学位論文要旨



No 217196
著者(漢字) 森田,真正
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,マサタカ
標題(和) 創薬を指向した基礎研究 : 希土類金属錯体を用いた触媒的不斉プロトン化反応とPETトレーサーの合成研究
標題(洋)
報告番号 217196
報告番号 乙17196
学位授与日 2009.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17196号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

1.希土類金属錯体を用いた触媒的不斉プロトン化反応

【背景・目的】触媒的不斉プロトン化は、カルボニルα位に不斉炭素を導入する合成化学的に有用な反応であるが、もっとも小さなプロトンの反応を制御する必要があるため、困難な反応開発分野のひとつと言える。今回、ガドリニウムと、キラルな配位子により形成された錯体を、2種類の不斉プロトン化反応に応用した。

エノールシリルエーテルを用いた最近の触媒的不斉プロトン化反応には、アルカロイド由来のアミン、BINOLから誘導されたチオリン酸、βジペプチドをキラルなプロトン源としてそれぞれ触媒量用いて、行っている例がある。これらの報告の中にも用いられている1は、本反応の検討の際に多くのグループに用いられている基質であるが、最高81% ee、と高いエナンチオ選択性が出にくい反応であり、克服するべき研究分野のひとつであるといえる。

柴崎教授のグループで開発した不斉リガンドL-1、L-2およびL-3は、各種の希土類金属と錯体を形成することで、L-1リガンドの場合2:3および4:5+oxo、L-2およびL・3リガンドの場合5:6の複核錯体を形成する。この錯体触媒の反応機構の詳細な検討により、本錯体が、TMSCNやTMSN3の求核剤をトランスメタル化により活性化し(2,3)、さらに共存させるアルコール等によりプロトノリシスされ、4や5のような錯体内にプロトンの有する状態を経て、反応を進行させていることを見出している。そこで筆者は、本錯体とエノールシリルエーテルを反応させた場合、トランスメタレーションにより、希土類エノラート(6)が生成すれば、続けて錯体内でプロトンを捕捉し、高いエナンチオ選択性で目的のα位に不斉を持つケトンを生成物として得ることができるのではないかと考えた。(Scheme1)

【結果・考察】1を用いて本反応の検討を行った。まず、定法に従い錯体を調整した後、反応溶媒に溶解させたシリルエノラート、2,6-ジメチルフェノールなどのプロトン源を順次加えて、反応させた。反応溶媒としてプロピオニトリルを用いたところ、L-1リガンドでは、83%、収率30%eeであったのに対し、L-2リガンドを用いた場合、93%収率、4801・eeであった。また、各種溶媒を検討したところ、THFがもっとも良好な71%eeを示した。また、金属とリガンドの比率は、選択性に大きく影響し、1:1.5から1:1.2に変えることで、さらに選択性を向上させることができた。これは、金属とリガンドが、5:6錯体を形成していることとよく一致している。

さらに、反応の選択性には、エノールシリルエーテルのシリル基の種類に関係しないことがわかった。これまでのトリメチルシリルに代わってジメチルエチルシリル、トリエチルシリル、と嵩高くなるほど、反応速度は遅くなるものの、選択性はほとんど変化なかった。このことは、本反応がトランスメタル化によるガドリニウムエノラートのプロトン化で進行することを示唆している。

本反応を種々の基質に適用した(Scheme2)。メチルテトラロン由来の基質1は反応温度0℃まで下げることで、87%eeまでエナンチオ選択性が向上した。また、触媒量を5mol%としたときは、フォスフィンオキシド部分にρ-トリルを有するリガンドL-4を用いることで、選択性を維持することができた。α位の置換基は3炭素まで伸ばしても良好な選択性を示し、芳香環上に置換基を有していても良好な選択性は維持された。5員環を有するIndanone由来のシリルエノラートでも良好な選択性を示した一方で、7員環では、中程度の選択性であった。また、芳香環と縮環していない置換シクロヘキサノン由来のシリルエノラートでは、本触媒は適用することができなかった。

速度論的解析により、触媒および、エノールシリルエーテルに関しては1次、DMPに関しては、0次の反応様式であることがわかった。この結果、およびこれまでの実験結果より、本反応の想定される触媒サイクルを、Schehe3のように想定した。L-2リガンドとガドリニウムイソプロポキシドから調製した、5:6錯体(7)は、シリルエノラートとトランスメタレーションによって、ガドリニウムエノラート(8)を生じる。その際生じたリガンドーシリル結合が、2,6-DMPによりプロトノリシスされ(9)、ガドリニウムエノラート近傍のリガンド中にカテコールプロトンが生じる。このプロトンによるガドリニウムエノラートのプロトン化により、エナンチオ選択的に生成物ケトンを与えると同時に、錯体(7)が再生するものと考えられる。

続いて、同触媒を共役シアノ化に続く不斉プロトン化反応に適用した。柴崎研究室では、α,β不飽和N-アシルピロールへのシアノ基の共役付加反応に本触媒を用いることでβ位に不斉3級炭素を有したアシルピロールを高収率、高エナンチオ選択的に得ることに成功している。本反応もその中間体は図のようにガドリニウムエノラートを経由しているものと思われる。この反応の基質としてα置換-α,β不飽和 N-アシルピロールを用いた場合には、同様にガドリニウムエノラートを生じ、β位へのシアノ基の付加と同時にα位に不斉炭素を有するアシルピロールを構築できるのではないかと考えた。種々条件を検討したところ、溶媒をトルエン、プロトン源としてシアン化水素を用いたところ、目的物を80% eeの選択性で得ることができた。

本反応は、α位の置換基が、アルキルでもアリールでも良好な選択性で目的物を与えた。アルキルの中では、置換基が嵩高くなるにつれ、良好な選択性が得られる傾向にあり、触媒量は、5mol%まで減じることが可能であった。また、置換基がアリールの場合は、更に低温で反応を行うことで、80%ee以上の選択性を示し、置換基のアリール上には、どの部分にメトキシ基やメチル基などの置換基を入れることも可能であった。以上のように本反応は幅広い基質に対して適応可能であることが示された(Table1)。

ここで得られた生成物の絶対立体配置は、ラセミ化を伴うことなく、ジエステル体へと誘導し、既知化合物との比較により、S配置であることを決定した。また、置換基がアリールのタイプも、セレクトライドを用いることで同様にラセミ化を伴うことなく還元できた。このように、本反応の生成物は、両官能基共に独立に変換が可能であり、有機合成上有用な合成中間体として幅広く利用できるキラルビルディングブロックである。

提唱される本反応の触媒サイクルをScheme4に示した。L-2リガンドとガドリニウムイソプロポキシドにより調整した、5:6錯体(5)は、TMSCNと反応することで、リガンドにTMS基が結合した、ガドリニウムイソシアニド12を生じる。このリガンドーシリル結合が、シアン化水素などのプロトン源により開裂し、錯体内にカテコールプロトンが生成する状態(13)となる。この活性中間体とアシルピロールが反応することで、シアノ基の共役付加を伴いながら、ガドリニウムエノラート14を生じているものと思われる。そして、このエノラートが分子内に存在するカテコール部分のプロトンを捕捉することで、α位の立体を制御したβシアノアシルピロール(11)が生成するものと説明できる。

【結論】ガドリニウムとリガンドL-2より調製したキラル多核錯体が、エノールシリルエーテルの不斉プロトン化とシアノ基の共役付加・その後の不斉プロトン化の2種類の不斉プロトン化反応の良好な触媒になることを示した。両反応は、これまでに合成的に利用された例のない、キラルなガドリニウムエノラートを経由して進行していることが示唆された。また、得られた生成物は有機合成上有用な合成中間体として幅広く利用できるキラルビルディングブロックである。

2.TamifluのPETトレーサーを指向した合成法の開発

リン酸オセルタミビル(タミフル)13は、1996年にGilead Sience社により創製され、Roche社により開発・販売されている経口投与可能な初めての抗インフルエンザ治療薬である。その供給を克服するための合成方法のほかに、中枢神経系への影響による副作用についての懸念が大きな関心事となっている。

タミフルの服用と異常行動に関する研究は、各方面において精力的に行われているが、現在でも不明瞭な点が多い。そこで我々は、タミフルがヒトの中枢神経系におよぼす薬理学的な影響を明確にすることを、緊急課題であると捕らえ、PETによる画像解析診断法に着目した。

PETトレーサーの合成法を構築する上で留意した点は、(1)放射性元素の導入部位は薬剤の代謝部位を避ける、(2)放射活性のある試薬の調整の容易さ、(3)導入するタイミング、(4)精製のしやすさ、である。我々は、タミフルのアセトアミド部位に[11C]アセチルクロライドとして放射性元素を導入することで上記の要件を満たすことができると考えた。

重要合成前駆体である化合物14は、当時の柴崎研究室のタミフルの最適合成法を参考にした。

前駆体14のアセチル化は50℃に加熱したTHF溶液中でアセチルクロライドと反応させることで、速やかに進行した。続くBoc基の除去は、塩酸一酢酸エチル溶液を加え、同条件にて3分間で完結することを確認した。後処理、精製を含めて、全工程10分でオセルタミビル15'を収率よく(82%)合成することができた。(Scheme5)

以上のように、我々はタミフルのPETトレーサーの合成に応用可能な構築方法を確立した。

Scheme. 1 Ligands, Polymetallic complex and Strategy for Catalytic Asymmetric Protonatinon of Enol Silyl Ether

Scheme 2. Substrate Scope

Scheme 3. Proposed Catalytic Cycle (1)

Table 1. Substrete Scope

Scheme 4. Proposed Catalytic Cycle

Figuere 3. Tamiflu

Scheme 5. Final Conversion for PET Tracer

審査要旨 要旨を表示する

森田は「創薬を指向した基礎研究~希土類金属錯体を用いた触媒的不斉プロトン化反応とPETトレーサーの合成研究」と題して、以下の2つのプロジェクトを遂行した。

1.希土類金属錯体を用いた触媒的不斉プロトン化反応

触媒的不斉プロトン化は、カルボニルα位に不斉炭素を導入する合成化学的に有用な反応であるが、立体的に非常に小さなプロトンの反応立体化学を制御する必要があるため、高エナンチオ選択性の発現が困難とされている。森田は、希土類金属ガドリニウムとキラル配位子FujiCAPO(L-1)から形成する錯体を不斉触媒として用い、以下の2種類の不斉プロトン化反応の開発に成功した。

第1は、Gd(OiPr)3とL-1の1:1.2の比から調製した触媒を用い、2,6-ジメチルフェノールを当量プロトン源とした環状ケトン由来シリルエノールエーテルの触媒的不斉プロトン化である(図1)。α位にメチル、エチル、アリル基を有する光学活性テトラロンおよびインダノン誘導体が合成的に有用なエナンチオ選択性で得られた。反応速度論実験をはじめとする反応機構解析と従来得られていた触媒構造情報をもとに、図1点線四角内に示す触媒サイクルを提唱した。すなわち、ガドリニウムとL-1の5:6錯体2がエノールシリルエーテルをトランスメタル化により活性化することで、リガンドの一部がシリル化されるとともにガドリニウムエノラートが生成する(3)。このときシリル化されたリガンド酸素原子のガドリニウムへの配位が保たれているために、酸素一ケイ素結合は活性化されており、2,6-ジメ牙ルフェノール(ArOH)と反応することで簡単にプロトン含有錯体4へと変換される。エナンチオ選択性決定前錯体である4において、活性化されたガドリニウムエノラートとプロトンの双方の相対位置が多核錯体のキラル高次構造により畠3次元的に固定されているために、エノラートに対するプロトンの導入方向が規定され、エナンチオ選択性が発現するもとの考えている。すなわちdual activation機構を不斉プロトン化に適用した点で評価される。

第2に、α,β一不飽和アシルピロー.ルに対する共役シアノ化によりガドリニウムエノラートを触媒的に生成し、続いてキラル錯体内のプロトンにより不斉プロトン化をおこなう形式の反応を開発した(図2)。最適条件は溶媒としてトルエン、プロトン源としてシアン化水素を用いるものであり、α位の置換基が、アルキルでもアリールでも良好な選択性で目的物を与えた。ここで得られた生成物の絶対立体配置は、ラセミ化を伴うことなく、ジエステル体へと誘導し、既知化合物との比較により、S配置であることを決定した。また、置換基がアリールのタイプも、セレクトライドを用いることで同様にラセミ化を伴うヒとなく還元できた。このように、本反応の生成物は、シアノ基とアシルピロールの両官能基共に独立に変換が可能であり、有機合成上有用な合成中間体として幅広く利用できるキラルビルディングブロックである。

2.TamifluのPETトレーサーを指向した合成法の開発

リン酸オセルタミビル(タミフル)は極めて重要な抗インフルエンザ治療薬であるが、中枢神経系への副作用の有無が大きな関心事となっている。森田は、タミフルの中枢神経系におよぼす薬理学的な影響を明確にするためにPET画像解析診断法が有効であると考え、PETトレーサー合成法の確立を計画した。分子設計としては、タミフルのアセトアミド部位に[11C]アセチルクロライドをもちいて放射性元素を導入することで、トレーサー合成に必要な迅速性を満足することができると考えた。

実験は、通常の[12C]アセチルクロライドを用いておこなった。柴崎研究室で最適化されたタミフル合成の重要中間体5を、50℃に加熱したTHF溶液中でアセチルクロライドと反応させた。続くBoc基の除去は、塩酸一酢酸エチル溶液にて3分間で完結することを確認した。最終的に、後処理、精製を含めて、全工程10分でオセルタミビル6を収率よく(82%)合成することができた(図3)。本方法はタミフルのPETトレーサーの合成に応用可能である。

以上の業績は、医薬生物活性化合物合成の発展や重要医薬品の体内動態解明に顕著に貢献するものであり、博士(薬学)の授与に値するものと判断した。

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