学位論文要旨



No 217194
著者(漢字) 阪井,清志
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,キヨシ
標題(和) 海外主要国の都市内公共交通に関する実態・制度・施策の比較に関する研究 : 日本におけるLRT導入推進に向けて
標題(洋)
報告番号 217194
報告番号 乙17194
学位授与日 2009.07.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17194号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 准教授 加藤,浩徳
 日本大学 教授 岸井,隆幸
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、今後わが国の都市が、人口減少・超高齢化や地球環境問題等に対応し、コンパクトで緑とオープンスペースが豊かな持続可能な都市構造を目指す際に、その都市構造を支えると考えられる都市内公共交通機関の整備方策を検討するため、海外主要国の都市内公共交通の制度、交通実態や運営状況を対象として、わが国も含めて比較し、政策の方向性について考察すると共に、海外主要国においてLRT等の整備推進に成果を上げている個別施策について、その成功のための要件を分析することにより、わが国に適用する際の条件について考察することを目的とする。

以下、本研究の背景について述べる。

従来の拡散的な都市構造から、コンパクトで緑とオープンスペースが豊かな持続可能な都市構造に転換させる際、サービス水準の高い基幹的な公共交通機関の軸線上に生活・活動・交流に関する都市機能や住居を集積させ、医・職・住・遊など日常生活の諸機能が集約された徒歩生活圏を形成する集約型都市構造が基本となるものと考えられる。その場合、都市内公共交通機関は、都市住民のモビリティーの確保に加えて、持続可能な集約型の都市構造へと市街地を誘導する役割や、駅周辺において都市サービス機能や住宅を集約する受皿となる都市整備を誘発する役目を果たすことが求められている。

欧米の主要国は、日本よりもモータリゼーションの進展が早く、先に成熟した都市構造が形成されていること、深刻化する道路交通渋滞の対策として、都市内公共交通機関に対して、長年、積極的な投資を行い、自動車利用の拡大の抑制や地域活性化の成果を上げてきていることから、その政策・制度や実施されている個別施策については、日本における今後の都市内公共交通政策にとって参考となるものと思われる。海外の都市内公共交通政策に関する既往研究には、海外における特徴的な個別施策や適用事例を横断的にとりまとめたもの、鉄道や交通計画などの特定分野に焦点を当てて各国の制度をとりまとめたもの、一つの国の特徴的な個別施策に焦点を当てて分析したものがあるが、必ずしも制度的背景も含めた国際比較が十分ではなく、また、個別施策についても制度や施策の背景まで含めて比較分析した研究がない状況にある。

そこで、本研究は、海外主要国としてアメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランスの4カ国を取り上げ、都市内公共交通政策に関する制度(法制度、助成制度)、公共交通の運営状況、交通実態などを、我が国も含めて横断的に比較することにより、特徴や効果などについて分析するとともに、LRT等の整備推進に資する特徴的な個別施策について、背景や制度まで含めて分析し、我が国への適用可能性について考察した。

次に本研究の全体構成について述べる。

まず、第1章では、研究の背景を整理し、研究対象と調査対象国を選定した上で研究内容と方法を明確にした。第2章では、海外主要国の法制度、助成制度、役割分担・費用負担、公共交通事業の運営状況について比較分析した。第3章では、LRT等の基幹的公共交通機関を導入する際に、その効果を最大限に発揮させるためには総合的な交通計画が鍵となることが想定されるため、各国の都市圏交通計画を対象として、仕組み、策定内容、効果などついて、比較分析を行った。第4章では、各国で実施されているパーソントリップ調査から、代表交通手段に関する機関分担率の経年変化などを分析し、各国の都市内公共交通政策の効果について比較して考察した。第5章では、わが国での導入が期待されているLRTを取り上げ、各国における整備状況、運営状況について比較し、日本における施策推進のための留意点について考察した。第6章では、各国が取り組んでいるLRT等の導入推進に資する特徴的な個別施策について、背景、施策の内容、施策を支える仕組み、関係機関の役割分担、整備効果を分析することにより、日本への適用可能性および留意点について考察した。第7章は以上の分析を踏まえた全体のまとめである。

以下、各章の要旨を述べる。

第1章では、研究の背景及び既存研究を分析し、研究対象及び調査対象国を選定した上で、研究内容及び方法について記述した。

第2章では、日本を含む5ヶ国の都市内公共交通制度および助成制度に関する法令、ガイドラインや運営に関する統計資料をもとに、都市内公共交通政策に関する背景、法制度、事業制度、国・地方自治体・交通事業者などの役割分担および運営の仕組みについて比較分析した。最大の相違点として、フランス、アメリカとドイツにおいては、運行頻度、時刻などのサービス水準や運賃、さらには赤字補填など交通事業の経営の根幹について、行政または公営企業に決定権や責務があるのに対し、日本やイギリスにおいては、それらの決定権は民間事業者にあって、事業者が商業採算性をベースとして大多数の路線の経営を行っているところにあること、その結果として都市内公共交通の収支率や整備費における公的負担の割合が大幅に異なることを明らかにした。また、計画、整備から運行業務の発注に至る業務やその財源確保も含め、地方自治体又はその共同体が都市圏交通局として一元的に行っている点がフランスの特徴であり、LRT等の新規導入など思い切った都市内公共交通施策を迅速に実行できる仕組みであることを明らかにした。

第3章では、都市交通の計画策定を担う自治体などが策定している都市圏交通計画の制度について、手続き、計画内容、策定による効果などの視点で5ヶ国の比較を行った。都市内公共交通に対する公的関与が強いフランス、アメリカ及びドイツにおいては、都市圏交通計画が法律に規定されており、国の助成制度や地方における財源確保のため措置とのリンクが強いことが把握できた。また、各国の都市圏交通計画制度の比較を通じて、計画策定プロセスにおける事業実施とのリンケージの確保、充実した市民参加、代替案比較、数値目標の設定及びモニタリング、土地利用計画との統合化など、我が国の都市交通計画、都市計画制度の充実や運用改善の際に参考とすべき各国の特徴ある仕組みを明らかにした。

第4章では、都市内公共交通機関が果たしている役割と過去のインフラ投資などの効果について比較するため、パーソントリップ調査から得られた交通実態を比較した。その結果、日本の地方都市圏、アメリカ、交通市場が自由化されたイギリスの地方部、並びに旧東ドイツの諸都市においては、モータリゼーションの進展に伴って自動車の分担率が高くなる一方で、公共交通機関の分担率の低下が著しいことが把握できた。対照的に、旧西ドイツ諸都市においては、公共交通機関の分担率が向上しており、フランスにおいてもリヨン、グルノーブルなど一部の都市でも分担率が向上している。第2章に記述した制度を踏まえると、過去からの軌道系を中心とする都市内公共交通機関への資本投資や関連する施策の実施が要因であることを明らかにした。日本の大都市圏では、公共交通の機関分担率が、海外の同規模の人口を有する都市と比較して同等か、高めである。逆に地方都市圏については、分担率が4%~7%であり、フランスやドイツの同規模の人口を有する都市と比較すると見劣りしており、今後の日本の課題としては、高い大都市圏の都市内公共交通の利用の水準を維持すること、並びに、地方都市圏の公共交通機関の分担率を向上させることが重要であることが把握できた。

第5章では、LRTを取り上げ、5ヶ国における導入状況や整備効果を比較して、日本における留意点を抽出した。まず、LRTが既に導入されている都市を比較し、日本の都市の人口密度は概して高く、LRTのような中量軌道輸送機関の導入に適していることを明らかにした。また、フランス及びドイツにおいてLRTが成功している要因として、前者においては計画・事業・運営を一貫して担当する組織、交通税及び地方自治体一般財源という潤沢な自主財源による短期集中的な路線整備と低廉で高頻度の運行サービス、後者においては、長年にわたる路面電車の近代化への投資による密度の高い路線網の維持や運輸連合によるゾーン運賃制度などの魅力ある運賃があることを明らかにした。このような環境条件が整っていない日本においては、民間企業が交通サービスを供給する中で、行政側から積極的に公民連携施策を推進するイギリスの経験が参考となると判断された。

第6章では、海外主要国の施策の中から、LRT等の整備に合わせて導入することが考えられる4つの施策の背景、仕組みや効果などについて分析することにより、日本への適用可能性について考察し、次の結論を得た。(1)ドイツのトラムトレインは、地方都市圏において地域構造を強化する施策と考えられており、鉄道と路面電車の規格の相違点はハードウェアの工夫により対応する技術が蓄積されており、日本の地方都市において、既存ストックを活用した軌道系公共交通網強化の手法として適している。(2)ドイツの運輸連合・ゾーン運賃制度は、公共交通機関の利用者利便性を高める優れたソフト施策であるが、施策導入には需給調整や公正競争政策との調整などの条件が必須であり、そのまま日本に適用することは困難である。(3)イギリスの公民連携方策は、日本と同様に自由化された交通市場を前提とし、民間企業の活力を活用しつつ、行政による不足する交通サービスの購入や公民連携施策によってサービスの質を高めるものであり日本への適用性が高い。(4)公共交通指向型開発(TOD)は駅周辺への高密度な都市開発の誘導や公共交通利用者数の増加に寄与する優れた施策であり、アメリカにおける公営交通事業者、地方自治体、ディベロッパー間の計画・資金面での連携方策や計画を推進する手順などが日本の参考となる。

第7章では、以上の各章の結果をとりまとめるとともに、今後の研究課題をとりまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、今後のわが国の都市構造を支えると考えられる都市内公共交通機関の整備方策を検討するため、海外主要国の都市内公共交通の制度、交通実態や運営状況を対象として、わが国も含めて比較し、わが国で充実するべき施策の方向性を示すとともに、海外主要国においてLRT等の整備推進に成果を上げている個別施策について、その成功のための要件を分析することにより、わが国LRT導入推進に向けて積極的に取り入れるべき施策を明らかにしたものである。

海外の都市内公共交通政策に関する既往研究には、海外における特徴的な個別施策や適用事例を横断的に整理したもの、鉄道や交通計画などの特定分野に焦点を当てて各国の制度を整理したもの、一つの国の特徴的な個別施策を分析したものがあるが、必ずしも制度的背景も含めた国際比較が十分ではなく、また、個別施策についても制度や施策の背景まで含めて比較分析した研究がない状況にある。

そこで、本研究は、海外主要国としてアメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランスの4カ国を取り上げ、都市内公共交通政策に関する制度(法制度、助成制度)、公共交通の運営状況、交通実態に焦点をあてて、1)法制度、助成制度、制度運用マニュアル、解説書、都市圏交通計画の事例、整備効果報告書などの資料収集・分析、2)都市交通実態調査報告書、都市交通統計、運営収支統計、運営収支報告書・補助金報告書、年次業務報告書、施設整備効果資料の統計データの収集・分析、3)都市交通所管中央省庁、自治体/自治体連合(交通計画担当など)ならびに交通事業者に対する現地ヒアリング調査を展開し、それらを我が国も含めて横断的に比較することにより、制度的背景を踏まえた国際比較、制度や施策の背景まで含めた比較分析を行った。

本論文は、七章構成である。第1章では、研究の背景を整理し、研究対象と調査対象国を選定した上で研究内容と方法を明確にした。第2章では、海外主要国の法制度、助成制度、役割分担・費用負担、公共交通事業の運営状況について比較分析した。第3章では、LRT等の基幹的公共交通機関を導入する際に、その効果を最大限に発揮させるためには総合的な交通計画が鍵となることが想定されるため、各国の都市圏交通計画を対象として、仕組み、策定内容、効果などついて、比較分析した。第4章では、各国で実施されているパーソントリップ調査から、代表交通手段に関する機関分担率の経年変化などを分析し、各国の都市内公共交通政策の効果について比較して考察した。第5章では、わが国での導入が期待されているLRTを取り上げ、各国における整備状況、運営状況について比較し、日本における施策推進のための留意点について考察した。第6章では、各国が取り組んでいるLRT等の導入推進に資する特徴的な個別施策について、背景、施策の内容、施策を支える仕組み、関係機関の役割分担、整備効果を分析することにより、日本への適用可能性および留意点について考察した。第7章は以上の分析を踏まえた全体のまとめである。

全体の主要な結論は以下のとおりである。

1)都市内公共交通の仕組みは、民間事業者が商業採算制の下で供給するイギリス・日本と、行政が提供責任者となっているアメリカ合衆国・ドイツ・フランスで大きく異なる。

2)フランスでは、計画・事業・運営を統括する都市圏交通局の貢献と潤沢な地方財源や低廉な運賃が、ドイツでは、長年にわたる路面電車の近代化投資による密度の高いLRTネットワークの維持・拡張がLRTの成功要因となっているが、日本とは前提となる条件が異なる。

3)公共交通機関の分担率は、日本の大都市圏では海外の大都市圏と比較して同等かためであるが、地方都市圏では4%~7%とフランスやドイツの同規模都市と比較して低い。今後の日本の課題として、大都市圏の都市内公共交通利用の高水準を維持することと、地方都市圏の公共交通機関の分担率を向上させることが重要である。

4)利用者の減少が顕著な日本の地方都市では、自由化先進国のイギリスに習い、公共公益性から必要な交通サービス供給について、行政側が発意する公民連携方策の充実が不可欠である。

5)日本におけるLRTの導入・活用には既存ストックの活用や行政と民間事業者との連携が必要であり、トラムトレイン、イギリスの公民連携方式(運行委託形式、バス協定、共通乗車券スキーム等)、アメリカ合衆国のTODなどは有効な施策となりうる。

審査会では、これらは、独自の資料・情報に基づき、論理的に組み立てられた論考による結論であり、わが国の公共交通政策、特に、LRT導入推進を進めるにあたって、有用な知見を明らかにした優れた論文であると評価された。なお、個別に言及はできないが、各章の中に独自の分析に基づく有用性の高い図表、ならびに結論が含まれている。

したがって、本論文は、審査委員全員一致で、博士(工学)に値するものと判定した。

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