学位論文要旨



No 217182
著者(漢字) 小畑,淳
著者(英字)
著者(カナ) オバタ,アツシ
標題(和) 数値モデルによる気候炭素循環結合系の研究 : 海洋の経年変動及び北大西洋への淡水流入に対する応答について
標題(洋) Study of coupled climate-carbon cycle system by numerical modeling : oceanic interannual variability and response to freshwater discharge into the North Atlantic
報告番号 217182
報告番号 乙17182
学位授与日 2009.05.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17182号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 羽角,博康
 東京大学 教授 安田,一郎
 東京大学 准教授 阿部,彩子
 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 教授 木本,昌秀
 北海道大学 准教授 山中,康裕
内容要旨 要旨を表示する

気候変動の理解、予測には、主な温室効果気体である二酸化炭素の大気中の濃度を変動させる陸域と海洋の炭素循環の気候との相互作用も考慮しなければならない。そこで、炭素循環モデルを開発し、大気海洋結合大循環モデルに組み込み、気候炭素循環モデルを作成した。このモデルを用いて、気候炭素循環結合系としては今まで研究が不十分であったエルニーニョ南方振動や氷期終了時の氷床融水による変動について実験を行い、系の変動の仕組みについての理解を深めた。

モデルの海洋部分を今迄の研究よりも長期にわたって観測気候変動外力(風、海面水温)で駆動した実験では、海洋大気間二酸化炭素交換量の経年変動幅は0.23GtC/年(GtC=109トン炭素)であった。これには赤道域東太平洋でのエルニーニョ南方振動による湧昇変動に影響された変動(0.13GtC/年)が最も大きく寄与する。これらの結果は今迄の海洋モデルと海洋観測による見積もりに良く合う。実際の大気二酸化炭素量の経年変動幅は約2GtCもあるので、海洋による寄与は小さく、陸域生態系の変動が大きく影響するものと考えられる。より長期の変動については、太平洋十年規模振動に関連した変動が見られたが、その変動幅はエルニーニョ南方振動による変動に比べて1/2以下と非常に小さい。

次に、氷期終了時の環境激変(北大西洋への氷床融水流入)に関連して、気候炭素循環モデルの北大西洋高緯度の海面に淡水を与えて応答を調べた。この種の実験としては世界初である。その結果、北大西洋熱塩循環の停止による北向き熱輸送の減少で、北半球の寒冷化と乾燥化が表現され、全球平均気温も低下した。この北半球の寒冷化と乾燥化により陸域生態系が衰退し、これが主な原因となって大気二酸化炭素濃度が7ppm増加した。この少量の大気二酸化炭素増加は、寒冷化により陸域の純一次生産と土壌呼吸が共に減少するなど、陸域と海洋の炭素循環において、大気に対する二酸化炭素の吸収と放出の変動の効果が打ち消し合ったためである。これらの結果はYounger Dryas 初期(約12700年前)の変動を説明し得る。

同様の淡水流入実験を将来の化石燃料消費による二酸化炭素排出の場合についても行った。淡水流入無しの標準実験と比べたところ、北大西洋熱塩循環停止による寒冷化は、全球平均気温としては高濃度の大気二酸化炭素による温室効果で解消された。炭素循環の変化については、陸域生態系の衰退よりも海洋の炭素吸収の減少が顕著となった。これは北大西洋熱塩循環停止による海洋深層への化石燃料炭素の輸送の弱まりが主な原因である。これらの淡水流入実験によって、通常は相関の良い気温と大気二酸化炭素濃度も、分離した振る舞い(寒冷化と二酸化炭素増加)を示し得る事が明らかになった。

本研究の実験では炭素循環の変動による大気二酸化炭素濃度の変動は濃度全体の数%以内に留まっており、放射効果の変動を通じて気候に影響を及ぼすほどのものではないが、気候炭素循環結合系の種々の変動の違いを整理、理解する上で重要な結果である。

審査要旨 要旨を表示する

地球温暖化をはじめとする気候の大規模かつ長期にわたる変動は、主たる温室効果気体である二酸化炭素の大気中濃度の変動と密接に関連している。そうした気候変動の理解や予測のためには、大気に比べて多量の炭素を保持する陸域および海洋の炭素循環と気候の相互作用を考慮することが必要とされる。この気候炭素循環結合系について観測や数値モデルを用いてこれまでにも多くの研究が行われてきたが、その変動現象は多様であるため、未解明・未整理の部分が多い。本論文は、その中でも特に重要かつ理解が不足しているエルニーニョ南方振動および氷期終了時の氷床融解水に関連した変動に焦点をあて、研究に必要とされる数値モデルの開発と数値シミュレーションを行い、変動メカニズムを明らかにしたものである。

本論文は全4章からなる。第1章は序論であり、気候炭素循環結合系研究の地球惑星科学における重要性と従来の知見について、古気候から将来予測までの様々な文脈にわたって論じられ、本研究の位置付けと目的が記述されている。

第2章では、気候炭素循環結合系モデルの海洋部分を海面境界条件の長期観測データで駆動した数値シミュレーションを通して、大気の数十倍の炭素を蓄える海洋の経年変動とその大気中二酸化炭素濃度への影響を論じている。大気一海洋間の二酸化炭素交換の経年変動に最も大きな影響を及ぼすのはエルニーニョ南方振動に伴う赤道太平洋の湧昇の変動であること、および、観測された大気中二酸化炭素濃度の経年変動のうち大気一海洋間の二酸化炭素交換が説明する部分は1割程度にすぎないことが示され、数十年以下の時間スケールにおいては陸域炭素循環の変動が大気中二酸化炭素濃度の変動を支配することが間接的に示された。これらの結果は従来の知見を確認する内容であるが、従来の2倍におよぶ長期数値シミュレーションを行っており、変動の性質を定量的により正確に把握することが可能となった。

第3章では、気候炭素循環結合系モデルの北大西洋高緯度に多量の淡水を流入させた数値シミュレーションを行い、淡水流入に起因する気候変動の中での大気中二酸化炭素濃度変化とそこにおける海洋および陸域炭素循環の寄与を明らかにした。こうした淡水流入は、過去には最終氷期終了時に北米大陸上の氷床融解によって生じて大規模な気候変動を引き起こしたことが知られており、また、地球温暖化の中でもグリーンランド上の氷床融解によってもたらされて気候に大きな影響を及ぼすことが危惧されているものである。淡水流入によって大西洋熱塩循環は停止し、それに伴って北半球は寒冷化かつ乾燥化する。これがもたらす陸域生物生産の減少が主な原因となって、大気中二酸化炭素濃度が増加することが示された。この結果は約12,700年前のYoungerDryas初期の変動をよく説明するものである。また、化石燃料消費による将来的な二酸化炭素排出を考慮した設定においても同様の淡水流入実験を行い、大西洋熱塩循環停止に伴う変動について、寒冷化は高濃度の大気中二酸化炭素濃度による温室効果で解消されること、および、炭素循環の変化においては海洋深層への炭素輸送が弱まることによる海洋の炭素吸収の減少が支配的な役割を果たすことが示された。さらに、これらの淡水流入実験の結果から、通常は高い正の相関を示す気温と大気中二酸化炭素濃度も、場合によって逆相関し得ることが示され、そのメカニズムも明らかされた。この知見は古気候資料を解釈する上で有用である。

第4章は結論であり、論文全体をまとめ、本研究で得られた知見も加えて気候炭素循環結合系の変動を整理するとともに、気候炭素循環結合系の数値モデリング研究の今後について展望を述べている。

以上、本論文は、気候炭素循環結合系の変動メカニズムを数値シミュレーションにより明らかにしたものである。気候炭素循環結合系の数値モデルは、特に地球温暖化における長期気候変動予測を目的として、世界各国の主要な気候研究機関で競争的に開発が行われている。そうした中、独自に先駆的なモデル開発を行い、それを用いて系の変動特性について新規的かつ信頼性高い科学的知見を得たという点で、本研究は高く評価できる。

なお、本論文の第2章は北村佳照氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって数値モデル開発・実験・結果解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、審査委員一同、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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