学位論文要旨



No 217164
著者(漢字) 田村,誠邦
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,マサクニ
標題(和) ストック時代における居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスに関する研究
標題(洋)
報告番号 217164
報告番号 乙17164
学位授与日 2009.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17164号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 准教授 大月,敏雄
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の目的と対象及び方法並びに本論文の構成

わが国の集合住宅においては、分譲・賃貸を問わず、新築、かつ、供給者主導の供給プロセスが中心である。しかし、本格的なストック時代を迎え、新築だけでなく、既存建築ストックを活かした取り組みや、供給プロセスに居住者が参加する仕組みを整備していくことが必要なのではないだろうか。本研究は、このような問題意識のもとに、居住者参加型集合住宅供給プロジェクトの実現プロセスについて、異なる類型に属する複数の実施例について比較研究を行うことにより、その現状と課題、事業を推進する組織と職能の業務内容や役割などを明らかにし、これらを体系的に整理するとともに、今後の居住者参加型集合住宅供給の展開方策について検討することにより、ストック時代における居住者参加型集合住宅供給の進展と、集合住宅研究の発展に寄与することを目的としている。

研究方法としては、居住者参加型集合住宅供給として、(1)コーポラティブ方式による集合住宅供給、(2)マンション建替えによる集合住宅供給、(3)建物のコンバージョンによる集合住宅供給の3つの類型を研究対象として設定し、これらの3つの類型について、筆者がコーディネイターもしくはコンサルタントとして直接関わる機会を得た実施プロジェクトを事例として取り上げ、各事例の計画諸元、プロジェクトの経緯、目的、事業手法、事業主体、プロジェクトの参加者、事業計画、資金調達方法等を整理した上で、各事例の実現プロセスとその阻害要因、阻害要因の解決策等について比較検討を行った。具体的には、(1)の事例として、鶴見プロジェクト、目白プロジェクト、小石川の杜プロジェクト、深沢ハウスプロジェクト、(2)の事例として、麻布パインクレスト、同潤会江戸川アパートメント、諏訪町住宅、ジードルンク府中、(3)の事例として、求道学舎の、合計9事例を取り上げた。

本論文は、序章、第I部、第II部、第III部、結語の5部により構成される。序章では、研究の目的と位置づけ、研究対象と研究方法、および、本論文の構成と概要を明らかにした。第I部は第1章~第3章からなり、コーポラティブ方式による居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスに関する研究成果をまとめた。第II部は第4章~第6章からなり、マンション建替えによる居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスに関する研究成果を記した。第III部は第7章~第9章からなり、建物のコンバージョンによる居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスに関する研究成果をまとめた。結語では、以上の研究の総括として、居住者参加型集合住宅供給の各類型による実現プロセスの比較検討を行い、残された課題の整理と今後の展開について考察した。以下に、各部ごとの要旨を記す。

2.第I部の要旨

日米のコーポラティブハウスの態様を比較すると、わが国では、建設期間中の建物への居住者意向の反映や自由設計などに主たる関心があるのに対し、米国では、建物完成後の管理運営、コーポラティブ組織の経営や教育活動、様々なサービス活動等を通して、居住者の生活の質や経済的なメリットを高め、併せて地域や社会的な課題の解決を図ろうとしている点に特色があることが分かった。また、国等の支援制度のあり方、民間組織の関与の仕方などにも大きな差があり、結果的に、これまでの供給累積数や、住宅の形態や規模などに大きな差が生じていることが判明した。こうした相違点の多くは、歴史的な経緯のほか、法制度の違いによる所有形態や融資制度の相違に基づくものと考えられる。

次に、前出の4つの実施事例について、その概要を整理するとともに、標準的な事業プロセスを抽出し、これとの比較の中で事業実現上のプロセスや組織・職能の業務内容・役割などを比較検討した。その結果、プロジェクトの着工準備段階及び工事段階において、コーディネイター及び設計者のプロジェクトマネジメント能力が特に重要なことが判明した。さらに、各事例のプロジェクト実現上の阻害要因を抽出し、その内容を整理した。その結果、自由設計に起因する設計及び施工上の問題が大きいこと、多品種少量生産の設計・生産システムの開発や入居者教育の必要性が高いことなどが明らかとなった。

さらに、第I部のまとめとして、(1)市場流通性の向上、(2)事業リスクの軽減、(3)社会的価値の向上の3つのテーマと12の課題を掲げ、それらを踏まえた今後の展開策として、(1)総合支援組織の設立、(2)新たな事業スキームの創出、(3)多品種少量生産に対応する建築生産システムの構築、(4)マンション建替え、団地再生、地域再生等の手段としての政策的位置づけを提言した。

3.第II部の要旨

まず、集合住宅におけるマンションの位置づけと歴史を整理した上で、マンション建替えの必要性と最近の動向を明らかにするとともに、マンション建替えの類型を整理し、さらに、マンション建替えに関する既往研究を整理した。

次に、マンション建替えの事業類型を整理したうえで、前出の4つの実施事例について、その概要を整理するとともに、事業実現上のプロセスや組織・職能の業務内容・役割などを比較検討した。その結果、4つの事例は、一見異なる事業プロセスを踏んでいるように見えるが、その違いの大半は、建替えに失敗した段階での取り組みにあり、建替えを実現した取り組みに限れば、4つの事例にほぼ共通する標準的プロセスが存在することがわかった。

さらに、これまでの成果を踏まえ、マンション建替えによる居住者参加型集合住宅供給の課題とその対応策について、(1)法的課題、(2)経済性・財産評価に関する課題、(3)合意形成に関する課題、(4)計画手法・制度上の課題の4つに大別して検討を行った。さらに第II部のまとめとして、マンション建替えによる居住者参加型集合住宅供給の今後の展開について考察を行い、I住宅ストック再生に向けての中長期計画の策定、II地域住宅ストック再生計画と団地再生マスタープランの策定、III居住者ニーズに基づいた多様な建替え手法の創出の3つの提言を行った。

4.第III部の要旨

まず、建物のコンバージョンの概念とその背景を明らかにするとともに、建物のコンバージョンの類型と実現手順について整理し、標準的な事業プロセスを提示するとともに、その事業上の特徴が、事業の多様性と複雑性にあることを示した。さらに、建物のコンバージョンに関する既往研究を整理した。

次に、前出の求道学舎を事例として取り上げ、その概要を整理するとともに、事業実現上のプロセスや組織・職能の業務内容・役割などを整理した。その結果、求道学舎の事例も、コンバージョン事業の標準的事業プロセスに大枠としては当てはまることが分かった。

さらに、これまでの研究成果を踏まえて、より幅広い視点から、建物のコンバージョンによる集合住宅供給に係わる課題を整理し、建物コンバージョンによる居住者参加型集合住宅供給の課題と今後の展開について考察を行った。課題としては、I産業構造・価値観に関する課題、II法制度・社会制度に関する課題、III建築のハード技術に関する課題、IV市場流通性に関する課題、V管理運営・所有形態等に関する課題、VI普及促進に関する課題の6つに分けて論じ、今後の展開としては、ストック再生に係る社会的・制度的枠組みの構築他、5つの提言を行った。

5.結語の要旨

結語においては、居住者参加型集合住宅供給の3つの類型について、改めて比較検討を行い、事業実現上のプロセスや担い手(組織・職能)の業務内容・役割などについて、共通点と相違点を抽出・整理した。その結果、(1)基礎調査段階や(5)管理運営段階では、比較的共通する業務項目が多いのに対し、(2)企画段階、(3)設計段階、(4)施工段階では、各類型による差異が大きいことがわかった。また、業務の担い手としては、事業主体となる居住者もしくは区分所有者の団体を新たに組成しその意思決定を促す、事業コーディネイターもしくはコンサルタントと呼ばれる専門職種の重要性が明らかとなった。なぜならば、通常の建築プロジェクトと異なり、居住者参加型集合住宅供給では、発注者となる事業主体が元々存在せず、事業主体の組成自体がプロジェクト実現上の必須条件になるためである。その組織組成の手法は、コーポラティブ方式に代表される居住者募集型と、マンション建替えに代表される合意形成型に分けることができ、一般に合意形成型のほうが、既存の権利関係や法手続き上の制約が大きく、より専門性を必要としていることが明らかとなった。

次に、ストック時代における居住者参加型集合住宅供給の意義として、(1)供給プロセスにおける情報の透明性と選択性、(2)普遍性と多様性が共存する住まいづくり、(3)コミュニティ形成を通しての管理運営、(4)既存ストックの再生・活用とコミュニティの維持・承継、(5)高齢者問題・老朽化ストック更新などの社会的課題への対応の5つを位置づけた。

最後に、居住者参加型集合住宅供給の今後の展開として、(1)生活者主体の社会づくりの一環としての居住者参加型集合住宅供給の推進、(2)社会的企業としての居住者参加型集合住宅供給の推進、(3)住宅政策としての居住者参加型集合住宅供給の推進、(4)居住者参加型集合住宅供給を総合的に支援する民間組織の設立、(5)居住者ニーズに基づいた新たな事業スキームの構築、(6)ストック時代における居住者参加型集合住宅供給を担う人材の育成と教育制度の整備、(7)ストック時代にふさわしい産業構造への転換、(8)ストック時代にふさわしい社会的・制度的枠組みの構築の8つの提言を行った。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「ストック時代における居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスに関する研究」は、居住者参加型集合住宅供給プロジェクトの実現プロセスについて、異なる類型に属する複数の実施例について比較研究を行うことにより、その現状と課題、事業を推進する組織と職能の業務内容や役割などを明らかにし、これらを体系的に整理するとともに、今後の居住者参加型集合住宅供給の展開方策を提案したものであり、序章、3部9章、結語からなっている。

序章では、研究の目的と位置づけ、研究対象と研究方法、および、本論文の構成と概要を明らかにしている。具体的には、コーポラティブ方式による居住者参加型集合住宅供給、マンション建替えによる居住者参加型集合住宅供給、建物のコンバージョンによる居住者参加型集合住宅供給の3つの類型を対象とすることの妥当性を指摘した上で、それぞれについて複数の事例の実現プロセスを詳細に分析することで、実現に伴う困難とその解決手法を明らかにすることを目的とするとしている。

第I部1~3章では、コーポラティブ方式による居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスについて論じている。具体的には、先ず、建設期間中の建物への居住者意向の反映や自由設計などに主たる関心がある日本に対し、米国では、建物完成後の管理運営、コーポラティブ組織の経営や教育活動、様々なサービス活動等を通して、居住者の生活の質や経済的なメリットを高め、併せて地域や社会的な課題の解決を図ろうとしている点に特色があること等、コープラティブ方式に関する国際的な相違点と日本に特徴的な点を明らかにしている。次に、4事例について、その概要を整理するとともに、標準的な事業プロセスを抽出、これとの比較の中で事業実現上のプロセスや組織・職能の業務内容・役割などを比較検討し、プロジェクトの着工準備段階及び工事段階において、コーディネイター及び設計者のプロジェクトマネジメント能力が特に重要であることを明らかにしている。さらに、各事例のプロジェクト実現上の阻害要因を抽出・整理し、自由設計に起因する設計及び施工上の問題、多品種少量生産の設計・生産システムの開発や入居者教育の必要性の高さを明らかにしている。その上で、コーポラティブ方式による居住者参加型集合住宅供給に関する課題が、市場流通性の向上、事業リスクの軽減、社会的価値の向上の3つに大別されることを明らかにし、それを踏まえて今後の展開策を提案している。

第II部4~6章では、マンション建替えによる居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスについて論じている。具体的には、先ず、集合住宅におけるマンションの位置づけと歴史を整理した上で、マンション建替えの必要性と最近の動向を明らかにするとともに、マンション建替えの類型を整理している。次に、マンション建替えの事業類型を整理した上で、4事例について、その概要を整理するとともに、事業実現上のプロセスや組織・職能の業務内容・役割などを比較検討し、建替えを実現した取組みに限れば共通する標準的なプロセスが存在することを明らかにしている。さらに、これらの成果を踏まえ、マンション建替えによる居住者参加型集合住宅供給に関する課題が、法的課題、経済性・財産評価に関する課題、合意形成に関する課題、計画手法・制度上の課題の4つに大別できることを明らかにし、それらの課題に対して今後の必要な展開策を提案している。

第III部7~9章では、建物のコンバージョンによる居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスについて論じている。具体的には、先ず、建物のコンバージョンの概念とその背景を明らかにするとともに、建物のコンバージョンの類型と実現手順について整理し、標準的な事業プロセスを提示するとともに、その事業上の特徴が、事業の多様性と複雑性にあることを指摘している。次に、先駆的な事例について、その概要を整理するとともに、事業実現上のプロセスや組織・職能の業務内容・役割などを整理し、この事例も先に提示した標準的な事業プロセスに当てはまることを明らかにしている。さらに、これらの成果を踏まえて、建物のコンバージョンによる集合住宅供給に係わる課題が、産業構造・価値観に関する課題、法制度・社会制度に関する課題、建築のハード技術に関する課題、市場流通性に関する課題、管理運営・所有形態等に関する課題、普及促進に関する課題の6つに大別できることを明らかにし、それぞれに対応する形で今後の展開策を提案している。

「結語」では、前3部9章で新たに得られた知見に基づき明らかになった居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスとその要件を整理し、関連する提案をそれに対応付けることで、本論文の結論としている。

以上、本論文は、豊富な居住者参加型集合住宅供給の事例の詳細な比較分析等を通じて、居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスとその要件を具体的かつ詳細に明らかにした論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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