学位論文要旨



No 217144
著者(漢字) 細谷,健一
著者(英字)
著者(カナ) ホソヤ,ケンイチ
標題(和) 共振器の結合強度制御に基づくマイクロ波・ミリ波発振器の低位相雑音化技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 217144
報告番号 乙17144
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17144号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 藤島,実
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 桜井,貴康
 東京大学 教授 廣瀬,朗
 東京大学 准教授 年吉,洋
内容要旨 要旨を表示する

近年、携帯電話や無線LAN(Local Area Network)に代表される低域マイクロ波帯を用いた無線通信は著しい発展を遂げてきた。更に最近では、低域マイクロ波帯の周波数逼迫化への対応や更なる高速化への要求から、未使用の広帯域周波数資源を利用可能なミリ波(60GHz帯)を用いてギガビットクラスの無線伝送を実現しようとする試みも活発化している。一方インターネット回線のFTTH (Fiber To The Home)化などを背景に光ファイバ通信の高速化も進んでおり、10 Gbpsから40 Gbpsシステムへの移行が始まっている。また優れた直進性や装置の小型性を活かしたミリ波(77GHz帯)車載レーダの普及も本格化しようとしている。

発振器は、これら無線・有線通信及びレーダシステムにおいて搬送波信号やクロック信号を生成する心臓部の役割を担うキーデバイスであり、その位相雑音はこれらのシステム性能を左右する重要な性能指標である。システムの高周波化・高速化は発振器の高周波化を要求し、本質的に位相雑音の増大をもたらす。一方で変調方式の高度化等により位相雑音への要求はますます厳格化しており、既に従来の回路技術では新しい超高周波・超高速システムに対応可能な位相雑音の実現は困難な状況にある。本研究はこのような状況に鑑み行ったものであり、これまで十分な設計論が確立されてこなかった共振器の結合強度制御技術に着目することにより、ミリ波帯及び高域のマイクロ波帯における発振器の低位相雑音設計論の確立と、それに基づく低位相雑音化技術の提案を目的とするものである。以下、各章ごとに概要を述べる。

第1章では、マイクロ波・ミリ波発振器技術、及びその応用システムの歴史を俯瞰し、本研究の歴史的位置付けを明確化する。また、それを踏まえた上で本論文の目的と意義を示す。

第2章では、マイクロ波・ミリ波発振器技術を概観し、発振器技術全体の中での本研究の位置付けを明確化する。また本論である第4章から第7章における議論で必要となる発振器技術に関する基礎事項についても述べる。特に本研究で焦点を当てる共振回路に関しては、その特性指標について通常用いられる定義の問題点を指摘した上で本研究において採用した定義を示す。

第3章では、発振器の位相雑音が無線・有線通信及びレーダシステムへ与える影響について議論し、本研究の重要性を改めて提示する。また定量的な解析を行うことで、各システムにおける所要位相雑音性能を明示し、本研究における目標性能を明確化する。

第4章では、マイクロ波・ミリ波発振器における位相雑音と共振器結合強度の関係を、特に設計上重要となる結合強度の小さな領域における位相雑音の複雑な振る舞いを含めて理論的に明らかにする。従来標準的な位相雑音モデルとして用いられてきたLeesonのモデルは、そのような結合強度の小さな領域における複雑な位相雑音特性については一切記述しておらず、結合強度の設計指針を与えて来なかった。本研究では発振方程式に立脚したKurokawaの位相雑音理論に基づき、これをマイクロ波・ミリ波負性抵抗発振器へと適用することにより位相雑音と共振器結合強度の関係式を解析的に導出する。得られた解析式は、結合強度が非常に小さくなったときに、位相雑音の急激な劣化、発振出力急減、発振停止等の現象が起こることを示しており、この結果に基づき結合強度の設計指針を初めて明確化する。また結合強度を設計指針で示した最適な値に高精度に制御することが重要であることを併せて指摘する。

本章の結果は、マイクロ波・ミリ波発振器における位相雑音と共振器結合強度の関係を初めて理論的に明確化したものであり、続く第5章から第7章における研究の基盤ともなるとともに、今後広く結合強度の設計指針としての利用が期待されるものである。

第5章では、第4章で得られた結果の平面回路発振器への展開を行う。近年本格的普及が望まれる超高周波システムには、ミリ波車載レーダや加入者系無線アクセス(FWA: Fixed Wireless Access)等高周波モジュールの小型・低コスト化が市場拡大の鍵となっているものが多い。本章の研究はこれらコンシューマ用途を想定したものであり、小型・低コスト化に適する一方、低い無負荷Q値のために低位相雑音化が従来困難だった平面回路発振器において、第4章の理論解析結果に基づく新しい結合強度制御技術の提案により低雑音化を実現するものである。先ず、従来の平面回路共振器と集中定数素子、間隙、直結等による結合技術では第4章で明確化した最適結合強度の実現が困難であることを示す。その上で、最適結合強度を実現可能な平面回路共振器として(λ/4±δ)長先端開放スタブ共振器の提案を行う。本共振器は結合部を内在した共振器と解釈可能であり、その結合強度を結合素子ではなくリソグラフィー技術により高精度に制御可能な量δにより広範囲に制御可能という従来の共振器にない特徴を有する。これらの特徴は、第4章で導いた低位相雑音発振器用共振器に求められる特徴とまさに合致するものである。本共振器を38GHz帯GaAs(砒化ガリウム)系ヘテロ接合バイポーラトランジスタ(HBT: Heterojunction Bipolar Transistor) MMIC(Microwave Monolithic Integrated Circuit)発振器に適用し、世界最高の位相雑音性能(-114 dBc/Hz @1 MHz離調)を実証する。

本章の成果は、最適結合強度を実現可能な平面回路共振器の提案によって、従来の平面回路発振器では到達不可能だった低位相雑音特性の実現を可能とするものであり、今後小型・低コスト化と低位相雑音化の両立が求められるシステムへの適用が期待されるものである。

第6章及び第7章では、第4章で得られた結果の立体回路発振器への展開を図る。これは低位相雑音化が困難な超高周波帯(ミリ波帯)において極限の位相雑音特性を追求するものであり、ハイエンド用途を想定したものである。立体回路発振器として、高い無負荷Q値、外部回路との結合容易性、空洞共振器に対する小型性等の利点を有する誘電体共振器(DR: Dielectric Resonator)を装荷することにより、マイクロ波帯における代表的な超低位相雑音周波数源として実用化されている誘電体共振発振器(DRO: Dielectric Resonator Oscillator)を採用し研究対象とする。DRはミリ波帯においても高い無負荷Q値を維持し、周波数上昇に従い更に小型化されることから、DROはミリ波帯においても有望な低位相雑音周波数源として期待されてきたが、これまで実用化可能な特性は実現されていない。本研究では先ずミリ波DROの実現を阻んできた複数の技術障壁を分析し、それらに対するブレークスルー技術を提案することにより世界最高性能のミリ波DROの実現を目指す。その結果、この二章は最大要因である立体回路における共振器結合制御を中心的な課題としながらも、その一方でデバイス・プロセス技術から、モデリング技術、回路設計技術までを含む総合的な研究開発の性格を有する。

先ず第6章では、従来マイクロ波帯で用いられてきたDRとマイクロストリップ線路(MSL: Microstrip Line)の結合形態では第4章で明確化した最適結合強度の実現がミリ波帯においては困難であることを示し、DRとMSLを交差させる新しい結合形態の提案を行う。理論解析と実験により、提案結合技術の有効性を検証するとともにDR-MSL交差量の最適化を行う。更に、第7章において提案するDRO高精度設計・解析手法を実現するための、温度・構造パラメータに依存したDR共振系等価回路モデルの提案・構築も行う。

続く第7章では、第6章の結果を基盤としミリ波帯(60 GHz帯)DROの研究開発を行う。先ず、ミリ波帯動作可能なGaAs歪系高電子移動度トランジスタ(PHEMT: Pseudomorphic High Electron Mobility Transistor)及びそのMMICプロセスの開発を行うとともに、PHEMTの温度依存大信号モデルを提案する。このPHEMT温度依存大信号モデルと第6章の温度・構造パラメータ依存DR共振系モデルを回路解析プログラムへ組み込むことにより、世界で初めてDRO特性の温度・構造パラメータ依存性を予測可能な設計・解析手法の構築を行う。以上述べた、DR-MSL結合技術、DRO設計・解析技術、デバイス・プロセス技術を統合し、世界最高性能(位相雑音-90 dBc/Hz @100 kHz離調、出力10.0 dBm、温度安定性+1.6 ppm/℃)の60 GHz帯MMIC DROを実現する。

第6章及び第7章の中心的な成果は、ミリ波帯立体回路において最適結合強度を実現する結合技術を提案することにより、今後開拓が期待される超高周波帯において低雑音周波数源を実現する方法を提示したことにある。

最後に第8章で、本論文全体及び各章の要旨と得られた主要な結論を纏める。また今後の課題と展望についても述べる。

以上述べたように本研究は、今後開拓が期待される超高周波帯を用いた無線・有線通信及びレーダシステムのキーデバイスである発振器について、先ず共振器の結合強度の設計論を理論解析により確立し、そこで得られた結論に基づき平面回路及び立体回路における新しい結合強度制御技術の提案を行い、それらを適用した発振器の試作実験を通して従来技術では到達不可能だった低位相雑音特性の実証を行ったものであって、今後多方面への適用が期待されるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「共振器の結合強度制御に基づくマイクロ波・ミリ波発振器の低位相雑音化技術に関する研究」と題し、これまで十分な設計論が確立されてこなかった共振器の結合強度制御技術に着目することにより、ミリ波帯及び高域のマイクロ波帯における発振器の低位相雑音設計論の確立と、それに基づく低位相雑音化技術の提案を目的とするもので全8章で構成される。

第1章は、「序論」であり、マイクロ波・ミリ波発振器技術、及びその応用システムの歴史を俯瞰し、本研究の歴史的位置付けを明確化する。また、それを踏まえた上で本論文の目的と意義を示している。

第2章は、「マイクロ波・ミリ波発振器技術の概要」であり、マイクロ波・ミリ波発振器技術を概観し、発振器技術全体の中での本研究の位置付けを明確化している。また本論である第4章から第7章における議論で必要となる発振器技術に関する基礎事項についても述べている。

第3章は、「マイクロ波・ミリ波発振器の応用システムと位相雑音の影響」であり、発振器の位相雑音が無線・有線通信及びレーダシステムへ与える影響について議論し、本研究の重要性を改めて提示する。また定量的な解析を行うことで、各システムにおける所要位相雑音性能を明示し、本研究における目標性能を明確化している。

第4章は、「マイクロ波負性抵抗発振器における共振器結合係数と位相雑音の関係に関する理論的研究」であり、マイクロ波・ミリ波発振器における位相雑音と共振器結合強度の関係を、特に設計上重要となる結合強度の小さな領域における位相雑音の複雑な振る舞いを含めて理論的に明らかにしている。本研究では発振方程式に立脚したKurokawaの位相雑音理論に基づき、これをマイクロ波・ミリ波負性抵抗発振器へと適用することにより位相雑音と共振器結合強度の関係式を解析的に導出している。得られた解析式は、結合強度が非常に小さくなったときに、位相雑音の急激な劣化、発振出力急減、発振停止等の現象が起こることを示しており、この結果に基づき結合強度の設計指針を初めて明確化している。また結合強度を設計指針で示した最適な値に高精度に制御することが重要であることを併せて指摘している。

第5章は、「(λ/4±δ)長先端開放スタブ共振器を用いたHBT平面回路発振器の低位相雑音化」であり、第4章で得られた結果の平面回路発振器への展開を行っている。小型・低コスト化に適する一方、低い無負荷Q値のために低位相雑音化が従来困難だった平面回路発振器において、第4章の理論解析結果に基づく新しい結合強度制御技術の提案により低雑音化を実現している。最適結合強度を実現可能な平面回路共振器として(λ/4±δ)長先端開放スタブ共振器の提案を行っている。本共振器を38GHz帯GaAs(砒化ガリウム)系ヘテロ接合バイポーラトランジスタ(HBT: Heterojunction Bipolar Transistor) MMIC(Microwave Monolithic Integrated Circuit)発振器に適用し、世界最高の位相雑音性能(-114 dBc/Hz @1 MHz離調)を実証している。

第6章は、「GaAs上マイクロストリップ線路に結合した60GHz帯誘電体共振器の解析とモデル化」であり、従来マイクロ波帯で用いられてきたDRとマイクロストリップ線路(MSL: Microstrip Line)の結合形態では第4章で明確化した最適結合強度の実現がミリ波帯においては困難であることを示し、DRとMSLを交差させる新しい結合形態の提案を行う。理論解析と実験により、提案結合技術の有効性を検証するとともにDR-MSL交差量の最適化を行っている。

第7章は、「60GHz帯低位相雑音PHEMT誘電体共振発振器(DRO)の研究開発」であり、第6章の結果を基盤としミリ波帯(60 GHz帯)DROの研究開発を行っている。先ず、ミリ波帯動作可能なGaAs歪系高電子移動度トランジスタ(PHEMT: Pseudomorphic High Electron Mobility Transistor)及びそのMMICプロセスの開発を行うとともに、PHEMTの温度依存大信号モデルを提案している。このPHEMT温度依存大信号モデルと第6章の温度・構造パラメータ依存DR共振系モデルを回路解析プログラムへ組み込むことにより、世界で初めてDRO特性の温度・構造パラメータ依存性を予測可能な設計・解析手法の構築を行っている。以上述べた、DR-MSL結合技術、DRO設計・解析技術、デバイス・プロセス技術を統合し、世界最高性能(位相雑音-90 dBc/Hz @100 kHz離調、出力10.0 dBm、温度安定性+1.6 ppm/℃)の60 GHz帯MMIC DROを実現している。

第8章は、「結論」であり、本論文全体及び各章の要旨と得られた主要な結論を纏める。また今後の課題と展望についても述べている。

以上のように本論文は、今後開拓が期待される超高周波帯を用いた無線・有線通信及びレーダシステムのキーデバイスである発振器について、先ず共振器の結合強度の設計論を理論解析により確立し、そこで得られた結論に基づき平面回路及び立体回路における新しい結合強度制御技術の提案を行い、それらを適用した発振器の試作実験を通して従来技術では到達不可能だった低位相雑音特性の実証を行ったものであって、電子工学に貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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