学位論文要旨



No 217148
著者(漢字) 北村,浩二
著者(英字)
著者(カナ) キタムラ,コウジ
標題(和) 農業用水路のストックマネジメントにおける劣化予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 217148
報告番号 乙17148
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17148号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 特任准教授 山岡,和純
内容要旨 要旨を表示する

農業用水路(鉄筋コンクリート製開水路)は,初期建設後は経年によって,施設が老朽化し,物理的変状が生じ,施設の有する性能が低下する現象である劣化が進行する.

従来,水路の点検実施時の劣化状態の把握,施設の劣化の将来における進行を予測する劣化予測や,補修や全面更新等の対策の実施時期や工法の決定は,技術者の経験と知見に基づいて判断されていた。しかし,近年,限られた予算制約下で,膨大な社会資本ストックを有する農業用水路の適時・適切な維持管理・補修等を実施し,施設の長寿命化とライフサイクルコスト(建設・維持管理等にかかる全てのコスト)の低減を図るストックマネジメントが導入され,水路の精度の高い点検手法と劣化予測手法の開発が求められている。

本研究では,農業用水路(鉄筋コンクリート製開水路)に特徴的な劣化機構である水路の壁面の摩耗について,目視や簡易な器具を用いた点検手法を提案するとともに,劣化予測手法を開発することを,目的とする.

点検手法としては,目視による健全度評価と,簡易な器具である型取りゲージを用いた手法を提案する.

健全度(表1)は,水路の壁面の摩耗の進行による外観の変状のグレーディングを5.5~0.5の0.5刻みの11段階で表現するもので,これを基に,水路の壁面の摩耗の進行を目視で評価する.

簡易な器具を用いた手法としては,型取りゲージで壁面の摩耗による凹凸を読み取り,定量的な算術平均粗さ(Ra)を計算する.算術平均粗さ(Ra)は,工業製品の表面粗さを表すパラメーターとしてJISB0601の附属書2に参考として記述されているもの(図1および式(1))であるが,その単位をミリメートル(mm)で表示し,水路の壁面の摩耗の進行による凹凸を数値化する.

(1)

調査地区は,北陸地域の新潟県の西蒲原地区であり,異なる供用年数の水路を有することに特徴がある.

目視による健全度に基づく点検データを用いた劣化予測手法として,単一劣化モデルとマルコフ連鎖モデルを提案する.

単一劣化モデルは,供用年数と健全度の低下の関係を曲線もしくは直線で示すもので,水路の各バレルの健全度の平均的な低下を予測するものであり,理解が容易という特徴がある.

マルコフ連鎖モデルは,過去の統計データに基づき,任意の健全度のバレルの集団において1年間で健全度が1段階下がるバレルの割合である遷移率を求め,離散的に健全度分布の推移を予測するモデルであり,健全度のピークとばらつきを表現できるものである.

単一劣化モデルでは,各バレルの点検結果に基づき,経年による水路の壁面の摩耗の劣化予測式を1次直線で推定した.劣化予測式は,式(2)で表すことができる.Sは健全度,tは供用年数である.

S=-0.0694t+5.5(R2=0.641) (2)

マルコフ連鎖モデルは,単一劣化モデルで,健全度と供用年数の関係が1次直線で表現できることがわかったことから,その関係との適合性が高くなるよう,各健全度間の遷移率が一定である,小牟禮ら(2002)のモデル(式(3))を用いることとした.xは遷移率,tは供用年数である.実際には,モデル計算値のピークを鋭くし,調査実測値との適合性を高めるために,1つの健全度に3つの状態を割り当てたモデルを用い,1つの状態の遷移率を1/3倍して,1つの健全度の遷移率に換算した.

(3)

各水路毎の遷移率を求め,それらの供用年数と遷移率の関係から,水路の供用年数が異なっても,目視調査水路全体でほぼ同じ遷移率x=0.12が適用できることがわかった.

遷移率x=12の場合のマルコフ連鎖モデルによって計算した健全度の平均値の劣化曲線と,単一劣化モデルの1次直線の劣化予測式(2)を図2に示す.マルコフ連鎖モデルと単一劣化モデルの劣化進行が同様であり,双方のモデルの関連性が高いことがわかる.

算術平均粗さ(Ra)による水路の壁面の摩耗の定量的評価について,灌漑期水位以下のRaの平均値と,目視による健全度評価の関係を図3に示す.健全度5.5と判断される初期建設時の壁面状態のRaを近似的に零とすると,健全度と灌漑期水位以下のRaの平均値の関係は,式(4)で表現できる.Sは健全度,2は灌漑期水位以下のRaの平均値である.

z=-0.2943S+1.6232(R2=0.859) (4)

西蒲原地区の劣化予測結果は,次のようにまとめることができる.

目視による健全度評価に基づく,単一劣化モデルでは,健全度と供用年数の関係は1次直線で表せる.これは,健全度評価基準が定量的な意味を持つものであることを意味する.マルコフ連鎖モデルでは,遷移率は各水路固有ではなく,目視調査水路全体を同じ遷移率12で表現できる。単一劣化モデルとマルコフ連鎖モデルには高い関連性がある.すxな=0.わち,単一劣化モデルにおける健全度と供用年数の関係から,適合性の高いマルコフ連鎖モデルの選択が可能である.

算術平均粗さ(Ra)を用いることによって,水路の壁面の摩耗による凹凸の進行を定量的に表現することができる.灌漑期水位以下のRaの平均値と健全度の関係は1次直線で表すことができ,Raと健全度には定量的な関係がある.これによって,目視による健全度評価に基づく主観的な点検結果の誤差を最小化することができる.すなわち,健全度に基づく目視点検を実施する前に,点検実施者が,算術平均粗さ(Ra)と健全度の関係を習得することによって,目視による健全度評価の誤差を最小化することが可能となる。

西蒲原地区の調査結果に基づく劣化予測結果の,全国的に展開するための普遍性を検証するため,他地区への適用を行った.関東地域の茨城県の小場江堰地区,東北地域の岩手県の岩手山麓地区および猿ヶ石北部地区に適用した.

凍害危険度の大きい岩手山麓地区では,水路の壁面の摩耗の劣化進行が速い.しかし,その他の地域は,凍害危険度が小さい地域で,水路の壁面の摩耗の劣化進行は,西蒲原地区とほぼ同じであった.

このことから,凍害危険度の小さい地区では,西蒲原地区の劣化予測結果には全国展開の普遍性があると言える.

表1健全度による劣化の状態

図1算術平均粗さ(Ra)の概念図

図2マルコフ連鎖モデルと単一劣化モデル

図3Raの平均値と健全度

審査要旨 要旨を表示する

農業用水路(鉄筋コンクリート製開水路)は,初期建設後は経年によって,施設が老朽化し,物理的変状が生じ,施設の有する性能が低下する現象である劣化が進行する.従来,水路の点検実施時の劣化状態の把握,施設の劣化の将来における進行を予測する劣化予測や,補修や全面更新等の対策の実施時期や工法の決定は,技術者の経験と知見に基づいて判断されていた.しかし,近年,限られた予算制約下で,膨大な社会資本ストックを有する農業用水路の適時・適切な維持管理・補修等を実施し,施設の長寿命化とライフサイクルコスト(建設・維持管理等にかかる全てのコスト)の低減を図るストックマネジメントが導入されつっあり,水路の精度の高い点検手法と劣化予測手法の開発が求められている.

本研究は,農業用水路(鉄筋コンクリート製開水路)に特徴的な劣化機構である水路の壁面の摩耗について,目視や簡易な器具を用いた点検手法を提案するとともに,劣化予測手法を開発することを,目的とする.点検手法としては,本論文において目視による健全度評価と,簡易な器具である型取りゲージを用いた手法が提案されている.

健全度は,水路の壁面の摩耗の進行による外観の変状のグレーディングを5.5~0.5の0.5刻みの11段階で表現するもので,これを基に,水路の壁面の摩耗の進行を目視で評価する.簡易な器具を用いた手法としては,型取りゲージで壁面の摩耗による凹凸を読み取り,定最的な算術平均粗さ(Ra)を計算する.算術平均粗さ(Ra)は,工業製品の表面粗さを表すパラメーターとしてJISB0601の附属書2に参考として記述されているものであるが,その単位をミリメートル(mm)で表示し,水路の壁面の摩耗の進行による凹凸を数値化する,

目視による健全度に基づく点検データを用いた劣化予測手法として,本論文では単一劣化モデルとマルコフ連鎖モデルが提案されている.単一劣化モデルは,供用年数と健全度の低下の関係を曲線もしくは直線で示すもので,水路の各バレルの健全度の平均的な低下を予測するものである.マルコフ連鎖モデルは,過去の統計データに基づき,任意の健全度のバレルの集団において1年間で健全度が1段階下がるバレルの割合である遷移率を求め,離散的に健全度分布の推移を予測するモデルであり,健全度のピークとばらつきを表現できるものである.

これらの点検方法及び劣化予測手法の検証を行った調査地区は,北陸地域の新潟県の西蒲原地区であり,異なる供用年数の水路を有することに特徴がある.単一劣化モデルでは,各バレルの点検結果に基づき,経年による水路の壁面の摩耗の劣化予測式を1次直線で推定した.マルコフ連鎖モデルは,単一劣化モデルで,健全度と供用年数の関係が1次直線で表現できることがわかったことから,その関係との適合性が高くなるよう,各健全度間の遷移率が一定であるモデルが用いられた,水路毎の遷移率を求め,それらの供用年数と遷移率の関係から,水路の供用年数が異なっても,目視調査水路全体でほぼ同じ遷移率x=0.12が適用できることがわかった.算術平均粗さ(Ra)による水路の壁面の摩耗の定量的評価について,灌漑期水位以下のRaの平均値と,目視による健全度評価の関係は,1次直線で表現できることが明らかになった.

西蒲原地区の劣化予測結果は,次のようにまとめられた.目視による健全度評価に基づく,単一劣化モデルでは,健全度と供用年数の関係は1次直線で表せる.これは,健全度評価基準が定量的な意味を持つものであることを意味する.マルコフ連鎖モデルでは,遷移率は各水路固有ではなく,目視調査水路全体を同じ遷移率x=0.12で表現できる.単一劣化モデルとマルコフ連鎖モデルには高い関連性がある.すなわち,単一劣化モデルにおける健全度と供用年数の関係から,適合性の高いマルコフ連鎖モデルの選択が可能である.算術平均粗さ(Ra)を用いることによって,水路の壁面の摩耗による凹凸の進行を定量的に表現することができる.灌漑期水位以下のぬの平均値と健全度の関係は1次直線で表すことができ,Raと健全度には定量的な関係がある.これによって,目視による健全度評価に基づく主観的な点検結果の誤差を最小化することができる.すなわち,健全度に基づく目視点検を実施する前に,点検実施者が,算術平均粗さ(Ra)と健全度の関係を習得することによって,目視による健全度評価の誤差を最小化することが可能となる.

西蒲原地区の調査結果に基づく劣化予測結果の,全国的に展開するための普遍性を検証するため,他地区への適用を行った.茨城県の小場江堰地区,岩手県の岩手山麓地区および猿ヶ石北部地区に適用した.凍害危険度の大きい岩手山麓地区では,水路の壁面の摩耗の劣化進行が速い.しかし,その他の地域は,凍害危険度が小さい地域で,水路の壁面の摩耗の劣化進行は,西蒲原地区とほぼ同じであった.このことから,凍害危険度の小さい地区では,西蒲原地区の劣化予測結果には全国展開の普遍性があることが示された.

以上,本論文により、膨大な社会資本ストックを有する農業用水路に関し、データの集積とその解析から劣化予測手法の開発を行い、適時・適切な維持管理・補修等を実施し,施設の長寿命化とライフサイクルコストの低減を図るストックマネジメントについて重要な知見が示され、学術上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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