学位論文要旨



No 217168
著者(漢字) 佐川,渉
著者(英字)
著者(カナ) サガワ,ワタル
標題(和) 残留応力改善による沸騰水型原子炉内部構造物の応力腐食割れ予防保全技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 217168
報告番号 乙17168
学位授与日 2009.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17168号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 笠原,直人
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 准教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

沸騰水型原子炉(BWR)のステンレス鋼配管溶接熱影響部に生じた応力腐食割れ(SCC)については、1970年代より広範な研究がなされ、その発生要因の1つである溶接残留応力の実験と解析による把握や、水冷溶接(HSW)、高周波加熱による残留応力改善(IHSI)等の対策技術が開発された。1980年代からは、原子炉内部構造物や、原子炉圧力容器貫通部等にもSCC事例が散見されるようになり、原子力プラントの高経年化を迎え、プラントの稼働率の維持と信頼性を確保するため、炉内の点検、補修、予防保全の技術開発が急務となった。

原子炉内あるいは原子炉圧力容器貫通部は取替えが難しいことから、SCCの3要因のうち,材料を除く,環境、応力面での改善技術の研究が急務となり1980年台後半から,日立製作所内の関係部署の力を結集した研究を展開し,原子炉圧力容器及び炉内構造物の保全技術の総合的な開発を行った。炉内水質環境の研究の結果、給水系より水素を注入し、炉水中の溶存酸素と過酸化水素濃度を下げる水素注入が、SUS304ステンレス鋼及びニッケル基合金の耐SCC性改善に有効であることを確認し、水素注入運転法を開発した。残留応力改善については、原子炉内構造物の溶接部は形状が複雑で、接近することも困難なことから、新たな技術の開発が強く望まれ、表面をピーニング加工して残留応力を低減する技術に着目した。本研究は、このような背景の下で、原子炉内部構造物の残留応力を改善し、SCCの発生を防止するためにピーニングの実機適用技術の開発を行ったものである。

本研究では、まず、構造の複雑な原子炉内部構造物の溶接及びその後の運転による残留応力の挙動を有限要素法による詳細な応力解析と実験により解明した。次に、原子炉内部構造物の溶接部の引張残留応力を改善するピーニング技術として、気中環境下で施工するショットピーニング(SP)技術、および水中噴流で発生するキャビテー.一.ションを利用して表面付近の残留応力を圧縮化するウォータージェットピーニング(WJP)技術を開発し、実機プラントへの適用化技術について研究した。開発したウォータージェットピーニング、ショットピーニングを、シュラウド取替工事や建設中プラントへの予防保全として適用し、さらに残留応力改善技術の適用を体系化するとともに、実機残留応力評価方法についての知見を整理した。

以下に本研究で得られた主な結論を述べる。

(1)損傷事例のあったコーン型シュラウドサポートと原子炉圧力容器の取付け溶接部(ニッケル基合金溶接部)について、工場製作から運転までのプロセスにおける残留応力の生成・変化の過程を詳細にシミュレーション解析し、耐圧試験の圧力で残留応力が再分布し、SCCの発生した溶接部内面側に高い引張応力が生じたことを明らかにした。耐圧試験で残留応力が再分布するメカニズムと解析結果の妥当性を実験的に検証した。これらの解析・実験により、構造・材料・製造プロセスの複雑な原子炉内部構造物の残留応力の挙動を明らかにした。

(2)コーン型シュラウドサポートと原子炉圧力容器の取付け溶接部における残留応力を改善するため、ショットピーニングの基礎技術開発と形状の複雑なニッケル基合金溶接部へのショットピーニング施工方法を開発し、実機施工条件を確立するとともに、その後の運転において圧縮の残留応力が維持され、SCC予防保全が図れることを明らかにした。

(3)水中噴流のキャビテーション気泡が崩壊するときの衝撃圧力を利用して金属表面に圧縮の残留応力を生じさせるウォータージェットピーニング技術について、様々な基礎試験と実機の原子炉内部構造物に適用するための技術開発を行った。直接衝突する水噴流のみならず、ウォータージェットピーニングの特長である反射噴流や廻り込み噴流を利用することにより、狭隆部や複雑な施工対象部に対して残留応力改善効果が得られる実機適用技術を開発し、シュラウド、ジェトポンプ、CRDハウジング/スタブチューブ等、様々な原子炉内部構造物の溶接部に対する予防保全技術を確立し、実機に適用した。

(4)原子炉内部構造物のSCC対策技術として開発したショットピーニング、ウォータージェットピーニングによる残留応力低減技術を、シュラウド取替工事や建設中プラントへの予防保全として適用した。シュラウド取替え工事においては、残存する既設部材(ニッケル基合金、304ステンレス鋼)のSCC予防保全としてSP、WJPを適用し、建設中プラントでは、低炭素316ステンレス鋼のシュラウドのSCC予防保全としてWJPを適用した。

(5)これらの成果を踏まえ、配管と炉内構造物を対象としてこれまで開発されてきた残留応力改善技術を比較整理し、体系的に示した。また、ショットピーニングとウォータージェットピーニングによる残留応力改善技術の特徴を比較し、適用に当たっての考え方や考慮すべき事項を整理した。さらに、検査・評価・補修という保全・維持活動における残留応力改善による予防保全の位置づけを整理し、今後の検討課題を提示した。

(6)シュラウドサポート取付け溶接部の残留応力を把握するために行った、製作過程から耐圧試験、通常運転までの一連の解析、実験結果を踏まえ、今後、構造の複雑な原子炉内部構造物の残留応力と運転中の応力状態を把握するための方法や知見を整理した。

本研究で開発したショットピーニング及びウォータージェットピーニングによる残留応力改善技術を実機の原子炉内部構造物の様々な溶接部位へ適用した。適用後、長いものはすでに10年以上の運転年数となるが、その後の運転においてSCC発生の報告はなく、開発した技術の有効性を確認するとともに,BWRプラントの信頼性向上に大きく貢献していることが実証された。

審査要旨 要旨を表示する

沸騰水型原子炉一次系のステンレス鋼溶接熱影響部に発生する応力腐食割れ(SCC)対策として残留応力改善は非常に有効で、配管については高周波加熱処理による克服がなされてきた。一方、原子炉内部構造物溶接部は構造が複雑であることから新たな技術開発が必要である。本研究は、ショットピーニングとウォータージェットピーニングという予防保全技術を開発し、実機に適用するとともに、残留応力改善技術の実機適用に際しての考え方を体系的に示したものである。

第1章は緒論で、本研究の背景、SCCの原因と対策に関する一般的な既往知見をまとめている。その上で、本研究の目的が原子炉内部構造物の残留応力改善によるSCCの予防保全のためのピーニングの実機適用技術開発であることを明確にしている。

第2章は沸騰水型原子炉機器配管溶接部の残留応力とその提言技術に関する従来の研究のまとめである。配管溶接部に関しては高周波加熱が有効であり施工条件が確立していること、圧力容器貫通配管については耐SCC性材料の薄肉スリーブを用いる工法が有効であることが実験と解析で示されていること、しかし原子炉内部構造物であるシュラウドについては新たな技術が必要であることを述べている。

第3章ではコーン型シュラウドサポートのSCC損傷事例を示し、その部位の発生応力の評価結果を述べている。従来見過ごされてきた耐圧試験の実施が残留応力を大きく変えることを明らかとし、それが実際に生じることを模擬実験により検証している。同時に、レグ型のシュラウドサポートでは耐圧試験を行ってもSCCを生じさせるような残留応力とはならないことも示している。

第4章はショットピーニングによるSCC予防保全技術の開発について述べている。選定した施工パラメータのもとに残留応力改善効果確認試験を実施し所期の改善効果が得られることを確認するとともに、硬さ及びミクロ組織観察・腐食試験により材料に悪影響を与えないことを確認し、さらに施工後の耐SCC性改善効果確認試験も実施している。最終的にはモックアップ試験による実機形状での効果確認を行い、改善された残留応力の持続性の確認も実施し、実機においてSCCによるひび割れ発生の可能性は極めて低いと結論づけている。

第5章はウォータージェットピーニングによるSCC予防保全技術の開発について述べている。ウォータージェットピーニングによるSCC発生防止効果をCBB試験で明らかとし、材料へ悪影響を与えないことや効果の持続性を確認した後、施工条件を選定して、シュラウド、ジェットポンプ、炉底部溶接部に適用している。適用に際してはノズルの遠隔移動装置などの技術開発も行っている。

第6章は残留応力改善技術の沸騰水型原子炉内部構造物の予防保全への適用にあたっての知見の整理である。予防保全対象部位はいろいろあるが、運転開始後のプラントへの適用実績、新プラント建設時の適用実績をまとめ、体系化して適用にあたっての方針をまとめ、規格類の現状と今後の課題としての拡充、そのための課題などを述べている。

第7章は結論で、以上で得られた成果をまとめている。

以上のように、本論文は残留応力改善による沸騰水型原子炉内部構造物のSCC予防保全技術の開発について述べたもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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