学位論文要旨



No 217188
著者(漢字) 深澤,朝幸
著者(英字)
著者(カナ) フカサワ,トモユキ
標題(和) 短鎖フラクトオリゴ糖の生理機能とそのバイオマーカーに関する研究
標題(洋)
報告番号 217188
報告番号 乙17188
学位授与日 2009.07.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17188号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 准教授 加藤,久典
 東京大学 准教授 八村,敏志
 東京大学 准教授 三坂,巧
内容要旨 要旨を表示する

近年、機能性食品の研究において、「バイオマーカーの設定」が重要視されている。これは、食品の病気予防効果の代理指標として簡単に利用できるマーカーを分子レベル、遺伝子レベル、細胞レベル、組織レベルで選定しようという試みである。ヒトゲノム(全遺伝子情報)の解読を受け、いわゆる「ポストゲノム時代」が到来すると、その波は機能性食品分野へも押し寄せ、「ニュートリゲノミクス」という新科学が誕生した。ニュートリゲノミクスを活用することで、機能性食品の生理機能の遺伝子マーカーの特定が可能となることが期待される。

プレバイオティクスとしてよく知られている短鎖フラクトオリゴ糖(shortchain-fructooligosaccharide:scFOS)は、ショ糖のフラクトース残基に1~3分子のフラクトースが結合した非還元性の糖質であり、1-ケストース(1-kestose:GF2)、ニストース(nystose:GF3)、1F-β-フラクトフラノシルニストース(1F-β-fructofuranosylnystose:GF4)からなる。scFOSがヒトに及ぼす生理機能としては、腸内細菌叢の改善作用、整腸効果、腸内環境の改善作用(腐敗産物の産生抑制作用)、ミネラル吸収促進作用、骨密度増加作用、血清脂質改善作用、アレルギー予防効果などが報告されている。

それらの生理機能の作用メカニズムとして、scFOS摂取による腸管内Bifidobacterium属細菌(ビフィズス菌)の増殖、SCFA(短鎖脂肪酸)の増加が関与していると考えられている。scFOSの存在下におけるビフィズス菌の増殖促進については数多くのinvitroおよびinvivoの研究結果が報告されているものの、scFOS中のどの成分がビフィズス菌の増殖を促進しているのかは明らかにされていない。同様に、scFOSによるビフィズス菌増殖促進と、ビフィズス菌によるscFOSの代謝の関係についても明らかではない。そこで、本研究においては、まず第一に、ヒトの消化管内において優勢菌種であるビフィズス菌4種による、scFOSの主要成分であるGF2およびGF3の資化性の違いを調べた。その結果、本研究に用いた4株のビフィズス菌のうち、B.longumATCC15707T株およびB.catenulatumATCC27539株はGF2をGF3よりも早く資化すること、B.pseudocatenulatumATCC27919T株はGF3をGF2よりも早く資化すること、B.adolescentisATCC15705株は両者をほぼ同程度に資化することが明らかになった。

また、代謝産物の分析から、B.adolescentisATCC15705及びB.pseudocatenulatumATCC27919T株は菌体外でGF2もしくはGF3を分解した上で利用していること、B.10ngu〃iATcc15707T株およびB.catenulatumATCC27539株は菌体外でオリゴ糖を分解せず、直接菌体内に取り込んでから資化している可能性が示唆された。

scFOS生理機能の作用メカニズムとして、scFOS摂取による腸管内Bifidobacterium属細菌の増殖、SCFAの増加が関与していると考えられているが、食品としてのscFOS摂取、またはscFOS摂取による腸内常在細菌叢の変化などの腸内環境の変化が、どの様に宿主に認識され、免疫調節作用や脂質代謝改善作用などの生理機能を発現しているかについては明らかにされていない。scFOSの生理機能のメカニズムを明らかにすることは、経口摂取した食品成分、または食品摂取による腸内環境の変化が、いかにして宿主の生命活動を調節するかという点において重要である。このような背景から、本研究では、scFOS摂取による生理機能のマーカーを特定し、そのマーカー変化と腸内環境の変化や免疫調節作用、脂質代謝改善作用をリンクさせることにより、FOS摂取による生理機能のメカニズムを明らかにしたいと考えた。具体的には、マーカー候補遺伝子のスクリーニングを目的として、DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析を行い、特定したマーカー遺伝子の発現を定量的RT-PCR法により調べた。その結果、小腸において腸管免疫調節作用のマーカー遺伝子として4遺伝子(H2-T1O、H2-Eb1、Ifitl、Pik3rl)を、肝臓において脂質代謝改善作用のマーカー遺伝子として1遺伝子(Lpl)を特定した。マウス小腸における4遺伝子の発現変動は、これまで報告されてきた知見、scFOS摂取によるIgA産生およびpIgR発現亢進、PP応答性亢進、PPにおけるB細胞増殖亢進と矛盾せず、ゆえにscFOS摂取の生理機能のマーカーとして有用であると考えた。また、抗原提示分子であるMHCclassIおよびIIに関連する遺伝子(H2-T1OおよびH2-Eb1)がいずれも△PPにおいて発現亢進した結果から、食品として摂取したscFOS、および/またはscFOS摂取による腸内細菌叢を含む腸内環境変化に対する小腸における認識部位は、PPよりもむしろ上皮細胞や粘膜固有層を含む△PPが主要であることが示唆された。この知見は、本研究において特定したマーカーの発現変動を調べることにより、scFOS摂取による生理機能のメカニズムの一端が明らかになることを示すものである。ラット肝臓におけるLplの発現亢進は、scFOS摂取によって肝臓中の中性脂肪濃度が低減した現象と矛盾せず、本遺伝子の発現変動が、scFOS摂取の生理機能のマーカーとなりえると考えられた。

本研究において特定したマーカー遺伝子と腸内細菌叢変化を詳細に調べることにより、食品としてのscFOSの摂取、およびscFOS摂取による腸内常在細菌叢を含む腸内環境の変化がどの様に宿主に認識され、腸管免疫調節作用や脂質代謝改善作用を発現しているかのメカニズム解明が可能になるものと考えられる。さらには、免疫調節や脂質代謝といったヒトの健康維持・増進に重要な生体制御に対する腸管内常在細菌の役割の解明につながり、ひいては腸管内常在細菌をコントロールし得る食品の開発につながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

プレバイオティクスの1つである短鎖フラクトオリゴ糖(shortchain-fructooligosaccharide:scFOS)は、整腸作用、ミネラル吸収促進作用、血清脂質改善作用、免疫調節作用などの生理機能を有する。その作用メカニズムとして、scFOS摂取による腸管内Bifidobacterium属細菌(宿主)の増殖が関与していると考えられているが、Bifidobacterium属細菌によるscFOSの資化様式については明らかにされていない。また、scFOS摂取による腸内常在細菌叢などの腸内環境の変化がどのように宿主に認識され、生理機能を発現しているかについては不明であった。

本論文は、ヒト腸管内優勢ビフィズス菌によるscFOSの資化様式を明らかにするとともに、実験動物に摂取させたscFOSの生理機能を遺伝子発現レベルで詳細に解析し、腸管および肝臓における生理機能のマーカー遺伝子を特定した結果をまとめたものである。

第一章序論に続き、第二章では、ヒトの消化管内においてビフィズス菌4種によるscFOSの主要成分(GF2およびGF3)の資化性の違いを調べ、菌種により両者の資化速度が異なることを明らかにした。また、代謝産物の解析から、ビフィズス菌によるscFOSの資化様式として、菌体外酵素によりscFOSを分解してから菌体内に取込むタイプと、オリゴ糖トランスポーターによりscFOSを直接菌体内に取込むタイプの2通りの資化様式が存在し、ビフィズス菌のオリゴ糖トランスポーターはABCトランスポーターである可能性が示唆された。

第三章では、scFOS摂取による生理機能マーカーを特定し、そのマーカー変化から生理機能のメカニズムを明らかにすることを試みた。scFOSを摂取させたマウス回陽における遺伝子発現変動を、DNAマイクロアレイを用いて網羅的に解析し、回腸における腸管免疫調節作用のマーカー遺伝子として4遺伝子(H2-T1O、H2-Eb1、Ifitl、Pik3rl)を特定した。さらに、MHCdassIおよびII関連遺伝子(H2-T1OおよびH2-Eb1)が、いずれもパイエル板以外の回腸組織(△PP)において発現亢進することを明らかにし、scFOS摂取による腸内細菌叢・腸内環境変化に対する小腸における認識部位が、バイエル板(PP)よりもむしろ上皮細胞や粘膜固有層を含むバイエル板以外の回腸紐織である可能性を示唆し、scFOS摂取の生理機能メカニズムの予測に本研究において特定したマーカーが有用であることを示した。

第四章では、高脂肪食とともにscFOSを摂取させたラットの肝臓における遺伝子発現変動をDNAマイクロアレイを用いて解析し、PPARαおよびFXR標的遺伝子群の発現が変動することを見出し、このことから、scFOS摂取による脂質代謝改善作用のメカニズムのみならず、肝臓における胆汁酸合成および分泌の正常化作用、アミノ酸代謝および尿素回路の調節作用といったscFOS摂取による新たな生理機能の可能性が初めて示唆された。

本研究において特定したマーカー遺伝子と腸内細菌叢変化を詳細に調べることにより、プレバイオティクス食品としてのscFOSの摂取、およびscFOSそのものの摂取による腸内常在細菌叢・腸内環境の変化がどのように宿主に認識され、腸管免疫調節作用や脂質代謝改善作用を発現しているかのメカニズム解明が可能になろう。さらには、これが免疫調節や脂質代謝調節に対する腸管内常在細菌の役割の解明につながり、ひいては腸管内常在細菌をコントロールし得る食品の開発につながることが期待される。

以上、本研究は、scFOSのビフィズス菌による資化様式に関する新たな知見を提供するとともに、scFOS摂取の生理機能に関与するマーカー遺伝子を特定したものであり、食品機能性研究の学術的・応用的意義は少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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