学位論文要旨



No 217167
著者(漢字) 田中,誠
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,マコト
標題(和) セラミックス熱遮蔽コーティングの損傷評価手法の開発
標題(洋)
報告番号 217167
報告番号 乙17167
学位授与日 2009.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17167号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 光田,好孝
 東京大学 教授 吉川,暢宏
 東京大学 教授 森田,一樹
内容要旨 要旨を表示する

熱遮蔽コーティング(TBCs: Thermal barrier coatings)を安全に利用するために、TBC層の基材からの剥離寿命を評価する手法として破壊力学的手法を利用することが考えられている。しかし、この手法を用いる際には界面剥離靭性、剥離の検出、実環境を模擬した材料試験などの要素技術の確立が不可欠である。本論文は必要となる要素及び新しい技術を提案し、その有効性を検証するとともに剥離寿命予測手法の開発に直接発展させることのできる基盤を構築することを目的としたものである。特に、破壊力学の観点から剥離の進展条件を用いた新しい考え方を導入し、必要となるパラメータを得る新しい手法及び試験装置を開発し、その有効性について検証した。

第1章では、セラミックス熱遮蔽コーティングの現状及び実用的な観点から明らかになっているTBC層の基材からの剥離の要因となる劣化損傷を整理し、TBC層の基材からの剥離が重要な問題となっていることを示した。剥離の進展条件を用いたTBC層の基材からの剥離寿命評価に対する考え方をもとに、新しい剥離寿命予測手法に必要となる要素を整理して示した。これより、(i) TBC層の基材からの剥離抵抗の定量的評価、(ii) 剥離部の形状及び大きさの非接触・非破壊検出ならびに(iii) 実使用環境に近い条件下で劣化した基材を含んだTBCs(以後、TBCシステムと記述する)の作製の必要性を明らかにした。これらの研究開発の現状での問題点を整理し、工学的に求められる課題として(i) せん断負荷条件下での界面剥離靭性の定量的評価、(ii) 容易でかつ高空間分解能での剥離の非接触・非破壊検出、(iii) 平板状試験片による実環境を模擬した熱機械疲労試験であることを示し、本研究の目的を明確にした。

第2章では、プッシュアウト法という新たな手法を用いてせん断負荷条件下でTBCシステムの界面剥離靭性を測定し、界面剥離靭性に及ぼす熱サイクル温度及び回数の影響を調べ、TBC層の基材からの剥離抵抗の劣化を定量的に評価する手法を確立した。なお、本論文で用いたTBCシステムは、厚さ3 mmのNi基超合金基材の上にボンドコート(BC)層として減圧プラズマ溶射法によりCoNiCrAlY合金(厚さ~ 200 μm)を、BC層の上にTBC層として電子ビーム物理蒸着(EB-PVD: Electron beam physical vapor deposition)法により4 mol%Y2O3-ZrO2(厚さ~ 200 μm)をコーティングしたものとした。熱サイクル試験条件によりTBC層とBC層の間に生成したTGO(Thermally grown oxide)層内にTBC層側のAl2O3とZrO2が混在する層とBC層側のAl2O3を主成分とする層が観察され、これらの界面において剥離が生じた場合でもプッシュアウト法により界面剥離靭性を測定することができた。また、これらの界面とTBC/TGO層界面及びTGO/BC層界面での剥離が混在する場合でも、剥離面のパラメータ を定義することにより界面剥離靭性を測定することが可能であることが明らかになった。

プッシュアウト法により熱サイクル試験条件による剥離面の違い及び組織変化に伴う剥離抵抗の変化を定量的に評価できた。また、界面剥離靭性は熱サイクル温度及び回数に大きく依存し、熱サイクル試験条件による剥離抵抗の変化を8 _< Γi _< 95 J/m2の広い範囲内で定量的に評価することができた。

第3章では、TBC層表面にロックウェル圧子を押し込み、人工的にTBC層の基材からの剥離を生じさせ、蛍光分光法を用いて非接触・非破壊でTGO層の応力を測定し、剥離の形状、大きさ及び剥離面を検出する手法としての蛍光分光法の有効性を検証した。

熱サイクル後の圧子押し込みにより発生した肉眼で検出できないバタフライ形状剥離を、蛍光分光法により測定したTGO層の応力の違いで検出することができ、熱サイクル負荷の増加による剥離領域の増加も明確に検出された。また、TBC層の基材からの剥離はTBC/TGO層界面及びTGO/BC層界面での剥離が混在し、剥離面によってTGO層の応力は異なる応力値を示すため、剥離面がTBC/TGO層界面あるいはTGO/BC層界面であるかの識別も部分的に可能であることが示唆された。蛍光分光法を用いることにより、従来の剥離検出手法に比較して、より容易に~150 μmの高空間分解能でTBC層の基材からの剥離の形状及び大きさの非接触・非破壊検出が可能であることを実証した。

第4章では、実使用環境下に近い条件下で劣化したTBCシステムを作り出すために、TBCシステムの実使用環境に近い温度勾配を付与することができ、熱負荷と力学負荷を同時に加えることが可能な熱機械疲労試験装置を開発した。新たな試験装置を開発したことにより、平板状試験片を用いた熱機械疲労試験が可能となり、試験後の試験片を第2章で確立したプッシュアウト法の試験片に用いることが可能となった。

開発した熱機械疲労試験装置は、特別に設計した間接誘導加熱システム及び圧縮空気を利用した冷却システムにより、5℃/sの加熱及び冷却速度を実現した。TBC層表面温度~1150℃及び基材裏面温度~1020℃にて温度勾配 130℃を付与した試験が可能であった。引張及び圧縮負荷は、応力として±200 MPa、力学ひずみとして±0.2%をin-phase(引張側)及びout-of-phase(圧縮側)条件で加えることが可能であった。力学負荷に対する設定値からの温度制御の逸脱は1.5%以内であった。力学負荷の制御も3.5%以内の誤差で行えることが確認された。

第5章では、円孔を導入したTBCシステム平板状試験片を用いて、第4章で開発した熱機械疲労試験装置で劣化シミュレーションを行い、円孔近傍での異なった応力状態でのTBCシステムの劣化現象を再現するとともに詳しく観察し、一度に異なった応力状態の試験が可能な熱機械疲労試験方法を提案した。熱機械疲労サイクル数の増加に伴いTBC層の縦割れクラックは、最初に引張負荷方向に垂直な円孔の直径の端部から発生し、引張負荷方向に平行な円孔の直径の端部では試験片表面が隆起した変形が観察された。

これらの結果より、円孔を導入したTBC平板状試験片を用いた工夫により、一度に負荷応力 , 及び の異なった応力条件下で劣化したTBCシステムを作製することが可能となり、各種の応力条件下で劣化したTBCシステムの作製に要する時間が短縮された。また、高温で引張負荷が加わる( 及び )部分ではTBC層の縦割れ部からTBC層の基材からの剥離が生じ、圧縮負荷が加わる( )部分ではTBC層の座屈を生じさせるような変形が観察され、各種の応力条件特有の劣化損傷が存在することが明らかになった。

第6章では、得られた結果を総括し、以下の結論を得た。

(1) プッシュアウト法という新たな手法を用いてせん断負荷条件下でのTBCシステムの界面剥離靭性を測定し、TBC層の基材からの剥離抵抗の劣化を定量的に評価する手法を確立した。

(2) 蛍光分光法を用いることによって、従来の剥離検出手法に比較して、より容易にかつ~150 μmの高空間分解能でTBC層の基材からの剥離の大きさを非接触・非破壊で検出することが可能となった。

(3) 平板状TBC試験片を対象とした熱機械疲労試験装置を開発し、新たな試験方法を提案して、一度に異なった応力条件下で劣化したTBCシステムを作製することが可能となった。

以上のように、本論文は、破壊力学を用いた熱遮蔽コーティングの基材からの剥離寿命評価の考え方に基づき、評価時に必要となる界面剥離靭性、剥離部の形状及び大きさを得るための新たな手法と、実使用環境下を模擬できる熱機械疲労試験装置開発ならびにその装置を用いた新たな試験方法を提案したものである。

審査要旨 要旨を表示する

セラミックス熱遮蔽コーティングは発電機や航空機に用いられているガスタービンエンジン部材に欠かせない技術である。これらの機器ではコーティング層が基材から剥離すると基材が高温に直接さらされることになり、部材の寿命を著しく短くし、大事故につながる危険性を持っている。従って、コーティングが施された部材を安全安心に利用するためにはコーティング層の損傷を正しく測定評価し、剥離を未然に防止することを可能にする技術の開発が不可欠なものと考えられている。

本論文は「セラミックス熱遮蔽コーティングの損傷評価手法の開発」と題し、セラミックス熱遮蔽コーティングの安全安心な利用技術に貢献することを目指して行われた研究であり、全6章よりなる。

第1章は序論であり、電子ビーム物理蒸着法(EB-PVD法)により耐熱金属部材表面にZrO2系セラミックスをコーティングした材料(以後、コーティング自体をTBC (Thermal Barrier Coating) と呼び、コーティングされた材料や部材をTBCシステムと呼ぶ)の現状を述べるとともに実用的な観点から明らかになっている劣化損傷現象を整理した。熱遮蔽コーティング層の剥離現象について、破壊力学を用いたTBC層の基材からの剥離条件をもとに、剥離寿命予測手法に必要となる要素技術を整理した。この結果、せん断負荷条件下での界面剥離靭性の定量的評価、剥離部分の高空間分解能での非接触・非破壊検出、任意の応力状態での熱機械疲労試験装置の開発、が残された重要な課題であることを示した。これらの課題に対する現状での研究開発状況を踏まえて、本研究の目的を明確にした。

第2章では、「TBC層の基材からの剥離抵抗の定量的評価」について述べた。TBCシステム用に開発された新しいプッシュアウト法を用いてせん断負荷条件下でのTBC層の基材からの界面剥離靭性を測定する方法について検討した。EB-PVD法により作製した厚さ200 μmのY2O3安定化ZrO2コーティング層をCoNiCrAlY系ボンドコート上に施した超合金基材を試験片として用いた。プッシュアウト法では界面剥離抵抗の変化を、8~95 J/m2の広い範囲内で定量的に評価することができることを明らかにした。また、高温熱サイクルを加えて劣化を加速させたTBCシステムの界面剥離靭性の変化を求めた。その結果、界面剥離靭性は熱サイクル温度及び回数などの熱サイクル試験条件に依存することを定量的に示すことに成功した。これらの一連の界面剥離靭性の定量評価により、TGO層の平均厚さ、熱暴露時間及び熱暴露温度などの複数の因子に影響されることを明らかにした。

第3章では、「TBC層と基材間の剥離の非破壊検出手法」について述べた。TBC層の剥離現象に破壊力学を適用する際に必要な剥離部分の形状や大きさを非破壊非接触で検出する方法について検討した。まず、第2章で用いたものと同じTBCシステムのTBC層表面にロックウェル圧子を押し込み、人工的にTBC層を基材から剥離させた。この剥離はTBC層の表面から目視では確認することができないが、TGO層中の応力を蛍光分光法で測定し、TBC層の剥離の有無によるTGO層の応力の値の変化を利用して剥離部分を150 μmの高空間分解能で検出可能なことを検証した。この方法を用いて、圧子押し込みをしたTBCシステムに高温熱サイクル疲労を加え、熱サイクル負荷の増加によりTBC層の剥離部分がバタフライ状に増加していくことを検出することに成功した。また、蛍光分光を用いた方法では、剥離界面によってTGO層が異なる応力を示す現象を利用して、剥離界面の識別も可能であることを示した。

第4章では、「TBCシステムの劣化損傷シミュレーション装置の開発」について詳細に説明した。平板の試験片を用いて、TBC層内に温度勾配を付与することができ、熱負荷と力学負荷を同時に加えることが可能な熱機械疲労試験装置(以後、TMF試験装置と記す)を開発した。第2章と同様のTBCシステムの平板試験片を用いて開発したTMF試験装置の性能を調べた。開発したTMF試験装置では、間接誘導加熱システム及び圧縮空気を利用した冷却システムにより、 5℃/sの加熱及び冷却速度を実現した。TBC層表面温度を1150℃及び基材温度を1020℃に設定した場合にはTBC層中に130℃の温度勾配を付与した試験が可能になった。実験で用いたTBCシステムを試験片として用いた場合、引張及び圧縮負荷は±200 MPaの応力レベル、±0.2%の力学ひずみの範囲の負荷を加えられることを証明した。設定値からの温度制御の逸脱は1.5%以内であり、力学負荷の制御も3.5%以内の誤差で行えることを確認した。これらの結果より、開発したTMF試験装置を用いることにより、実使用環境下での平板状のTBCシステムの劣化損傷を調べるための実験的な劣化損傷シミュレーションが可能であることを示した。

第5章では、「TBCシステムの実験的な劣化損傷シミュレーション」についての結果を述べた。第4章で開発したTMF試験装置を用いて、試験片幅に対して十分に小さな貫通円孔を導入したTBCシステム平板状試験片のTMF試験を行い、実使用環境下に近い条件下で生じる劣化現象を詳しく観察した。高温時に引っ張り負荷が加わる応力制御の条件では、TBC層の厚さ方向のクラックの発生、発生したクラック近傍のボンドコート層内でボイドの生成、TGO層の異方性生成挙動などのTMF試験特有の現象が存在することを明らかにした。また、TBC平板試験片に円孔を導入し、引っ張り負荷を加えた試験を行うことにより円孔近傍に発生する異なる応力状態を利用して、一つの試験片で異なる力学負荷条件下の現象を知ることができる方法を示した。

第6章では、得られた結果を総括している。

以上を要するに、本論文は、セラミックス熱遮蔽コーティングの基材からの剥離寿命評価に破壊力学を適用する際に、実験を通して求めることが必要な値を取得するための新たな手法と、実使用環境下を模擬できる熱機械疲労試験装置開発ならびにその装置を用いた新たな試験方法を提案したものである。これらの結果は、マテリアル工学の分野の発展に大きく貢献するとともに、セラミックス熱遮蔽コーティングの安全安心な利用技術構築に大いに役立つものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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