学位論文要旨



No 217185
著者(漢字) 中島,隆博
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,タカヒロ
標題(和) 残響の中国哲学 : 言語と政治
標題(洋)
報告番号 217185
報告番号 乙17185
学位授与日 2009.05.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17185号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松浦,寿輝
 東京大学 教授 高田,康成
 東京大学 教授 高橋,哲哉
 東京大学 教授 代田,智明
 筑波大学 教授 堀池,信夫
内容要旨 要旨を表示する

本論文で取り上げたのは、中国哲学を中心とする哲学思想における言語と政治という問題領域である。

第1部「言語と支配」では、古代中国において論じられた言語に関する哲学論争を取り上げた。

第1章では、先秦時期の『筍子』の言語論である正名を扱った。『筍子』が重要なのは、正名を基礎づける際に、記号の恣意性を想定した上で、「約(社会的な取り決め)」による名の制定を論じたことである。それは、本質に還元できない作為の次元を切り開いたと言ってもよい。そうであれば、言語はたえず作り直し、取り決め直すことが原理的に許されるはずである。ところが、『筍子』は言語を支配し尽くし、最終的には言語を捨て去ろうとさえする。なぜなら、特定の正名が十全に機能する共同体にあって、自分の意図が他人に正しく伝達されたのなら、伝達のための道具である言葉はかえって不要であるからだ。ここには、言語が他なる仕方で機能することへの恐れと、それを何としても封印したいという欲望がある。

第2章では、こうした言語の他性への恐れとその封印の欲望が一っの頂点を迎えた、六朝期の言尽意/言不尽意をめぐる論争を取り上げた。どちらの立場に立つにせよ、「言は意を尽くすのか」という問いに対して持ち出されるのは、哲学的な負荷を与えられた言語である。その中でも、王弼の語る〈忘却された言語〉は決定的である。それは、言語の他性をあらかじめ還元し、意を純粋に表現し尽くす言語であるからだ。その〈忘却された言語〉が貫徹する世界は、すべてが「一」に結集された世界である。王弼は無名という道家的な考えに訴え、言語をあらかじめ忘却することで、儒家の『荷子』と同じ政治的帰結に辿り着いていく。

第3章では、王弼が参照した『荘子』に立ち戻り、王弼の哲学的な挙措によって消されてしまった『荘子』の可能性をもう一度読み直していく。『荘子』には、一方で、話し言葉の宣揚と書き言葉の既視という、言語の他性への恐れがある。しかしながら、他方で、王弼とは異なり、『荘子』には「言語の忘却」が不可能であることをアイロニカルに示す言及がある。それは、『荘子』に言語への根源的な信が潜んでいるからである。すなわち、『荘子』は、人間の声とともに、風の音や木々のざわめきに、響き渡るオラリテ(声)の次元を認めていた。

第4章では、J.G.A.ポーコックの議論を導きの糸としながら、儒家の正名と道家の無名の議論を、墨家と法家を含むより広い文脈に位置づけ直し、古代中国における言語論のもつ政治的な意味を探求した。儀礼という非言語的な手段と、法もしくは言語という二つの手段の組み合わせにおいて、儒家は法よりも儀礼を、墨家は儀礼よりも言語を尊重した。しかし、儒家は正名という言語を導入せざるをえなかったし、墨家もまた天という最終的な審級を持ち出し、非言語的な権威の源泉に訴えざるをえなかった。こうした儒墨の対立の彼方で、道家は、儀礼とともに言語も拒否したが、そこで想定された社会は、人々が「無知無欲」に置かれ、聖人が無制限に権力を振るう共同体にすぎなかった。

法家はどうかというと、もう一度、言語を肯定し直す。ただし、それは不同意を解消するためではなく、不同意を維持することによって、それを部分的に解消してくれる権力者を人々が絶えず欲するように仕向けるためであった。ポーコックはここで、筍子に立ち戻る。それは、言語とともに、儀礼を再び導入する言説としてである。正名を確立すれば、すべてが適切に区別された場所に置かれるために、儀礼もまた貫徹される。ここで必要なことは、正名の効果をかき乱すような言語の他性を取り除くことだ。問題は、再び第1章に戻る。すなわち、天にも刑罰にも訴えず、正名でも無名でもない仕方で、言葉を尊重し、人々に言葉を返すにはどうすればよいのか。

第2部「起源と伝達」では、六朝から近代に到るまでの中国の文学理論とそれを支える形而上学について考察した。

第5章では、中国文学理論の一つの極北をなす劉魏『文心雕龍』を取り上げた。劉魏は、言語の他性を奇として取り込み、詩文の装飾性と固有性を同時に豊かにしようとした。ここで劉〓は、起源であり根源である正の原理としての『詩経』に対し、他なる文学である奇の原理としての『楚辞』を配置し、適切な奇を取り込み、逆に、『楚辞』をはみ出すほどの過剰な奇を排除する。これを修辞技法の側から述べるならば、「比(明喩)」に対して「興(隠喩)」を重視することだ。とはいえ、奇はこうした調和的な正に回収されるがままにはならない。それは、『文心雕龍』の定める掟を超えて、新たな詩文を産み出し続ける。

第6章では、韓愈の古文の議論に触れた。それは言語の起源に〈自己〉を持ち出したものである。古文は、〈自己〉という起源から発出するオリジナルな言語であって、何ものも模倣しないことによって、純粋に道を表現する。ここではじめて、自己発出の形而上学が、言語論とともに登場した。この形而上学を受け継いで展開したのが、朱熹である。その自己発出=自一発の形而上学は、「誠意」によって、世界の意味をすべて内在的に基礎づけようとする。だが、その「誠意」に成功したことを如何にして他人に伝達すればよいのだろうか。ここで朱熹は「格物致知」という概念に訴える。それは、外部性に再び訴え、心という内での自己充実を、外の事物・物事の「理」を窮めることによって保証しようというものである。こうした外部への迂回の後、朱熹は「自新の民」という理想的な他人を持ち出し、伝達をさらに確実なものにする。そして、最終的には、自一発の形而上学に基づき、自己啓蒙が連鎖し、道が貫徹した、理想的な共同体が実現する。しかし、ここには、自己発出の形而上学を共有せず、自己啓蒙による救済を拒むような他者はいない。韓愈はそもそも仏教徒を「言語通ぜず」として切り捨てていたし、朱熹は小人を同様に排除していた。人間を分割し、特定の〈われわれ〉を共同体とする政治が機能していたのである。

第7章では、古文と自己発出の形而上学が、その後も中国の言語論に取り憑いたままであることを考察する。近代中国において、古文に対抗して白話を主張した胡適の議論が具体的な考察対象になる。胡適の白話文は、単なる言文一致の口語文ではなく、かつての古文の理想を再現したものであった。また、自己発出の形而上学も、胡適においては、歴史の自覚の哲学として反復された。近代中国において哲学を導入し、「中国哲学」という概念を発明した胡適にとって、中国と哲学を結合する鍵は、まさに〈自覚〉にあった。胡適にとっての哲学は、内的なロゴスの歴史を自覚することであり、それを中国の歴史において見出すことが中国哲学であったのである。したがって、中国哲学は必然的に中国哲学史である。そして、その中国哲学史の最終段階に、最も自覚的な哲学としてあるのが、胡適の「中国哲学史」であった。だが、それもまた、歴史の自覚を原理に据えない者や、自覚の歴史としての中国に属さない者を排除することによって成り立っている。

第3部「他者の声」では、これまで見てきた、言語を支配することと、特定の〈われわれ〉の共同体を作り上げる政治に抗して、他者に声を返す可能性を模索した。

第8章では、「形而上学と哲学の武装解除」を行い、複数の平等な他者たちが声を交換する公共空間をもう一度構成しようとしたハンナ・アーレントの政治哲学を取り上げた。それは、公共空間を破壊する「悪の陳腐さ」に抵抗するために、判断力を政治的能力として持ち出してくる。しかし、その議論のなかにも、複数性を制限し、ある種の人々を伝達の共同体から排除してしまう恐れが潜んでいる。それを避けるためには、判断を先取りせずに、時間を与えることが不可欠である。

第9章では、アーレントと同世代の思想家であるエマニュエル・レヴィナスを取り上げた。レヴィナスはまさに〈他者のために〉という倫理の次元を切り開き、わたしの無限の責任を論じていた。ところが、そのレヴィナスの議論のなかにも、他者を区別する政治、わたしの責任を緩和する政治がある。その構造を打ち破るのは極めて困難ではあるが、それにもかかわらず、他者に正義を返すのであれば、他者を縮減する倫理と政治のアマルガムを問い続けなければならない。それは、他者とともにある、別の空間を切り開くことでもあり、整合的な光の言語に回収されることのない、つぶやきや口ごもりに耳を澄ます、魂のあり方を発明することでもあるだろう。

第10章では、再び中国に戻って、そうした弱さの空間と耳の澄ませ方を考えた。その可能性のために、魯迅の言語論・文学論と終末論的な思考を、レヴィナスの「語ること」と「メシア的平和」に重ね合わせながら極限まで推し進め、母性という魂のあり方が、翻訳を通じて垣間見られることを示した。翻訳こそが他者の言語を抱きとり、それを何度も語り直すチャンスであり、未聞の他者の声を聞くトポスそのものである。

本論の結論は次のことにある。中国哲学は、言語の支配という政治を夢見ることによって、未聞の他者の声である弱い声をかき消してきた。中国哲学は決して素朴なものではない。その哲学的な問題系の一つである、伝達可能性を保証する公共空間において、弱い声はあらかじめ排除されている。その排除の構造を全体的に問いながら、如何にして弱い声に耳を傾けるのかが問われなければならない。それは、中国哲学のなかにある微かな残響を聞き取ることである。本論はそれを実践することによって、中国哲学をマイナーな者たちのための、マイナーな哲学に変貌しうることを示したのである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文『残響の中国哲学──言語と政治』は、第1部「言語と支配」、第2部「起源と伝達」、第3部「他者の声」という三部構成のもとに、哲学思想における言語と政治との関係という問題を、中国哲学を中心として解明したものである。

第1部では、古代中国において論じられた言語に関する哲学論争が考察される。先秦時代の『荀子』の言語論における「正名」の観念の検討から始まり(第1章)、六朝期の「言は意を尽くすのか否か」という論争(第2章)、『荘子』における初源の「声」への信の問題(第3章)などが細密な手続きで次々に論じられた後、儒家の「正名」と道家の「無名」の議論を、墨家と法家を含むより広い文脈に位置づけ直し、古代中国における言語論のもつ政治的な意味の探求が試みられている(第4章)。

第2部「起源と伝達」では、六朝から近代に到るまでの中国の文学理論とそれを支える形而上学が主題となる。まず、中国文学理論の一つの極北をなす劉〓『文心雕龍』が取り上げられ、言語の他性を「奇」として取り込み、詩文の装飾性と固有性を同時に豊かにしようとした劉〓の議論が、「明喩」に対する「隠喩」の優位として考察される(第5章)。続いて、言語の起源に〈自己〉を措定する韓愈の「自己発出」の形而上学、それを受け継ぎつつ、「格物致知」の概念の援用によって、外界の「理」を窮めることで形而上学の伝達可能性を確保しようとした朱熹の議論が検討される(第6章)。ただし、両者が構想した理想的な共同体において、自己発出の形而上学を共有せず、自己啓蒙による救済を拒むような他者が不在であるという点に、批判的な留保が残される。

第2部の締め括りとして、言語論におけるこの形而上学と他者の問題が、近代中国における胡適の〈白話文〉の主張にいかなる「残響」を響かせているのかが考察される(第7章)。そして胡適が歴史の「自覚」の哲学として構想した「中国哲学史」においてもまた、この「自覚」を共有しない他者が依然として排除されることになるという点が鋭く抉り出されてゆく。

第3部では、これまで見てきた、言語を支配することと、特定の〈われわれ〉の共同体を作り上げる政治に抗して、「他者に声を返す」可能性が、西欧哲学への参照によって模索される。まず、「形而上学と哲学の武装解除」を行い、複数の平等な他者たちが声を交換する公共空間を構成し直そうとしたハンナ・アーレントの政治哲学(第8章)。さらに、〈他者のために〉という倫理の次元を切り開き、〈私〉の無限の責任を論じるエマニュエル・レヴィナスの哲学(第9章)。この二つの参照軸の導入によって、「中国哲学」と「西欧哲学」とが交差し、「言語と政治」をめぐるそれぞれの問題系が共鳴し合うさまが記述されるこの二つの章は、本論文の方法とアプローチの独創性がもっとも発揮された箇所と言えよう。

最終章ではふたたび中国に戻り、他者との共生を可能にする「別の空間」の可能性が、魯迅の言語論と文学論のうちに探られる(第10章)。そこでは、魯迅の終末論的な思考をレヴィナスの「語ること」と「メシア的平和」に重ね合わせつつ極限まで推し進めるとき、母性という魂のあり方が魯迅の小説解釈を通じて垣間見られることが示される。

本論文が古代から近代に至る中国思想の大きな地平から取り出してきたのは、中国哲学は一貫して言語の支配という政治を夢見ることによって、未聞の他者の声である「弱い声」をかき消してきたという命題である。伝達可能性を保証する公共空間において、呟きや口籠もりといった「弱い声」はあらかじめ排除されている。その排除の構造を歴史的に炙り出しつつ、いかにして「弱い声」に耳を傾けうるのか、中国哲学に内在する微かな「残響」をいかにして聞き届けうるのかを問うこと。本論文はその問いの実践を通じて、中国哲学をマイノリティのための「マイナー哲学」(ドゥルーズ)として再編成しようとする野心的な試みである。

本論文は、一方で、中国の歴史的文脈における「言語と政治」の問題を、従来までの研究成果の綜合によって歴史的に解明する第一級の文献学的業績である。しかし他方、西欧哲学との突き合わせを通じて、中国的文脈から「哲学」の存立それ自体を問い直すという高度な問題設定に答える、斬新かつ強力な思考の冒険でもある。それは、一見、デリダ的「脱構築」によって中国哲学の思惟を一方的に批判する企てであるかに見えかねないがそうではない。むしろ、中国哲学と西欧哲学とを同一の問題系を共有するいわば「共犯者」として捉え(このこと自体、前代未聞の力業である)、そのうえで両者ともどもの批判的な解体を企て、両者に共通する「他者の排除」という罠からいかに脱しうるかという問いをめぐって、徹底的な考究が展開されていると言うべきであろう。

形而上学から歴史的現実へ、閉ざされた民族共同体から開かれた普遍空間へ、固有性のアイデンティティからヘテロジーニアスなマイナー性へ。これら三つのベクトルに沿って駆動され、言語にまつわる倫理性と政治性の諸相をめぐって展開された本論文の考察の成果は、今後、中国哲学の研究者にとって欠くことのできない指針となるだろう。

審査会では、批判と解体を経たうえで提起されるべき肯定的命題がやや具体性を欠いているという点、アーレントとレヴィナスの読解の仕方にやや問題があるという点など、幾つかの疑義が提出されたが、それら小さな瑕瑾は、独創的にしてスケールの大きな本論文の本質的価値を損なうものではないという点が最終的に確認された。

以上をもって、本審査委員会は、全員一致で、本論文が博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。

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