学位論文要旨



No 217165
著者(漢字) 佐藤,大樹
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タイキ
標題(和) 数値気象解析を応用した熱収支と運動エネルギー収支評価に基づく都市気候特性の分析
標題(洋)
報告番号 217165
報告番号 乙17165
学位授与日 2009.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17165号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 准教授 福士,謙介
内容要旨 要旨を表示する

現在では、ヒートアイランド対策のための施策が行政主導で実施されるに至っており、環境問題においては、このようなフェーズでは、基礎的な研究は一定の結論を得ていることが多い。確かにヒートアイランド問題でも、実測等による現象の解明に加え、その数値予測手法がある程度確立され、多くの対策メニューの効果の検証に利用されてきた。しかしながら、都市の気象要素の形成メカニズムが正確に理解された上での対策メニューの検証であるとはいい難く、トライ&エラーの結果、より良い対策を探り当てようとしている場合も多いと考えられる。そこで本研究では、夏季の晴天日を対象に、都市の気温、絶対湿度、風速が形成されるメカニズムについて、それぞれ顕熱、潜熱、平均運動エネルギーの視点から定量的に評価する方法を提案し、これらの手法の体系を数値気象解析技術を基本として構築し、東京首都圏を対象に解析を行った。

第1章では、研究の背景として、公開されている気象観測データを中心に近年の都市気温の推移をまとめ、都市高温化の現状と特徴を考察した。そして、都市気候を熱収支、運動エネルギー収支の視点から分析することの重要性と、ヒートアイランド問題に関する研究の中での本研究の位置付けについてまとめた。

第2章では、本研究で利用した数値気象モデルとその解法、ならびに、境界条件、建物や土地利用情報などの入力条件について概説した。これまで主に気象分野で利用されてきた静力学近似を利用したメソスケール解析を基にしているが、地表面境界条件として都市キャノピーモデルを用い、そこに建物の空調排熱計算を連成することで、建築物と都市気象の相互影響を考慮した。

第3章では、本論文で提案する都市気候の評価手法の体系についてまとめた。本手法のうち、都市を仮想の閉空間領域(Control Volume;以下CV)と想定し、CVへの熱のフローに着目し、CVへ流出入する熱、CVでの発熱、CVへの蓄熱の収支を定量的に記述するモデルを、「都市の熱収支モデル」とした。ここでは、都市を構造体と大気部に分離し各々で熱収支を評価するとともに、構造体は建物と地盤に細分化した。大気部については顕熱と潜熱についてそれぞれ熱収支を評価した。また、地表面の摩擦、建物の抵抗等による低減量が評価可能な平均運動エネルギーを指標として、「都市の熱収支モデル」と同様の分析手法により、平均運動エネルギーのCV界面での流入・流出とCV内部での生産・損失を評価するモデルを構築し、「都市の運動エネルギー収支モデル」とした。

第4章では、湾岸に立地する業務地区として大手町、大手町の内陸側に立地する住宅地区として練馬にCVを想定し、「都市の熱収支モデル」による分析を行い、以下の結果を得た。

(1) 練馬に比べて大手町の方が人工的な被覆が多く人工排熱も多いが、日中の気温は大手町の方が低くなった。その理由は、都市大気部の顕熱収支において、大手町では東京湾からの移流による冷熱の流入が顕熱の放熱効果を持っており、練馬よりも大気部の顕熱蓄熱量が小さくなるためであった。

(2) 練馬の方が、大手町よりも日中の絶対湿度が低くなった。その理由は、大手町では、空調排熱による潜熱の流入と海風の移流による流入が発生するのに対し、練馬では、空調排熱、海風ともに潜熱の流入は小さく、さらに、温湿度の乱流拡散係数が大きいために、日中の潜熱放熱量が大きくなるためであった。

(3) 大手町では、夏季日中の都市全体の蓄熱量のうち、建物の蓄熱量が占める割合が大きくなった。午前中の大手町の蓄熱量は練馬の約1.5倍程度であった。そのため、午後から夜間にかけての放熱も大きく、その一部は大気部に顕熱として流入ており、夜間気温の増加を引き起こす可能性が考えられた。一方、練馬では、日中の地盤の蓄熱量が大手町よりも大きかった。地盤の蓄熱は時間遅れが小さく、すぐに大気中に放熱されていたため、日中の気温上昇に大きな影響を持っていると考えられた。従って、練馬の日中の気温上昇を抑制するためには、地盤面の被覆の変更が効果的であることが示唆された。

第5章では、大手町、板橋、さいたま、上尾を中心とする4地域にCVを想定し、「都市の運動エネルギー収支モデル」による分析を行い、以下の結果を得た。

(1) 各地域とも、海風の到達と同時に都市キャノピーの抵抗とレイノルズ応力による平均運動エネルギーの損失量が増加し、それを補う形で乱流粘性による流入量が増加した。また、大手町、板橋付近では、海風と同じ向きの圧力勾配(順圧力勾配)が海風を発生させる効果を持つのに対し、内陸部のさいたま、上尾付近では、海風と逆向きの圧力勾配(逆圧力勾配)が海風の内陸部進入を阻害する要因となっていた。

(2) 東京23区部の建物高さ半減等の建物の抵抗を減らす方策を想定した解析では、各地の風速が増加する結果となった。その理由は、建物の抵抗の減少だけではなく、地盤面に到達する日射の増加による気温増加が順圧力勾配を大きくすることによる影響も大きかった。ただし、この気温増加は、午後に海風が発達するにつれて抑制され、現況程度の気温となった。

(3) 東京23区部の建物高さ倍増等の建物の抵抗を増加させた場合を想定した解析では、都市キャノピーの抵抗による平均運動エネルギーの損失が大きくなり、海風阻害が大きくなった。さらに、地盤面に到達する日射の減少により昼間気温の低下が起こり、海陸間の気温差が小さくなることで、順圧力勾配による海風の発生自体が弱められた。しかし、海風が弱まることで、海風が発達する15時頃以降では、現況に比べ気温が増加した。また、都市キャノピーによる平均運動エネルギー損失の増加は、上空から地表付近へ輸送される平均運動エネルギーの量を増加させる結果となった。

第6章では、海風の進入経路に沿って移動する流体塊をCVと想定し、「都市の熱収支モデル」と「都市の運動エネルギー収支モデル」を適用した。ここで、第4章、第5章で利用した、一定の地域に固定されたCVに対して、流れ場に従って移動するCVの概念を導入した。12時の時点で大手町付近に存在した流体塊の内陸部進入(概ね、大手町から板橋、志木市付近を経由し、川越市に至る)に伴う物理量の時間変化を、顕熱、潜熱、平均運動エネルギー収支の視点から分析し、以下の結果を得た。

(1) 顕熱収支では、湾岸部から埼玉県南部付近までは、地盤面と建物表面からの対流顕熱による顕熱の流入により、CVの顕熱蓄熱量は増加(気温上昇)した。これは各地の都市構造体の放熱を促進することにつながっていた。しかし、内陸部では、既にCVの気温が高くなっており、各地の都市構造体の顕熱を放熱させる効果は小さくなっていた。

(2) 潜熱収支では、海風の進入過程全域にわたり、CVへの潜熱の流入量に比べ流出量が大きく、CVの潜熱蓄熱量は、海風は内陸部に進入するのにつれて減少(絶対湿度低下)した。

(3) 平均運動エネルギー収支では、東京23区部では、順圧力勾配によりCVの平均運動エネルギーが生産され (海風の発生要因)、都市キャノピーの抵抗やレイノルズ応力により損失された (海風の阻害要因)。この損失分を補うために上空から乱流粘性により平均運動エネルギーが流入した。これらの収支の結果、湾岸から東京23区北部付近までは、CVの移動速度(海風の風速)は増加した。一方、内陸部では、逆圧力勾配による平均運動エネルギーの損失が発生し、CVの移動速度が減少した。

(4) 東京23区部の建物高さを半減した場合、都市キャノピーの抵抗によるCVの平均運動エネルギーの損失(海風阻害)は、現況の都市形状の場合よりも小さくなるものの、地表面からの対流顕熱による移動するCVの顕熱蓄熱量が増加(気温上昇)した。これにより、平均運動エネルギーに対する、湾岸部での順圧力勾配、内陸部での逆圧力勾配ともに大きくなり、湾岸部では風速が増加し内陸部では風速が低下した。建物高さを倍増した場合は、都市キャノピーの抵抗による平均運動エネルギーの損失は増加するものの、顕熱蓄熱量は減少(気温低下)した。そのため、平均運動エネルギーに対する湾岸部での順圧力勾配、内陸部での逆圧力勾配ともに小さくなり、湾岸部では風速が低下し、内陸部では増加した。このように、東京23区部の街区形状の変更は、海風の熱収支、平均運動エネルギー収支を変化させ、東京23区部に加えて、内陸部での海風の性状も変化し、気温や海風到達距離に影響を及ぼすと考えられる。

以上のように、本研究で示した都市気候の分析手法を用いることで、ヒートアイランドの形成メカニズムを定量的に評価できた。これは、地域毎の気候特性を理解した上での実効性のあるヒートアイランド緩和方策の検討につながるものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「数値気象解析を応用した熱収支と運動エネルギー収支評価に基づく都市気候特性の分析」と題し、都市気候の形成メカニズムを定量的に評価する手法を提案し、東京首都圏の気候特性を分析することを目的としている。そのために、都市の気温、絶対湿度、風速の日変化の原因を、それぞれ顕熱、潜熱、平均運動エネルギーの視点から定量的に評価する概念を提案すると共に、具体的な計算方法を、数値気象解析技術を基本として構築し、夏季晴天日の東京首都圏に適用している。

第1章では、研究の背景として、公開されている気象観測データを編集し、都市高温化の現状と特徴を考察している。また、都市気候を熱収支、運動エネルギー収支の視点から分析することの重要性と、数あるヒートアイランド研究の中での本研究の位置付けについてまとめている。

第2章では、本研究で利用した気象モデルとその数値解法、ならびに、境界条件、建物や土地利用情報などの入力条件について概説している。メインとなる数値モデルは、気象分野で利用されてきた静力学近似を利用したメソスケールモデルを基にしているが、地表面境界条件として都市キャノピーモデルを用い、そこに建物の空調排熱計算を連成することで、建築物と都市気象の相互影響を考慮している。

第3章では、本論文で提案する都市気候の評価手法の体系についてまとめている。都市空間に熱収支評価の対象領域を設定し、その領域へ流出入する熱、領域内での発熱・蓄熱の収支を定量的に記述するモデルを、「都市の熱収支モデル」としている。数値シミュレーションの利点を生かし、都市を構造体と大気部に分離し、各々で熱収支の評価を可能としている特徴がある。さらに、「都市の熱収支モデル」の考え方を、地表面の摩擦、建物の抵抗等による低減量が評価可能な平均運動エネルギーに拡張し、「都市の運動エネルギー収支モデル」として提案している。

第4章では、湾岸に立地する業務地区として大手町、大手町の内陸側に立地する住宅地区として練馬に評価領域を設定し、「都市の熱収支モデル」による分析を行っている。

数値予測では、大手町の方が、練馬に比べて人工的な被覆が多く人工排熱も多いにも関わらず、日中の気温が低いという結果を得ている。その理由として、大手町では東京湾からの移流により冷熱が流入すること等により、練馬よりも大気部の顕熱蓄熱量が小さくなるためであることを定量的に示している。一方、大手町では、建物の蓄熱量が非常に大きく、午前中の都市全体の蓄熱量が練馬の約1.5倍程度となるという分析結果を得ている。これは、午後から夜間にかけての放熱の増加を引き起こし、夜間気温の増加につながる可能性があることを指摘している。

第5章では、まず、都市スケールでの流れ場に対する数値予測の精度検証を行った上で、大手町、板橋、さいたま、上尾を中心とする4地域に評価領域を設定し、「都市の運動エネルギー収支モデル」による分析を行っている。一般的な傾向として、各地域とも、海風の到達と同時に、都市キャノピーの抵抗とレイノルズ応力による平均運動エネルギーの損失量が増加し、それを補う形で乱流粘性による流入量が増加することを定量的に示している。

また、東京23区部の建物高さ、建物幅を変更させるケーススタディも行っており、東京23区部の建物高さ倍増等の建物の抵抗を増加させた場合を想定した解析では、都市キャノピーの抵抗による運動エネルギーの損失が大きくなる、つまり海風阻害が大きくなる結果を得ている。さらに、この損失量の増加が、上空から地表付近へ輸送される運動エネルギー量の増加につながることを指摘している。

第6章では、海風と都市の相互影響への理解をさらに深めることを目的に、海風の進入経路に沿って移動する大気領域を評価領域と想定し、「都市の熱収支モデル」と「都市の運動エネルギー収支モデル」を適用している。これにより、海風の内陸部進入に伴う気温、湿度、移動速度の時間変化の原因を、顕熱、潜熱、平均運動エネルギー収支の視点から明らかにしている。

顕熱収支では、湾岸部から埼玉県南部付近までは、地盤面と建物表面からの対流顕熱による顕熱の流入により、移動領域の顕熱蓄熱量は増加(気温上昇)し、これが各地の都市構造体の放熱を促進することにつながっているが、内陸部では、既に移動領域の気温が高くなっており、各地の都市構造体の顕熱を放熱させる効果は小さくなっていることを指摘している。

潜熱収支では、海風の進入過程全域にわたり、移動領域への潜熱の流入量に比べ流出量が大きく、潜熱蓄熱量は、海風は内陸部に進入するのにつれて減少(絶対湿度低下)するという結果を得ている。

運動エネルギー収支では、東京23区部では、海風と同じ向きの圧力勾配(順圧力勾配)により平均運動エネルギーが生産 (海風の発生要因)され、都市キャノピーの抵抗やレイノルズ応力により損失 (海風の阻害要因)されることを定量的に示している。また、この損失分を補うために上空から乱流粘性により平均運動エネルギーが流入していると分析している。さらに、内陸部では、圧力勾配が海風とは逆向きになることで、海風を阻害していることを明らかにしている。

第5章同様のケーススタディも実施しており、東京23区部の街区形状の変更が、海風の熱収支、平均運動エネルギー収支を変化させ、東京23区部に加えて、内陸部での海風の性状にも影響を及ぼすとの指摘している。

第7章では本研究の全体のまとめを行っており、本研究の成果と今後の課題が総括されている。

以上を総括すると、本論文にて提案された評価手法は、都市気候の形成メカニズムを定量的に分析することを可能としており、この手法の適用事例を通じて、東京首都圏のヒートアイランド現象の地域特性が明らかにされている。本論文で得られた知見は、地域毎の気候特性を理解した上での実効性のあるヒートアイランド緩和方策につながるものであると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク