学位論文要旨



No 217157
著者(漢字) 深山,真史
著者(英字)
著者(カナ) ミヤマ,マサシ
標題(和) 耐塩性育種のためのオヒルギ (Bruguiera gymnorhiza) の耐塩性遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 217157
報告番号 乙17157
学位授与日 2009.04.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17157号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 准教授 高野,哲夫
 東京大学 准教授 中園,幹生
 東京工科大学 准教授 多田,雄一
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、耐塩性育種の遺伝子源としてマングローブ植物のオヒルギ(Bruguiera gymnorhiza)に着目して、シロイヌナズナの耐塩性を強化するオヒルギの耐塩性遺伝子BgARP7の同定を行なったものである。これを以下の3段階のプロセスによって達成した。すなわち、1.ESTシークエンシングによりオヒルギの遺伝子を解読し、2.これを基に構築したDNAマイクロアレイを用いて塩応答性遺伝子を同定し、3.これらの中から、アグロバクテリウムの耐塩性を強化する遺伝子を同定し、さらにその中からシロイヌナズナの耐塩性を強化する遺伝子BgARP1を同定した。以下に上記3過程の詳細をそれぞれ示す。

1.Expressed Sequence Tags(EST)シークエンシングによるオヒルギ遺伝子の解読および発現解析

オヒルギ遺伝子を解読するため、ESTシークエンシングを行った。これにより、効率的かつ安価に、発現している遺伝子のみを解読することができると考えた。まず、塩などのストレス処理をしたオヒルギの葉と根から抽出したmRNAから、5つのcDNAライブラリーを構築し、合計26,400個のオヒルギESTをシークエンシングしたところ、14,842個の高い確度(99.99%以上)の配列が得られた(DDBJ アクセッション番号 BP938635~BP953476)。さらに、この14,842個のESTをクラスタリングして、同一遺伝子由来のESTを一つにまとめて、6943個の重複のない遺伝子配列を得た。これが本研究で解読された実質遺伝子数である。なお、この6943個の遺伝子のうち、4339個(62.5%)は、既知の配列(UniProtデータベースのエントリー)と有意な配列相同性(E_<10e-5)を示した。

次に、ESTの冗長度に基づいた遺伝子発現定量を行い、この結果を用いて、クラスタリング解析による遺伝子発現プロファイリングを行った。91%の信頼度で、EST冗長度が、遺伝子発現量を反映している129個の遺伝子(3701個のESTから構成される)を対象にクラスタリング解析を実施したところ、これらの遺伝子は4個のメジャーなクラスターに分類された。また、これにより塩ストレス時のオヒルギの組織特異的および共通の遺伝子発現が明らかになった。

2.DNAマイクロアレイを用いたオヒルギの塩応答性遺伝子の同定

まず、7029個のオヒルギ遺伝子を搭載したcDNAマイクロアレイを用いて、樹齢6ヶ月のオヒルギの塩処理(500mMNaCI)前後のオヒルギの上位展開葉、下位展開葉および根の遺伝子発現を解析したところ、塩処理によって5倍以上のアップレギュレートされた228個の遺伝子と、ダウンレギュレートされた61個の遺伝子を同定した。

次に、11,997個のオヒルギ遺伝子断片を搭載したオリゴDNAマイクロアレイを用いて、塩および浸透圧処理前後のオヒルギの葉の遺伝子発現を解析した。その結果、塩と浸透圧ストレス下で有意に発現量の異なる865個の遺伝子を同定した(p<0.05、false discovery rate[FDR]<5%)。この865個の遺伝子のうち、1条件以上で、2倍以上アップレギュレート(ダウンレギュレート)された遺伝子を380(588)個同定した。また、塩ストレスで2倍以上アップレギュレート(ダウンレギュレート〉された遺伝子を183(286)個、浸透圧ストレスで2倍以上アップレギュレート(ダウンレギュレート)された遺伝子を188(232)個同定した。この865個の遺伝子について、塩および浸透圧処理後6時間および24時間の計4実験条件について遺伝子発現プロファイルの階層的クラスタリング解析を実施しところ、塩と浸透圧処理を境に決定木が分岐したため、塩および浸透圧ストレスに対する遺伝子の応答パターンは互いに異なることが示された。遺伝子発現解析と併せて、生理学的な解析を行ったところ、オヒルギの光合成速度は、塩処理後6時間で低下したが、24時間後にはそれよりも回復したことが分かった。また、オヒルギ葉の水ポテンシャルは、塩処理前後で有意な変化はなかった。一方で、浸透圧処理後には、光合成速度および水ポテンシャルは不可逆的に低下した。塩処理前のオヒルギ葉のNa+とCl一の濃度の合計は481mMであったが、塩処理後は上昇して、2週間後には1M程度に達した。これらの結果から、オヒルギは塩処理後、Na+やCl-イオンを吸収して、植物体内の浸透圧を高めることで浸透圧ストレスを回避したのではないかと考察する。浸透圧応答遺伝子として知られるosmotin遺伝子が、塩応答せず浸透圧応答した結果も、この考察を支持すると考えられる。

続いて、11,997個のオヒルギ遺伝子断片を搭載したオリゴDNAマイクロアレイを用いて、オヒルギの主根および側根における塩処理前後の遺伝子発現を解析した結果、主根で403個、側根で175個の遺伝子が、塩処理によって顕著に(p<0.01、fol dchange>2)アップレギュレートされたことが分かった。Blight-associated protein p12 precursor protein遺伝子と、他のマングローブ(ロッカクヒルギ)由来でタバコに耐塩性を付与したと報告されているmangrinは、側根において顕著にアップレギュレートされた。オヒルギ特有の遺伝子であるBg70やBURP-domain containing protein遺伝子は、主根において顕著にアップレギュレートされた。塩処理後、1、3、6、12時間では、225、383、576、520個の遺伝子が顕著にアップレギュレートされた。これらのアップレギュレートされた遺伝子群には、C2H2転写因子、WRKY転写因子、MYB転写因子などの転写因子遺伝子が多数含まれていた。

3.オヒルギの塩応答性遺伝子の機能解析

DNAマイクロアレイによって同定された塩応答性遺伝子のうちの40個を、アグロバクテリウムに導入して、250mMNaClを含むLB寒天培地において培養したところ、コントロールのGUS組換え体よりも大きいコロニーを形成した組換え体が確認された。詳細に解析するために、菌数を揃えてスポットテストを実施したところ、BgZF7、BgARP7の組換え体は、300mM、350mMにおいてもコロニーを形成した。次に、組換え株が、高度な耐塩性を示したBgZF7、BgARP7および再現良く耐塩性を示したBgLTPを、シロイヌナズナに導入して、機能解析を実施した。まず、播種後6日目に、芽ばえを0、100、125、150、175mMNaClを含む1/2MS培地に移植し、移植後11日目に芽ばえの新鮮重を測定したところ、BgL7Pの1系統(3系統中)、BgARP7の2系統(3系統中)の新鮮重が、WTのものよりも有意に大きかった。同様の試験を3回繰り返したところ、良好な再現性を示したため、BgLTP、BgARP7は、シロイヌナズナの耐塩性を強化したことが示された。一方、BgZF7組換え体には、耐塩性の向上は認められなかった。また、BgZF7組換え体は、通常の栽培条件でも葉が小さく、草高が低くなっており、生育抑制が起きたと考えられる。

シロイヌナズナの耐塩性を再現よく強化したBgARP7について、詳細に解析した。播種後4日目に0、100、125、150、175mMNaClを含む112MS培地に移植し、移植後12日目に芽ばえの新鮮重を測定したところ、150、175mMの高塩濃度下において、WTよりも新鮮重が大きかった。播種後28日のBgARP7組換え体では、WTと比較して、200mM塩処理後のNa+濃度の増加が若干遅く、K+濃度の低下が遅くなっていた。さらに、塩応答性遺伝子のRD29A、RD29BおよびRD22の発現応答も、軽減された上で、遅延された。以上により、BgARP7の組換え体は、BgARP7を介したシグナル伝達経路の活性化または抑制により、1)osmotinの発現が向上したこと、2)RD29A、RD29BおよびRD22が属するパスウェイの過剰な塩応答が抑制されたこと、3)K+/Na+の恒常性が維持されたことにより、WTよりも高い耐塩性を発現したのではないかと考えられる。

以上のように、EST解析によってオヒルギ遺伝子を解読し、それら中から、DNAマイクロアレイを用いて塩応答性を示す遺伝子を選抜し、さらにアグロバクテリウムを宿主とした耐塩性スクリーニングをすることによって選抜された遺伝子を、シロイヌナズナに導入して機能解析を行なうことで、シロイヌナズナの耐塩性を強化する遺伝子BgARP1を同定した。これにより、本手法が耐塩性遺伝子の同定法として有効であることが示された。本研究によって得られた耐塩性遺伝子BgARP7およびその同定手法は、耐塩性育種の研究に資すると期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

様々な地球環境の悪化に対して、不良環境でも生育できる環境耐性植物の育成が世界的な規模で試みられている。その1つが、塩類集積土壌で生育しうる耐塩性植物の育種であり、モデル植物をはじめ、いくつかの植物から耐塩性遺伝子が単離されている。本研究は、耐塩性育種のための遺伝子源としてマングローブ植物のオヒルギ(Brugruiera gvanothila)に着目して、植物の耐塩性を強化する新規の耐塩性遺伝子の同定を行なったものである。本論文の内容は、主に3つの章から構成されている。

1.Expressed Sequence Tags(EST)シークエンシングによるオヒルギ遺伝子の解読および発現解析

オヒルギ遺伝子を解読するため、ESTシークエンシングを行い、14,842個のESTを得た(DDBJアクセッション番号BP938635-BP953476}。これをクラスタリングして、6943個の重複のない遺伝子配列を得た。このうち、4339個(62.5%)は、既知の配列と有意な配列相同性(E_<10e-5)を示した。

次に、3701個のESTから構成される129個の遺伝子について、ESTの冗長度に基づいて発現を定量し、この結果をクラスタリング解析したところ、オヒルギの組織特異的および共通の遺伝子発現が明らかになった。

2.DNAマイクロアレイを用いたオヒルギの塩応答性遺伝子の同定

まず、7029個のオヒルギ遺伝子を搭載したcDNAマイクロアレイを用いて、塩処理(500mMNaCl)前後のオヒルギの上位展開葉、下位展開葉および根における遺伝子発現を解析したところ、塩処理によって5倍以上のアップレギュレート(ダウンレギュレート)された228(61)個の遺伝子を同定した。

次に、11997個のオヒルギ遺伝子断片を搭載したオリゴDNAマイクロアレイを用いて、塩および浸透圧処理前後のオヒルギの葉の遺伝子発現を解析した結果、塩および浸透圧処理で有意に発現量の異なる865個の遺伝子を同定した。この865個の遺伝子のうち、2倍以上アップレギュレート(ダウンレギュレート)された遺伝子は380(588)個であった。

続いて、11,997個の遺伝子断片を搭載したオリゴDNAマイクロアレイを用いて、オヒルギの主根および側根における塩処理前後の遺伝子発現を解析した結果、主根で403個、側根で175個の遺伝子が、塩処理によって2倍以上アップレギュレートされたことが分かった。

3.オヒルギの塩応答性遺伝子の機能解析

DNAマイクロアレイによって同定された塩応答性遺伝子のうち既知の塩応答性遺伝子などを除いた、40個の候補遺伝子をアグロバクテリウムに導入して、42 1mM NaClを含むLB寒天培地において培養したところ、」解1、Bgnep入BgLTP遺伝子の組換え株は、GUS組換え株と比較して、大きいコロニーを形成した。続いて、これらの3個の遺伝子をシロイヌナズナに導入して、機能解析を実施した。播種後6日目の組換え体の芽ばえを、0、100、125、150、175酬NaClを含む1/2MS培地に移植し、移植後11日目に新鮮重を測定したところ、BgLTPの1系統(3系統中)、BgARP1の2系統(3系統中)の新鮮重が、野生型のものよりも有意に大きかった。BgARP1組換え体について、詳細に解析したところ、200mhl塩処理をした播種後28日目のBgARP1組換え体においては、野生型と比較して、Na+濃度の増加が若干遅く、K+濃度の低下が遅くなっており、さらに塩応答性遺伝子のRD29A、RD29BおよびRD22の発現応答も、軽減および遅延していた。

以上により、BgARP1の組換え体は、BgARP1を介したシグナル伝達経路の活性化または抑制により、.RD29A、RD29BおよびRD22が関与するパスウェイの過剰な塩応答が抑制されたこと、K+/Na+の恒常性が維持されたことなどによって、野生型よりも高い耐塩性を発現したのではないかと推定した。

以上、本研究は、耐塩性植物であるマングローブの1種のオヒルギを材料に、新規の耐塩性遺伝子の単離を目的に行ったものである。発現遺伝子の網羅的な解析をもとに新規の耐塩性遺伝子を単離し、それがシロイヌナズナにも耐塩性を付与することを明らかにしたものであり,学術上、応用上価値が高い.よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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