学位論文要旨



No 217180
著者(漢字) 武藤,祐子
著者(英字)
著者(カナ) ムトウ,ユウコ
標題(和) 新規thrombin-activatable fibrinolysis inhibitor阻害薬EF6265の薬理学的解析と敗血症性臓器障害治療薬への応用
標題(洋)
報告番号 217180
報告番号 乙17180
学位授与日 2009.05.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17180号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

〈序論〉

血栓の生成と溶解は生体内で精緻に制御されている。凝固反応により生成したフィブリン血栓の溶解過程では、血中に僅かに存在するプラスミンによりフィブリンが部分分解されて露出するカルボキシ末端(C末端)リジン残基が線溶の場として重要である。C末端リジン残基には、プラスミノゲンおよび組織型プラスミノゲン活性化因子(tissue-typeplasminogenactivator:tPA)が結合するため、フィブリン固相上でプラスミノゲンからプラスミンへの効率的な活性化が進み、生成したプラスミンによって新たなC末端リジン残基が露出するという、正のフィードバック機構によって血栓が溶解する。

生理的な線溶阻害因子の1つとして、凝固反応によって活性化し線溶を阻害するトロンビン活性化線溶阻害因子(thrombin・activatablefib血iolysisinhibitor:TAFI)が報告された。TAFIの活性体TAFIaは、1995年に血漿カルボキシペプチダーゼB(carboxypeptidaseB:CPB)と同一のメタロプロテアーゼであると同定された。TAFIは肝臓で生成され循環血中に存在し、生理的な条件下ではトロンビンートロンボモジュリン複合体により活性化されてTAFIa1CPBとなり、フィブリンC末端のリジン残基を切断して線溶の場を消失させる。TAFIaの半減期は約10分と不安定であり、これは立体構造の変化によることが2008年に報告された。

TAFIによるクロット溶解阻害作用が、これまでのinvitro研究より明らかとなっている。TAFIによる線溶阻害機構は多くのほ乳類動物で保存されているため、動物を用いた解析が可能である。実際、イヌおよびヒヒを用いたinvivo研究においてTAFIの生成や病態発症・進展への関与が示された。さらに、2002年よりTAFI欠損マウスでの解析が行われているが、現状でTAFI欠損による凝固線溶反応および感染性臓器障害への影響については結論づけられていない。様々な血栓の生成・溶解および炎症反応におけるTAFIの関与は示唆されるものの、病態生理的役割や重要性の解明は未だ不十分である。

本論文の目的は、TAFIa/CPB阻害物質を用いて本酵素の生理的意義を検討し、その解析から創薬ターゲットとしてのTAFIa阻害薬の有用性を明確にすることである。まずは、既存のTAFIa阻害物質を用い、次に明治製菓株式会社において創出されたTAFIa選択的阻害薬EF6265を用いて、血栓症モデルにおける効果を薬理学的にアプローチするとともに、TAFIa阻害薬の抗血栓薬としての特徴を検討した。その結果、TAFIaは微小血栓生成・溶解において重要な役割を担うことが強く示唆されたため、TAFIaの病態生理的意義を検討するべく感染性臓器障害モデルへと展開し、TAFIa阻害薬の治療薬としての可能性を併せて考察した。

〈結果および考察〉

既存および新規TAFIa阻害薬の酵素阻害活性およびクロット溶解への影響

既存のTAFIa阻害物質DL-2-mercaptomethyl-3-guanidinoethylthiopropanoicacid(MGPA)およびポテト由来カルボキシペプチダーゼ阻害物質(carboxypeptidaseinhibitor:CPI)は、ラット血漿クロット生成(凝固過程)に影響せず、クロット溶解時間を短縮したことから、クロット溶解(線溶過程)増強作用を有すると考えられた。ラット臓器内に微小血栓を惹起する組織因子持続注入モデルにおいて、MGPAおよびCPIを血栓蓄積後に投与した結果、有意な蓄積抑制作用を示した。以上より、TAFI阻害により線溶が促進され、TAFIa阻害薬が線溶増強型の抗血栓薬となる可能性が示された。

しかし、既存TAFIa阻害物質は類縁カルボキシペプチダーゼも強く阻害し、非特異的作用も有することから、詳細な解析には不適切であると考えた。この状況下、明治製菓株式会社においてTAFIaへの選択性および安全性の高い化合物の創出を試み、EF6265が創出された。EF6265は、ヒト血漿TAFIaに対して50%阻害濃度値8.3nMと、既存物質の10倍以上強い阻害活性を示し、類縁カルボキシペプチダーゼ、その他のプロテアーゼに対しては弱い活性を示すか全く活性を示さなかった。同時に実施した安全性および体内動態検討結果より、EF6265は目指すプロファイルを有する化合物であることを確認した。

ヒトおよびラット血漿クロット溶解反応への効果を検討したところ、EF6265は濃度依存的にクロット溶解時間を短縮した。ラット血漿中濃度推移およびexvivoクロット溶解実験より、EF6265は血漿中濃度に依存した線溶増強活性を示した。以上より、新規TAFIa阻害薬EF6265がTAFIaを阻害して線溶を促進することを確認し、この基礎情報からラットを用いたinvivo評価を実施した。

第一に組織因子惹起微小血栓モデルにおいて検討した。血栓蓄積後の静脈内投与では、EF6265は0.1mg/kg以上の用量で顕著な蓄積抑制作用を示すとともに、線溶マーカーの血漿中D一ダイマー濃度を上昇させた。その効果はtPAと同様であった。第二に比較的大きな血栓が生成するラット動静脈シャント血栓モデルを用いて評価した結果、EF6265は単独投与で影響しなかったが、tPAとの併用で有意な血栓縮小作用を示した。第三に、出血性副作用の指標としてラット尾部出血時間を測定したところ、EF6265は有効用量の30倍において出血時間延長作用を示さず、さらに、tPAによる出血時間延長はEF6265の併用投与によって増強されなかった。以上より、TAFIが複数の血栓モデルにおいて線溶阻害因子として働くこと、TAFIa阻害薬の投与により特に微小血栓の溶解が促進されるものの、出血性副作用が小さい特徴を有することが示された。

血栓性腎障モデルにおけるTAFIa阻薬EF6265の抗血栓および腎障制rs果

ラット腎糸球体基底膜抗血清とリボ多糖(lipopolysaccharide:LPS)をラットに併用投与することで、腎糸球体内への血栓蓄積を伴う腎障害を惹起した。本病態の惹起7時間後における腎糸球体内微小血栓の蓄積は、EF6265、ヘパリンおよびtPAにより有意に抑制された。病態惹起24時間後では、腎障害マーカーの血中尿素窒素(bloodureanitrogen:BUN)の上昇、腎浮腫、乏尿が認められ、腎臓の病理学的変性が観察され、半数以上が死亡した。これらに対し、EF6265投与群ではBUN値および腎浮腫が有意に低く、乏尿が改善され、腎臓の病理学的変性はいずれも認められず、致死が改善される傾向にあった。以上より、TAFIは血栓蓄積を伴う臓器障害に密接に関与しており、TAFIa阻害薬は血栓蓄積を抑制して臓器障害の進行を抑制することが示された。

敗血症性臓器障モデルにおける新規TAFIa阻'EF6265の臓器障制果

まずはLPS惹起ラットエンドトキシン血症モデルを用いて検討した。LPS投与4時間後において、腎臓・肝臓内にはフィブリンが顕著に蓄積したが、EF6265およびヘパリン投与でこれが抑制された。LPS投与8時間後において、全身障害マーカーとした血中乳酸デヒドロゲナーゼ(lactatedehydrogenase:LDH)、肝障害マーカーのアラニンアミノトランスフェラーゼ(alanineaminotransferase:ALT)およびBUN上昇が顕著であった。EF6265はLDH上昇を有意に抑制し、ALT上昇を抑制する傾向にあったが、BUN上昇へは影響しなかった。ヘパリンは全く影響を及ぼさなかった。次に、緑膿菌を用いたsepsisモデルでの効果を検討した。免疫低下させたラットに緑膿菌を静脈内投与して12~13時間後に全例死亡する条件において、β・ラクタム系抗菌薬のセフタジジムは十分に抗緑膿菌作用を示す投与用量でLDHおよびALT上昇を抑制する傾向にあったが、BUN上昇には影響しなかった。その一方、sepsis治療を想定し、EF6265を抗菌薬と併用投与したところ、LDH、ALT、BUN上昇のいずれも有意に低下した。以上より、TAFIは敗血症性臓器障害の進行に関与していること、およびTAFIa阻害薬は臓器障害を抑制することが示された。

〈総括〉

本研究は、線溶阻害因子であるTAFIの生理的な意義を明らかにするとともに、創薬ターゲットとしてのTAFIaの妥当性を示すことを明確にすることを目的とした。まずは既存の阻害物質での検討から開始し、その後創出された選択的TAFIa阻害薬を用いて抗血栓作用の検討を進め、さらに病態生理的意義を追求するために複数の臓器障害モデルにおける効果を検討した。その結果、TAFIの生理的意義として、微小血栓の溶解抑制に大きく関与していること、出血への関与は小さいこと、病態生理的意義としてはさらに、血栓症や炎症反応の強い敗血症性臓器障害の進展に密接に関わっていることを見いだした。また、TAFIa阻害薬EF6265について、線溶増強型の抗血栓薬としての可能性を示すとともに、敗血症などの感染病態における臓器障害抑制薬としての応用可能性を示した。本研究が各種疾患におけるTAFIの病態生理的な役割のさらなる解明に有用な情報となるとともに、TAFIa阻害薬の薬剤としての可能性を追求する一助となることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

血液凝固・線溶は生体の恒常性維持のため精緻に制御されており、その破綻は重篤な病態に結びつく。凝固反応により生成したフィブリン血栓の溶解過程では、部分分解を受けることで生成するカルボキシ末端(C末端)リジン残基が線溶の場として重要である。C末端リジン残基には、プラスミノゲンおよび組織型プラスミノゲン活性化因子(tissue-typeplasminogenactivator:tPA)が結合するため、フィブリン固相上でプラスミノゲンからプラスミンへと活性化され、そのプラスミンにより新たなC末端リジン残基が生成するという、正のフィードバック機構によって血栓溶解速度が劇的に促進される。

トロンビン活性化線溶阻害因子(thrombin・activatablefibrinolysisinhibitor:TAFI)は生理的な線溶阻害因子の1つであり、肝臓で生成され循環血中に存在する。本因子は生理的な条件下ではトロンビン・トロンポモジュリン複合体により活性化され、その活性体TAFIaは血漿カルボキシペプチダーゼB(carboxypeptidaseB:CPB)と同一分子であり、フィブリンC末端のリジン残基を切断して線溶の場を消失させる。TAFIによる血栓(クロット)溶解阻害作用は、血漿を用いたinvitro研究、TAFI欠損マウスを含めた各種動物でのinvivo研究において検討されたきたものの、その病態生理的役割や重要性の解明は未だ不十分である。

本研究の目的は、TAFIa/CPB阻害物質を用いた薬理学的解析より本酵素の生理的意義を検討し、その解析から創薬ターゲットとしてのTAFIの妥当性を明確にすることである。まずは、既存のTAFIa阻害物質、または明治製菓株式会社において創出された選択的TAFIa阻害化合物EF6265を用い、TAHa阻害薬の抗血栓薬としての特徴を検討した。さらに、TAFIaの病態生理的意義を検討するべく感染性臓器障害モデルへと展開し、TAFIa阻害薬の敗血症性臓器障害治療薬としての可能性を併せて考察した。

既存および新規TAFIa3H害薬EF6265の酵素阻害活性およびクロット溶解への影響

既存のTAFIa阻害物質Dレ2-mercaptomethy1-3-guanidinoethylthiopropanoicacidおよびポテト由来カルボキシペプチダーゼ阻害物質は、invitroにおいてラット血漿クロット溶解時間を短縮し、invivoラット臓器内微小血栓モデルにおいて血栓生成後の投与で有意な血栓抑制作用を示した。以上、TAFIa阻害により線溶が促進されることを確認し、TAFIa阻害薬が線溶増強型の抗血栓薬となる可能性が示された。

しかし、上述の既存TAFIa阻害物質は類縁カルボキシペプチダーゼも強く阻害することから、詳細な解析には不適切であると考えた。そこで、TAFIaへの選択性および安全性の高い化合物の創出を試み、EF6265が創出された。本化合物は、ヒト血漿TAFIaに対して50%阻害濃度値8.3nMと、既存物質の10倍以上強い阻害活性を示し、類縁カルボキシペプチダーゼを含めた酵素阻害の選択性は高かった。また、同時に実施した安全性および体内動態検討結果より、EF6265は生体投与による薬理学的解析に用いうる化合物であることを確認した。

EF6265は、invitroでのヒトおよびラット血漿を用いたクロット溶解時間を濃度依存的に短縮させるとともに、exvivoでのラット血漿クロット溶解反応を血漿中濃度に依存して増強した。これらの結果から、新規TAFIa阻害薬EF6265がTAFIaを阻害して線溶を促進させるinvivoの実験条件を設定し、ラットを用いた以下の評価を実施した。

血栓モデルにおけるEF6265の抗血栓効果

組織因子惹起微小血栓モデルでの検討において、EF6265は血栓生成後の静脈内投与で顕著な血栓抑制作用を示すとともに、線溶マー力一の血漿中D.ダイマー濃度を上昇させた。この作用はtPAと同様であった。比較的大型の血栓が生成するラット動静脈シャント血栓モデルで検討した結果、EF6265をtPAと併用投与することで有意な血栓縮小作用が示された。一方、出血性副作用の指標としてラット尾部出血時間を測定したところ、EF6265は有効用量の30倍において出血時間延長作用を示さず、さらに、tPAによる出血時間延長はEF6265の併用投与によって増強されなかった。以上より、TAFIが複数の血栓モデルにおいて線溶阻害因子として働いていること、TAFIa阻害薬の単独投与により特に微小血栓の溶解が促進されること、さらに出血性副作用が小さいこと、といった特徴が明らかにされた。

血栓性腎障害モデルにおけるEF6265の抗血栓および腎障害抑制効果

臓器内血栓蓄積による障害に対する効果を検討するため、ラット腎糸球体基底膜抗血清とリボ多糖(lipopolysaccharide:LPS)の併用投与による血栓性腎障害モデルを用いた。i惹起7時間後における腎糸球体内微小血栓の蓄積は、EF6265、ヘパリンおよびtPAにより有意に抑制された。病態惹起24時間後の対照群においては、腎障害マーカーの血中尿素窒素(bloodureanitrogen:BUN)の上昇、腎浮腫、乏尿、腎臓の病理学的変化が観察され、半数以上が死亡したのに対し、EF6265投与群ではBUN値および腎浮腫率が有意に低く、乏尿が改善され、腎臓の病理学的変化を軽減し、致死は改善傾向を示した。以上より、TAFIは血栓蓄積を伴う臓器障害に密接に関与しており、TAFIa阻害薬は血栓蓄積を抑制して臓器障害の進行を抑制できることが示された。

敗血症性臓器障害モデルにおけるEF6265の臓器障害抑制効果

LPS惹起ラットエンドトキシン血症モデルにおいて、LPS投与4時間後に観察される腎臓・肝臓内フィブリン蓄積は、EF6265およびヘパリン投与で抑制された。LPS投与8時間後に観察される全身障害マーカーとした血中乳酸デヒドロゲナーゼ(lactatedehydrogenase:LDH)、肝障害マーカーのアラニンアミノトランスフェラーゼ(alanineaminotransferase:ALT)およびBUN上昇に対し、EF6265はLDH上昇を有意に抑制し、ALT上昇を抑制する傾向にあったが、BUN上昇へは影響しなかった。ヘパリンはいずれのマーカーにほとんど影響を及ぼさなかった。さらに、慈染12~13時間後に全例が死亡する緑膿菌sepsisモデルの条件を設定し、臨床使用を想定して抗菌薬との併用検討を行なった。β一ラクタム系抗菌薬のセフタジジムは十分に抗緑膿菌作用を示す投与用量でLDHおよびALT上昇を抑制する傾向にあったが、BUN上昇には影響しなかった。一方、EF6265を抗菌薬と併用投与したところ、LDH、ALT、BUN上昇のいずれも有意に低下させた。以上より、TAFIは敗血症性臓器障害の進行に関与していること、TAFIa阻害薬は臓器障害を抑制することが示された。

本研究では、TAFIの生理的意義として、微小血栓の溶解抑制に大きく関与していること、出血への関与は小さいこと、病態生理的意義としては、血栓症や炎症との関連の強い敗血症性臓器障害の進展に密接に関わっていることを示した。また、TAFIa阻害薬EF6265について、線溶増強型の抗血栓薬としての特徴を明確にするとともに、敗血症などの感染病態における臓器障害抑制薬としての応用可能性を示した。本研究は、TAFIの病態生理的な役割解明に寄与するとともに、TAFIa阻害薬の薬剤としての可能性を追求する有用な情報となることが期待される。以上のことから、本研究は博士(薬学)の学位に十分値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク