学位論文要旨



No 217191
著者(漢字) 中村,高康
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,タカヤス
標題(和) 戦後日本における教育選抜の大衆化とメリトクラシーに関する社会学的研究 : 大学入学者選抜における推薦入学制度に着目して
標題(洋)
報告番号 217191
報告番号 乙17191
学位授与日 2009.07.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 第17191号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 苅谷,剛彦
 東京大学 教授 小玉,重夫
 東京大学 教授 本田,由紀
 東京大学 准教授 橋本,鉱市
 大学総合教育研究センター 教授 小林,雅之
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、戦後教育を特徴づける大衆的受験競争の中核的制度であった学力による競争的筆記試験と対峙する制度として「推薦入学」に注目し、この選抜制度の拡大とその帰結を社会学的に分析することを通じて、社会変動と戦後教育の構造変容の関係を明らかにすることを目的として行われた。この目的を達成するために、理論(序章~第1章)、歴史(第2章~第4章)、実証(第5章~第7章)の三つの角度から考察が行われた。各章の考察から得られた本研究の知見は次のとおりである。

公平信仰が強いとされ、学力による競争的筆記試験を教育選抜において重視してきた戦後日本社会にあって、必ずしも公平とは思われてこなかった推薦入学制度が導入されそれが拡大・普及していったのはなぜか。この問題に答えるためには教育と選抜に関する教育社会学の基本的な理解の枠組みを再検討する必要がある。現代教育を検討する際に重要となるのは、教育の大衆化という現実であり、近代化とメリトクラシーの問題である。とりわけ近代化にともなってメリトクラシーが支配的規範となり、能力に応じた公平な選抜の仕組みが要請されるようになる「近代化とメリトクラシーのテーゼ」は教育と選抜の社会学的研究にとって50年以上前から基礎理論として位置づいており、それに加熱・冷却という視点や選抜システムという視点が付け加わることで戦後日本の競争的な教育選抜の仕組みの説明がなされてきた。しかし、これらは変動への視点が弱い傾向にあった。90年代以降には教育選抜の変動の理論的な問題提起が行われたが、こうした問題を受け止める分析視角として、本研究では「エリート選抜/マス選抜」と「メリトクラシーの再帰性」という概念を提起した。(序章)

能力を厳密に測定する装置が存在しない以上、メリトクラシーは常に不安定さを抱えており、事あるごとに再帰的に振り返って多様な基準から問い直される性質を本来的に持っている。こうした性質を「メリトクラシーの再帰性」ということができる。その際、Giddensの再帰性概念を検討することで、一般的な意味での再帰性(行為の再帰的モニタリング)および近代社会において目立ってくる自己再帰性と制度的再帰性という三つの再帰性の次元を取り出すことができる。一般的な再帰性概念からは、現代を「再帰的メリトクラシーの社会」と位置づけることができる。自己再帰性という観点からは、後期近代においては教育の大衆化にともなって能力不安も大衆化するなかで、人々は、自己の能力を再帰的にモニタリングしながら、能力アイデンティティを作り直しつづけると考えることができる。一方、制度的再帰性の観点からは、能力不安への対処が制度的な影響へも波及し、後期近代において教育選抜のシステムそのものがもたらす限界や矛盾、困難と折り合いを付ける制度的修正が見られるといえる。そして、今日において教育選抜のシステムに強固に根を張っている偏差値や推薦入学などの現象は、この再帰性現象として理解することが可能なのである(第1章)

ところで、過去の歴史を長いスパンで振り返ってみると、文明史的趨勢としてはむしろ逆に「推薦から試験へ」という流れとなっている。古代中国の科挙制度は、その導入の前史において郷挙里選や九品官人法といった推薦制を採用してきた。前近代的な身分制の枠内において多少なりとも能力の原理を採用しようとした場合にこうした方法が採られたのである。しかし、そこでは情実の問題が生じて結局もとの身分制をなぞるものへと後退し、それが次の競争的筆記試験制度の導入をうながすことになっていった。こうした流れはヨーロッパや日本の江戸時代・戦前の試験制度の歴史を遡っても同類の事例が見いだされる。これらの事例群が示しているように、「推薦から試験へ」というのが近代社会に至る文明史的趨勢なのである。したがって、現代日本における推薦制の普及は、試験から推薦へという歴史的趨勢を想定して解釈することはできず、別の説明原理の必要性が強く示唆される。(第2章)

そこで1967年の大学入学者選抜における推薦入学の公認にいたる経緯を検討すると、推薦入学制度の立ち上がりにあたっては、ちょうど進学率が上昇すると同時にベビーブーム世代が到来するという急激な教育拡大期があったこと、またそれによって受験競争批判がピークに達したことが背景にあることが確認できた。こうした経緯から推薦入学制度は高等教育のマス段階の突入とともに旧来のエリート選抜で支配的であった学力試験に対峙するものとして導入され、その後の高等教育拡大と連動して広がっていった「マス選抜」の制度と見なすことができる。このことと、高等学校の調査書重視選抜が中等教育の普遍化とともに重視されるシステムが定着していったという歴史とを対応させて見ると、こうした動きは、従来はメリトクラシーの核と見なされていた競争的筆記試験制度が教育拡大の圧力の中で強調された試験地獄批判や妥当性研究の専門的知識によって修正されるという、制度的再帰性を示すことになったと理解することができる。(第3章)

次に、文献や既存の資料から偏差値導入の経緯やコンピュータ合否判定の導入の状況などを検討すると、偏差値は一元的能力主義の元凶というよりもむしろ受験生の不安に合理的に対応しようとする目的をもったものであったこと、そしてその偏差値は大量の受験生に対応しうる受験産業の発展と不可分であったことが確認された。さらにコンピュータ合否判定については、コンピュータ技術の進展と同時に受験の大衆化によって受験産業の成績処理能力に限界が来ていたことと、おなじく受験の大衆化によって浪人問題や受験競争激化の問題が社会問題化し、彼らを柄相応競争に導くことを是とする社会的基盤が整いつつあったことが、そうしたシステムの全面的展開を用意した。偏差値やコンピュータ合否判定もまた、推薦や調査書と同様に、教育の大衆化が受験競争への批判を高め、受験生の不安を緩和すべく導入された経緯を持つ、マス選抜の装置であったということなのである。(第4章)

ところで、これまでの説明はその制度の立ち上がり際に注目した理解であり、制度はいったん立ち上がればまた別様にも変化していくことは日常的に見られることである。したがって、現代社会の中での推薦入学の役割をデータによって実証的に分析し、これまでの歴史的説明との整合性を確認する必要が生じる。推薦入学制度がマス選抜の制度であるならば非エリート層の選抜により適合的な傾向が見いだされるだろうと予測される。そこでまず、様々な形の量的データを利用して、現代の推薦入学制度がもっているマス選抜性-すなわちエリートとはいえない学生を念頭に置いた選抜としての性質-を検討した。その結果、推薦入学はその導入の歴史的経緯のみならず、現代の利用状況や意識の分析からも、大衆を念頭に置いたマス選抜的特性を備えた選抜制度として存在している。(第5章)

さらに焦点化して、ある意味でマス選抜の主要舞台とも見なせる「非進学校からの大学進学」の局面において、マス選抜制度がどのような形で介在しているのかをやはり量的データを用いて検討した。分析の結果、日本における非進学高校からの大学進学志望者はその多くが中学生の時には大学進学を志望していなかった生徒たちであること、さらに非進学校のアスピレーションの加熱現象全体の中でも、就職から四大へと希望を引き上げていく変化が決して小さくない比重を占めていることを前半で明らかにしてきた。その上で、推薦入学に必須の調査書利用を肯定する意識が、非進学校からの大学進学に深く関連しており、場合によってはそれに対して影響を与えている可能性を示した。すなわち、マス選抜の普及は、必ずしもエリートとはいえない高校生たちの一部を大学進学へと水路づける機能を果たし、ひいては日本の教育選抜に顕著に見られる加熱進行型選抜システムという特徴を演出する役割を果たしていると予測された。(第6章)

この点をさらに詳細に確認するために、高校三年間を追跡したパネル調査データと質的データを組み合わせて分析を行った。検討の結果、高校在学中に四年制大学を志望し始めるようになる四大シフト現象がかなりの規模で発生していること、この現象には学科による違いが見出されることが量的データから明らかとなった。一方、進路多様校の一般的な状況と同様に、この調査の対象となった高校生も四大進学には推薦やAO入試を用いていること、さらには商業高校において成績優秀な生徒に対して特に推薦やAOを目指す進学指導が行なわれていることで水路付けられるケースが質的データで見られた。そうした仮説を量的データに戻って再検討してみると、確かに商業高校の進路指導が推薦入学やAO入試を介した四大シフトを促している傾向が明らかとなった。これらの結果が示しているのは、進路多様校・専門高校の生徒たちは、そもそも四年制大学を志望しておらず、入学後に推薦入学やAO入試の存在を知り、教師の進路指導に導かれながら、これらのマス選抜制度を通過して、四大進学を実現している、ということである。これが再帰的メリトクラシーの社会における大学進学の裾野の現実なのである。(第7章)

以上の理論的・歴史的・実証的諸章の検討より、「メリトクラシーの再帰性」概念がこの領域の教育社会学的研究に新たな視点を導入するものであること、現実の選抜システムの分析に「エリート選抜/マス選抜」の区分が有効であること、そして60年代以降の能力不安の大衆化から帰結する様々なメリトクラシーの再帰的問い直しの動きから現代社会を見ることが重要であることが明らかとなったといえる。(終章)

審査要旨 要旨を表示する

義務教育以後の教育は、教育の大衆化に伴い、どのような人びとをどのように選抜するかという問題を惹起する。戦後の日本にあって、教育の大衆化と選抜とはどのような関係にあったのか。そこには、メリトクラシー(能力主義的選抜)をめぐる社会学的な問題が鋭く露呈する。本論文は、戦後教育を特徴づける大衆的受験競争の中核的制度であった学力による競争的筆記試験と対峙する制度としての「推薦入学」を取り上げ、この選抜制度の拡大とその帰結を社会学的に分析することを通じて、社会変動と戦後教育の構造変容の関係を明らかにしようとするものである。

この課題を達成するために、本論文では、理論(序章~第1章)、歴史(第2章~第4章)、実証(第5章~第7章)の三部構成で考察と分析が行わる。

第1部(理論編;序章、1章)では、先行研究の検討と理論的考察を通じて、本論文の分析枠組みとなる「エリート選抜/マス選抜」と「メリトクラシーの再帰性」という概念が提出される。マス選抜とは教育の大衆化に伴って登場する選抜の仕組みである。メリトクラシーの再帰性とは、能力の厳密な測定が困難であることから発する、選抜の仕組みに対する絶えざる再帰的な見直しの過程である。

第2部(歴史;2~4章)では、これらの概念を用いて「推薦」制度の立ち上がりの歴史が二つの面から検討される。2章では長期的な視点から、文明史的に見れば「推薦から試験」への流れが歴史的な趨勢であったことが確認される。それを受けて3、4章では、日本における推薦入学者選抜制度の歴史が解明され、高校段階においても大学段階においても、教育の大衆化によって、推薦制度の導入が図られたこと、そこには選抜制度をめぐる再帰的な過程が含まれていたことが明らかにされる。

第3部(実証;5章~7章)は、本論文の中核部分を占める実証分析であり、高校生対象のパネルによる質問紙調査等のデータを用いて、「マス選抜」としての推薦入学者制度の特徴が明らかにされる。5章ではマス選抜の普及が必ずしもエリートとはいえない生徒を対象としていること、6、7章では、それが専門高校の生徒に代表される、本来大学進学志望ではなかった非エリート層の生徒を大学進学へと水路づける機能を果たしていることなどが詳細な分析を通じて明らかにされる。

これらの実証分析を受け、終章では、「メリトクラシーの再帰性」理論の可能性と、「エリート選抜/マス選抜」の分析概念としての有効性について議論がなされる。

このように本論文は、推薦入学者制度の成立と拡大という現象を切り口に、現代日本の教育におけるメリトクラシーの変容を理論的、実証的に明らかにし、教育社会学における「教育と選抜」研究に新たな知見を付け加えるものであった。その点で、今後の教育研究に重要な貢献をなすものと考えられる。以上により、博士(教育学)の学位論文として十分な水準に達しているものと認められる。

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