学位論文要旨



No 217178
著者(漢字) 西尾,善太
著者(英字)
著者(カナ) ニシオ,ゼンタ
標題(和) コムギ雪腐黒色小粒菌核病菌、コムギ赤かび病菌およびコムギ縞萎縮ウイルスの抵抗性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217178
報告番号 乙17178
学位授与日 2009.05.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17178号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 根本,圭介
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 特任教授 堀江,博道
 東京大学 特任准教授 濱本,宏
内容要旨 要旨を表示する

1)コムギ雪腐黒色小粒菌核病抵抗性の誘導に大きく影響するする環境要因として接種前の低温ハードニングの処理温度、処理期間、土壌水分ポテンシャルについて、それぞれの影響と相互作用を解析した。ハードニング温度、土壌水分、コムギ品種はすべて生存率に有意に影響しており、2℃よりも4℃、-0.01MPaより-0.1MPaの方が高い生存率を示した。ハードニング温度、土壌水分、コムギ品種はすべて生存率に有意に影響しており、2℃よりも4℃、-0.01MPaより-0.1MPaの方が高い生存率を示した。土壌水分ポテンシャルとハードニング期間の間に有意な交互作用が見られ、短期間のハードニング処理区において土壌水分ポテンシャルの影響がより大きく現れた(P<0.01)。生存率はハードニング処理期間が長いほど高かった。土壌水分ポテンシャルが-0.01MPaの処理区では常に4℃の方が2℃よりも高い生存率を示した。品種間の生存率の差が最大で圃場試験での抵抗性評価と最も一致する結果が得られたのは、ハードニング温度4℃、土壌水分ポテンシャル-0.1MPa、3週間の処理区であった。

2)雪腐黒色小粒菌核病(T.ishrkariensis)に感染したコムギにおける菌量の増加と生存率の関係の解明を目的として、リアルタイムPCR法によるコムギ植物中のT.ishikariensisの定量法の開発し、雪腐病抵抗性が異なるコムギ品種における雪腐病菌量をモニタリングした。検出用のプライマーは、ITS2領域の特異的な配列を利用して設計し、他の雪腐病菌(Tinearnata、M.nivale、P.iwayamai)およびコムギのDNAと反応しないことを確認した。根部における菌DNA量は接種4週間後において「lbis」が「PI173438」および「Munstertaler」よりも有意に増加した。一方、接種後4週間ではPI173438(67%)、Munstertaler(59%)と比較して、Ibis(26%)の生存率は明らかに劣った。根部での菌量の増加と生存率の減少が同時に見られたため、根部における菌量は雪腐黒色小粒菌核病抵抗性の指標になると考えられた。

3)コムギ雪腐黒色小粒菌核病抵抗性品種「Munstertaler」と罹病性品種「lbis」の倍加半数体系統集団について雪腐病抵抗性に関わるQTLをDNAマーカーを用いてマッピングした。合計348種類のSSRマーカーが両親間で多型を示し、そのうち323マーカーを22連鎖群、全長3,563cMの連鎖地図にマッピングした。22連鎖群の平均マーカー間距離は11.0cMで、最短は6B染色体の6.0cM、最長は7D染色体の19.OcMで、各連鎖群には平均して15.3マーカーが同定された。QTL解析の結果、染色体3AS、5DL、6Bの16cM離れた2箇所の合計4箇所が有意に圃場接種試験におけるコムギの生存率に関わっており、染色体"S、5DL、6Bの1箇所の合計3箇所が人工気象室接種試験におけるコムギの生存率に関わっていた。染色体3AS、5DLおよび6B(bare136)上の3つの雪腐病抵抗性QTLは「Munstertaler」由来で、染色体4ASおよび6B(bare136)上の2つの雪腐病抵抗性QTLは「Ibis」由来であった。倍加半数体系統を作用の大きい2つのQTL(染色体5DLおよび6BC・bare136)の遺伝子型で分類した結果、2つの抵抗性QTLを持つ系統では、2つの罹病性QTLを持つ系統よりも、いずれの接種試験においても高い生存率を示した。

4)北海道のコムギ品種の赤かび病抵抗性について、赤かび病抵抗性が既知の九州のコムギ品種および育成系統と同様の開花期で評価して、その抵抗性を明らかにすることを目的として実験を行った。圃場接種試験とビニルハウス接種試験における発病度の相関係数は2001年がr=0.84(P<0.01,n=70)、2002年がr=0.72(P<0.Ol,n=233)で両年とも高い値を示した。圃場接種試験およびビニルハウス接種試験に2年間供試した材料の発病度の年次間の相関係数はr=0.73(P<0.01,n=30)であった。北海道の主要コムギ品種の中では、タクネコムギが最も低い発病度を示し、ホロシリコムギがタクネコムギよりやや高い発病度、チホクコムギがホロシリコムギよりもやや高い発病度を示した。ホクシンは主要品種の中で最も高い発病度を示した。蘇麦3号の派生系統の中では、九州系統とCIMMYT系統がほぼ同じ開花期と赤かび病発病度を示し、これら3系統の間には有意な発病度の差は見られなかった。

5)コムギ赤かび病抵抗性品種「蘇麦3号」の染色体3BS上の赤かび病抵抗性QTLを、雪腐病抵抗性が優れる北海道の秋まきコムギ品種「きたもえ」に戻し交配によって導入した系統における赤かび病抵抗性と、赤かび病抵抗性に関連したDNAマーカーFの秋まきコムギにおける多型を調査した。染色体3BS上のマイクロサテライトマーカーbare133,bare147,gwm533.1およびbare102の遺伝子型は、BCIF3集団の赤かび病発病度と有意に関係していた。秋まきコムギ46品種・系統について染色体2DL(gwm535)、3BS(gwm533,gwm49Si,4BS(wmc238,5AS(wmc705,gwm293,gwm304,6BS(wmc398,wmc397)の各マーカーの多型について調査した結果、染色体4BS上のwmc238では多型が比較的少なかったが、その他のDNAマーカーでは比較的多くの多型が見られた。

6)コムギ赤かび病菌が産出するかび毒のデオキシニバレノール(DON)の胚乳部への蓄積を減少させる赤かび病抵抗性について調査するために、赤かび病抵抗性が異なる15品種の春まきコムギのDON蓄積量を4年間測定した。コムギ粒と小麦粉のDON濃度の間(R2=0.98,n=15,P≦0.01)およびコムギ粒とふすまのDON濃度の間(R2=0.94,n=15,P<0.01)には強い指数関数の相関関係が見られた。これらの関係はコムギ粒のDON濃度の上昇に伴って、小麦粉のDON濃度がふすまのDON濃度よりも上昇することを示していた。回帰曲線をコムギの硬質品種(R2=0.99,n=5,P≦0.01)と軟質品種(R2=0.73,n=9,P≦0.01)によって分類した場合、回帰曲線が両者の間で異なる傾きを示した。この結果は、コムギ粒のDON濃度が同じ場合に硬質品種の方が軟質品種よりも小麦粉DON濃度が低くなる可能性を示した。

7)北海道で発生するコムギ縞萎縮病に抵抗性を示す品種「lbis」と罹病性を示す品種「Munstertaler」由来の倍加半数体系統を用いて、コムギ縞萎縮病抵抗性遺伝子座の解析を行った。QTLマッピングの結果、「Ibis」由来のQTL,が染色体2DL上にマッピングされた。同QTLによって4月の発病度では46.6%の表現型を、6月の発病度では67.7%の表現型が説明された。6月の発病度で倍加半数体系統を抵抗性と罹病性に分類し、「Ibis」由来のコムギ縞萎縮病抵抗性遺伝子をYmIbとしてマイクロサテライトマーカーとの連鎖解析を行った結果、抵抗性遺伝子は染色体2DL上にマッピングされ、YmIbと最も近傍のマイクロサテライトマーカーcfd16とは4.8cMの距離であった。抵抗性遺伝子近傍のマイクロサテライトマーカー(cfd16)によって、98系統の倍加半数体系統のうち92系統を正しく抵抗性と罹病性に分類することが可能であった。

8)ライ麦由来の1R染色体の短腕(1RS)がコムギの1B染色体短腕(1BS)と転座している1BL.1RS転座染色体を持つコムギを利用した2つの交雑集団における1BL.1RS転座の有無、高分子グルテニンサブユニット(HMWG)とコムギの品質の関係について調査した。HMWGサブユニット5+10を持つ系統は、サブユニット2+12、4+12を持つ系統よりも有意に高いSDSセディメンテーション値、SKCS硬度、小麦粉粒径を示した。Gtu-B1座にHMWGサブユニット20を持つ系統は、サブユニット7+8、7+9を持つ系統よりも有意に低いSDSセディメンテーション値を示した。製パン性に望ましくないHMWG2+12,4+12または20を持つ系統は、SDSセディメンテーション値6.OmL以下でほぼ選抜可能で、下方向の選抜において高い遺伝率を示した。

審査要旨 要旨を表示する

国産コムギの主産地である北海道ではコムギ雪腐病の発生がコムギ栽培の大きな制限要因となっている。本研究では、環境条件に大きく影響を受けるため評価が難しい本病の抵抗性を、人工気象室を用いて接種し安定的に評価する方法を開発し、抵抗性の量的遺伝子座(QTL)の同定を行った。次いで、重要病害のコムギ赤かび病、及びコムギ縞萎縮病について同様にQTLの同定を行なった。最後に、異種染色体を利用した病害抵抗性育種の可能性を調査した。

1.低温ハードニング条件の最適化による人工気象室におけるコムギ雪腐黒色小粒菌核病抵抗性評価法の開発

人工気象室内で、雪の代わりに脱脂綿を用いて植物とコムギ雪腐黒色小粒菌核病菌を覆う接種法を用い、接種前の低温ハードニングの処理温度4℃、処理期間3週間、土壌水分ポテンシャルーO.1MPaの条件で安定的に抵抗性を評価する方法を開発した。

2.リアルタイムPCR法による菌量定量法を用いたコムギ雪腐黒色小粒菌核病抵抗性評価法の開発

リアルタイムPCR法によるコムギ植物中の雪腐黒色小粒菌核病菌の定量法の開発し、雪腐病抵抗性が異なるコムギ品種における雪腐病菌量をモニタリングした。根部での菌量の増加とコムギの生存率の減少が同時に認められたため、根部における菌量は雪腐黒色小粒菌核病抵抗性の指標になると考えられた。

3.コムギ雪腐黒色小粒菌核病抵抗性量的遺伝子座(QTL)の同定

コムギ雪腐黒色小粒菌核病抵抗性品種「MUnstertaler」と罹病性品種「Ibis」の倍加半数体系統集団について雪腐病抵抗性に関わるQTLをDNAマーカーを用いてマッピングした。TL解析の結果、染色体3AS、5DL、6B(2箇所)上の合計4箇所が有意に圃場接種試験におけるコムギの生存率に関わっており、染色体4AS、5DL、6B上の合計3箇所が人工気象室接種試験におけるコムギの生存率に関わっていた。

4.北海道および海外のコムギ品種における赤かび病抵抗性の評価

スプリンクラー散水を連続的に行った上で注射接種を行う赤かび病抵抗性の評価系を開発し、北海道のコムギ品種と抵抗性既知の九州のコムギ品種の抵抗性の比較を行った。その結果、最近の北海道品種の赤かび病抵抗性は九州品種よりも劣ることが明らかになった。

5.秋まきコムギにおける赤かび病抵抗性DNAマーカー選抜の効果

コムギ赤かび病抵抗性品種「蘇麦3号」の染色体3BS上の赤かび病抵抗性QTLを、雪腐病抵抗性が優れる北海道の秋まきコムギ品種「きたもえ」に戻し交配によって導入した系統における赤かび病抵抗性と、抵抗性に関連したDNAマーカーの多型を解析し、赤かび病発病度と有意に関係する染色体3BS上のマイクロサテライトマーカーを同定した。

6.コムギ赤かび病抵抗性と小麦粉とふすまにおけるデオキシニバレノールの分布との関係

赤かび病抵抗性が異なる15品種の春まきコムギのデオキシニバレノール(DON)蓄積量を4年間測定した。コムギ粒と小麦粉のDON濃度の間およびコムギ粒とふすまのDON濃度の間には強い指数関数の相関関係が認められた。また、コムギ粒のDON濃度が同じ場合には硬質品種の方が軟質品種よりも小麦粉DON濃度が低くなる可能性を示した。

7.コムギ縞萎縮病抵抗性遺伝子座の同定

北海道で発生するコムギ縞萎縮病に対する抵抗性品種「Ibis」と罹病性品種「Munstertaler」由来の倍加半数体系統を用いて抵抗性遺伝子座の解析を行った結果、「Ibis」由来の抵抗性遺伝子Ymlbが染色体2肌上にマッピングされ、最も近傍のマイクロサテライトマーカー7fd16との遺伝的距離は4.8cMであった。

8.耐病性遺伝子を有するライ麦由来の染色体転座(1BLIRS)がコムギ品質とその遺伝率に与える影響

耐病性遺伝子を有するライ麦由来の染色体転座(1BLIRS)を持つコムギの交雑集団を利用して、高分子グルテニンサブユニットとコムギの品質の関係について調査した結果、耐病性と同時に製パン性が優れる系統を選抜が可能であることが示された。

以上を要するに本研究は、コムギ雪腐病、コムギ赤かび病及びコムギ縞萎縮病について、抵抗性評価法を開発・最適化した上で、その抵抗性の量的遺伝子座解析を行なったものであり、その結果、コムギ雪腐病抵抗性QTLとコムギ縞萎縮病抵抗性遺伝子】imlbの座乗位置を明らかにした。本研究は抵抗性育種における植物病理学と育種学役割の橋渡しをなすものであり、これらの成果は、学術上また応用上きわめて価値が高い。よって審査委員一一同は本論文が博士(農学)に値するものと認めた。

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