学位論文要旨



No 217190
著者(漢字) 岡島,成行
著者(英字)
著者(カナ) オカジマ,シゲユキ
標題(和) 自然体験・環境教育事業を活用した農業・農村の活性化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217190
報告番号 乙17190
学位授与日 2009.07.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17190号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 小林,和彦
 東京大学 教授 井上,真
 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 磯部,雅彦
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

自然体験・環境教育事業とは,自然体験及び環境教育のプログラムを提供することで受講料を徴収し,経営する事業であり,その多くは自然学校と呼ばれている。また,自然学校のほか国公立の青少年自然の家や都市部で各種研修などを行う民間の環境育教事業などがある。本研究では上記の各種事業が包括する領域を自然体験・環境教育事業と定義する。

近年,農業・農村の多面的機能が再認識され,都市との交流など新たな動きが出はじめており,農業・農村の自然資源,人的資源を活用しつつ自然体験・環境教育事業の進展をはかり,農業・農村の活性化と環境教育の充実を達成することが期待されている。

また,全国的に子どもたちの自然離れ,体力不足が問題になっている。このため平成20年4月,文部科学大臣の諮問「新しい時代に向けての青少年教育」を受けて,中央教育審議会で青少年の自然体験,生活体験についての議論が始まった。

このため,農業・農村を舞台にした自然体験・環境教育が各地で展開され始めているが,その方策が確立していないため,期待と需要に十分応えているとは言い難い状態である。

この分野における学術研究は農業・農村や森林政策,環境教育,自然体験活動などで個別研究が進んでいるが,都市と農村の両面から,また環境教育と過疎を結び付けるなど複合的な視点からの研究は極めて少ない。

このため本研究では,農業・農村を舞台として自然体験・環境教育を展開するための方策を多角的に検討するとともに農業・農村に適応したESD(持続可能な開発のための教育論の構築を提案した。

2.研究の構成

本研究では,農業・農村の活性化の手段の一つとして自然体験活動・環境教育事業が有効であるとの仮説を立てたが,その検証のためには,(1)実際に活性化に寄与している事例研究(2)指導者の役割の事例研究(3)地域の受け入れ態勢,協力関係の事例研究(4)市場の可能(5)外国における事例研究などを組み合わせ,総合的に検討する必要がある。本研究では,(1),(2),(3)の事例研究分野の中からそれぞれ一つ,事例研究を行った。さらに,市場の可能性及び外国の事例について概要を捉えることができた。本研究で取り扱った各分野での事例研究をまとめることで検証のための基本的な枠組みを構築することが可能であると考え,3分野各一つの事例研究を取りまとめ,考察した。

本研究は7章から成る。第1章,2章は研究の基本となる点を整理し,第3章,4章,5章で実践活動の調査分析を行い,6章で自然体験・環境教育事業の将来性と途上国への応用を検討し,7章で総合考察と提言を行う。

3.研究の内容

第1章 研究の目的と構成

農業・農村の多面的な機能が自然体験・環境教育事業の展開に有効であり,同時に自然体験・環境教育事業の進展は農業・農村の活性化を促すという視点に立ち,両者の協力体制をどのように確立するか,その方法論を追求することを目的とし,その背景について,(1)農業・農村の多面的機能の再評価(2)都市農村交流の進展(3)環境教育・自然体験活動の必要性の高まりの3点を指摘した。また,関係する研究について,(1)グリーンツーリズム,山村留学,棚田保全など(2)森林環境教育,河川環境教育,野外教育などの2分野に分けて整理した。

第2章 自然体験活動と指導者養成制度の概要

我が国の自然体験活動の歴史を,(1)明治時代から1980年まで(2)1980年代の自然学校の台頭(3)1990年代以降,NPO法人自然体験活動推進協議会(以後,CONEとする)の成立(4)農業・農村と自然体験活動の4期に分類し,解説した。

指導者養成については,CONEによる指導者養成制度を中心に整理し,プロ指導者制度及び大学とNGOとの連携などの新しい動きを紹介した。さらにアメリカにおける自然体験活動及び指導者養成制度について,またヨーロッパにおける指導者養成制度を調査し,我が国の制度との比較を試みた。

第3章 指導者養成制度と農山村の活性化

需要があるにもかかわらず農山漁村における体験活動が国民的広がりを見せていない理由について,受け入れ側に都市住民が期待する多様なプログラムが少なく,特にプログラムを運営する人材が不足していることなどが指摘されている。このため自然体験活動の人材養成システムが農山漁村の体験活動に有効かどうか,調査した。

調査内容は,(1)CONE指導者のうち初級レベルの「リーダー」の資格を有する者を対象にアンケート調査を行い,リーダー養成講習(21時間)を受講し,資格を取得することが農山村の体験活動を促進する契機になるかどうか検証する(2)農林業従事者を対象にアンケート調査を行い,農山村の体験活動及び地域活性化への意欲について検証する(3)リーダーと農林業従事者のアンケート結果の比較検討を行う,の3点とした。

リーダー調査は全国11,500人のリーダーの中から600名を無作為に抽出し,郵送でアンケート調査を行った。有効回答率は62.3%(374件)だった。農林業従事者は月刊農業雑誌(27万部)の定期購読者のうち約10万人(2004年12月現在)の農林業従事者の中から250名を無作為に抽出し,郵送でアンケート調査を行った。有効回答率は54.4%(136件)だった。

調査の結果,リーダーのうち農林業従事者は他の職業に比べ,リーダー養成講習後の意識変化が大きく,前向きになったこと,また個人的な楽しみより地域を活性化する気持ちが強くなったことが明らかになった。一般の農林業従事者は「環境学習や自然体験による地域振興」に対し72.1%が積極的な回答を寄せた。

一般の農林業従事者は,環境学習や自然体験による地域振興が成功するための要素として「仲間がいれば」「指導,相談できるところがあれば」と回答したが,リーダー資格を有している農林業従事者は講習後の意識変化として「仲間ができた」「人に認められ自信がついた」と回答した。すなわち,農林業従事者がリーダー養成講習に参加することにより環境学習や自然体験による地域振興へ一歩踏み出す可能性が高いことが明らかになった。

第4章 自然学校による過疎地域活性化の研究

長野県下伊那郡泰阜村のNPO法人・グリーンウッド自然体験教育センター(以後,GWとする)を対象に,(1)自然体験・環境教育事業が地域に与える経済的社会的効果を検証し(2)事業経営の進展のための要因を分析し,今後の可能性を考察することを目的とした。

本研究では,泰阜村,GW双方からのヒアリング調査,統計資料,GWの財務資料に基づき,まずGWの事業展開が泰阜村に与える経済的効果と社会的効果について数量的に評価した。自然体験・環境教育事業の諸効果についてはこれまで,事業主の感覚的な判断で説明されることが多かったが,今回の調査では泰阜村とGW双方の協力により,正確な数値での比較研究が可能になり,客観的な評価ができた。事業進展の要因については,GWの幹部の証言をもとにCONEとの連携及びその指導者制度の導入が重要な契機であったとの仮説を立て,経営資料を分析し,検証した。

その結果,人口2,000人余りの過疎村において,GWは年間約1億円の収入を得ていること,7,000万円近くを地元に還元していることが明らかになり,村の経済に大きな貢献をしていることが分かった。また,職員や家族が増えることにより若年層の増加に寄与し,道普請や消防団,学校維持などに重要な役割を演じており,社会的効果も認められた。

事業進展の要因については,平成12年にCONEの上級指導者制度を導入したのを機に大きく発展したことが明らかになった。

第5章 自然体験・環境教育事業のネットワーク形成の効果

千葉県の房総半島を本拠に2003年からネットワーク形成による環境教育事業を進めているNPO法人千葉自然学校を調査対象とし,(1)自然体験・環境教育事業のネットワーク形成の成果と課題を検証し(2)さらなる事業進展と地域振興の可能性を探ることを目的とした。

NPO法人千葉自然学校設立の意図は,南房総地域の自然学校がネットワークを形成し,地域全体を自然学校として外部にアピールするというもので,個々の自然学校ではできない指導者養成やプログラム開発,広報営業活動を合同で展開しようとする試みである。

本研究では,千葉自然学校の成果と課題を組織の内側と外部の両面から検証することとし,内部評価として,千葉自然学校の4年間の財務,事業内容を分析し,主要スタッフからのヒアリングを行った。また,千葉自然学校の一員として活動を続けてきた会員団体へのアンケート調査及びヒアリングを行った。外部評価としては,千葉県観光公社所属の361団体から無作為に抽出した100団体と千葉自然学校で養成した指導者537人(うち農村関連は393人)から無作為に抽出した100人を対象に千葉自然学校の認知度,可能性,房総半島活性化の方向などについてアンケート調査を行った。

調査の結果,財務内容は極めて良好で,2005年度の予算は約7,300万円だったが,2008年度には2億4000万円余に成長した。事業活動も広報営業活動が伸び,ネットワークの強みが徐々に表れてきていることが明らかになった。また,外部評価のアンケート調査では,千葉自然学校への信頼は大きく,自然を生かした観光振興(自然体験・環境教育事業)が地域の旅館,ホテル,民宿などからも支持されていることが明らかになった。

第6章 農業農村における市場の拡大と途上国支援の可能性

アメリカの自然体験活動の市場と我が国の市場を比較した結果,2000年の日本の市場はアメリカの4分の1程度であることが明らかになった。人口や経済規模,今後の我が国の国民生活の方向性などを考慮すると,我が国での市場は数倍に伸びる可能性があり,農業・農村を舞台とする自然体験・環境教育事業の今後の成長が予想される。また,途上国の環境教育支援に自然体験が非常に有効であるとの報告が増えており,我が国で開発したノウハウは今後,途上国支援に活用されることになる可能性が指摘された。

第7章 まとめと提言

6章までの研究から,農業・農村を舞台とする自然体験・環境教育事業は地域の協力があれば成功する可能性があり,今後の市場も有望であることが明らかになった。具体的な方法論としては,(1)地域との連携を心がける(2)全国的な指導者制度と連携するか,もしくは農業・農村にふさわしい新たな指導者制度を開発する(3)事業効果をより高めるため自然体験・環境教育事業者が地域のネットワークを形成する,の3点が指摘された。

また,途上国の環境教育の普及にも自然体験・環境教育事業の経験が役立つことが明らかになり,農業・農村における体験活動を対象に,地域活性化や途上国支援などを核とするESDの新たな研究分野が開拓されるべきであるとの提言がなされた。

審査要旨 要旨を表示する

自然体験・環境教育事業とは,自然体験及び環境教育のプログラムを提供することで受講料を徴収し,経営する事業であり,その多くは自然学校と呼ばれている。また,自然学校のほか国公立の青少年自然の家や都市部で各種研修などを行う民間の環境育教事業などがある。本研究では上記の各種事業が包括する領域を自然体験・環境教育事業と定義する。

近年,農業・農村の多面的機能が再認識され,都市との交流など新たな動きが出はじめており,農業・農村の自然資源,人的資源を活用しつつ自然体験・環境教育事業の進展をはかり,農業・農村の活性化と環境教育の充実を達成することが期待されている。

また,全国的に子どもたちの自然離れ,体力不足が問題になっている。このため平成20年4月,文部科学大臣の諮問「新しい時代に向けての青少年教育」を受けて,中央教育審議会で青少年の自然体験,生活体験についての議論が始まった。

このため,農業・農村を舞台にした自然体験・環境教育が各地で展開され始めているが,その方策が確立していないため,期待と需要に十分応えているとは言い難い状態である。

この分野における学術研究は農業・農村や森林政策,環境教育,自然体験活動などで個別研究が進んでいるが,都市と農村の両面から,また環境教育と過疎を結び付けるなど複合的な視点からの研究は極めて少ない。

本論文において申請者は,農業・農村を舞台として自然体験・環境教育を展開するための方策を多角的に検討すると同時に、農業・農村に適応したESD(持続可能な開発のための教育)論の構築を提案しており、審査委員一同は、本論文が博士(農学)に値する内容であるとの見解で一致した。

研究内容の概略

第1章 研究の目的と構成

農業・農村の多面的な機能が自然体験・環境教育事業の展開に有効であり,同時に自然体験・環境教育事業の進展は農業・農村の活性化を促すという視点に立ち,両者の協力体制をどのように確立するか,その方策を追求することを目的として(1)農業・農村の多面的機能の再評価(2)都市農村交流の進展(3)環境教育・自然体験活動の必要性の高まりの3点が指摘されている。また,既往研究について,(1)グリーンツーリズム,山村留学,棚田保全(2)森林環境教育,河川環境教育,野外教育の2分野に分けて整理されている。

第2章 自然体験活動と指導者養成制度の概要

我が国の自然体験活動の歴史を,明治時代から2005年までを4期に分類し,解説されている・指導者養成については,日本の現状、アメリカのアウトドアの歴史と指導者制度、イギリス,フランスの現状をもとに、欧米と日本の制度の比較検討が試みられている。

第3章 指導者養成制度と農山村の活性化

自然体験活動指導者制度の農山漁村体験活動に対する有効性を調査するために、全国団体の「リーダー」の資格を有する者600名及び一般の農林業従事者250名を対象にアンケート調査を行われた結果、リーダーのうち農林業従事者は他の職業に比べ,リーダー養成講習後の意識変化が大きいことが明らかになった。このため,農林業従事者が指導者講習を受けることにより,意識変革が起こり,地域活性化につながる可能性が示唆された。

第4章 自然学校による過疎地域活性化の研究

長野県のNPO法人を対象に,(1)自然体験・環境教育事業が地域に与える経済的社会的効果を検証し(2)事業経営の進展のための要因を分析した。その結果,人口2,000人余の過疎村において,このNPO法人は年間約1億円の収入を獲得し,7,000万円近くを地元に還元していることが明らかになった。また,若年層の増加に寄与し,道普請や消防団,学校維持などに重要な役割を演じていることが分かった。事業進展の要因については,平成12年に全国団体の指導者制度を導入したことが飛躍の契機となったことが明らかになった。

第5章 自然体験・環境教育事業のネットワーク形成の効果

千葉県のNPO法人を調査対象とし,(1)自然体験・環境教育事業のネットワーク形成の成果と課題を検証し(2)さらなる事業進展と地域振興の可能性が検討された。NPO法人の内部評価として,千葉自然学校の4年間の財務,事業内容を分析し,主要スタッフからのヒアリングに加え、外部評価として,千葉県観光公社所属の100団体と「リーダー」100人を対象にNPO法人の認知度,可能性などについてアンケート調査を行った。その結果,2005年度の予算約7,300万円が,2008年度には2億4000万円余に成長したこと,広報営業活動が伸びたことなどネットワークの強みが表れてきていることが明らかになった。

第6章 農業農村における市場の拡大と途上国支援の可能性

アメリカの自然体験活動の市場と我が国の市場を比較した。その結果,2000年の日本の市場はアメリカの4分の1程度であることが明らかになり,人口や経済規模などを考慮すると,日本での市場は数倍に伸びる可能性があることが明らかになった。また,途上国の環境教育支援に自然体験が非常に有効であるとの報告が増えていることが指摘された。

第7章 まとめと提言

6章までの研究から,農業・農村を舞台とする自然体験・環境教育事業は地域の協力があれば成功する可能性があり,今後の市場も有望であることが明らかになった。この研究結果は、学術上、応用上資するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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