学位論文要旨



No 217204
著者(漢字) 北條,研一
著者(英字)
著者(カナ) ホウジョウ,ケンイチ
標題(和) 健常者および歯周病患者の口腔から検出される Bifidobacterium の生態学的研究
標題(洋)
報告番号 217204
報告番号 乙17204
学位授与日 2009.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第17204号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 伊藤,喜久治
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 熊谷,進
 日本獣医生命科学大学 教授 藤澤,倫彦
 札幌医科大学 准教授 磯貝,浩
内容要旨 要旨を表示する

ヒト口腔には多種多様な細菌が生息し、それぞれ共生あるいは拮抗・競合しながら口腔特有の常在菌叢を形成している。歯周病は歯周局所の複数の嫌気性細菌群から構成されるバイオフィルムが主な原因となって発症する感染症である。デンタルプラーク(歯垢)や舌苔は典型的なバイオフィルムであり、デンタルプラーク1g当たりには約10(11)個もの細菌が生息する。口腔細菌が口腔の健康、または歯周病の発症や病態に深く関係することから、口腔内常在菌叢を形成する菌種と機能を正確に把握することが重要である。

近年、歯周病の予防にLactobacillusおよびBifidobacteriumなどのプロバイオティクスの利用が試みられている。プロバイオティクスは現在「適切な量を摂取することで宿主に有益に作用する生きた微生物」と定義されている。試験管内でL.salivariusが歯周病菌であるPorphyromonas gingivalisの増殖を抑制し、さらに生菌をヒトに投与することで唾液中の歯周病菌の菌数が減少したことが報告されている。また、健常者および歯周病患者において唾液中のLactobacillusの菌種構成を解析した研究では、両者からL.fermentum、L.gasseri、L.salivariusなどが分離されるが、健常者からは歯周病患者に比べてL.gasseriの検出率が有意に高かったことが報告されている。一方、Bifidobacteriumに関してはBifidobacterium sp.を歯周病患者に投与することで口腔内常在菌叢が正常化したことが報告されている。ヒト口腔から検出されるBifidobacteriumおよびその近縁細菌として、B.adolescentis、B.dentium、Alloscardovia omnicolens、Parascardovia denticolens、Scardovia inopinataなどが報告されている。しかし、これまで健常者および歯周病患者の口腔におけるBifidobacteriumの菌種構成を比較した研究はなく、これらの菌種構成を明確にすることはBifidobacteriumの口腔内での機能を明らかにするために重要である。また、BifidobacteriumがP.gingivalisの増殖に及ぼす影響は明らかではない。BifidobacteriumはLactobacillusとは異なり偏性嫌気性菌であることから、嫌気環境下において同じく偏性嫌気性菌であるP.gingivalisの増殖や口腔内への定着に影響を及ぼすことが考えられる。本研究では健常者および歯周病患者の口腔内におけるBifidobacteriumの生態、機能研究を目的に、ヒト口腔内のBifidobacteriumの菌種構成の解析、口腔細菌が産生するBifidobacteriumの増殖促進因子、並びに口腔定着機構について検討した。

第一章では、16名の健常者(Healthy subjects,HS群;平均年齢±標準偏差,21.0±2.0才)、16名の歯周病患者(Periodontitis patientS群,PP群;51.6±13.8才)および歯周病の治療を終了した14名の被験者(Well-maintained patients群,WP群;60.2±9.6才)の唾液から、Lactobacillus 673株およびBifidobacterium 323株を分離し菌種同定を行った。Lactobacillusは何れの群においてもL.fermentum、L.gasseriおよびL.salivariusの検出率が高値であることが明らかとなった。しかし、HS群に特異的な菌種はみられなかった。一方、BifidobacteriumはPP群およびWP群からB.dentiumが分離されたが、HS群からはB.adolescentis、B.dentium、B.longumおよび近縁細菌であるA.omnicolensが分離された。特に、今回HS群のB.adolescentisの検出率が有意に高値であり、Bifidobacteriumの菌種構成が口腔内環境または宿主の年齢に関係している可能性が示唆された。分離株の代謝物がP.gingivalisの増殖に及ぼす影響を検討したところ、P.gingivalisに抗菌活性を示すバクテリオシンは見出せなかったが、LactobacillusまたはBifidobacteriumの産生する乳酸および酢酸がP.gingivalisの増殖を強く抑制することが明らかとなった。

第二章では、BifidobacteriumとP.gingivslisの共通の増殖促進物質であるビタミンK(VK)に対する拮抗・競合という観点から、BifidobacteriumのVK要求性を検討した。p.gingivalisの増殖はVeillonellaが産生するVKにより促進されると考えられている。一方、BifidobacteriumにおいてもVKが増殖促進物質として働くことが報告されている。そこで、Bifidobacterium分離株の増殖がVKまたはV.parvulaの培養上清により促進されるか否かを検討した。本検討では20名の健常者の唾液から得られたBifidobacterium 291株をRAPD-PCR法にて識別し、最終的にB.adolescentis22菌株、B.dentium30菌株、B.longum9菌株、A.omnicolens4菌株を供試した。その結果、B.adolescentis、B.dentiumおよびB.longumのほとんどの菌株の増殖がVKおよびV.parvula培養上清により促進され、さらに要求性は菌株間に差があることが明らかとなった。ヒト口腔由来のP.gingivslis OB7124もVKおよびV.parvula培養上清により増殖促進されたが、A.omnicolens菌株の増殖はVKおよびV.parvula培養上清により影響を受けないか、逆に抑制されることが明らかとなった。次にV.parvula培養上清中のVK(メナキノン)の定量を行なったが、予想に反してVKは検出されなかった。本結果から、V.parvulaがVKとは異なる活性物質を産生、分泌してBifidobacteriumおよびP.gingivalisの増殖を促進していることが示唆された。

VKの消費能力が最も高かったB.adoleseentis OLB6398がP.gingivalis OB7124の増殖に及ぼす影響について連続培養装置を用いて検討した。その結果、装置内のpHを中性に制御した系でもP.gingivalisの増殖が抑制され、これら細菌が拮抗・競合関係にあることが示唆された。

第三章では、Bifidobacteriumの口腔定着機構について検討した。口腔細菌は何らかの付着因子を有しているものが多い。ある種の口腔細菌は歯面に存在するペリクルに付着する。ペリクルに付着できない菌も他の口腔細菌と共凝集することでバイオフィルムを構築する。そこで、試験管内凝集反応試験法を用いてBifidobacteriumと口腔細菌との共凝集を検討したところ、B.adolescentis 22菌株中14菌株、B.dentium 30菌株中25菌株、B.longum 9菌株中6菌株、A.omnicolensのすべての菌株(4菌株)がFusobacterium nucleatum JCM8532と共凝集した。この共凝集は、BifidobacteriumまたはF.nucleatumの菌体をProteinaseK処理した場合に抑制され、共凝集にそれぞれの菌体表層蛋白質が関係していることが明らかとなった。また、ラクトース、ガラクトースおよびグルコースなどの糖類は共凝集を抑制しなかったことから、共凝集機構がレクチン-糖鎖の反応とは異なると考えられた。Bifidobacteriumが唾液処理したハイドロキシアパタイト板上には付着できず、F.nucleatumが形成したバイオフィルムに付着したことから、共凝集がBifidobacteriumの重要な付着要因であることが明らかとなった。

本研究で示した結果は、ヒト口腔内におけるBifidobacteriumの生態学的な意義や役割を理解するための一助になると考えられる。今後の研究課題として、V.parvulaが産生する増殖促進物質の同定が挙げられる。また、実際のヒト口腔内においてBifidobacteriumがP.gingivalisの増殖を抑制するか否かを明らかにするためにヒトおよびモデル動物による検証が必要である。今後、本研究を応用・発展させることで歯科領域を対象にしたプロバイオティクス研究にとって新たな方向性、可能性がひらけることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

歯周病はPorphyrmonas gingivalisをはじめとする歯周局所の口腔細菌が原因となって発症する慢性感染症である。近年、歯周病の予防にLactobacillus、Bifidobacteriumなどのプロバイオティクスが応用できる可能性が示唆されている。本論文では、ヒト口腔内のLactobacillusまたはBifidobacteriumの生態を明らかにし、生態学的知見に基づいて菌種・菌株を選択することで、より効果的・効率的なプロバイオティクス開発が可能であると考え、健常者および歯周病患者の口腔から検出されるBifidobacteriumの生態学的研究を行った。

第一章では、ヒト口腔内に生息するLcrctobaeillus、Bifidobacteriumの菌種構成を検討した。その結果、Lactobacillusは11菌種が検出され、L.fermentum、L.gasseriおよびL.salivariusが最も高頻度に検出される菌種であったが、健常者に特異的ではなかった。一方、BifidobacteriumはB.adolescentis、B.dentium、B.longumおよび近縁細菌であるAlloscardovia omnicolensの4菌種が検出された。さらに、健常者群においてB.adolescentisの検出率が歯周病患者群に比較して有意に高値であり、Bifidobacteriumの菌種構成が宿主要因(口腔内環境、年齢など)により異なること、またB.adolescentisが健常な口腔細菌叢の一員として生体防御に関わっている可能性が考えられた。

第二章では、BifidobacteriumがP.gingivalisと共通の増殖促進因子であるビタミンK(VK)を競合するかどうかを視点にして検討した。その結果、ヒト口腔から検出されたBifidobacteriumの菌種の中で、B.adolescentisがVKによって最も増殖促進され、さらにVKを著しく消費することが明らかになった。また、ヒト口腔内の最優勢菌群であるVeillonellaがVK以外にVK様代謝物を産生してBifidobacteriumおよびP.gingivalisの増殖を促進することが示唆された。連続培養装置を用いた検討では、VKを最も消費したB.adolescentisOLB6398がP.gingivalisの増殖を抑制し、この抑制機序としてB.adolescentisがVK様代謝物を、P.gingivalisと競合している可能性が考えられた。本章の結果から、VK消費能力が高いBifidobacterium菌株を選抜することで、VK様増殖促進因子を競合してP.gingivalisの増殖を抑制し得るプロバイオティクスを開発できることが考えられた。

第三章では、口腔細菌の口腔内定着因子の一つと考えられている共凝集反応について、各種口腔細菌とBifidobacterium分離株を用いて検討した。その結果、B.adolescentis、B.dentiumおよびB.longumの大半の菌株がFusobacterium nucleatumと共凝集し、共凝集反応がBifidobacteriumの口腔定着機構の一つであることが示唆された。また、in vitro biofilm modelによる検討では代表菌株として用いたB.adolescentis OLB6410がV.parvulaの形成するバイオフィルムに対して付着したことから、第二章で述べたVK様増殖促進因子が口腔内に拡散せずに、Bifidobacteriumに容易に利用され得ることが示唆された。さらに、本研究で構築したbiofilm modelを用いて、Veillonellaのバイオフィルムに対して付着能力が高いBifidobacterium菌株を選別することで、歯周病予防効果を有するプロバイオティクスの開発に応用できることが考えられた。すなわち、VK様増殖促進因子の拮抗・競合に関して、Veillonellaに最も近い位置でVK様増殖促進因子を消費して増殖できるBifidobacterumを選別することで、P.gingivalisが利用できる増殖促進因子の量を効率的に減少させることができるプロバイオティクスの開発が可能であることが考えられた。

以上、本論文はヒト口腔内に生息するBifidobacterumの生態および機能の一端を明らかにした。また、本研究を応用・発展させることでプロバイオティクス研究にとって新たな可能性がひらけることが期待され、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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