現象からの早期復帰であることを明らかにした.そして,新しく考案した圧電素子を用いたダイレクトドライブ方式の電極送りデバイスの電極送り特性と加工性能について述べる.従来のサーボモータとボールネジを組み合わせた放電加工機と比較し,100倍以上の高応答性を持ち,短絡,開放の短縮が可能となった.直径0.1mmまでの微細穴に対し,5倍の加工速度を有することを確認した.

3章では,開発した電極送りデバイスにおける信頼性向上技術について述べる.デバイス自体の発熱による能率低下や電極消耗での電極位置認識誤差による精度劣化に対し,温度補償のための圧電素子伸縮量の可変制御システムや,電極消耗に依存しない終点位置制御システムを独自に開発した.その結果,量産ラインへ展開できる目安となる8時間稼働に対し,全自動,無停止で,かつ実用上十分な精度を得ることを実証した.

4章では,3章までで述べた要素技術を活用したシステム技術について述べる.燃料噴射弁の流量精度を向上させるため,途中穴の流量を計測して次穴の径を可変させる流量フィードバック制御システムを考案した.その要素技術として,機上での電極成形システム,微細穴専用の放電加工電源を開発した.上記システムにより,流量精度を従来比約3倍に向上できることを確認した.

5章では,燃料噴射弁の機能を向上させる3つの微細穴加工技術について,その研究成果を述べる.噴霧形状の多様化に対応するレーザ,放電複合加工法による異形微細穴加工法の開発,噴射流量の高精度化に対応する噴射穴の持つ形状ばらつきを機能である流量に置き換えた微細穴流体研磨加工法の開発,微粒化のためのホルダ構造による直径0.1mm以下の微細穴放電加工の開発である.

6章では,燃料噴射弁の燃料流路穴に適用する小径深穴の高速放電加工技術について述べる.自動車用高応答ON/OFF電磁弁を活用した高応答・高出力な放電加工用油圧式電極送りデバイスを開発した.従来実用化されている加工液噴出法と組み合わせることで,従来工法であるドリル加工以上の高速性を実現した.

7章では,本研究で得られた成果についての総括を行い,さらに今後の展望について述べている.

【研究成果の社会への貢献】

上記開発した微細穴加工技術は,穴明けから仕上げ加工に至るまで,(株)デンソーの自動車用燃料噴射弁製造ラインに全展開している.ガソリン,ディーゼル問わず全てのエンジンの微粒化性能に大きく寄与し,CO2,NOX等の排気ガスを数十%低減することに大きく貢献している.08年現在,燃料噴射穴において世界最小径を実現している.

このように,本論文でなされた研究は,燃料噴射弁の機能を向上させるために,多面的な視点で工法検討を行い,電気加工から機械加工に至る幅広い領域において独自かつ実用的な工法開発を行った.本論文で提案,開発した要素技術およびシステム技術は,燃料噴射弁の微細穴加工の分野において新たな可能性を示し,かつ量産ラインへ展開することで実社会へ貢献を果たしている.その成果は,次世代における微細穴加工技術の発展に大きく貢献するものといえる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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