学位論文要旨



No 217153
著者(漢字) 松島,健一
著者(英字)
著者(カナ) マツシマ,ケンイチ
標題(和) ジオシンセティックスを用いた土質材料の補強メカニズムの解明と水利構造物への適用性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217153
報告番号 乙17153
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17153号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 特任准教授 山岡,和純
内容要旨 要旨を表示する

我が国の農業水利施設は,水路総延長45,000km,ため池21万箇所,基幹的な施設だけでも再建設費ベースで25兆円のストックを有している.これらの施設は我々の生命と直結する重要な構造物であり,その機能を持続的に発揮させていくことが極めて重要である.そのためには,これらの水利構造物の機能を適切に診断し,必要に応じた補修・改修を実施していく必要がある.また,水利構造物の中には,現在の設計基準を満たしていないものが数多く残され,毎年のように自然災害による被害が相次いで発生している.そのため,従来工法のみならず,新しい補強技術を積極的に導入し,経済的で耐久性の高い補強対策を講じていく必要がある.

本研究では,全国に2万箇所以上あると言われる老朽化ため池など,早急な補強対策が必要な水利構造物を対象として,ジオシンセティックスおよび土嚢積層システムを用いた補強技術の適用性について検討する.ジオシンセティックスは,曲げやせん断にはほとんど抵抗せず,引張り方向のみに抵抗するシート状もしくは格子状の高分子材料である.これらの新しい材料の導入に当たっては,人工材料と土質材料から構成される複合材料にどのような補強メカニズムが引き起こされ,強度発現するかを正確に把握しておく必要がある.この目的のため,第一に,上記の設計の基本となる複合材料の強度変形特性を把握するとともに,高い強度発現を生み出すメカニズムを解明し,効果的なジオシンセティックスや土嚢の配置および土質材料の特性について検討した.第二に,ため池堤体など,重要な水利構造物を対象に補強メカニズムから導き出された新しい改修技術を考案し,耐震性および堤体越流に対する耐侵食性の観点から,その適用性について検討した.

本論文の前半は,ジオグリッドにより引張り補強された土と,土嚢積層システムを対象として,補強土の直接せん断試験および土嚢積層体の力学試験を実施し,これらの複合材料の強度発現メカニズムについて検討を行った.後半は,実物大の振動実験および越流破堤実験により,新しい改修技術を適用したため池堤体の耐久性について検証した.以下に各章で得られた結論を示す.

第1章では,本研究の背景と目的ならびに人工材料を用いた水利構造物の補強対策について紹介した.

第2章では,本研究で用いた土質材料およびジオシンセティックス材料について説明した.

第3・4章では,引張り補強された土の直接せん断試験を実施し,せん断過程における補強材と土のひずみの発達を実験的に把握し,引張り補強効果による強度発現メカニズムについて検討を行った.その結果,土の変形に伴う補強材引張り力は,せん断ゾーンでの(1)土のダイレタンシーと,(2)水平せん断に伴う補強材の幾何学的な形状変化によって発生することがわかった.また,(1)と(2)による引張り補強効果は,同時に発揮されないことがわかった.供試体膨脹が発生するせん断変位量が小さい段階では(1)が卓越して発揮されるが,局所的なせん断変形が進んだ段階になると,(1)は発揮されず,それに替わって,(2)の効果が発揮されることがわかった.また,土と補強材の相互作用の観点から上記の引張り補強効果を効率的に引き出すには,供試体膨脹量だけでなく,補強材に再配分される引張ひずみの発生量を抑制すること,つまり,せん断ゾーン内の補強材引張り力を解放されにくくすることが重要であることがわかった.これを実現するには,大粒径材を良く締固めることが有効であることがわかった.それは次の理由による.

1)大粒径材ほど,供試体膨脹量が大きくなる分,せん断ゾーンでの補強材引張ひずみの発生量が大きくなる.

2)補強材の引抜けに伴うダイレタンシーが大きいので,補強材に作用する面圧が増加し,より大きな引抜け抵抗力が発揮できる.これにより,補強材引張ひずみが再配分されにくくなる.つまり,せん断ゾーンでの補強材引張り力が解放されにくくなる.

3)また,ピークせん断強度時のせん断変位量が大きくなった分だけ,土に高い強度が維持された状態で高い引張り拘束が発揮される.

以上のように,従来の設計では静力学的な力の釣合いから補強効果を算定しているが,本質的に発揮される強度は補強材の引張強度だけでなく,土質材料の粒子径が大きく関係していることがわかった.また,せん断変位量が大きくなった段階でも(2)の効果が継続的に発揮されるため,見かけ上,土の脆性的な挙動が改善されることがわかった.

第5章では,土嚢積層体の圧縮および水平せん断試験を実施し,圧縮時の強度発現メカニズムおよび水平せん断時の滑動抵抗メカニズムについて検討するとともに,以下に示す設計上の課題を解決し,強度・剛性に優れた土嚢積層システムを考案した.

〔設計上の課題〕

土嚢が鉛直方向に載荷を受けるとき,中詰め材が水平方向に変形するため,土嚢材に引張り力が発生する.その結果,土嚢内部に作用する拘束圧が高まり,中詰め材以上の高い支持力を発揮する。いわゆる,自己拘束メカニズムが発揮される.つまり,強度発現する上で,必然的に変形が必要不可欠である.しかしながら,設計上に必要な強度が得られるまでに極めて圧縮変形量が大きくなる可能性がある.

一方,土嚢積層面と平行な方向に水平せん断を受けるとき,せん断に伴って土嚢材に引張り力が働きにくく,自己拘束メカニズムが発揮されにくい.同時に,圧縮強度に比べて遙かに小さいせん断力で土嚢材間の滑動が生じる.この構造的な欠点は背面土圧や地震力に対する設計を行う上でクリティカルな課題となる.以下に解決すべき設計上の課題をまとめる.

(1)土嚢は終局的な圧縮強度は高いが,圧縮変形量が極めて大きい.

(2)圧縮強度に比べて滑動抵抗力が遙かに小さい.

〔圧縮剛性の改善策〕

土嚢の圧縮変形に起因する土嚢材引張り力の発生と,土嚢材引張り力による中詰め材の拘束効果をモデル化し,土嚢の圧縮変形量の予測式を導いた.さらに,一連の土嚢積層体の圧縮試験結果から得られた圧縮特性について検証した.その結果,圧縮剛性を改善するには,同一の圧縮変形量に対して高い拘束効果を発揮させることが重要であることがわかった.これを実現するためには,中詰め材の投入量(7~8割程度)を調整し、十分な転圧を実施して,土嚢側面がよく張出した扁平状にすること.中詰め材は強度が高く,よく締固まるダイレタンシーが大きな大粒径材を使用すること.さらに,土嚢材はできるだけ高い引張剛性を持つ材料を選定することが有効であることがわかった.

〔滑動抵抗力の改善策〕

土嚢積層体の構造的強度異方性に着目して,通常のように水平に土嚢を積む方法ではなく,石垣のように背面側に傾斜して土嚢を積む方法を考案し,水平方向の滑動抵抗力の向上効果を検証した.本研究では、水平積み(δ=0°)および傾斜積み(δ=18°)した3段の大型土嚢の水平せん断試験を実施した。土質材料には粒度分布が悪く、きれいな砂(豊浦砂)と粒度分布が良い再生砕石を用いた。そして、異なる鉛直拘束圧条件 (30 kPa, 150 kPaそして300 kPa)での土嚢積層体のせん断強度・変形特性を把握した。その結果、水平に積層した場合に比べて、背面側に傾斜積層すると,積層面に作用する垂直力が増加するため,滑動抵抗力は約2倍に増加することがわかった.再生砕石を用いた土嚢では水平もしくは傾斜積層した条件にかかわらず、土嚢の破壊は土嚢材間の積層面に沿った滑動が支配的となった。一方,豊浦砂を用いた土嚢では、水平積層した条件では、滑動破壊が生じるが、高拘束圧条件で傾斜積層した場合では、土嚢材間の滑動モードが生じるよりも前に,中詰め材のせん断破壊が引き起こされるため、傾斜積みによる滑動抵抗力の向上効果が低下することがわかった。これらの結果から、通常のように土嚢を水平に積層するのではなく,土嚢を適切な角度で傾斜積層すると、せん断強度を簡易にかつ効果的に高められることが明らかとなった。また、それに付随して粒度分布の良く、粒子径が大きな中詰め材を使用し、あらかじめ転圧することが,積層面の摩擦角、中詰め材の強度,そして中詰め材の拘束圧を高める上で重要であり,効率的に土嚢の傾斜積みの効果を引き出すのに有効であることがわかった。

第6章では,第3~5章で得られた知見に基づいて下図にような新しい改修技術をため池堤体に適用し,耐震性および堤体越流に対する耐侵食性について評価した.

〔土嚢積層システムの耐震性〕

土嚢積層構造の違いおよび堤体内部の引張り補強効果の影響を検討するため,通常のように土嚢を水平積層したCase H,水平方向の滑動抵抗力を高めるため,堤体内側に傾斜積層したCase I,さらに,テール(下図参照)を連結した土嚢を傾斜積層したCase I+Tの堤体模型の振動実験を実施した.その結果,Case Iは,水平地震力により土嚢積層面上の垂直力が増加するため,滑動が生じなかった(インターロッキング効果).一方,Case Hはインターロッキング効果が発揮されないので,加振力が小さい段階で土嚢材間に滑動破壊が生じた.さらに,Case I+Tでは,堤体内部が引張り補強されるため,より高い耐震性を発揮することがわかった.上記のことから,土嚢の傾斜積層とテールを組み合わせるだけで,飛躍的に耐震性が向上することがわかった.

〔堤体越流に対する耐侵食性〕

洪水による堤体越流を想定した越流破堤実験では,越流水深(h0)の増加に伴い堤体下流斜面の流況はNappe flow→Skimming flow→Free fall flowの順に変化する.Skimming flow(23.8cm<h0<32.3cm)では,軽微な損傷が発生するが,侵食の発達速度が極めて遅く,実用的に十分な耐侵食性を有していることがわかった.さらに越流水深が大きくなると(h0>32cm),下流法肩での水流の剥離により落下流が形成された.このため,着水点では落下流により土嚢が貫通し,落下流線上に沿って堤体内部に侵食が進行した.堤体内部には急峻な侵食崖が形成されたが,堤体内部に残存していたテールによって内的な安定が維持されるため,天端の沈下を発生せず,決壊には至らなかった.また,侵食の発達速度は,土のみの堤体に比べて極めて遅いため,下流住民の避難時間の確保など,減災技術として役立てられることがわかった.

第7章では,第3章から第6章で得られた結論を総括した.

図 テールとウィングが連結した大型土嚢の傾斜積層システムを適用した新しい改修技術の提案

審査要旨 要旨を表示する

我が国の膨大な農業水利施設の中には,老朽化ため池のように現在の設計基準を満たしていないものが数多く残され,毎年のように自然災害による被害が発生している.そのため,従来工法のみならず,新しい補強技術を積極的に導入し,経済的で耐久性の高い補強対策を講じていく必要がある.本研究では,全国に20万箇所以上あると言われるため池など,早急な補強対策が必要な水利構造物を対象に、自然災害(地震、豪雨による越水)に強いため池堤体を開発するため、ジオシンセティックスおよび土嚢積層システムを用いた改修技術の適用性について検討している.

本論文では、第一に,設計の基本となるジオシンセティックスと土質材料からなる複合材料の強度変形特性を把握するとともに,高い強度発現を生み出すメカニズムを解明し,効果的なジオシンセティックスや土嚢の配置および土質材料の特性が検討された.第二に,ため池堤体など,重要な水利構造物を対象に補強メカニズムから導き出された新しい改修技術を考案し,耐震性および堤体越流に対する耐侵食性の観点から,現場レベルでの有効性が検証された.

まず、ジオグリッドにより引張り補強された土質材料の補強メカニズム解明においては、補強材端部を制御できる大型直接せん断試験を開発することにより,既往研究では把握できなかった補強材引張り力の再配分過程と定着長の影響が評価された.これにより,変形量が小さい段階~大きな段階までの補強材引張り力と強度発現の関係が明らかになった.

a) 土にひずみ軟化前(変形量が小さい状態)では、土のダイレタンシーによる引張り拘束によって強度が増加する。

b) 土のひずみ軟化後(終局的な状態)も、補強材がせん断変位を拘束するため、強度低下が生じず,土の脆性的な挙動が改善される.

さらに、高い引張り補強効果を引き出すには,供試体膨脹量が大きく,せん断変位量が大きい段階まで高い強度が維持でき,かつ,引抜け抵抗力が大きい大粒径材を使用することが有効であることが解明された.この補強原理は土嚢の拘束メカニズムにも共通し,大粒径材を使用することで,圧縮剛性の改善ならびに土嚢自体のせん断破壊を抑制することができることがわかった。

次に,土嚢積層システムが抱える以下の2つの設計上の課題解決を図るため、土嚢積層体の圧縮・水平せん断試験を実施し、強度・剛性に優れた土嚢積層システムについて検討された.

1)土嚢は終局的な圧縮強度は高いが,圧縮変形量が極めて大きい.

2)圧縮強度に比べて滑動抵抗力が遙かに小さい.

その結果、土嚢の圧縮剛性を改善するためには,同一の圧縮変形量に対して高い拘束効果を発揮させることが重要であり,それには,3つの要件,(1)扁平形状,(2)引張剛性の高い土嚢材,(3)十分な締固めが有効であることを明らかにした.

さらに,上記の土嚢を傾斜積層することにより,設計上の課題であった滑動抵抗力の問題を解決し,強度・剛性に優れた土嚢積層システムを開発した.

実用段階においては、実物大の振動実験および越流破堤実験により土嚢積層システムとジオグリッドを適切に組み合わせた堤体構造により,耐震性や耐侵食性に優れた改修技術を実現した.さらに,実用化のための設計・施工技術を開発し,復旧事業に結びつけている.

以上,本論文は、ジオシンセティックスを用いた土質材料の補強メカニズムを解明し、強度・剛性に優れた土嚢積層システムを開発して、ため池に適用するなど、基礎研究から応用までの課題解明を行ったものであり、学術上寄与するところが大きい。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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