No | 217154 | |
著者(漢字) | ハ,ダオ ベト | |
著者(英字) | Ha,Dao Viet | |
著者(カナ) | ハ,ダオ ベト | |
標題(和) | ベトナムにおける食中毒の原因となる海産毒に関する研究 | |
標題(洋) | Marine toxins responsible for food poisonings in Vietnam | |
報告番号 | 217154 | |
報告番号 | 乙17154 | |
学位授与日 | 2009.03.16 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 第17154号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ベトナムは米を主食としタンパク質の多くを水産物から摂取する栄養摂取形態をとっている国である。従って、生鮮魚介類ばかりでなく、魚醤や塩干品に加工された食材も多く利用されている。ところで、海洋生物には食中毒の原因となる自然毒を持つものが知られ、これら毒の中にはフグ毒テトロドトキシン(TTX)のような致死性の高い毒も存在する。近年急激な経済発展やそれに伴う人口の増加により、ベトナムにおける水産物の需要は増加しつつある。これに伴い、海産生物の自然毒による食中毒の被害報告も増加しているが、ベトナムではこれら自然毒に関する科学的調査が乏しく中毒の原因となる生物や毒成分に関する知見が得られていない場合が多い。本研究は、食中毒の原因となった海産生物、あるいは食中毒を起こす可能性が考えられる生物について毒成分の種類やその蓄積量を調べ、ベトナムにおける海産生物の自然毒による食中毒防除対策の策定に科学的知見を与えることを目的として行ったものである。 本論文は全四章からなる。 第一章では、食中毒の原因となる海産生物とその毒の化学的性状、薬理学的性質、中毒症状、およびこれら中毒を防ぐために各国が採用している方策について最近の動向を基に概説した。 第二章では、過去10年の間にベトナムで発生した海産生物の摂食による重篤な食中毒事例を調べ、中毒発生海域で捕獲したこれら海産生物の毒を分析し、食中毒の原因毒を調べた。 まず、Vung Tau 地方のTan Hai 村で過去に食中毒事故を引き起こしたカブトガニCarcinoscopius rotundicauda 12個体を採取した。本種はフグ毒(TTX)および麻ひ性貝毒の一成分であるサキシトキシン(STX)、あるいはそのいずれかを含むことが報告されている。そこで得られた検体につき軟組織の抽出物中のTTXおよびSTXを調べ、全ての個体に高濃度のTTXと微量のSTXが存在することを明らかにした。この結果はベトナムにおけるC. rotundicaudaの摂食による食中毒の主な原因毒はTTXであり、同種は食料に適さないことを示した。 ベトナムにはTTXを持つことが報告されているツムギハゼYoungeichthys nebulosusが生息する。そこで2006年10月と11月にKhanh Hoa 地方のCua Be漁港で捕獲した本種の毒を調べた。36個体の試料を個体別に抽出して分析したところ、毒量に大きな個体差が認められたが予想通りTTXが検出された。この結果は同種の摂食が危険であることを意味する。TTXを含む生物はSTXを併せ持つことが複数の生物で知られているが、本ハゼ試料にはSTXは検出されなかった。 2006~2007年にかけ海産小型巻貝による死者を含む5件の食中毒が発生した。中毒を起こした巻貝は何れも台湾で有毒種が報告されているムシロガイ科Nassarius属のN. papillosus, N. glans glans, N. compus およびタマガイ科のNatica fasciataなどの巻貝と同定された。中毒症状は麻痺を主症状としていたのでTTXあるいはSTXの存在を想定し、食べ残し試料を分析したところ著しい個体差が認められたが、TTXのみあるいはTTXとSTXの両者を検出した。これらの結果はNassasius属およびNatica属の巻貝による食中毒の原因物質がTTXあるいはSTXであることを示すものである。 ベトナムでは過去10年の間にタコの一種の咬毒による被害が2件報告されている。これらはタコに触れた漁業者が咬まれ被害にあったもので、両者とも咬まれた後30分以内に死亡している。これらはオーストラリアで報告されたヒョウモンダコHapalochlaena maculosaによる被害に類似しているが、原因となったタコは、オオマルモンダコH. lunulataと同定された。同種による被害は咬毒に限られず、同種が混在する小型のタコを材料として製造したミンチボールの摂食が原因となる食中毒も発生している。中毒症状は麻痺を主症状とし、2004年にBinh Thuan 村で発生した中毒では45名の子供を含む85人が発症して入院し3名が死亡した。そこで2007年5月と6月に、Khanh Hoa 地方のCua Be 港で入手した96個体のH. lunulataを触手、頭胸部、唾液腺を含む腹部の3部位に分けた後、各部位を抽出し分析した。その結果、75個体からTTXを検出し、最も強い個体では1,000MU/gを超える毒性を示した。部位による毒含量には差は認められなかった。以上の結果は同種のタコが筋肉部にも時に高濃度のTTXを含有し、食品として利用することが危険な生物であることを示した。 海産フグが有毒であることはベトナムにおいても良く知られ、通常は食用とされることなく廃棄されているが、時に他の雑魚とともに魚醤の原料に用いられることがある。これは魚醤製造の発酵過程で毒が消失すると考えられていることによる。そこで本研究ではこの点についても科学的な検証を行った。まずKhanh Hoa 沿岸で入手したトラフグ属のTakifugu oblongtus、シッポウフグ属のTorquigener gloerfelti、およびサバフグ属のLagocephalus sceleratusの毒を個体別に分析し、毒の本体がTTXであること、およびその毒性が他の地域同様、種に関わらず大きな個体差を示すことを明らかにした。次に、T. gloerfelti 120個体を用いベトナムの伝統的方法に従い魚醤を作製し、製造過程における毒量の変化を観察した。その結果、12ヶ月の製造期間に毒量の87%が減少した。この結果は発酵が毒の分解あるいは無毒物質への変換を促進することを示唆するが、TTXの分解や代謝機構については不明の点が多く今後さらに検討する必要がある。 以上本章では、過去10年の間に発生した海産生物の消費が原因となる重篤な食中毒の原因毒は、TTXおよびSTX、あるいはその何れかであることを明らかにした。 第三章では、ベトナムでは殆ど記載のない有毒プランクトンの発生による貝類の毒化について述べてある。有毒プランクトンの発生による貝類の毒化は、世界の多くの国で公衆衛生上および産業上の問題を引き起こしてきた。しかしベトナムでは多くの二枚貝を消費しているにも関わらず、有毒プランクトンの発生による貝類毒化の記録は殆どない。そこでこれまで全く情報のなかった東南アジア海域における二枚貝のドウモイ酸(DA)蓄積を研究中の日本の研究グループと共同で、2004年にベトナム中部のNha Phu湾でDAによる貝類毒化調査を開始した。本章では熱帯域に生息するSpondylus属二枚貝が特異的にDAを蓄積するという共同研究の成果に基づき、Nha Phu湾で行ったDAによるS. versicolorの毒化調査についてまとめた。 まず、2004年12月から翌年10月にかけて行った調査で、S. versicolorとプランクトンネット試料のDA量を季節的に調べ、S. versicolorのDA量が増加する時期のプランクトンネット試料にDAが検出されることを明らかにした。この結果はS. versicolorのDA蓄積がDAを持つプランクトンの捕食によることを示すものである。しかし本調査においては、S. versicolorのDA蓄積量に比べプランクトンネット試料のDA量が低いことが観察された。2007年3月から4月にかけて行った調査では、S. versicolorのDA量が増加している時期に採集したプランクトンネット試料中のプランクトン細胞を、孔径の異なるネットを用いてサイズの異なるプランクトン細胞に篩い分け、それぞれのDAを測定することによりDAの原因となるプランクトンを調べた。その結果DAの殆どは0.6-10 μm画分に捕集される粒子画分に認められ、本湾でS. versicolorのDA蓄積に関与するプランクトンは10 μmのメッシュを通過する小さなサイズのプランクトンであることが明らかになった。この結果は、本湾におけるDA生産プランクトンの調査においては、20 μmメッシュのプランクトンネットの使用は不適当であることを示すものである。同ネットで捕集した試料中に10 μmをすり抜ける小型プランクトンが捕集されたことは、同一のネットを繰り返し使用したことによるネットの目詰まりによると考えた。一方、プランクトンネット試料にDAが認められた海水より小型のPseudo-nitzschia属珪藻を単離・培養し、DA生産能を調べたところ、P. cacianthaと同定された8株にDA生産が認められた。この結果は、S. versicolorのDA蓄積がP. cacianthaの捕食によることを示唆するが、同種の培養株は継代を繰り返していくうちにDA生産能を失い、培養株作成一年半後にはその全てが死滅した。一般に植物プランクトンの生育には現場海水中の微量成分が重要な役割を果たすことがあることが指摘されている。また、Pseudo-nitzschia属珪藻のDA生産には環境中の細菌の存在が関与することが報告されている。従って本研究で明らかになったP. cacianthaのDA生産についてもこれらの影響因子について更なる検討が必要と考えられた。 第四章では以上の研究結果の総括をもとに、今後の研究として有毒海産生物、および麻痺性貝毒やシガテラなどについて探査と確認を継続することの重要性、ならびに、ベトナムで繰り返される海産生物による食中毒に対して、社会に対する啓蒙活動と信頼できる毒分析担当機関設置の必要性などについて提言を行った。 | |
審査要旨 | ベトナムは、米を主食としタンパク質の多くを水産物から摂取する栄養摂取形態をとっている国であり、生鮮魚介類ばかりでなく、魚醤や塩干品に加工された食材も多く利用されている。海洋生物にはフグ毒テトロドトキシンのように食中毒の原因となる自然毒を持つものが知られ、近年急激な経済発展により水産物の需要が増加しつつある同国では、この自然毒による食中毒の被害報告も増加している。しかし同国ではこれら自然毒に関する科学的調査が乏しく、中毒の原因となる生物や毒成分に関する知見が得られていない場合が多い。本研究は、食中毒の原因となった海産生物、あるいは食中毒を起こす可能性が考えられる生物について毒成分の種類やその蓄積量を調べ、ベトナムにおける海産生物の自然毒による食中毒防除対策の策定に科学的知見を与えることを目的として行ったものである。 本論分は四章からなり、第一章では、食中毒の原因となる海産生物とその毒の化学的性状、およびこれら中毒を防ぐために各国が採用している方策などについて最近の動向を基に最近の知見をまとめている。 第二章では、過去10年の間にベトナムで発生した海産生物の摂食による重篤な食中毒事例を調べ、中毒患者の食べ残し、あるいは中毒発生海域で捕獲したカブトガニCarcinoscopius rotundicauda、ツムギハゼ Youngeichthys nebulosus、巻貝のムシロガイ科Nassarsius papillosus、N. fasciata、N. glans glans、N. compus およびタマガイ科のNatica fasciata の5種、オオマルモンダコHapalochlaena lunulata、さらに3種のフグ、すなわちトラフグ属のTakifugu oblongtus、シッポウフグ属のTorquigener. gloerfelti、およびサバフグ属のLagocephalus sceleratusの毒をHPLCおよびLC-MS/MSで分析して、食中毒の原因毒を調べている。その結果、これらの生物のすべてからフグ毒テトロドトキシンを検出し、種によっては麻痺毒であるサキシトキシンも含まれることを認め、食中毒がこれらの毒の両者あるいはいずれかで引き起こされたことを明らかにした。特に、オオマルモンダコや3種のフグでは個体差が大きく、無毒の個体から、1個体で数名以上の人を中毒死に至らしめるものまであった。 第三章では、ベトナムでは殆ど記載のない有毒プランクトンの発生による貝類の毒化について述べてある。有毒プランクトンの発生による貝類の毒化は、世界の多くの国で公衆衛生上および産業上の問題を引き起こしてきた。しかしベトナムでは多くの二枚貝を消費しているにも関わらず、貝類毒化の記録は殆どない。そこで熱帯域に生息するSpondylus属二枚貝が特異的にドウモイ酸(DA)を蓄積するという情報に基づき行った、Nha Phu湾でおけるS. versicolorのDA毒化原因に関する調査についてまとめたものである。まず、S. versicolor軟体部とその生育海域のプランクトンに含まれるDA量に季節的相関がみられること、しかし前者に比べ後者はかなり低い値であることを明らかにした。次に、プランクトン試料を大きさにより分画して、各画分のDAが0.6-10 μm画分にもっとも多いこと、すなわちDA蓄積に関与するプランクトンは10 μmのメッシュを通過する小さなサイズのプランクトンであることを明らかにした。さらに、プランクトンネット試料にDAが認められた海水より小型の珪藻を単離・培養し、DA生産能を調べたところ、Pseudo-nitzschia cacianthaと同定された8株にDA生産が認められた。この結果は、S. versicolorのDA蓄積がP. cacianthaの捕食によることを示唆するものであった。 第四章では今後の研究として、ベトナムで発生しているものの、今回対象とできなかった有毒海産生物、および麻痺性貝毒やシガテラなどについて探査と確認を継続することの重要性、ならびに、ベトナムで繰り返される海産生物による食中毒に対して、社会に対する啓蒙活動と信頼できる毒分析担当機関設置の必要性などについて提言を行っている。 以上本研究は、研究の立ち遅れていたベトナムで発生している海産生物に起因する食中毒の原因毒などを化学的、生物学的手法により調査したもので、この成果をもとに今後水産食品の安全性に関する議論がより科学的になるものと期待され、水圏生物科学の発展に資するところが極めて大であると考えられた。よって、審査員一同は本論文をもって、本研究の申請者ダオ ベト ハさんが博士(農学)の学位を授与するに値する研究者であると判断した。 | |
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