学位論文要旨



No 217171
著者(漢字) 出田,隆一
著者(英字)
著者(カナ) イデタ,リュウイチ
標題(和) 高分子ミセルを用いた新しいドラッグデリバリーシステムによる脈絡膜新生血管治療の研究
標題(洋)
報告番号 217171
報告番号 乙17171
学位授与日 2009.04.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17171号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 准教授 佐伯,秀久
 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 講師 相原,一
 東京大学 准教授 川口,浩
内容要旨 要旨を表示する

加齢黄斑変性(age-related macular degeneration, AMD)は視機能にとって最も重要な部位である黄斑部が障害される眼疾患のひとつである。本疾患は、欧米では成人失明原因の第一位であり、本邦においても患者数が年々増加し社会的問題となっている。AMDには滲出型と萎縮型の2つの病型があるが、脈絡膜新生血管(choroidal neovascularization, CNV)により惹起される滲出型AMDは視力予後が不良であるため、その治療法の開発は急務である。

現在、滲出型AMDに対する治療として確立したものはレーザー光凝固術と光線力学療法(photodynamic therapy, PDT)のみであるが、いずれの治療法も再発率が高いことと、治療効果は視力の維持にとどまりその改善には至らないという問題点がある。そこで、滲出型AMDに対する新規治療法の開発を目的として、新しい薬物送達法(drug delivery system, DDS)である高分子Polyion complex (PIC)ミセルを用いてCNVに対する治療効果を検討した。

高分子PICミセルは静電相互作用により形成される直径数十nmのナノ粒子であり、enhanced permeability and retention (EPR)効果により固形腫瘍に高い集積性を示す。腫瘍組織と同様に血管透過性が亢進しており、リンパ系の未発達なCNVにおいてもEPR効果により高分子PICミセルの高い集積性が予想される。抗がん剤内包高分子PICミセルは既に臨床試験中であるが、眼科領域においては基礎的な検討も未だなされていない。そこで我々は高分子PICミセルの眼科領域における有用性を検討した。

まず、fluorescein isothiocyanate-labeled poly(L-lysine) [FITC-P(Lys)] を内包した高分子PICミセルをラットCNVモデルに静脈内投与し、眼組織における薬物動態を調べた。その結果、高分子PICミセルのCNVに対する集積は投与168時間後まで持続しラットCNV部に高い集積性を示した。このことより、高分子PICミセルはCNVに対するDDSとして有用である可能性が示された。

PDTは滲出型AMDに対する現在の標準的治療法であるが、問題点として施行後のCNV再発がある。そのため複数回の治療を要し患者の大きな負担となっている。またPDTの効果は視力の維持にとどまり、その改善には至らない。滲出型AMDに対するPDTの治療効果を高めるためには、光増感剤をCNV領域へ選択的に送達すると同時にCNV領域での効果的な光力学反応を惹起することの双方が必要である。デンドリマー型光増感剤は内核に位置する光増感剤が高濃度においても凝集しないという性質により、高効率の光力学反応を惹起することが期待できる。そこで、デンドリマーポルフィリン(DP)をミセル化したDPミセルをラットCNVモデルに静脈内投与したところ、CNVへのDPの高い集積性が確認された。また、DPミセルによるラットCNVモデルのPDTを行ったところ、より低いエネルギー照射のPDTによりCNV閉塞と再発の抑制が可能となった。また、DPミセルを用いたPDTは、CNV閉塞効率が高いのみならず、正常な網脈絡膜血管や皮膚に対する障害も少ないことが示された。

PICミセルはCNVへ効率よく長時間集積することより、ラットCNVモデルに対するDDSとして非常に有用であると考えられた。更に、デンドリマー型光増感剤をミセル化して投与することにより、CNVに対するPDTの治療効果と安全性を大幅に向上させる可能性が強く示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は加齢黄斑変性症(age-related macular degeneration, AMD)の主要な病型である滲出型AMDを惹起する脈絡膜新生血管(choroidal neovascularization, CNV)に対する新規治療法の開発を目的として、新しい薬物送達法(drug delivery system, DDS)である高分子Polyion complex (PIC)ミセルを用いたCNVに対する治療効果を検討したものである。これまで未検討であった高分子PICミセルの眼科領域における基礎的な薬物動態の検討を行った後、CNV動物モデルを用いた治療を行い下記の結果を得ている。

1.fluorescein isothiocyanate-labeled poly(L-lysine) [FITC-P(Lys)] を内包した高分子PICミセルをラットCNVモデルに投与し、眼組織における薬物動態を調べた。その結果、眼球後方、硝子体内部への局所投与では組織学的に脈絡膜への蛍光分布を認めるものの、CNVへの特異的な集積は見られなかった。静脈内投与では高分子PICミセルの集積は正常脈絡膜へは24時間後には消失す一方でCNVに対する集積は投与168時間後まで持続した。静脈内投与後の網脈絡膜組織内濃度測定の結果、CNV作製眼においては4時間で集積のピークを認め、168時間後においても明確に認められた。このことより、高分子PICミセルはラットCNV部に高い集積性を示しCNVに対するDDSとして有用である可能性が示された。

2.光増感剤であるデンドリマーポルフィリン(DP)を内包したDPミセルをラットCNVモデルに静脈内投与したところ、Free DPの集積が投与後4時間であるのに対して、DPミセルは24時間後まで認められたことより、CNVへのDPミセルの高い集積性を確認した。また、DPミセルによるラットCNVモデルの光線力学療法(photodynamic therapy, PDT)を行ったところ、治療翌日のCNV閉塞率はレーザー照射50J/cm2で77.1%であり、7日後でも同等の閉塞率を維持した。また、レーザー照射5J/cm2のより低いエネルギー照射のPDTにおいてもCNV閉塞は治療翌日77.7%、7日後80.5%であり、高い治療率と再発の抑制が可能となった。更に、DPミセルを用いたPDTは、CNV閉塞効率が高いのみならず、正常な網脈絡膜血管や皮膚に対する障害も少ないことが組織学的検討にて示された。

以上、本論文はこれまで未知であった高分子PICミセルの眼組織における薬物動態を示した。また、ラットCNVモデル投与により効率よく長時間CNVに集積すること、ラットCNVモデルにおいてPDTの治療効果と安全性を大幅に向上させ得ることを明らかにした。本研究は先進国において失明原因の主要な疾患でありながら視力を向上させる確実な治療法が現時点で存在しないAMDに対する、安全でより効果的な新規治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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