学位論文要旨



No 217155
著者(漢字) 清野,和彦
著者(英字)
著者(カナ) キヨノ,カズヒコ
標題(和) 四次元スピン多様体への有限群作用
標題(洋) Finite group actions on spin 4-manifolds
報告番号 217155
報告番号 乙17155
学位授与日 2009.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第17155号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 准教授 今野,宏
 京都大学 教授 上,正明
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、四次元多様体の位相構造と微分構造の間にある対称性の違いの探求を目的とする。ここに言う対称性とは「有限群の作用をどれほど受け入れるか」ということを意味する。ただし、位相構造の対称性、すなわち位相多様体に対する群作用として連続性だけを要求するのは、この問の考察のためには弱すぎることが知られている。それは、連続な作用が多様体としての作用ではなく位相空間としての作用にすぎないためである。位相多様体への作用に相応しいのは局所線型な作用である。局所線型な作用とは、多様体が局所的にユークリッド空間であることへの配慮を連続な作用に加えて定義される。いわば局所的に滑らかな作用のことである。(1970 年代までは「局所的に滑らかな作用」とも呼ばれていた。)本研究において大切なことは、局所線型な作用ではイソトロピー表現が滑らかな作用のときと同様に意味を持つことである。

滑らかな作用は局所線型な作用でもある。だから、「位相構造と微分構造の対称性の違い」を具体的に表すものとは、局所線型な作用であってどのような微分構造に対しても滑らかな作用とならないもであると考えられる。このような作用のことを非可滑化作用と呼ぶ。局所線型な作用が「局所的に滑らかな作用」という意味であることを考えると、非可滑化作用とは、局所的には滑らかなのにどのように微分構造を入れても大域的には滑らかにならない作用のことと言える。

非可滑化作用の存在を示すには、次の全く違う二つのことを行わなければならない。ひとつは局所線型作用を作ることである。もうひとつは滑らかな作用に対する制約を見つけることである。構成した局所線型作用が滑らかであると仮定すると制約に抵触してしまう、という方法で非可滑化作用の存在を示すのである。本研究の力点は、滑らかな作用に対する制約の探求と応用の方にある。

古田幹雄は、無限次元空間の間の写像であるサイバーグ・ウィッテン方程式を有限次元空間の間の写像で近似することにより、球面と同相でない四次元可微分スピン閉多様体X でb1(X) = 0 を満たすものに対し、

b(-2) (X) < indD < b(+2) (X) (1)

という不等式の成り立つことを証明した。ここで、D はX の一つのスピン構造に関するディラック作用素である。X にコンパクト・リー群G がスピン構造の一つを保って作用している場合、この不等式を

-b-2) (X/G) < dim(indGD)G < b(+2) (X/G) (2)

に拡張できることが、福本善洋と古田によって証明されている。この不等式は滑らかな作用に対する制約を与えている。本研究では前半と後半で違った視点からこの方法を探究する。

第一部では、局所線型作用の既存の作り方と制約(2) を組み合わせることで、非可滑化作用が無限に存在することを証明する。第二部では、四次交代群A4 という非可換群について制約(2) よりも強い制約を得る。第二部はXimin Liu との共同研究である。

第一部の内容

いかなる非自明な有限群も素数位数の巡回群を部分群に持つ。一方、素数位数の巡回群は構造が簡単なので、その作用に対しては適用できる理論が比較的多い。前者は素数位数の巡回群の作用を考察することの重要性を意味し、後者はその考察を深める可能性を意味する。第一部では奇素数pを位数とする巡回群の単連結なスピン閉多様体への作用を研究する。

主定理は次である。ここで、作用が擬自由であるとは、多様体から有限個の点を取り除くと自由な作用となることである。

定理1. X を向きの付いた四次元単連結位相スピン閉多様体でS4 ともS2 × S2 とも同相でないとする。このとき、X に応じて十分大きいすべての素数p に対し、p 次巡回群のX への擬自由でホモロジー群上に誘導される作用が自明であるような非可滑化作用が存在する。

S4 へのこのような作用が存在しないことは既によく知られている。一方、S2 × S2 へのこのような作用が存在するかどうかは未知である。S2 ×S2 は定理1 の仮定をみたす多様体とS4 との間に位置する多様体と言える。その意味で、S2 ×S2 への定理1 の結論ような作用が存在するかどうかは重要な問題である。

なお、二個以上の射影平面の連結和#nCP2 への5 次巡回群の定理1 の結論のような作用が存在することが、A. L. Edmonds とJ. H. Ewing の研究とI. Hambleton とR. Lee の研究を合わせることによって明らかにされている。また#nCP2 とS4 の間に位置する多様体であるCP2 に関しては、定理1 の結論のような作用の存在しないことがD. Wilczy´nski によって証明されている。

既に述べたように、証明は大きく二つのステップに分かれる。局所線型作用を構成するステップと、構成された作用が滑らかな作用に対する制約を満たさないことを示すステップである。

p 次巡回群Zp からPSL(3,C) への準同型を通じてZp のCP2 への作用が得られる。多様体の向きだけを逆にすることでCP2 への作用も得られる。p が5 以上なら、これらの作用の中に不動点集合が三点だけになるものがある。X を向きの付いた四次元単連結位相閉多様体とする。いくつかのCP2 といくつかのCP2 への上のような作用を上手く選ぶことにより、それらの不動点全体からいくつかの不動点を取り除くか、あるいはS4 への標準的な作用の不動点を補ったものとイソトロピー表現も込めて不動点が一致するようなZp のX への作用が存在することがEdmondsとEwing の研究からわかる。

このようにして構成した局所線型作用の中に非可滑化作用が存在することを、不等式(2) を使って示す。X がスピンのとき、上のようにして構成した局所線型作用がある微分構造に関して滑らかであると仮定すると、dim(indZpD)Zp の値を作用の構成に使ったCP2 とCP2 への作用から計算することができる。具体的には、適切な複素直線束を係数とするドルボー作用素の指数を各CP2とCP2 について足したものと符号数σ(X) から計算される。結果として、X がS4 でもS2 ×S2でもないならば、b±2 (X) の値に応じてp を十分大きくすれば不等式(2) が満たされないように各CP2 とCP2 への作用を選べることが示される。すなわち、その局所線型作用は非可滑化作用である。

定理1 の証明は、S4 とS2 ×S2 以外のすべての四次元単連結可微分スピン閉多様体に対して共通に適用できる一般的な方法で各CP2 とCP2 への作用を選んでいるので、p の値の下からの評価は個々の多様体に対しては必ずしも最良ではない。特定のX に限ればもっと小さなp で非可滑化作用の存在することを、各CP2 とCP2 への作用を慎重に選ぶことによって示せる。例えば、三個以上のS2 ×S2 の直和については19 以上のすべてのp でZp の非可滑化作用の存在することがわかる。

第二部の内容

第二部では非可換群の作用を考察する。非可換群の場合、非可滑化作用の存在に利用できるような一般論はほとんど存在しない。本研究ではこの方向の研究のひとつの出発点として四次交代群A4 を取り上げ、A4 の滑らかな作用が満たさなければならない制約を探求する。

四次元多様体の持つ重要な不変量は二次(コ)ホモロジー群上の交叉形式である。四次元位相スピン閉多様体が微分構造を持つための条件として、松本幸夫による次の11/8 予想が本質的である。

11/8 予想(松本幸夫). 向きの付いた四次元可微分スピン閉多様体は、不等式

b2(X) ≧ 11/8 |σ(X)|

を満たす。

この予想は未解決である。古田の証明した不等式(1) は次の定理と同値である。

10/8 定理(古田幹雄). 四次元可微分スピン閉多様体は、σ(X) ≦ 0 となるように向きを選んだときb(+2 )(X) ≠ 0 ならば、不等式

b2(X) ≧ 5/4|σ(X)| +2

を満たす。

不等式(2) は、四次元可微分スピン閉多様体にスピン構造を保つ有限群作用がある場合に、10/8定理を商空間へ拡張したものである。群がスピン構造を保って作用しているなら部分群もそうなので、各部分群ごとに対応する不等式が得られる。第二部で考察するのはこれらの一群の不等式では得られない制約である。

J. Bryan は、群が2n 位数の巡回群Z2n の場合に、H2+(X;R) 上に誘導されるZ2n の作用がZ2n の全ての部分群Z2i (i = 1, 2, . . . , n) の表現としてある条件を満たせばX はより強い不等式

b2(X) ≧ 5/4|σ(X)| +2(n + 1)

を満たさなければならないことを示している。このように、制約(2) を超える制約を得るにはホモロジー群上への作用が豊かであるという一種の非退化性の条件が必要となる。(この意味で、第一部で考察した作用は「退化しきった」作用であった。)

群作用がない場合でも、スピン多様体のスピン構造に対するサイバーグ・ウィッテン写像はPin(2)という群の作用を持っている。古田はこの作用の詳細を同変K 理論を使って調べることにより10/8 定理を得た。群G が作用している場合にはサイバーグ・ウィッテン写像もそれに応じて大きなある群G の対称性を持つ。Bryan はG がZ2n 等の可換群の場合についてG の作用を同変K理論で考察することで上記の制約を得た。

第二部は、この方法を非可換群に対して拡張する最初の試みとしてのA4 の作用の研究である。結果として、三次元既約表現が非退化性の条件に関わる次の結果を得た。

定理2. X を四次元可微分スピン閉多様体でb1(X) = 0 を満たすものとし、σ(X) ≦0 となるように向きを選んでおく。このとき、A4 のX への作用がX のスピン構造の一つを保ち、かつH(2+)(X;R) 上へ誘導された作用がA4 の三次元の既約表現を含むならば、不等式

b2(X) ≧ 5/4|σ(X)| +6

が成り立つ。

審査要旨 要旨を表示する

論文提出者は、4次元スピン多様体上の群作用について滑らかな作用と局所線形な作用の差異に関する研究を行った。

当論文の前半では、奇素数位数巡回群の作用であって固定点が有限点であるものが考察される。S4上のそのような局所線形な作用は、ある可微分構造に関して滑らかであることが知られていた。当論文の主結果は、S4とS2 × S2以外の任意の単連結4次元スピン閉位相多様体Xに対して、充分大きな任意の素数pをとると、位数pの巡回群のXへの局所線形な作用であって、いかなる可微分構造に関しても滑らかにならないものの存在することである。その作用は固定点が有限点であり、ホモロジー群上に誘導される作用が自明であるように取れる。さらに、可能な素数位数$p$の具体的評価が行われている。4次元スピン閉多様体への奇素数位数作用についての先行研究としては、S4についての結果の他は、楕円曲面上の特定の可微分構造に対して作用が滑らかであるための障害が知られていた。それと比して同研究は大きな進展を与えるものと評価される。

当論文の後半は4次交代群の4次元スピン閉位相多様体の作用についてのXimin Liu氏との共同研究に基づき、主結果として、そのような作用がある可微分構造に関して滑らかであるとき、2次ホモロジー群上に誘導される作用がある条件を満たすことを示した。先行研究として可換有限群の作用については、類似の条件が知られていたが、当論文で得られた条件は、群作用の可換部分群への制限からは導かれない、真に非可換的な条件である。この成果は非可換な有限群作用に特有の性質を与える数少ない結果として評価される。

よって、論文提出者 清野和彦は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク