学位論文要旨



No 217203
著者(漢字) 村上,亮
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,リョウ
標題(和) 放線菌二次代謝産物からの抗菌・抗癌物質の探索研究
標題(洋)
報告番号 217203
報告番号 乙17203
学位授与日 2009.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17203号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 吉田,稔
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

ペニシリンの発見以来、微生物代謝産物は医薬探索の重要なソースとして盛んに利用されてきた。とりわけ、抗菌剤と抗癌剤に関しては、現在、実際に臨床で用いられている薬剤の多くが天然物由来の化合物であり、微生物代謝産物は抗菌剤や抗癌剤開発の重要な探索源と考えられる。また、近代医学の進歩に伴い、病気の原因や発症のメカニズムが分子レベルで解明されつつあり、これらの分子を標的とした医薬の探索が可能となってきた。そこで、私は、感染症と癌に対する薬剤のソースを微生物産物に求め、最近の様々な知見を踏まえて標的を選定し、新薬シーズの探索を試みた。

細菌の細胞壁成分であるペプチドグリカンは内部と外界との間の浸透圧から自己の形を保つために機能しているため、細菌にとって生育に必須である。また、この生合成経路を担う酵素群はヒトをはじめとする脊椎動物には存在しないため、細菌に対してのみ選択毒性を示すことが期待される。以上よりペプチドグリカンの生合成経路は抗菌剤開発の魅力的なターゲットとして注目されてきた。実際、ペニシリンなどのβ-ラクタム系抗生物質やバンコマイシンなどのグリコペプタイド系抗生物質など世の中で用いられている多くの抗生物質はこの生合成経路を標的としている化合物である。しかしながら、これらの抗生物質のほとんどはtranspeptidationやtransglycosylationなどペプチドグリカン生合成経路の後半のステップを阻害するものばかりで、初期のステップであるUDP-MurNAc-pentapeptide合成に関わる酵素群の阻害剤の報告は数少ない。

本研究では、ペプチドグリカン生合成経路上のAlr、Dd1、MurF、translocase Iに着目し、これらの酵素に対する簡便・迅速なアッセイ系の構築を試みた。まず、MurFの基質であるUDP-MurNAc-tripeptideをBacillus cereusより大量調製し、ダンシルクロライドと反応させることで蛍光標識体を作成した。本基質を用いて、MurFとtranslocase Iとのカップリング反応を行ったところ、酵素反応の進行に伴う蛍光量の増大が確認された。そこで、上記の反応液に対してD-Ala-D-Alaの代わりにL-Alaを加え、AlrとDd1を加えることでD-Ala-D-Ala生合成経路がこれらのカップリング反応に連動するか否かについて検討したところ、蛍光強度はL-Alaに大きく依存することが判明した。以上により、このアッセイ系を用いることで、MurFとtranslocase lに加えD-Ala-D-Ala生合成経路の活性も同時に検出可能なアッセイ系を構築することができた。

本アッセイ系を用いて、土壌分離菌株の培養抽出物および植物抽出物}ごついて阻害剤スクリーニングを行った結果、D-Ala-D-Ala経路の阻害物質としてF-11334A1(IC(50)=20μM)を、MurFの阻害物質として(-)-epigallocatechin gallateとpleurotin(それぞれIC(50)=9μM、IC50=41μM)を同定した。さらに、translocase I阻害剤としてcapuramycin類、mureidomycin類、liposidomycin類、tUnicamycin類を同定した。

また、Amycolatopsis sp.SANK60206の培養液中に強いtranslocase I阻害活性を見出し、各種クロマトグラフィーを行い本菌株培養上清の生理活性物質、A-102395の単離に成功した。A-102395の構造はNMRなどの各種スペクトルデータを解析することにより決定した。その結果、単離された化合物はcapuramycinの類縁化合物であることが判明した。その母骨格はcapuramycinと同一であったが、A-102395にはアミノカプロラクタム環の代わりに、ユニークな置換鎖を持ったベンゼン環が含まれていた。A-102395のtranslocase Iに対する阻害活性は非常に強力で、そのIC(50)値は11 nMであった。しかしながら、試験に供したいずれの菌にも抗菌活性を示さなかった。

さらに、Streptomyces sp.SANK60404の培養液中にもtranslocase I阻害活性が見出された。各種クロマトグラフィーを行い本菌株培養抽出液の生理活性物質、A-94964の単離に成功した。A-94964の構造は2D NMRやマススペクトルにより決定し、リン酸ジエステルを含むユニークな構造であることが判明した。A-94964はtranslocase IをIC(50)値1.1μMで阻害し、また、Staphylococcus aureusやEnterococcus faecalisに対してMICでそれぞれ100μg/mlと50μg/mlの抗菌活性を示した。A-94964の部分構造はtunicamycinの部分構造と類似していたため、A-94964とtunicamycinの哺乳類細胞に対する細胞毒性を測定した。その結果、tunicamycinは非常に強い細胞毒性活性を示した(HeLaとA549に対してそれぞれIC(50)値0.075μg/mlと0.072μg/ml)が、A-94964では、100μg/mlの濃度でも細胞毒性活性は認められなかった。よって、A-94964はtunicamycinの標的であるUDP-N-acetylglucosamine:dolichol phosphateGlcNAc-1-P transferase(GPT)に対して阻害活性を示さず、translocase Iを特異的に阻害する化合物であることが示唆された。

細菌とは対照的に、癌細胞はもともと自身の細胞が変異して生まれた細胞であるため、正常細胞と極めて近い生理学的性質を有し、癌細胞と正常細胞の区別が難しく、副作用が常に問題となっている。実際、これまで開発された多くの抗癌剤も、正常細胞に対しても毒性を示すことが知られている。しかし、ここ最近、癌の生物学的研究の進歩により癌治療の標的となり得る分子が次々と明らかにされており、これらの分子を標的とする化合物は癌の選択的治療薬として期待できる。そのような標的分子候補としてRasがあげられる。Rasタンパクは細胞膜の内側に存在するGTP結合タンパク質(Gタンパク質)であり、細胞の増殖・分化・アポトーシス抑制に関与している。また、癌においては、Rasの活性型変異が多く認められ、この変異が発癌や癌の進展に大きく寄与していることが最近明らかとなってきていることから、変異型Rasの機能を阻害する物質はRasが変異した癌細胞に対して有望な薬剤になり得ることが期待される。

IL-3依存性のマウスpro-B細胞Ba/F3はIL-3除去後、28時間でほぼ100%がアポトーシスにより死滅する。この細胞に活性化変異型Rasを発現させると、IL-3非存在下で誘導されるアポトーシスが完全に抑制される。そこでdexamethazone(Dex)添加による活性化変異型Rasの発現誘導によりIL-3非存在下でRas依存的に生存するBa/F3-V12細胞を用い、IL-3依存的に増殖するBa/F-3細胞と比較して、選択的に細胞死を誘導する活性を指標としてスクリーニングを行った。その結果、Saccharothrix sp.AJ 9571株の培養液中に目的の活性が見出された。各種クロマトグラフィーを行い本菌株培養抽出液から、ammocidin Aの単離に成功した。NMRによる解析の結果、本化合物は3分子の糖が結合した20員環マクロライドであることが判明した。

Ammocidin AはDexを添加することによりIL-3非依存的に生存するBa/F3-V12細胞に対して低濃度で細胞死を誘導し、そのIC(50)値は66ng/mlであった。一方、IL-3に依存して生存するBa/F3細胞に対するIC(50)は16μg/mlであった。また、ammocidin Aにより細胞死が誘導された細胞の核においては、IL-3を除去した時と同様なクロマチンの凝縮と核の断片化が観察され、DNAの断片化が検出された。したがって、ammocidin AがRasによるアポトーシス抑制シグナルを阻害している可能性が示唆された。Ammocidin AがRasのシグナル伝達経路のうちアポトーシス抑制を担うMAPK経路あるいはPI3K経路を阻害するかどうかを明らかにするために、MAPKとS6Kのリン酸化について検討したところ、ammocidin AはMAPKであるERK2のリン酸化を著しく低下させるとともにS6Kのリン酸化も著しく低下させることが明らかとなった。

また、ammocidin生産菌の培養液よりammocidinの類縁体を探索したところ、ammocidin B、C、Dを得た。これらの化合物の主な構造上の違いは24-Oに結合するolivomycose残基の数であった。Ammocidin類の増殖阻害効果についてヒト癌細胞株を用いて評価した。全てのammocidin類が増殖阻害効果を示したが、とりわけammocidin AとBがammocidin CとDに比べ強い増殖阻害効果を示した。よって、24-Oに結合するデオキシ糖はammocidinの増殖阻害活性において重要な役割を果たしているものと考えられた。

A-102395の構造

A-94964の構造

AmmocidinA,B,C,Dの構造

審査要旨 要旨を表示する

微生物代謝産物は、古くから抗菌剤や抗癌剤の重要な探索源として盛んに利用されてきた。また、近代医学の進歩に伴い、感染症や癌の原因や発症のメカニズムが分子レベルで解明されつつあり、これらの分子を標的とした医薬の探索が可能となってきている。

本論文では、抗菌剤の標的としてペプチドグリカン生合成経路、抗癌剤の標的としてRasシグナル伝達系に着目し、ハイスループットスクリーニングに適した効率的なアッセイ系の確立と、微生物代謝産物から見出された3つの新規化合物の構造解析と生物活性を中心にまとめたものである。

第1章では、ペプチドグリカン生合成経路上のMurFとtranslocase IおよびD-Ala-D-Ala生合成経路を担う酵素群AlrとDdlに着目し、これらの酵素活性を検出するための新規アッセイ系の構築とスクリーニング結果について述べている。translocase Iの蛍光アッセイ系の原理を応用し、Alr、Dd1、MurFをtranslocase I反応と連動させることで、簡便かつ高感度な新規アッセイ系を構築することに成功した。このアッセイ系を用いて天然物サンプルについてスクリーニングを行った結果、D-Ala-D-Ala経路の阻害物質としてF-11334A1を、MurFの阻害物質として(-)-epigallocatechin gallateとpleurotinを同定した。これらの物質は、MurF阻害剤として天然物から初めて報告されたものであり、D-Ala-D-Ala経路の阻害剤についても、D-cycloserine類以外としては初めての報告となる。さらに、本スクリーニングより新規translocase I阻害剤として、A-102395とA-94964を発見している。

第2章では、A-102395の構造解析と生物活性について述べている。各種NMRスペクトル解析により、本化合物がcapuramycinの類縁化合物であり、capuramycinの持つアミノカプロラクタム環の代わりに、ユニークな置換鎖を持ったベンゼン環を有していることを明らかとした。in vitroでの解析の結果、A-102395はtranslocase IをIC(50)値11nMと非常に強力に阻害することがわかった。A-102395は種々の菌に対して抗菌活性を示さなかったが、その理由としてA-102395の膜透過性の低さをあげ、過去の類縁化合物の誘導体展開の知見から、膜透過性を向上させるような化学修飾により抗菌活性の改善が可能であると論じている。

第3章では、A-94964の構造解析と生物活性について述べている。各種NMRスペクトル解析により、A-94964はリン酸ジエステル結合を含むユニークかつ新規な骨格を有する化合物であることを明らかにした。また、A-94964はtranslocase IをIC(50)値1.1μMで阻害し、さらに、ある種のグラム陽性細菌に抗菌活性を示すことを明らかにする一方、同化合物が同じくtranslocase Iを阻害するtunicamycinとは異なり、哺乳類細胞に対して細胞毒性を示さないことを明らかとし、A-94964がtranslocaseIの特異的な阻害剤であると結論付けている。

第4章では、Ras依存性細胞に対して選択的にアポトーシスを誘導する物質のスクリーニングより見出された新規物質ammocidin類の構造解析と生物活性について述べている。デキサメタゾン添加によりIL-3非存在下でRas依存的に生存するBa/F3-V12細胞に対して、IL-3依存的に増殖するBa/F3細胞と比較して、選択的にアポトーシスを誘導する活性を指標としたスクリーニングを行った。その結果、66ng/mlの低濃度で選択的にアポトーシスを誘導する新規物質ammocidinA~D(以下ammocidin)を放線菌Saccharothrix sp.AJ9571株の培養液より見出した。各種NMRスペクトル解析より、ammocidinの構造が糖分子を含む20員環マクロライドであると決定した。さらに、ammocidinがRas下流のMAPK経路とPI3K経路を同時に阻害することを見出し、両経路を阻害することがammocidinが示すRas依存性細胞に対する選択的なアポトーシス誘導の要因である可能性を示した。また、ammocidinはヒトの癌から分離された癌細胞株に対しても強い増殖抑制活性を示すことから、抗腫瘍効果についても期待できる。最後に、ammocidinの24-Oに付加したデオキシ糖が生物活性発現に重要なはたらきを担うことも明らかにしている。

第5章では、本研究の総括として上述の各章についてのまとめが述べられている。今後の展望として、A-102395とA-94964の化学修飾による新規抗菌剤のリード化合物としての可能性や生合成研究のツールとしての発展性について述べられているほか、ammocidinに関しては、その作用機序の解明がRasによるアポトーシス抑制シグナルの全容解明のツールとなり得ると論じている。最後に、本研究の成果を踏まえ、新規スクリーニング系構築の重要性と微生物代謝産物活用に関する将来展望が述べられている。

以上、本研究は、ペプチドグリカン生合成経路を標的とした新規アッセイ系の構築と、このアッセイ系から得られた新規translocase I阻害剤A-102395とA-94964の構造と生物活性、また、Ras依存性細胞に対して選択的にアポトーシスを誘導する新規物質ammocidin類の構造と生物活性を明らかしたものであり、学術上、応用研究上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク