学位論文要旨



No 217195
著者(漢字) 大野,能之
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,ヨシユキ
標題(和) チトクロームP450の関与する薬物間相互作用の網羅的な予測と情報提供に関する研究
標題(洋)
報告番号 217195
報告番号 乙17195
学位授与日 2009.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17195号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 杉山,雄一
 慶応義塾大学 教授 大谷,壽一
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

薬物間相互作用は併用薬の臨床効果の増強又は減弱、副作用などを生じさせ、時に重大な臨床的帰結を引き起こすことがある。薬物間相互作用の約40%が代謝部位での薬物動態学的相互作用であることが報告されており、その相互作用の90%以上がチトクロームP450(CYP)を介した機序である。その中でもCYP3A4は最も主要な薬物代謝酵素であり、多くの重篤な相互作用の臨床報告がある。相互作用の最も信頼すべき情報源としては医薬品添付文書があり、併用禁忌等の注意喚起が図られている。しかし、相互作用情報の程度の記載が不明確であることや可能性のある全ての組み合わせが網羅されていないなど、臨床における適正使用の実現には不十分な記述にとどまっている。

これまでに、in vitro実験により得られるデータを用いてin vivo薬物問相互作用を定量的に予測する方法論に関しては、既に多大な取り組みが費やされてきている。これらの予測は基本的に相互作用部位における薬物濃度とin vitroにおける酵素阻害/誘導強度のパラメータを適用しており、薬物の開発時においても検討されている。しかし、in vitroデータからin vivoでの相互作用の程度を正確に予測することは容易でなく、この主な理由として、1)肝臓中での遊離薬物濃度の推定、2)代謝物の関与、3)Mechanism-based inhibitionの機序などのin vivo環境の複雑さが挙げられる。従って、用量調節、回避・代替手段の提供など、医療現場における薬の適正使用、個別化医療を直接支援できる精度を持つとは言い難い。これまでに、そのような目的を考慮した薬物間相互作用の網羅的で精度の高い予測法は報告されていない。

そこで本研究では、まず最も重要な薬物代謝酵素であるCYP3A4の阻害を介する経口薬の薬物間相互作用について、簡便でありながら多くの薬剤の組合せを網羅的に血中濃度の変化を予測することを目的とし、これを実現した。この方法は典型的な基質薬あるいは阻害薬を併用した臨床試験の血中濃度の変化から、基本的パラメータを算出して予測を行うものであり、in vitroの実験を行う必要は必ずしもない。本予測方法はCYP2D6,CYP2C9などの多くの代謝酵素にも適用可能であり、さらにCYP3A4の誘導による相互作用に関しても、基質薬の血中濃度の減少が予測可能であった。また、さらにこの方法に基づき、CYPの基質薬と阻害/誘導薬の情報をデータベースに組込み、薬物間相互作用の血中濃度変化を網羅的に予測するソフトウェアを開発した。本システムはWeb上で動作可能であり、医療現場で実際に活用が可能である。最後に、本予測方法をより積極的に添付文書の記載に利用することを考慮し、予測に用いるパラメータで薬剤を層別化して、AUC変化の大きい可能性のある相互作用の組合せは、将来発売されるものも含めて網羅して注意喚起する方法を提案した。

【本論】

1.CYP3A4の酵素阻害による相互作用の網羅的予測

CYP3A4の阻害による相互作用について、競合阻害や不可逆阻害など、多くの機構を内包する薬物間相互作用の程度を単純化して示す方法を考察し、阻害薬の併用による経口投与時の基質薬の血中濃度曲線下面積(AUC)の変化率(R)をEq.1で表した。

R=1/(1-CR(CYP3A4)・IR(CYP3A4)) Eq.1

ここで、CR(CYP3A4)はin vivoにおけるCYP3A4の基質薬の経ロクリアランスへの寄与率、IR(CYP3A4)は阻害薬のCYP3A4の阻害率を表す。この式から、CRおよびIRの値が定まれば、どのような組合せの相互作用もAUCの上昇率が推定できる。また、同じ式によって、AUCの上昇率からCRあるいはIRを算出することも可能である。イトラコナゾールなどのCYP3A4の典型的な阻害薬との相互作用による各基質薬のAUCの変化率をこの式に当てはめ、各基質薬のCR(CYP3A4)を算出した。同様にミダゾラムなどのCYP3A4の典型的な基質薬との相互作用試験の結果からIR(CYP3A4)を算出した。算出したCR(CYP3A4)とIR(CYP3A4)を用いて、他の多くの併用による基質薬の血中濃度の変化の程度を網羅的に予測した。

収集した78文献から113の相互作用試験の報告を抽出し、そのうち53の相互作用試験からEq,1を利用して基質薬14剤のCR(CYP3A4)と阻害薬18剤のIR(CYP3A4)を算出した。これらのパラメータを用いて、251種類の組み合わせの相互作用の予測が可能であり、そのうち60の相互作用について予測値と実際のAUC変化率との関係を検証したところ、57試験(95%)で報告値の50-200%の範囲で一致した。

2.CYP3A4の酵素誘導による相互作用の予測

CYP3A4は酵素誘導による相互作用も良く知られており、相互作用に注意が必要な薬物も多いが、相互作用試験の報告は乏しいのが現状であり、その予測が阻害と同様に重要である。そこで、阻害による相互作用の場合と同様の考察に基づき、CYP3A4の誘導に基づく相互作用による経口投与時の基質薬のAUCの変化率(R)をEq.2で示した。

R=1/(1+CR(CYP3A4)・IC(CYP3A4)) Eq.2

ここで、IC(CYP3A4)は誘導薬によるCYP3A4のクリアランスの増加を表す。CYP3A4の典型的な基質薬との相互作用試験の結果からIC(CYP3A4)を算出することにより、他の多くの併用による基質薬の血中濃度の変化の程度を網羅的に予測した。

収集した37文献から42の相互作用試験の報告を抽出し、そのうち10の相互作用試験から誘導薬7剤のIC(CYP3A4)が算出された。これらのIC(CYP3A4)と基質薬22剤のCR(CYP3A4)を用いて、154種類の組み合わせの相互作用の予測が可能であり、そのうち32の相互作用試験における予測値と実際の報告値を比較したところ、すべての試験(100%)で予測値は誘導前のAUCの20%以内の誤差範囲で正確であった。

3.種々のCYPの関与する薬物間相互作用の網羅的予測と情報提供ツールの開発

CYP3A4で構築した薬物間相互作用の予測方法を、それ以外の分子種へ拡張し、さらにすべての情報を統合してデータベース化し、薬物問相互作用による血中濃度の変化の程度をWeb上で検索・予測するシステム(PKDIC:Pharmacokinetic Drug Interaction Checker)を開発した。本予測方法はCYP2D6やCYP2C9などの他のCYP酵素の阻害を介した相互作用でも適応可能であり、CYP3A4と同様の予測精度が得られた。そして、これらすべてを統合し、相互作用の臨床試験400試験以上の報告を収集して100剤以上の薬剤を登録した薬物間相互作用予測システムを、WEBアプリケーションとして作成した。これにより、登録された薬剤の組み合わせで起こりうる5000通り以上の相互作用について、その血中濃度の変化の程度をWeb上の操作で容易に予測することが可能となった。この情報は、東大病院の医師を対象とする薬物間相互作用の情報提供にすでに活用されている。

4、添付文書の薬物間相互作用の記載方法の試案と新薬開発への応用

本研究の予測方法を基に、薬物間相互作用の臨床的な注意喚起レベルを設定する実用的なフレームワーク(PISCS:Pharmacokinetic Drug Interaction Significance Classification System)を試案として構築した。モデル薬剤として、スタチン系薬、カルシウム拮抗薬、およびベンゾジアゼピン系薬に関して、現状の添付文書の記載とAUC上昇率の報告値の関係を参考に、併用禁忌あるいは併用注意の記載の境界線となるAUC上昇率を設定した。また、CR(CYP3A4)およびIR(CYP3A4)の強度をそれぞれ6段階に分類した6×6の表を作成することにより、予測されるAUC上昇率から注意喚起の合理的な重要度の区分を試みた。その結果、構築した注意喚起の分類方法を用いることにより、臨床試験が行われていない相互作用も含めて、より適切に注意喚起できる可能性が示された。

CYP3A4を介する相互作用をモデルとして、日本、米国、英国の添付文書情報の現在の記載とPISCSの関係を調査した。ニソルジピンやボリコナゾールのように相互作用の臨床試験が少ない場合は、添付文書の注意喚起が不十分である傾向が3ヵ国共通に認められた。一方で、3ヵ国間で注意喚起の記載区分が異なる相互作用の組み合わせが半数程度認められた。PISCSは医薬品開発が国際化する中で、将来は薬物間相互作用についても注意喚起の基準を明確にし、また将来発売されるものも含めて網羅して注意喚起するための今後の相互作用の情報提供の在り方の1つのモデルになると考えられた。

新薬開発においては、薬物間相互作用をin vitroから予測することが必要な局面がある。本予測方法を論文で報告されているin vitroの情報と比較解析した結果、特にCRについてはin vitroの実験結果を応用することが有用と考えられた。一方で、新薬開発時の薬物間相互作用の臨床試験に関しては、現在は実施の優先順位づけが不明確であるため、試験数が多いにも関わらず、臨床上必要な多くの薬物問相互作用を網羅的に予測できるものとはなっていない。本予測方法を応用し、活性変動が関与するCYP分子種の典型的な基質薬あるいは誘導・阻害薬との相互作用試験を優先することで、合理的開発戦略が構築できると考えられた。

【総括】

CYPの関与する薬物間相互作用に関して、各CYP分子種の典型的な阻害薬あるいは誘導薬と基質薬を併用した一部の臨床試験のクリアランス変化から、各CYP分子種の基質薬のクリアランスへの寄与率(CR)、阻害薬のみかけの代謝阻害率(IR)あるいは誘導薬による見かけの酵素増加(IC)を算出することによって、多数の薬物間相互作用による基質薬のAUC変化率を網羅的に予測することが可能となった。また、CRやIRなどの強度で分類した薬物間相互作用の強さのフレームワークを利用することにより、臨床試験が行われていない相互作用も含めて、理論的かつ網羅的に薬物間相互作用の注意喚起ができる可能性が示された。将来的には、本研究において開発した薬物問相互作用の網羅的な予測と情報提供のシステムに、更にSNPsの変化による動態変化などの情報も整備することで、患者個別の有効かつ安全な薬物療法の実践のための強力なツールとなると考えられる。また、本方法論は医薬品開発や承認審査、添付文書の作成の過程においても、薬物間相互作用の確実な評価と注意喚起を支援できる有用な手段であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

薬物間相互作用は併用薬の臨床効果の増強又は減弱、副作用などを生じさせ、時に重大な臨床的帰結を引き起こすことがある。薬物間相互作用の約40%が代謝部位での薬物動態学的相互作用であることが報告されており、その相互作用の90%以上がチトクロームP450(CYP)を介した機序である。特にCYP3A4は約50%の薬物の代謝に関与している最も主要な酵素であり、CYP3A4の阻害による相互作用には多くの重篤な臨床報告があり、また医薬品添付文書において頻繁に注意喚起されている。ただし、医薬品添付文書は医療訴訟等で「医療水準の推定根拠」としても用いられる最も重要な公的な薬品情報ではあるが、薬物間相互作用に関する情報はその程度の記載が少ないことや可能性のある多くの組み合わせが記載されていないなど、不十分な点が多い。

一方で、薬物間相互作用を定量的に予測する方法論に関しては、既に多大な研究が実施されてきており、一般に相互作用部位における薬物濃度とin vitroにおける酵素阻害/誘導強度の情報からin vivoの相互作用の程度の予測が報告されている。しかし、この方法で相互作用の程度を正確に予測することは、可能ではあるが以下の理由で決して容易ではない。1)肝臓中での遊離薬物濃度の推定の困難さ、2)代謝物の関与、3)Mechanism-based inhibitionなどの機序の特定に関する複雑さ。そのため、定型的に多くの薬に適用するのは難しく、したがって、薬物の開発時に薬物間相互作用を引き起こす可能性のある新薬を検出する点では成功しているが、医療現場で使用される膨大な数の医薬品のそれぞれについて、相互作用を予測できるものではない。本研究は後者を目的とし、特にCYPの活性変動により動態が変化する薬物間相互作用の予測について、新しい方法論を確立し、非常に多くの薬物間の相互作用の予測に成功したものである。

第1章においては、最も重要な薬物代謝酵素であるCYP3A4の阻害を介する経口薬の薬物間相互作用について、簡便でありながら多くの薬剤の組合せを網羅的に血中濃度の変化を予測する方法について述べている。CYP3A4の阻害による相互作用について、競合阻害や不可逆阻害など、多くの機構を内包する薬物間相互作用の程度を単純化して示す方法を考察し、阻害薬の併用による経口投与時の基質薬の血中濃度曲線下面積(AUC)の変化率(R)を式1で表した。

R=1/(1-CR(CYP3A4)・IR(CYP3A4)) 式1

ここで、CR(CYP3A4)はin vivoにおけるCYP3A4の基質薬の経ロクリアランスへの寄与率、IR(CYP3A4)は阻害薬のCYP3A4の阻害率を表す。この式から、CRおよびIRの値が定まれば、どのような組合せの相互作用もAUCの上昇率が推定できる。また、同じ式によって、AUCの上昇率からCRあるいはIRを算出することも可能である。収集した78文献から113の相互作用試験の報告を抽出し、そのうち53の相互作用試験から式1を利用して基質薬14剤のCR(CYP3A4)と阻害薬18剤のIR(CYP3A4)を算出した。これらのパラメータを用いて、251種類の組み合わせの相互作用を予測し、そのうち60の相互作用について予測値と実際のAUC変化率との関係を検証したところ、57試験(95%)で報告値の50-200%の範囲で一致し、良好な予測方法であることが示された。この予測方法は、小腸の代謝の寄与について理論的な簡略化を行っているが、詳細なシミュレーション解析により、小腸抽出率(Eg)をO.6以下とする、あるいは肝臓と小腸の阻害率に中程度の相関(r=O.6)があるとの一般的条件では、予測の誤差はほとんど無視できることが理論的にも示された。

第2章では、この方法を改良してCYP3A4の誘導による基質薬の血中濃度の減少に関しても検討している。阻害による相互作用の場合と同様の考察に基づき、CYP3A4の誘導に基づく相互作用による経口投与時の基質薬のAUCの変化を定式化し、誘導薬によるCYP3A4のクリアランスの増加、IC(CYP3A4)を算出することにより、多くの誘導による基質薬の血中濃度の変化の程度を網羅的に予測した。収集した37文献から42の相互作用試験の報告を抽出し、そのうち10の相互作用試験から誘導薬7剤のIC(CYP3A4)を算出した。この情報を基質薬22剤のCR(CYP3A4)と組み合せることにより、154種類の相互作用の予測が可能であり、そのうち32の相互作用試験における予測値を実測値と比較したところ、全ての例で誘導前のAUCの20%以内の誤差範囲で正確であった。

さらに第3章では、本予測方法をCYP2D6、CYP2C9などの他の多くの代謝酵素への拡張を行い、この方法に基づき、CYPの基質薬と阻害薬/誘導薬の情報をデータベースに組込み、薬物間相互作用の血中濃度変化を網羅的に予測するWeb上で動作可能なソフトウェアを開発した結果を述べている。相互作用の臨床試験400試験以上の報告を収集して100剤以上の薬剤を登録した薬物間相互作用予測システムを、WEBアプリケーションとして作成し、これにより、登録された薬剤の組み合わせで起こりうる5000通り以上の相互作用について、その血中濃度の変化の程度をWeb上の操作で容易に予測することが可能となった。この情報は、東大病院の医師を対象とする薬物間相互作用の情報提供にすでに活用されている。

最後に、第4章では本予測方法をより積極的に添付文書の記載に利用することを考慮し、予測に用いるパラメータで薬剤を層別化して、AUC変化の大きい可能性のある組合せは、将来発売されるものも含めて網羅して注意喚起する方法、PISCS(Pharrnacokinetic Drug Interaction Significance Classification System)を提案している。モデル薬剤として、スタチン系薬、カルシウム拮抗薬、およびベンゾジアゼピン系薬に関して、現状の添付文書の記載とAUC上昇率の報告値の関係を参考に、併用禁忌あるいは併用注意の記載の境界線となるAUC上昇率を設定し、予測されるAUC上昇率から注意喚起の合理的な重要度の区分を試みた。その結果、臨床試験が行われていない相互作用も含めて、より適切に注意喚起できるシステムが構築された。

PISCSの注意喚起と現在の日本、米国、英国の添付文書情報を調査した結果、特にニソルジピンやボリコナゾールのように臨床試験が少ない薬剤では、添付文書の注意喚起が不十分である傾向が3ヵ国共通に認められた。一方で、3ヵ国間で注意喚起の記載区分が異なる相互作用の組み合わせが半数程度認められるなど、多くの矛盾が明らかとなった。PISCSは医薬品開発が国際化する中で、将来は薬物間相互作用についても注意喚起の基準を明確にし、また将来発売されるものも含めて網羅して注意喚起するための今後の情報提供の在り方の1つのモデルになると考えられた。

以上、申請者の研究は動態的な薬物間相互作用の予測をこれまでにない網羅的なレベルで可能としたに留まらず、その情報を実際の診療において利用可能な形態で提供し、ベッドサイドで既に実績をあげている。また、医薬品添付文書による相互作用の情報提供を国際的視点から評価・解析し、矛盾点を指摘してその改善案を具体的に提示するものでもある。さらに、新薬開発時に優先して収集すべき薬物間相互作用の情報の提案も含まれており、創薬をも含めた、医薬品のライフスパンにわたる薬物間相互作用の高品質のマネージメントを提唱するものである。したがって、申請者の業績は博士(薬学)の学位授与にふさわしいものと判断した。

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