学位論文要旨



No 217161
著者(漢字) 赤瀬,達三
著者(英字)
著者(カナ) アカセ,タツゾウ
標題(和) 公共交通空間を題材としたサインシステムデザイン論の体系化に関する実証的研究
標題(洋)
報告番号 217161
報告番号 乙17161
学位授与日 2009.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17161号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 内藤,廣
 東京大学 准教授 中井,祐
 東京大学 准教授 堀田,昌英
 東京大学 准教授 清水,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

この論文は,1960年代から日本で起った公共交通空間におけるサインシステムデザインの系譜を総括し,各々の年代を代表するプロジェクトで主張されたデザインの考え方及びその手法を踏まえて,サインシステムデザイン論の体系化を試みたものである.

前半のサインデザインの歴史に関する研究では,古くからあった鉄道掲示と道路標識の近代化の経緯をみた後,1960年以降に新しい職能として現れたデザイナーがサイン整備にかかわったプロジェクトを3つのフェーズから整理した.第1段階では,東京オリンピックと大阪万国博のサイン計画を取り上げた.第2段階では,東京国際空港と大阪国際空港,営団地下鉄のサインシステムを取り上げた.第3段階では,横浜市営地下鉄,仙台市地下鉄,JR東日本,JR九州の各プロジェクトを取り上げた.

後半のサインシステムデザイン論に関する考察と提言の研究は,考察対象を主として鉄道駅に絞り,3つの視点から行った.第1視点のコミュニケーションメディアとしてのデザイン論では,サインシステムを,記号学や言語学,生理学,心理学的にアプローチして探究した.これはサインシステムの意味に関する理論のまとめである.第2視点の空間構成エレメントとしてのデザイン論では,サインシステムの背後にある空間デザインとの関係を建築計画学的にアプローチして探究するとともに,公共交通空間に掲出するサインの役割について社会学的にアプローチして考察した.これは公共サインシステムの社会的な機能に関する理論のまとめである.第3視点の整備対象設備としてのデザイン論では,サインシステムの意味論と機能論を手掛かりに,前半に行ったサインシステムデザインの歴史を踏まえて,誘導案内設備として望ましいサインシステムの実践的な計画論及び設計表現論を整理提言した.この中では,人間工学的,平面デザイン構成学的アプローチも考察に加えた.このように,このサインシステムデザイン論の考察と提言は,できる限り学際的にアプローチし,より深くかつ広範に議論したことに特徴がある.

わが国のサインシステム開発の歴史を概観すると,東京オリンピック(1964)で初めて言語の障壁を超えるピクトグラムの活用が提案され,営団地下鉄(1973)で初めて本格的なサインシステムの導入が図られた.また民営化したJR東日本(1987)ではサインシステムを通して魅力的な企業イメージを訴えかける試みが行われて,一時は他鉄道もそれにならったが,2000年代に入り情報を過剰に表示する例が急速に増えて,今日の公共交通空間のサインシステムは,整備の方向性を見失っているように見える.

サインsignとは,記号,符号,合図,信号など,情報を伝える有形無形のしるしのことである.眼に見えるものや音,におい,手触りなど,人間が接するすべてのものは情報として作用する可能性があるから,すべてのものがサインになる可能性をもっている.一方で人間が接するすべてのものが,常にサインであるとは限らない.サインとして成立するうえで重要なのは,情報の受け手としての主体がいることであり,かつその受け手の感覚器官が受け入れ可能状態にあることである.

サインは「わかった」と了解されなければサインにはならない.ヤコブソンは,言語的コミュニケーションの構成因子には,送り手addresser,受け手addressee,メッセージmessage,場面context,コードcode,接触contactの6つがあると述べた.「わかる」ということは,情報の送り手がコードに託して表現したメッセージを,情報の受け手が解読できるということであるから,「わかる」と「コミュニケーションが成立する」とは同義である.

今日,建築設計や環境デザインなどの領域で,多人数が集散する施設等に設置される視覚表示によるコミュニケーションメディアをサインと呼んでいる.特定の施設やエリア内で,複数のサインの表示内容や表示方法などに相関関係を与えて,個々のサインの総和で一定の目的に沿った情報提供を行おうとする場合,それらサイン類signageの総体をサインシステムSign Systemという.

公共交通空間の案内のためのサインシステムは,同定サインIdentification Sign,指示サインDirection Sign,図解サインIllustrated Sign,規制サインRegulation Signの4種のサインを用いて組み立てるのが一般的であるが,どのサインであっても,サインは必ず情報内容message,表現様式form,空間上の位置postという3つの属性をもっている.サインの情報内容はさらに表示項目contentsとコードcodeに分析でき,表現様式は方法のかたちmodeと外観のかたちstyleに分析でき,空間上の位置は計測的な位置locationと相関的な位置positionに分析できる.先に述べたコミュニケーションを可能にする6つの構成因子を決めるということは,サインシステムデザインにおいては,情報内容,表現様式,空間上の位置という3つの属性を適切に決めることにほかならない.

サインシステムを計画する本来の目的は,サインを空間上に掲出する,そのことではなく,計画対象とする空間を,利用者が総合的な評価として快適だと感じられるように図ることである.その目的のためには,サインシステムのみでは実現できないような空間自体の方策―例えば,外部眺望を確保する,移動する先を見えるようにする,空間の質の違いがわかるようにする,空間の個性化を図るなど―は,事前に行われなければならない.サインシステムは空間上に掲出するにもかかわらず,空間性に拘束されないという特質をもっているので,空間表現が及ばない領域の情報を提供するのが本来の役割である.

利用者の情報ニーズからみると,公共サインが担っている基本的な案内情報は,道筋を明示する情報,位置関係を明示する情報,利用条件を明示する情報の3種である.道筋を明示するためには移動の目的地の方向を「指示」したのち,目的地でそれを「同定」することが不可欠であり,位置関係を明示するためには,空間的な隔たりを「図解」することが不可欠である.また利用条件を明示するにも,文章のみの表現より「図解」するほうが一般的にはわかりやすい場合が多い.

公共サインの誘目性や視認性に重大な影響を与える環境要素に,空間そのものの明瞭性のほか,バリアとして作用しがちな構内売店等の配置,ノイズとして作用しがちな宣伝媒体等の掲出などの問題がある.鉄道駅などの公共空間で,増殖する一方の宣伝情報を適切な量と質にコントロールするためには,鉄道事業者や複合する商業施設事業者,関連行政機関,ユーザー代表らが集まって絶えずその状況を確認し,改善を図る方策を検討し続ける仕組みが欠かせない.

日本の鉄道駅は,大規模なターミナル駅を含めて,会社ごとの管理区分に従ってサインシステムを計画整備するのが一般的であるが,大規模駅を誰にとってもわかりやすいものとするには,管理区域の区分とは別に,ターミナル内には誰もが利用するコモンスペースと限られた人びとが利用するローカルスペースがあって,コモンスペースには,より広範な利用者が共通に必要とするコモンサインを掲出し,またローカルスペースには,当該施設の利用者が必要とするローカルサインを掲出する考え方を採ることが重要である.

また優れたサインシステム計画を得るには,1)施設概要調査,2)動線分析,3)情報ニーズ分析,4)空間条件分析,5)コードプランニング,6)配置計画,7)グラフィックデザイン,8)プロダクトデザインの8つを検討項目とし,5)から8)をスパイラルアップ状に繰り返し検討してサインシステムを構築していくプロセスを採るのが望ましい.

コードプランニング(情報内容の設定の課題)の要点は,利用者の幅もニーズもできる限り広く想定すること,移動しながら見て判断するのに適した情報量を調節すること,わかりやすくなるように情報内容を適切に分類すること,覚えやすくシンプルで,誰もが理解できる用語等を設定することなどである.

グラフィックデザインとプロダクトデザイン(表現様式の設定の課題)の要点は,同種の情報は同じ様式で表現すること,表現の序列化・象徴化・純一化を適切に工夫すること,人間の知覚特性を踏まえて誘目性と視認性を確保できる様式を工夫すること,必ず想定される視認位置からの視距離に基づいて文字や図形の大きさを設定すること,環境全体の審美性の確保に十分配慮することなどである.

配置計画(空間上の位置の設定の課題)の要点は,ニーズが発生する場所を的確に選んで情報掲出すること,人間の知覚特性を踏まえて誘目性と視認性を確保できる位置を選択すること,誘導経路は選択肢を多様に示すより推奨経路を特定して示すこと,情報を連続的に辿れるように掲出すること,用意されている情報の全体把握ができるように集約的に掲出すること,人の通行を妨げたり環境全体の秩序を乱したりしないことなどである.

審査要旨 要旨を表示する

この論文は,1960年代から日本で起った公共交通空間におけるサインシステムデザインの系譜を総括し,各々の年代を代表するプロジェクトで主張されたデザインの考え方及びその手法を踏まえて,サインシステムデザイン論の体系化を試みたものである.

前半のサインデザインの歴史に関する研究では,古くからあった鉄道掲示と道路標識の近代化の経緯をみた後,1960年以降に新しい職能として現れたデザイナーがサイン整備にかかわったプロジェクトを3つのフェーズから整理している。後半のサインシステムデザイン論に関する考察と提言の研究は,考察対象を主として鉄道駅に絞り,3つの視点から行っている.第1視点のコミュニケーションメディアとしてのデザイン論では,サインシステムを,記号学や言語学,生理学,心理学的にアプローチして探究している.これはサインシステムの意味に関する理論のまとめである.第2視点の空間構成エレメントとしてのデザイン論では,サインシステムの背後にある空間デザインとの関係を建築計画学的にアプローチして探究するとともに,公共交通空間に掲出するサインの役割について社会学的にアプローチして考察している.これは公共サインシステムの社会的な機能に関する理論のまとめである.第3視点の整備対象設備としてのデザイン論では,サインシステムの意味論と機能論を手掛かりに,前半に行ったサインシステムデザインの歴史を踏まえて,誘導案内設備として望ましいサインシステムの実践的な計画論及び設計表現論を整理提言したものである.この中では,人間工学的,平面デザイン構成学的アプローチも考察に加えられている.このように,このサインシステムデザイン論の考察と提言は,できる限り学際的にアプローチし,より深くかつ広範に議論していることに特徴がある.

本研究の趣旨を要約すると次のとおりとなっている。

公共交通空間の案内のためのサインシステムは,同定サインIdentification Sign,指示サインDirection Sign,図解サインIllustrated Sign,規制サインRegulation Signの4種のサインを用いて組み立てるのが一般的であるが,どのサインであっても,サインは必ず情報内容message,表現様式form,空間上の位置postという3つの属性をもっている.サインの情報内容はさらに表示項目contentsとコードcodeに分析でき,表現様式は方法のかたちmodeと外観のかたちstyleに分析でき,空間上の位置は計測的な位置locationと相関的な位置positionに分析できる.先に述べたコミュニケーションを可能にする6つの構成因子を決めるということは,サインシステムデザインにおいては,情報内容,表現様式,空間上の位置という3つの属性を適切に決めることにほかならない.

利用者の情報ニーズからみると,公共サインが担っている基本的な案内情報は,道筋を明示する情報,位置関係を明示する情報,利用条件を明示する情報の3種である.道筋を明示するためには移動の目的地の方向を「指示」したのち,目的地でそれを「同定」することが不可欠であり,位置関係を明示するためには,空間的な隔たりを「図解」することが不可欠である.また利用条件を明示するにも,文章のみの表現より「図解」するほうが一般的にはわかりやすい場合が多い.

公共サインの誘目性や視認性に重大な影響を与える環境要素に,空間そのものの明瞭性のほか,バリアとして作用しがちな構内売店等の配置,ノイズとして作用しがちな宣伝媒体等の掲出などの問題がある.鉄道駅などの公共空間で,増殖する一方の宣伝情報を適切な量と質にコントロールするためには,鉄道事業者や複合する商業施設事業者,関連行政機関,ユーザー代表らが集まって絶えずその状況を確認し,改善を図る方策を検討し続ける仕組みが欠かせない.

優れたサインシステム計画を得るには,1)施設概要調査,2)動線分析,3)情報ニーズ分析,4)空間条件分析,5)コードプランニング,6)配置計画,7)グラフィックデザイン,8)プロダクトデザインの8つを検討項目とし,5)から8)をスパイラルアップ状に繰り返し検討してサインシステムを構築していくプロセスを採るのが望ましい.コードプランニング(情報内容の設定の課題)の要点は,利用者の幅もニーズもできる限り広く想定すること,移動しながら見て判断するのに適した情報量を調節すること,わかりやすくなるように情報内容を適切に分類すること,覚えやすくシンプルで,誰もが理解できる用語等を設定することなどである.グラフィックデザインとプロダクトデザイン(表現様式の設定の課題)の要点は,同種の情報は同じ様式で表現すること,表現の序列化・象徴化・純一化を適切に工夫すること,人間の知覚特性を踏まえて誘目性と視認性を確保できる様式を工夫すること,必ず想定される視認位置からの視距離に基づいて文字や図形の大きさを設定すること,環境全体の審美性の確保に十分配慮することなどである.配置計画(空間上の位置の設定の課題)の要点は,ニーズが発生する場所を的確に選んで情報掲出すること,人間の知覚特性を踏まえて誘目性と視認性を確保できる位置を選択すること,誘導経路は選択肢を多様に示すより推奨経路を特定して示すこと,情報を連続的に辿れるように掲出すること,用意されている情報の全体把握ができるように集約的に掲出すること,人の通行を妨げたり環境全体の秩序を乱したりしないことなどである.

以上のように、本研究は、主としてわが国における案内サインの整備発達史を計画論とデザイン論の双方から取りまとめるとともに、営団地下鉄など論文提出者自らが中心となって整備した種々の事例の分析をベースに置いて、その体系化を図るとともに、案内サインシステムの整備におけるマネジメント上の課題と方向性を整理したものであり、学術資料的価値も高い。

以上の論文審査、及び社会基盤学全般ならびに語学力全般の学力についても口頭審査の結果、審査員一同一致して合格と判定したものである。

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