学位論文要旨



No 217201
著者(漢字) 井田,孔明
著者(英字)
著者(カナ) イダ,コウメイ
標題(和) 小児急性白血病におけるMLL遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 217201
報告番号 乙17201
学位授与日 2009.07.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17201号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 講師 百枝,幹雄
 東京大学 講師 高橋,強志
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

MLL(Mixed Lineage LeukemiaまたはMyeloid/Lymphoid Leukemia)(別名 ALL-1, HRX, HTRX-1)は、小児期に発症する急性白血病、特に1歳未満で発症する乳児白血病、および治療関連二次性白血病などにおいて高頻度にみられる11番染色体長腕(11q)23転座の切断点の解析によって1992年に単離された遺伝子である。

MLL 遺伝子は全長89kbで、そのcDNAは15kbに及ぶ。全部で37個のエクソンから構成されており、3969個のアミノ酸をコードしている。ヒトの心臓、肝臓、脳、骨髄など多数の臓器で発現が認められている。血球系の細胞では造血幹細胞や前駆細胞で発現しており、HOX遺伝子群の正常な発現を通じて正常造血に必須な蛋白であることが明らかにされている。

MLL蛋白の構造はショウジョウバエの体節形成に関与するtrithoraxと高い相同性を持ち、それ自身がヒストンメチル化酵素であるとともに、様々な蛋白と会合しながらヒストンのアセチル化/脱アセチル化に関与することによって、ヒストン修飾を通じたクロマチン構造の変化を起こし、転写活性の促進や制御に関与していると考えられる。

小児白血病におけるMLL遺伝子の再構成は、急性白血病全体の約8%に認められる。特に乳児白血病におけるMLL遺伝子の再構成は非常に高頻度で、急性リンパ性白血病(ALL)の70~80%、急性骨髄性白血病(AML)の50%以上に認められる。MLL遺伝子の切断点はexon5からexon11の間の制限酵素BamHIで消化される8.5kbの間に集中している。この切断により2つのDNA結合領域が分断され、MLL遺伝子は転座相手の遺伝子と融合遺伝子を形成する。これまでに50種類以上の相手遺伝子が同定されている。最も頻度が高い染色体転座は、t(4;11)(q21;q23)、t(9;11)(p22;q23)、t(11;19)(q23;p13.3)の3つであり、それぞれの転座相手の遺伝子はDNA結合蛋白をコードするAF4、AF9、ENL遺伝子である。t(4;11)(q21;q23)はALL、t(9;11)(p22;q23)はAMLで多く認められるが、t(11;19)(q23;p13.3)はALLとAMLの両者で認められる。

MLL遺伝子の再構成を伴う白血病の特徴としてまず第1に挙げられるのは、治療抵抗性で予後不良であることである。したがって今後のMLL遺伝子の再構成陽性群に対する治療戦略としては、まず、MLL遺伝子の再構成が陽性であることを診断時にもれなく同定し、造血幹細胞移植を含めた治療を開始すること、ならびにMLL遺伝子の再構成を伴う白血病の発症機序を明らかにすることによって、分子標的療法などの新しい治療法を開発することが重要である。

本研究1「RT-PCR法を用いた診断とMRDの評価およびMLL遺伝子の切断点の解析」において、染色体分析で核型が判明しなかった4例中1例でRT-PCR法によってMLL-AF9キメラmRNAを検出することができた。このことは、MLL遺伝子の再構成を検出するためには、染色体検査だけでなく、RT-PCR法を併用することが重要であることを示している。一方、染色体分析でt(9;11)が判明しているにもかかわらず、RT-PCR法でキメラmRNAが検出できない症例も存在した。これは切断点の位置が通常の場合と異なっていることが原因と考えられる。したがって、RT-PCR法のみではMLL遺伝子の再構成を見逃す危険性がある。また、サザンブロット法はMLL遺伝子の再構成を検討する上ではもっとも優れた方法であるが、RT-PCR法に比べて時間がかかり、また再構成バンドが検出されても転座相手が不明であるという欠点がある。したがって、白血病の初診時においては、染色体分析、RT-PCR法、サザンブロット解析の3つの方法を用いてMLL遺伝子の異常を検索するのが良いと考えられる。

またRT-PCR法によるMRDの評価について、5例で臨床経過のいくつかのポイントで解析し検討することができた。その結果、長期寛解を維持している症例ではRT-PCR法によるMRDも陰性を持続していたが、再発をした症例では、顕微鏡的には寛解を維持していると思われる時点で、すでにRT-PCR法によるMRDが陽性になっていることが明らかになった。このことはMLL遺伝子の再構成をもった患者の予後を予測する上で、RT-PCR法によるMRDの検討が有用であることを示唆している。現在では、AMLやALLにおいて、定量的PCRを用いたMRDの解析が、治療早期の効果判定および治療終了後の増悪の指標として、広く実際の臨床現場で用いられている。

先に述べたように、MLL遺伝子の再構成は乳児白血病と治療関連白血病において高頻度に認められる。そこで本研究2「t-MDS/AMLにおけるMLL遺伝子の再構成と切断点の解析」で、MLL遺伝子の再構成を伴う白血病が乳児に多い原因を明らかにする一環として、de novoの白血病と治療関連白血病の切断点の違いがあるかどうかを検討した。

対象とした治療関連白血病10例のサザンブロット解析で明らかになった切断点の分布はde novo白血病のものとは異なっていた。症例数が少なく、また遺伝子上での切断点の解析ではないために正確な評価は行えないが、治療関連白血病とde novo白血病とは発症機序に違いがあることが推察された。したがって、乳児白血病の発症の原因として、一部の症例においては胎児期に母親が摂取したtopo-IIinhibitor作用を有する食事内容や嗜好品が関与している可能性があるが、MLL遺伝子が切断を受けやすい他の原因が存在する可能性が示唆された。

本研究3「治療関連急性骨髄性白血病におけるMLL-p300融合遺伝子の検出」においては、t(11;22)(q23;q13)をもった治療関連急性骨髄性白血病(FAB分類ではM1)の1例において、ヒストンアセチル化酵素の1つであるp300遺伝子がヒストンメチル化酵素であるMLL遺伝子と転座を起こし、MLL-p300キメラ遺伝子を生成していることを明らかにした。このキメラ遺伝子が同定された報告は本例が世界第1例である。

MLL-p300融合蛋白は全体で3006アミノ酸塩基から構成される。N末側のMLL 蛋白の部分が1531アミノ酸塩基、C末側のp300蛋白の部分が1475アミノ酸塩基である。ヒストンアセチル化酵素であるp300蛋白がその活性化ドメインを保持したままC末側に存在し、一方MLL蛋白のうち、転写活性化領域やヒストンメチル化酵素であるSETドメインを欠失しているという構造的な特徴から、本来のMLL遺伝子を介した転写制御とは異なる転写制御が起きている事が想像できる。おそらくMLL遺伝子の標的遺伝子であるHOX遺伝子ファミリーやその他の遺伝子の発現調節の異常が、白血病の発症メカニズムにおいて中心的な役割を果たしていると思われる。

近年私どもは、神経芽腫の治療後に急性骨髄性白血病を発症した1例を経験し、同様にMLL-p300キメラ遺伝子を検出した。一方、類似構造のキメラ蛋白を生成しているMLL-CBPキメラ遺伝子を有する症例では骨髄異形成症候群や治療関連骨髄異形成症候群と診断されることが多い。症例数が少ないために明らかなことは言えないが、臨床像が異なる原因としてCBP蛋白とp300蛋白の機能の違いが考えられる。造血能に関わる両者の違いについて、今後の検討課題であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、乳児白血病患者および治療関連白血病から得られた白血病細胞を検体としてMLL遺伝子の解析を行い、下記に示すような結果を得ている。

1.RT-PCR法を用いた診断において、染色体分析で核型が判明しなかった4症例中1例でRT-PCR法によってキメラmRNAを検出することができた。したがって、白血病の初診時においては、RT-PCR法を用いた検索法の有用性が示された。

2.RT-PCR法によるMRDの評価について、5症例で臨床経過のいくつかのポイントで解析した。その結果、長期寛解を維持している症例ではRT-PCR法によるMRDも陰性を持続していたが、再発をした症例では、顕微鏡的には寛解を維持していると思われる時点で、すでにRT-PCR法によるMRDが陽性になっていることが明らかになった。したがってMLL遺伝子の再構成をもった患者の予後を予測する上で、RT-PCR法によるMRDの検討が有用であることが示された。

3.治療関連白血病10例のサザンブロット解析で明らかになった切断点の分布はde novo白血病のものとは異なっており、治療関連白血病とde novo白血病とは発症機序に違いがあることが推察された。したがって、乳児白血病の発症の原因として、一部の症例においては胎児期に母親が摂取したtopo-IIinhibitor作用を有する食事内容や嗜好品が関与している可能性があるが、MLL遺伝子が切断を受けやすい他の原因が存在する可能性が示唆された。

4. t(11;22)(q23;q13)をもった治療関連急性骨髄性白血病(FAB分類ではM1)の1例において、ヒストンアセチル化酵素の1つであるp300遺伝子がヒストンメチル化酵素であるMLL遺伝子と転座を起こし、MLL-p300キメラ遺伝子を生成していることを世界で初めて明らかにした。ヒストンアセチル化酵素であるp300蛋白がその活性化ドメインを保持したままC末側に存在し、一方MLL蛋白のうち、転写活性化領域やヒストンメチル化酵素であるSETドメインを欠失しているという構造的な特徴から、本来のMLL遺伝子を介した転写制御とは異なる転写制御が起きている事が示唆された。

以上、本論文は、RT-PCR法を用いた診断とMRDの評価が、診断および治療開始後の予後を予測する上で有用な検査法であること、およびサザンブロット法を用いた切断点の解析によって、治療関連白血病とde novo白血病とは発症機序に違いがある可能性のあることを示した。また、t(11;22)(q23;q13)をもった治療関連急性骨髄性白血病の1例において、ヒストンアセチル化酵素の1つであるp300遺伝子がヒストンメチル化酵素であるMLL遺伝子と転座を起こし、MLL-p300キメラ遺伝子を生成していることを明らかにした。これらの結果は、MLL遺伝子の再構成を伴った乳児白血病の診断や治療の進歩や、白血病の発症機序の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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