学位論文要旨



No 217184
著者(漢字) 渡海(西住),紀子
著者(英字)
著者(カナ) トカイ(ニシズミ),ノリコ
標題(和) キネシン様蛋白質Kidの同定と機能解析
標題(洋) The cloning and functional analysis of a member of the kinesin-family protein, Kid, kinesin-like DNA binding protein.
報告番号 217184
報告番号 乙17184
学位授与日 2009.05.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17184号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

遺伝情報の自己複製と細胞の分裂とは、生命の営みの最も基本的な過程である。この細胞分裂過程において、複製された染色体を2つの娘細胞に正確に分配するため、分裂装置である紡錘体が、重要な役割を担っている。紡錘体は、微小管と、微小管結合蛋白質等により成り立っており、細胞分裂の進行に伴い非常にダイナミックに構造を変化させる。細胞分裂前期には2つの星状体が核の両端に移動し、前中期に核膜が崩壊すると染色体を捕捉し赤道面に整列させる。後期には紡錘体は伸長し、分離した姉妹染色分体を紡錘体の両極に移動させる。この紡錘体の統率のとれたダイナミッタな動港は、微小管に沿って動くモーター蛋白質であるキネシン様蛋白質ファミリーや細胞質ダイニンが協調的に働くことで実現する。しかし、この紡錘体微小管や染色体などの一連の動きがどのような分子機構によるのか解明されているのはほんの一部であるため、新しいキネシン様蛋白質の同定や、機能の解析が必須である。

本研究では、新規のキネシン様タンパク質Kid(kinesin-likeD-NAbindingprotein)を同定し、その細胞分裂における機能を解析した。当初、癌原遺伝子c-erbB2のプロモーター領域に結合する蛋白質を同定する目的でスクリーニングしたが、得られた分子は癌原遺伝子c-erbB2の転写調節因子ではなく、DNA結合活性をもつ新規のキネシン機の微小管モーター蛋白質であった。この蛋白質は、N末側(41-376a.a.)にキネシン様蛋白質の微小管モーター領域、中央にはcoiled.coil構造(465-506a.a.)を有し、C末端側は、クローニングの経緯からDNA結合すると考えられた(図1A)。そこで、これをKidと命名し、以下の解析を行った。

はじめにKidのDNA結合活性について検討した所、DNAセファロース結合アッセイや、ゲルシフトアッセイ等、複数の方法で確認できた。さらにKidが結合するDNA塩基配列について検討した結果、ある程度の配列特異性を持ってDNAに結合する事が明らかとなった。また、細胞内にDNA結合領域を高発現させると、M期染色体の異常凝集が見られる事から、M期でKidは染色体に強く結合する可能性が示唆された。

一方、Kidのキネシン様モーター領域は、微小管結合能を持ち、ATP存在下で微小管から離れる事、また、微小管依存的なATPase活性を有する事から、微小管モータ一活性を持つ可能性が高いことが分かった。以上のことから、KidはDNAを微小管に添って運ぶキネシン様モーター蛋白質である事が強く示唆された。

次いでKidの抗体を作製し、細胞内でのKidの細胞周期における局在を蛍光免疫染色、および免疫電顕により調べた。その結果、間期にはKidは核に局在した。M期に核膜が崩壊すると、Kjdは染色体だけではなく紡錘体にも局在し、中期では染色体全体と紡錘体に局在した(図1B,prometaphase,metaphase)。後期に入ると染色体腕全体ではなく、極に近い側の染色体の間に筋状に局在を変えた(図1B,anaphase)。その後、核膜が出来始め染色体が脱凝集する時期には染色体上、および核内に局在した6これらの結果から、KidはM期に於いて、染色体や紡錘体上で、染色体の動きや紡錘体形成に関与している可能性が考えられた。

そこで、細胞内でのKidの機能を解析するため、RNAi法によりKidの発現を抑制したHeLa細胞を観察した(図2)。その結果、M期中期のKid-RNAi細胞において、染色体腕が極側に広がる様子が観察された(図2A)。このことから、KidはM期前中期において染色体腕を極から赤道面へ押す力(polarejectionforce)を担っていることが示された。また、Kid発現抑制細胞にKidの変異体を戻し発現するレスキュー実験により、Kidがpolarejectionforceを発揮するためにはDNA結合能とモーター活性の両方が必要な事を明らかにした。また、Kid発現抑制HeLa細胞では、M期中期において紡錘体の大きさが短くなっていた。Kid発現抑制細胞にKid全長蛋白質を藤し発現させると、紡錘体の大きさが戻ったことから、Kidが紡錘体の大きさの維持に寄与している事が確認された(図2B)。

また、Kidの変異体をKid発現抑制細胞に戻す実験から、DNA結合部位やモーター活性は、紡錘体の大きさの維持に必須ではないことが明らかとなった。すなわち、Kidは、M期中期において、染色体腕を押す力とは独立して、紡錘体の大きさを維持する機能を持っていることが分かった。さらにKidが紡錘体の大きさを維持するために必要な領域を調べるため、Kid変異体を戻すレスキュー実験を行い、微小管束化活性に必要な第2の微小管結合領域とcoiled-coil領域が必須であることを明らかにした。微小管束化活性は、紡錘体微小管を構造的に安定化させると考えられ、coiled-coil領域と協調的に紡錘体の大きさ維持に働くと推測される。以上の結果から、細胞分裂賊期前期から中期にかけて、Kidは少なくとも2つの独立した機能を有していることが明らかとなった。1つは、紡錘体形成過程において、polarejectionforceを担っていること(図3-1左)であり、もう1つは、紡錘体の大きさの維持に貢献することである(図3-2右)。

さらに、M期後期においては、Kid発現抑制細胞では、染色体が分配されるもののうまくまとまらず、最終的にいびつな形の核や微小核が形成された(図4B)。この結果、および、KidがM期後期に染色体の間に筋上に局在すること(図4A)から、KidがM期後期には染色体の間をつなぎ1つにまとめることで、二つの娘細胞への正確な染色体分配に寄与していることが強く示唆された。

本研究において、新規のキネシン様蛋白質Kidを同定し、この蛋白質がDNAに結合するキネシン様モーター蛋白質である事を見いだした。体細胞分裂M期前期から中期にかけて、Kidは染色体腕を紡錘体微小管に沿って運ぶことで赤道面に整列させ、紡錘体微小管束を安定化させる事で紡錘体サイズの維持する働きをしていることが分かった。また、M期後期には、Kidは染色体をまとめることで正確な染色体分配を実現している事を明らかにした。このように体細胞分裂の染色体動態や、紡錘体形成過程において重要な機能を持つキネシン様蛋白質Kidを同定したことは、細胞分裂の分子機構の解明に大きく貢献する重要な発見であると考えている。

図1Kidの構造、および、細胞内局在

A.Kidの構造の模式図。

A.照dのM期での局在を示す。U20S細胞を固定し、抗Kid抗体(merge緑)、抗α-tubulin抗体(merge赤)、またDNA染色にはHechist33342(merge青)を用いて蛍光免疫染色した。

図2Kid発現抑制細胞はM期中期で、染色体腕が広がり、紡錘体が小さくなる

A.Kid-RNAiHeLa細胞、および、contro1-RNAiHeLa細胞の紡錘体及びDNAの様子。

A.Kid-RNAi細胞、control-RNAi細胞、及び、Kid-RNAi細胞にKidの発現を戻した時の、極間距離をそれぞれ30個の細胞で測定し、平均値をグラフ化した。エラーバーは標準偏差を示す。

図3KidのM期前中期中期に於ける機能のモデル図

図4Kid発現抑制細胞のM期後期では、染色体のまとまりが悪い

A.contro1-RNAi細胞のKidの局在及び染色体の様子

B.Kid-RNAiHeLa細胞の染色体の様子。後期では染色体のまとまりが悪く、終期には核の形がいびつになり微小核が観察される。スケールバー5μm

審査要旨 要旨を表示する

遺伝情報の自己複製と細胞の分裂とは、生命の営みの最も基本的な過程である。この細胞分裂過程において、複製された染色体を2つの娘細胞に正確に分配するため、分裂装置である紡錘体が、重要な役割を担っている。紡錘体は、微小管に沿って動くモーター蛋白質であるキネシン様蛋白質ファミリー分子や細胞質ダイニンの協調的な働きにより、細胞分裂の進行に伴い非常にダイナミックに構造を変化させる。しかし、この紡錘体微小管や染色体などの一連の動きの分子機構については一部しか解明されておらず、新しいキネシン様蛋白質の同定や、機能の解析が必須である。

本研究は、新規のキネシン様タンパク質Kid (kinesin-like DNA binding protein)を同定し、その細胞分裂における機能を解析した。当初、癌原遺伝子 c-erbB2 のプロモーター領域に結合する蛋白質を同定する目的でスクリーニングしたが、得られた分子は癌原遺伝子 c-erbB2 の転写調節因子ではなく、DNA 結合活性をもつ新規のキネシン様の微小管モーター蛋白質であった。この蛋白質は、N末側(41-376a.a.)にキネシン様蛋白質の微小管モーター領域、中央にはcoiled-coil構造(465-506a.a.)を有し、C末端側は、クローニングの経緯からDNA結合すると考えられた。そこで、これをKidと命名し、以下の解析を行った。はじめにKidのDNA結合活性について、DNAセファロース結合アッセイや、ゲルシフトアッセイ等、複数の方法で確認した。一方、キネシン様モーター領域は、Kidは微小管結合能を持ち、ATP存在下で微小管から離れる事、また、微小管依存的なATPase活性を有する事から、Kidは微小管モーター活性を持つ可能性が高いことが分かった。以上のことから、KidはDNAを微小管に添って運ぶキネシン様モーター蛋白質である事が強く示唆された。次いでKidの抗体を作製し、細胞内でのKidの細胞周期における局在を蛍光免疫染色、および免疫電顕により調べた。その結果、Kidは、M期に核膜が崩壊すると、染色体と紡錘体に局在し、中期では染色体全体と紡錘体に局在した。後期に入ると染色体腕全体ではなく、極に近い側の染色体の間に筋状に局在を変えた。これらの結果から、KidはM期に於いて、染色体や紡錘体上で、染色体の動きや紡錘体形成に関与している可能性が考えられた。

そこで、細胞内でのKidの機能を解析するため、RNAi法によりKidの発現を抑制したHeLa細胞を観察した。その結果、M期中期のKid-RNAi細胞において、染色体腕が極側に広がる様子が観察された。このことから、KidはM期前中期において染色体腕を極から赤道面へ押す力(polar ejection force)を担っていることが示された。また、Kid発現抑制細胞にKid変異体蛋白質の発現を戻すレスキュー実験により、Kidがpolar ejection forceを発揮するためにはDNA結合能とモーター活性の両方が必要な事を明らかにした。さらに、Kid発現抑制HeLa細胞では、M期中期において紡錘体の大きさが短くなることを見いだした。Kid発現抑制細胞にKid蛋白質を戻し発現させるレスキュー実験により、Kidの紡錘体の大きさを維持するために必要な領域は、微小管束化活性に必須な第2の微小管結合領域とcoiled-coil構造であることを明らかにした。微小管束化活性は、紡錘体微小管を構造的に安定化させると考えられ、coiled-coil構造と協調的に紡錘体の大きさ維持に働くと推測される。以上の結果から、KidがM期前期から中期にかけて、polar ejection forceを担い、また、紡錘体の大きさの維持に貢献するという、少なくとも2つの機能を有していることが示唆された。一方、Kid発現抑制細胞のM期後期においては、染色体が分配されるものの、うまくまとまらず、最終的にはいびつな形の核や微小核が形成されたことから、Kidが染色体の間をつなぎ1つにまとめることで、二つの娘細胞への正確な染色体分配に寄与していることが強く示唆された。

このように、本研究は、DNAに結合する新規キネシン様モーター蛋白質Kidを同定し、Kidが、体細胞分裂M期前期中期には染色体腕を赤道面に整列させ、紡錘体サイズを維持する働きをし、また、M期後期には正確な染色体分配の実現に寄与している事を明らかにした。これらの成果は、体細胞分裂の染色体動態や、紡錘体形成過程において重要な知見であり、細胞分裂の分子機構の解明に大きく貢献する重要な発見である。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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