学位論文要旨



No 217143
著者(漢字) 安宅,学
著者(英字)
著者(カナ) アタカ,マナブ
標題(和) 自律分散型MEMSコンセプトに基づく二次元マイクロ搬送システム
標題(洋)
報告番号 217143
報告番号 乙17143
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17143号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 藤井,輝夫
 東京大学 准教授 年吉,洋
 東京大学 准教授 三田,吉郎
内容要旨 要旨を表示する

自律分散型MEMSは、マイクロアクチュエータをマイクロセンサやマイクロプロセッシングユニット(MPU)とモノリシックに集積化してマイクロモジュール(セル)を形成し、それを大規模なアレイ状に構成したものである。モジュールの自律性、近傍モジュールとの局所的な相互作用から、「大局的な機能」や「環境適応性」のようなスマートな機能を発現することが期待されているものの、未だ実現されたことのないコンセプトである。

本研究の目的は、このコンセプトをアレイMEMSの設計原理として採用し、マイクロ搬送システムを対象に、このコンセプトの実現イメージと等価的な簡易システム(エミュレーションシステム)を実際に作製する方法によって、大局的な機能の形成(搬送機能の実現)やスマートな機能(環境適応性、耐故障性など)の発現を工学的に実証し、翻って、自律分散型MEMSコンセプトの有効性を検証することである。

本論は、以下の8章から成る。

序章では、本論の背景、目的、方法、意義を明らかにし、上記した目的を達成するために必要な実験項目(中間目標)として、次の3点を挙げた:

(1)アレイMEMS(多数のマイクロアクチュエータの協調動作)による搬送動作の実現

(2)搬送機能性(直進搬送、斜め搬送、回転、アライメントなど)の実証

(3)自律分散型制御の適用可能性の実証

第2章では、本論の採用したマイクロ搬送システムの基本原理、その構成要素となるマイクロアクチュエータの動作原理について記述し、これをアレイ化した一次元マイクロ搬送システムの作製結果(搬送特性)を明らかにした。マイクロ搬送システムは、自律分散型システムが構想された契機と同じく、生体内の機能(繊毛運動)をモデル化した搬送原理をもち、熱駆動型バイモルフ・カンチレバー・アクチュエータのアレイ化によって実現した。このアクチュエータは、二種類の熱膨張率の異なるポリイミドを層状に形成し、その間に金属薄膜からなるヒーター層を挟んだ構造をもつ。ヒーター層を通電加熱することによって、カンチレバー状に加工した構造が上下運動し、その水平変位が搬送動作を実現する。作製した一次元マイクロ搬送システムは、長さは500μm、幅100μm、厚み6μmのマイクロアクチュエータを1cm角上に512個集積化(アレイ化)したものであり、1Hz駆動時に27μm/sec、20Hz駆動時には658μm/secの搬送速度を得た。

第3章では、第2章で作製した一次元マイクロ搬送システムを拡張した二次元マイクロ搬送システムの設計と作製結果について記述した。この搬送システムは20x20セルで構成され、一つのセルは互いに直交した方向を向く四つのマイクロアクチュエータをもち、セルのピッチは1420μm、4cm角の基板上に総計1600個のマイクロアクチュエータが集積化されている。搬送特性は、10Hzの駆動周波数、19~32Vの駆動電圧(12~34mW/actuator、48~136mW/cell)に対し、129~435μm/secの搬送速度(最小ステップサイズ6~22μm)、また27.5Vの駆動電圧、1~100Hzの駆動周波数に対し、35~467μm/secの搬送速度(最小ステップサイズ2~18μm)であった。

以上のように、第2章と第3章の成果によって、上記中間目標の(1)を実証した。

第4章では、上述した二次元アクチュエータアレイをもちいて自律分散型MEMSのエミュレーションシステム(アクチュエータ-センサ-MPU・セルアレイ)を構成するための構成方法を議論した。集中制御方式をトップダウンアプローチとして、分散制御方式をボトムアップアプローチとして位置づけ、前者によってシステムの機能性を評価(中間目標の(2))し、後者によって自律分散的制御の適用可能性を評価(中間目標の(3))する提案を行った。

このようなエミュレーションシステムの実現にむけて第5章では、センサセルピッチの搬送動作への影響を検証するために、二次元アクチュエータアレイを俯瞰するCCDカメラ、その画像を処理するPC、搬送パターンを生成するCPLD(Complex Programmable Logic Device)をもちいて、フィードバック搬送システムを構築した。センサアレイはPC上でCCDイメージを任意に分割することでエミュレートした。このシステムにより、アクチュエータセルの20%(710μm x 533μm)のピッチをもつセンサアレイ、5%(337μm x 266μm)のピッチをもつセンサアレイのそれぞれについて、フィードバック搬送を確認した。

これをうけて第6章では、16x16セル、1500μmのピッチを持つ市販のフォトダイオード(PD)アレイにあわせて二次元アクチュエータアレイを改良し、それらを積層化することによって、アクチュエータ-センサ・セルアレイを構築した。それぞれのドライブ回路を自作し、FPGA(Field Programmable Gate Array)をもちいた集中制御方式によって、その機能性を評価した。マニュアル搬送モードでは、直進搬送、斜め搬送、回転搬送のほかに、同一システム面内での二物体の独立搬送を確認した。この際、搬送物直下のアクチュエータに接続されたパッドのみを駆動する局所的フィードバックを用いた。一方オート搬送モードでは、搬送目標位置への自動フィードバック搬送を確認した。その最も安定した搬送例では、駆動電圧19V、駆動周波数16Hz時に、搬送速度1650μm/sec、対応する最小ステップサイズ50μmを得た。

以上のように、第5章、第6章で上記中間目標の(2)を検証し、アレイMEMSの協調動作による機能性を確認した。

第7章では、FPGA内にMPUセルアレイを実装し、前章のアクチュエータ-センサ・セルアレイに対応させることによって、アクチュエータ-センサ-MPU・セルアレイを構築した。MPUセルの出力決定ロジックには、セルオートマトンの考え方に基づく時間発展ルールを採用し、アライメント搬送パターン、直進・斜め搬送パターン、回転パターンの形成を確認した(自律分散型制御による機能性の確認)。さらに、セルの一部を故障セルに見立てた実験を行い、この場合にも適切な搬送パターンが形成されることを確認した。これによって、このシステムが耐故障性をもつことが確認できた(スマート性の確認)。また搬送実験ではアライメント搬送パターンを形成し、搬送物が搬送パターンに沿って目標位置へと至る自律分散的な搬送動作を確認した。最後にFPGA内に実装したMPUの回路構成について、その回路規模についての考察を行い、0.13μmルールによって作成されるCMOSプロセスを使えば、一つのセルあたりおよそ50μm角程度の面積で収まることを確認した。

以上のように、第7章で上記中間目標の(3)を確認した。

このように本論の実験的成果は、自律分散型MEMSコンセプトを工学的に実証した。第8章(結論)では、これらの実験的成果に基づいて、より実用的で大規模なシステム構成の実現可能性について議論し、システム全体を管理する機能の一部に集中制御方式を取り入れた、集中-分散併用システムによる実現の見通しを得た。併せて近年のMEMS研究動向に鑑み、自律分散型MEMSコンセプトが将来の大規模MEMS(大面積MEMSやユビキタスMEMSネットワーク)を構成する指導原理として不可欠であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「自律分散型MEMSコンセプトに基づく二次元マイクロ搬送システム」と題し、8章と付録からなる。マイクロアクチュエータ、センサ、プロセッサを持つ小さなセルをアレイ状に並べ、上に載せた物体の位置を検知し、アクチュエータの協調動作で望みの位置に運ぶシステムについて述べている。

第1章は序論である。物体の検知と操作、情報処理の機能を備えるセルをMEMSコンセプト技術で作り、セルをアレイとして平面的に敷きつめたデバイスを作る。自律分散システムの概念に基づき、セルが相互に通信して協調動作を行い、アレイの上に置いた物体を目的の場所に運ぶマイクロ搬送システムを提案し、本論文の目的と研究の意義を提示している。

第2章では、マイクロ搬送システムとそのアクチュエータの原理を述べている。熱駆動アクチュエータを一方向に敷きつめたアレイで物体搬送を確認した。

第3章は、上記を拡張してアクチュエータを直交する二方向に敷きつめたアレイ面上で、物体を二次元的に搬送できることを示した。

第4章では、上述の二次元アクチュエータアレイに基づき、自立分散型MEMSの模擬システムを作るための構成方法について論じている。システム機能は集中制御方式で確認し、自律分散制御による共同動作の実証に進むため、柔軟に制御アルゴリズムを変更できる情報処理装置としてPCを用いることとした。

第5章では、アクチュエータアレイ、CCDカメラ、PC制御器を組み合わせた模擬システムを製作し、フィードバック搬送動作を実証した。

第6章では、センサとしてカメラの代わりに基板上に作ったフォトダイオードアレイを用いた模擬システムを作り、いろいろな方向への直進搬送、回転、2物体の独立搬送などを行った。アレイMEMSが協調動作で様々な機能を発揮することを確かめた。

第7章では、主要な分散制御をFPGA内に作った制御器で行うこととし、様々な機能を適切に発現できる制御アルゴリズムに基づいて、物体の搬送と回転、故障セルの迂回、などいろいろな機能を的確に実現できることを示した。

第8章は結論であり、本論文で得た成果をまとめ、その意義を論ずるとともに、今後の研究の進むべき方向を述べている。

以上これを要するに、本論文は、自律分散型MEMS搬送システムの概念を提案し、原理検証のための搬送システムを構築することで、MEMSアクチュエータアレイ上での物体の搬送、センサアレイとプロセッサの分散情報処理による物体の位置検出とフィードバック制御が可能であることを実験的に示したもので、電気工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク