学位論文要旨



No 217181
著者(漢字) 勝又,一郎
著者(英字)
著者(カナ) カツマタ,イチロウ
標題(和) 初期品質安定設計法の提案と評価
標題(洋)
報告番号 217181
報告番号 乙17181
学位授与日 2009.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17181号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 村上,存
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、ものづくりにおいて初期品質の信頼性と安定性を実現するため、特に開発設計時における従来の暗黙知を形式知化するために研究され、かつ具体的な適用事例を基に構築された設計法について報告し、さらに広範な工業製品にも適用可能にするために、マネイジメント的な要素を含めて「初期品質安定設計法」として提案すると共に、その評価を行ったものである。

第1章では、本論文の目的を、歴史的背景に即して述べる。

近年、革新的な製品を市場に供給する場合に、市場投入後の製品品質は通常のバスタブ曲線に見られる初期故障過程を経ずに、当初より従来に比して極めて高い品質安定性を示すことが求められている。

一つの事例が、双発の民間航空機の長距離洋上飛行における規制緩和である。この規制緩和を確実なものにする為には、従来の実績を超えた性能と機能面での設計要求を満たすと同時に、製造工程における十分な加工能力をも、過去の統計データなどから満たすことを保障する設計手段が必要である。すなわち、航空機用エンジンの量産初期品質の安定性の保証が強く求められる。従来、新機種の開発にあたっては様々な信頼性設計手法が用いられた。QFD(Quality Function Deployment; 品質機能展開),タグチメソッド、SPC(Statistical Process Control; 統計的工程管理)などが代表例である。

長距離洋上飛行では、1985年以来、国際間協定における規制緩和が進み、現在も更なる緩和が続けられている。しかし、一方で最近の社会環境は劇的に変化をしている。即ち、開発機種の増加と量産初期の急激な増産、技術・技能の伝承問題、リーダーの指導力の減退などである。このような状況下において、従来、初期品質の信頼性と安定性を実現するために用いられてきた手法とその適用方法について、それらの暗黙知的な部分を形式知化することが、技術のさらなる進歩において重要な課題であるとの認識に至っている。

本論文では、上記の課題を達成するために研究され、かつ具体的な事例として適用された工学的技術を用いた設計法について報告し、その設計法におけるプロセスを他の工業製品にも適用可能にするために、必要なマネイジメント的な要素を含めて「初期品質安定設計法」(Early Quality Assured Design, 以下 E-QAD)と称し、新たな設計法として提案することを目的とする。

第2章では、具体的な設計法のうち、設計プロセスについて述べる。

E-QADのプロセスは、まず開発の初期設計の段階でQFDを用いて、市場における製品の信頼性に影響を与える代用特性を特定し、そのことを製造用の図面上に明示する(ステップ1)。そして、特定された代用特性に対して、設計と製造の両面にSQC(Statistical Quality Control;統計的品質管理)とタグチメソッドを適用する(ステップ2及び3)。即ち、これらのプロセスにより、市場における新製品の品質の信頼性と安定性を従来以上に確保する。

更に、これらの設計と製造の各プロセスの中において、TQC( Total Quality Control )的な考え方にもとづく2つのPDCA( Plan, Do, Check, Action )Demingサイクルをまわすことにより、更なる信頼性と安定性を確保する(ステップ4および5)。ここで、2つのPDCAとは、設計プロセスと製造プロセスでの改善のサイクルを指す。

また、開発設計のスタートから量産の開始までの5つのステップの各々の移行点において、その判断を標準化するための定量的指標を設けることにより、従来の暗黙知的要素を形式知化し、機能設計から工程設計にいたる設計業務の質の安定を目指す。E-QADの新規性は、開発設計のプロセスの分割と、ステップ間の移行点での定量的指標を明確にしたことにある。

以上のプロセスを図示すると、次の図となる。

第3章では、第2章で述べた設計プロセスを、実際の開発プロジェクトにおいて成功させるために必須であるマネイジメント的要素について、従来の方法に加えるべき新たな項目について述べる。

即ち、この設計プロセスを実際の開発プロジェクトにおいて成功させるためには、通常の設計マネイジメントに加えるべき必須なマネイジメント的な要素が3つ存在する。それらは、(1)設計組織、(2)業務プロセス、(3)設計リーダーの資質、における必須条件であり、これらを特定し実務を通じて検証すべきことを述べる。これら3つの観点は、この設計法が一般のものづくり分野においても成功するための必要条件と考える。

更に、製品のLife Cycle Managementの観点から、費用対効果についても言及し、その設計法の評価を行う。

第4章では、第2章で述べたステップ1から5までの5つの設計プロセスに対応する実証例について述べる。エンジンの開発設計における具体的な事例は以下のとおりである。

1.QFD(品質機能展開)における、タービンディスクの例

2.SQC(統計的品質管理)における、タービンディスク、シャフトの例

3.機能設計時のタグチメソッドにおける、ファンブレードの基本設計、およびディスクのダブテイルの形状設計の例

4.工程設計時のタグチメソッドにおける、難削材の細長孔加工の例

5.PDCA Demingサイクルにおける、ファンブレードのピンジョイント、および溶射硬度のばらつきの例

これらの事例を通じて、初期品質安定性を向上し、かつ継続することが可能になった。

第5章では、結論を述べる。

航空機用エンジンの開発時の設計プロセスは、従来、特に設計(この場合は、機能設計・生産設計・工程設計などを含む)の信頼性設計とロバスト性に関しては、当時開発が進んでいたQFD、SPC、タグチメソッドなどの手法について、設計や技術部門のリーダーの経験や知識により適宜応用がなされるといった、暗黙知的な要素が強い適用状態であった。そこで、社会的な要請の変化とともに、従来の設計プロセスにおける暗黙知的な部分を形式知化することが、対応策として求められるに至った。本論文では、新たな初期品質安定設計法として、次の二つの提案を行った。更に、新しい設計法の評価として、航空機用エンジンの開発設計に適用された事例を示し、そのエンジンの高い信頼性が開発当初から現在に至るまで、その間の社会的環境の変化を凌駕して継続していることを示した。

(1)設計プロセスの提案

設計プロセスをステップ1のQFDによる重要代用特性の特定と、それらの図面指示による表示から、ステップ5の生産設計レベルでのPDCAの実行までを段階的に分け、各々のステップでの行うべき技術作業の内容と、次のステップへ進むための条件を定量的に示すこと。

(2)マネイジメント的要素の提案

前項の設計プロセスを実際の開発プロジェクトに適用し、その成果を実現するためには、従来の設計に加えて新たなマネイジメント的要素が必須となる。即ち、設計組織・業務プロセス・設計リーダーの役割の3要素であり、これらについて本設計法に特異であると考えることを述べること。

そして、設計法 = 設計プロセス + マネイジメント的要素、とした。

本研究で提案した設計法によって開発された新しいエンジンは、いずれも当初の性能・機能・信頼性目標を達成し、現在広く世界中で通常の旅客機として使用されており、本設計法の有効性が示されている。

航空機用エンジンの設計は他の機械工業製品とは異なる面も多いが、安全性と信頼性においては他の製品に見られない厳しい眼が国と利用者から注がれており、そうした環境で成立することが示された設計法は、広い適用性も有していると言える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「初期品質安定設計法の提案と評価」と題し,5章より成っている.

日本の優れたものづくり技術の基盤を成すものは,優れた設計,生産の技術であると言って過言ではない.一般に,従来にない新たな工業製品が市場に導入されると,品質の安定期間に達するまでに,初期故障が頻発する期間が存在することが知られている.しかし,製品の安全性,信頼性,コストパフォーマンスなどの競争力を高めるには,初期品質の信頼性と安定性を達成することが極めて重要である.近年,グローバル市場でのものづくり競争が厳しさを増す状況の中で,そうした初期品質の担保を可能とする工学的な方法が求められている.本論文は,そうした背景から,新たな設計法を提案し,実用先端技術としての航空機用エンジンの設計への具体的適用によってその有効性の評価を試みたものである.

第1章は序論である.まず,応用の対象として取り上げられた航空機エンジン産業における技術開発の経緯や背景を概観し,製品の量産初期品質の安定性の保証が意味するところと,その重要性を説明している.そして,この間,初期品質の信頼性と安定性を実現するために用いられてきた様々な手法の暗黙知的な部分を形式知化することが,さらなる技術進歩に必要であることを指摘している.そこで,本論文では,これまで初期品質の安定性を達成するために研究され,適用された工学的技術を用いた設計法についてまとめ,さらに他の工業製品にも適用可能にするために,必要なマネイジメント手法を含めて「初期品質安定設計法」(Early Quality Assured Design, 以下 E-QAD)と称する,新たな設計法を提案し,評価することを目的とすることが述べられている.

第2章では,具体的な設計における複数のプロセスに触れている.すなわち,E-QADのプロセスは,まず開発の初期設計の段階で品質機能展開を用いて,製品の信頼性に影響を与える代用特性を特定し図面上に明示することから始まる.次に,特定された代用特性に対して,設計と製造の両者に統計的品質管理とタグチメソッドを適用することにより,新製品の品質の信頼性と安定性を確保する.更に,これらの各プロセスにおいて,総合的品質管理的な考え方に基づいてPDCAサイクルを繰り返すことにより,信頼性と安定性を向上させる.これら一連の開発設計の5つのステップの各々の移行点において,その判断を標準化するための定量的指標を設け,従来の暗黙知的要素を形式知化し,機能設計から工程設計にいたる設計業務の質の安定を目指すこととしている. E-QADの新規性は,このような開発設計のプロセス分割と,移行点での定量的指標明示にあることが述べられている.

第3章では,前章で述べられた設計プロセスが,実際の開発プロジェクトにおいて成功するために必須であるマネイジメント的要素について,詳しい考察が成されている.すなわち,通常の設計マネイジメントに加えるべき必須な3つの要素が存在すること,それらは,(1)設計組織,(2)業務プロセス,(3)設計リーダーの資質,であり,これらを特定し実務を通じて検証すべきことが指摘されている.さらに,製品のライフサイクル・マネイジメントの観点から,コストパフォーマンスからも設計法の評価を行っている.

第4章では,第2章で提案した5つの設計プロセスに対応する実証例を挙げ,考察を加えている.ジェットエンジンの開発設計における具体的な事例として,

1.タービンディスク設計における品質機能展開の例

2.タービンディスク,シャフトにおける統計的品質管理の例

3.機能設計時のタグチメソッドにおける,ファンブレードの基本設計およびディスクのダブテイルの形状設計の例

4.工程設計時のタグチメソッドにおける,難削材の細長孔加工の例

5.PDCA Demingサイクルにおける,ファンブレードのピンジョイントおよび溶射硬度のばらつきの例

を挙げ,これらの事例を通じて,初期品質安定性を向上し,かつ継続することが可能になったことを指摘している.

第5章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめ,具体的な結論を導いている.航空機用エンジンの開発時の設計プロセスにおいて,従来暗黙知的な要素が多々存在していたが,それらを形式知化することが求められるに至ったことを背景として,本論文では,新たな初期品質安定設計法として,「設計プロセス」と「マネイジメント的要素」を陽的に位置付け,その目的とするところが達成できることを航空機用エンジンへの応用によって示した.さらに,提案された設計法は,他の機械工業製品への広い適用性も有していると結んでいる.

以上,本論文は,初期品質の信頼性と安定性を達成することを可能とする新たな設計法を提案し,航空機用エンジン設計への適用を通じてその有効性を示したものである.産業界における様々な工業製品の設計に有用な指針を与えるもので,設計工学,機械工学の上で寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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