学位論文要旨



No 217166
著者(漢字) 佐藤,昌之
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マサユキ
標題(和) インフライトシミュレータ飛行制御則設計法に関する研究
標題(洋) Design Method of Flight Controllers for In-Flight Simulators
報告番号 217166
報告番号 乙17166
学位授与日 2009.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17166号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 土屋,武司
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 掘,浩一
 東京大学 教授 中須賀,真一
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,インフライトシミュレータ(In-Flight Simulator; IFS)飛行制御則設計法に関する研究結果をまとめたものである.IFS の概念は,ライト兄弟による人類初飛行の次年(1904 年)に考案されるほど古くから研究されてきたテーマである.しかし,IFS を開発した国はアメリカ,ドイツ,日本にとどまり,IFS 飛行制御則設計問題は現在でも様々な研究課題を有する難解なテーマである.例えば,現在までに開発されたIFS 飛行制御則は,模擬対象機の操縦応答を模擬することは可能であるものの突風応答は模擬できていない,すなわち,模擬対象機の操縦応答および突風応答を模擬する完全なるIFS は現在までに開発されていない.このような状況を考慮して,本論文では,模擬対象機の操縦応答を実現するために従来のIFS に広く用いられている「モデル追従制御則」の改良を行い,その限界を確認した後に,模擬対象機の操縦応答のみならず突風応答も模擬するIFS 飛行制御則の設計手法を提案する.なお,後者の課題では,問題が複雑であることから,操縦応答の模擬に特化した「フィードフォワード制御のみによるモデルマッチング制御」を提案し,その有効性を検証した後に,操縦応答および突風応答の二つの応答を模擬する完全なIFS を目指した「二自由度制御によるモデルマッチング制御」を提案する.これらの制御則設計法の妥当性および設計された制御則の有効性は,宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency; JAXA)が所有する多目的実証実験機(Multi-Purpose Aviation Laboratory-α; MuPAL-α)に対する設計およびMuPAL-α を用いた実験によって確認する.

最初に,従来のIFS において広く用いられてきたモデル追従制御の改良設計法を提案する.実際の飛行において突風を受けることは不可避であり,また,搭載アクチュエータモデルの同定や空力微係数の推定の際のモデル化誤差は避けることができない.しかしながら,従来のモデル追従制御では,モデル化誤差が存在する条件下において突風のモデル追従制御性能への影響を小さくするという現実的な設計仕様はほとんど考えられていなかった.そこで,従来のIFS 制御器として有効性を確認しているある一つのモデル追従制御則の設計の際に,上述の制御性能の最適化を課したモデル追従制御則の設計法を提案する.すなわち,一番目の課題として,プラントの不確かさが存在する条件下において突風のモデル追従誤差への影響を最小化するモデル追従制御則の設計に取り組む.なお,プラントの不確かさモデルは表現の自由度の観点からパラメトリックな表現を用い,不確かさを含むプラントモデルの表現は線形時不変パラメータ依存(Linear Time-Invariant Parameter-Dependent; LTIPD)システムとして表現されるとする.このとき,上述の最適化問題はLTIPD システムに対するロバストH2 制御器設計問題として定義される.このようなパラメトリックな不確かさを有するシステムに対するロバストなモデル追従制御則の設計手法は今までに提案されたことがなく,ロバストモデル追従制御則設計法の提案は本論文の主結果の一つである.提案された設計手法を用いて,MuPAL-α の横/方向運動に対する二つのモデル追従制御則の設計を行い,得られた制御則がプラントの不確かさに対してロバストなモデル追従制御性能を有していることを数値シミュレーションおよび飛行実験によって確認する.同様に,提案手法を用いて,MuPAL-α の縦運動に対するモデル追従制御の設計を試みたが,突風の影響を小さくするモデル追従制御則は得られなかった.この原因を厳密に明らかにしていないが,最も可能性が高い原因の一つが,モデル追従制御則の設計パラメータの少なさである.すなわち,MuPAL-α の縦運動に対するモデル追従制御設計の際には,設計パラメータの数が十分に存在しないために,所望の制御器が設計できないということが考えられる.また,モデル追従制御則では,操縦応答の模擬は実現できるものの,突風応答の模擬を設計仕様に組み込むことは不可能であることを考慮して,モデル追従制御より設計の自由度が高く,かつ突風応答と操縦応答の二つの応答模擬を設計仕様として課すことが可能な別の制御則を検討する.

このような要求に対する本論文の提案制御系は,IFS 飛行制御則のフィードバック部分には突風応答模擬を,フィードフォワード部分には操縦応答模擬を課す制御系である.このような制御系が上述の要求を満たすことは理論的に明らかであるが,実環境下における実際の性能に関しては明らかではない.特に,フィードフォワード制御がプラントの不確かさに対して一般に脆弱である,すなわちプラントの不確かさに対してロバスト性能を有さないことから,フィードフォワード部分だけによって操縦応答の模擬が可能であるかどうかは不明である.そこで,適切に設計されたフィードフォワード制御器は操縦応答の模擬が可能であることを確認するために,二番目の課題として,フィードフォワード制御のみを用いたIFS 飛行制御の設計問題に取り組む.この問題においては,従来手法より搭載計算機の計算量を減らすことを目的として,H∞ ノルムを用いて定義された低域通過型右逆システムによるフィードフォワード制御器を設計することを提案する.提案された設計手法を用いて設計したMuPAL-α の縦運動および横/方向運動に対するフィードフォワード制御器が実環境下,すなわち実飛行環境下において操縦応答の模擬が可能であることを確認できたことを踏まえて,最後に,本論文のもっとも重要な主結果でありかつ従来のIFS では達成されていなかった操縦応答と突風応答の同時模擬という三番目の課題に取り組む.このような制御系の設計において操縦応答と突風応答の二つの応答の模擬という二つの設計仕様を同時に満たすような制御器を設計することは可能であるが,問題の複雑さから適切な制御器を設計することが難しいと考えられる.そこで,突風応答の模擬を設計仕様としたフィードバック制御器をプラントの不確かさを考慮したスケールドH∞ 問題を解くことによって設計した後に,操縦応答の模擬を設計仕様としたフィードフォワード制御器を二番目の課題に対する手法と同様の方法を用いて設計するという二段階設計法を提案する.提案された設計手法を用いて設計したMuPAL-α の横/方向運動に対する飛行制御則が突風応答と操縦応答の同時模擬を行うことを飛行実験によって確認する.また,三番目の課題に対する提案設計法を応用して,突風除去と同時に,操縦特性を定めるモデルを交換するだけによって複数の操縦応答を実現するIFS 飛行制御則の設計法を提案し,このようなIFS 制御則が実際の飛行機に対して設計可能であり,所望の性能を有していることをMuPAL-α の横/方向運動に対する制御則設計および設計された制御則を用いた実験によって確認する.

なお,繰り返しとなるが,本論文で提案するIFS 飛行制御則の適用性および設計仕様に対する充足度は,MuPAL-α を用いた数値シミュレーションと実験,すなわちハードウェアインザループ(Hardware-In-the-Loop; HIL)シミュレーションおよび飛行実験によって確認されており,多くの過去の文献のように数値シミュレーションだけによる妥当性確認にとどまらないことを強調しておく.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 佐藤昌之 提出の論文は「Design Method of Flight Controllers for In-Flight Simulators(インフライトシミュレータ飛行制御則設計法に関する研究)」と題し,5章と付録からなる.

飛行中に他の航空機の運動特性を模擬するインフライトシミュレータには,他機の運動特性を模擬するための飛行制御則が必須であり,その設計法について従来から研究されている.しかし,従来研究では,空力モデルや搭載アクチュエータモデルのモデリングの際に不可避なモデル化誤差に対するロバスト性能の確保を設計仕様として課しておらず,その確保のために設計後のチューニングが必要とされ,ロバスト性能の確保が必ずしも達成されないという問題があった.さらに,従来研究において広く用いられているモデル追従制御ではパイロットの操縦入力に対する応答である操縦応答の模擬しか設計仕様として課すことができず,突風に対する応答である突風応答の模擬は全く考慮されていないという問題もあった.すなわち,従来インフライトシミュレータ飛行制御則の設計法ではロバスト性能の確保が困難であり,模擬性能が不十分であったため,これらの欠点を克服した制御則設計法が必要とされていた.本論文は,線形近似したトリム点近傍の微小運動を対象としたインフライトシミュレーション用の飛行制御則設計問題に取り組み,前述の欠点を克服したインフライトシミュレータ飛行制御則設計法を提案している.

第1章は序論で,本研究の背景と目的を明らかにした上で,過去の研究事例について概観し,本論文の構成を整理している.

第2章では,従来インフライトシミュレータ飛行制御則として有効性および実用性が広く認められているモデル追従制御則にロバスト性能を保有させたロバストモデル追従制御則の設計法を提案し,宇宙航空研究開発機構の実験用航空機 MuPAL-α の横/方向運動に対する設計を通して提案手法の有効性および実用性を検証している.通常のモデル追従制御則設計法では不確かさの影響を考慮した設計は難しい.そこで,不確かさを含まない運動に対するモデル追従制御則を設計した後に,設計者が自由に選定できる設計パラメータを用いて,確率変数として与えられた突風および操縦者入力に対する追従誤差を最小化する問題を時不変パラメータ依存システムに対するロバスト H2 制御問題として定式化した.そしてこの問題をパラメータ依存 Lyapunov 関数を用いた繰り返し計算で解く新たなロバストモデル追従制御則の設計法を提案している.また,提案設計法を用いても設計可能な問題は限られること,モデル追従制御では突風応答の模擬を無視していることからインフライトシミュレータ飛行制御則として不十分であることを確認している.

第3章では,操縦応答模擬がフィードフォワード制御のみによって可能であることを検証するために,H∞ ノルムに基づく逆システムを用いたフィードフォワード制御によるモデルマッチング制御の可能性を MuPAL-α の縦運動および横/方向運動に対する設計例によって検証している.不確かさが存在しない理想的な環境下においてはフィードフォワード制御のみによって操縦応答が完全に模擬できるが,不確かさが存在する実際の環境下では模擬性能が劣化することが一般に知られている.しかし,実際の航空機運動の性能劣化程度は不明であった.そこで,逆システムを用いたフィードフォワード制御のみによる操縦応答模擬の実験を行い,適切に設計した制御器を用いることでフィードフォワード制御のみでも操縦応答が模擬できることを確認している.また,従来の逆システムより実行時の計算量が少ない逆システムの設計法を提案している.

第4章では,第3章の結果を受けて,フィードフォワード制御器には操縦応答模擬のためのロバスト性能を保証した逆システムを,フィードバック制御器には突風応答模擬のみを設計仕様としたロバストモデルマッチング制御器を設計する二自由度モデルマッチング制御による設計法を提案している.また,提案設計法によって操縦応答と突風応答の同時模擬が可能であることを MuPAL-α の横/方向運動に対する設計例を通して示している.さらに,インフライトシミュレータを新規開発機の操縦の妥当性確認や操縦性の研究に使用する際に有用と考えられる,突風軽減と可変操縦特性を実現するインフライトシミュレータ飛行制御則の設計仕様を新たに提案し,そのような制御器が本章で提案する設計法により設計可能であることも示している.

第5章は結論で,本論文で得られた成果を要約している.

以上,要するに,本論文は,インフライトシミュレータ飛行制御則の設計法として,操縦応答模擬を目的としたロバストモデル追従制御則の設計法と,操縦応答と突風応答の同時模擬を目的とした二自由度モデルマッチング制御器の設計法を提案し,実機による飛行実験を通してそれぞれの手法の実用性および有効性を検証した.これらの成果は,航空宇宙工学上貢献するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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