学位論文要旨



No 217205
著者(漢字) 金光,弘幸
著者(英字)
著者(カナ) カネミツ,ヒロユキ
標題(和) げっ歯類の脳における 6-Mercaptopurine(6-MP) 誘発胎子神経毒性の発現機序
標題(洋) Mechanisms of 6-Mercaptopurine (6-MP)-induced fetal neurotoxicity in the developing rodent brain
報告番号 217205
報告番号 乙17205
学位授与日 2009.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第17205号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 准教授 内田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

6-Mercaptopurine(6-MP)は、thioguanine誘導体で、azathioprineの活性型代謝物である。azathioprineは、肝臓および消化管内の様々な酵素によって6-MPに変換される。現在、医療現場で、6-MPは急性白血病の治療薬および潰瘍性大腸炎・クローン病などの炎症性腸疾患や臓器移植の際の免疫抑制剤として幅広く利用されている。

6-MPにはDNA傷害作用があり、それによる細胞死が報告されている。6-MPは細胞内で、thioinosine monophosphate(TIMP)になり、purine合成経路で働く酵素に対して阻害作用を示す。さらに、TIMPはthioguanosine monophosphate(TGMP)になった後に、高リン酸化されて核酸内に入り、細胞毒性を引き起こす。これらの過程は進行速度が遅いことから、遅延性細胞毒性と呼ばれている。

近年、晩婚化に伴う高齢妊娠が増加し、炎症性腸疾患や癌に罹患した妊婦が多数報告されている。これらの場合にも、しばしば6-MPが処方されるが、この薬剤による胎児神経毒性が知られている。また、6-MPを妊娠ラットに投与すると、胎子に小頭症が誘発されることが報告されている。さらに、5-azacytidine、ethylnitrosourea、etoposide、hydroxyurea、1-β-D-arabinofuranosylcytosine、T-2 toxin、5-fluorouracilなど6-MP以外のDNA傷害性物質を妊娠ラットおよびマウスに投与した際にも、胎子に神経毒性が惹起されることが知られている。また、妊娠12日のマウスに5-azacytidineを単回腹腔内投与すると、神経前駆細胞にp53を介したアポトーシスとG2/M期での細胞周期停止が起こることが報告されている。同様の実験系を用いてethylnitrosourea、etoposideまたはhydroxyureaを投与したマウス胎子の神経前駆細胞でも、同様にp53を介したアポトーシスおよびG2/M期の停止、加えてS期細胞の蓄積が確認されている。しかしながら、6-MPを投与した胎子神経前駆細胞の細胞死および細胞周期についての研究はこれまで行われていない。本研究では、6-MP投与によって生じるラットおよびマウスの胎子神経毒性のメカニズムを明らかにすることを目的として以下の実験を行った。

1.6-MPによる神経前駆細胞アポトーシスの経時的変化

妊娠13日のラットに6-MP 50mg/kgを単回腹腔内投与し、投与後12~96時間に胎子終脳を採材、病理組織学的検索を行った。その結果、終脳、間脳、中脳、後脳そして脊髄で投与後24~72時間にアポトーシス細胞数の有意な増加がみられ、特に終脳で顕著であった。さらに、投与後96時間には、終脳の著しい低形成がみられた。終脳では、投与後36時間をピークにTUNEL法陽性神経前駆細胞数の増加が確認された。さらに、アポトーシス実行因子である cleavedcaspase-3陽性の神経前駆細胞数の著しい増加と電子顕微鏡観察による核の断片化も確認された。また、この実験系で解剖前1時間にBrdUを単回腹腔内投与したところ、6-MP投与後36~72時間にBrdUを取り込んだ神経前駆細胞数の減少を認めた。

以上の結果から、6-MPは、投与後3~24時間に神経前駆細胞のアポトーシスを誘導する5-azacytidine、ethylnitrosourea、etoposide、hydroxyurea、1-β-D-arabinofuranosylcytosineとは異なり、投与24~72時間後に神経前駆細胞アポトーシスを惹起することがわかった。これは、6-MPの遅延性の神経細胞毒性を強く示唆している。また、6-MPは神経前駆細胞の細胞周期停止を誘導する可能性も示唆された。

2.6-MPの神経前駆細胞の細胞周期への影響

続いて、6-MP投与による神経前駆細胞の細胞周期変化について詳細な検索を行った。前章と同様の実験を行って終脳神経前駆細胞を採取し、フローサイトメーターによる解析を行ったところ、6-MP投与後24~36時間にG2/M期、投与後36~48時間にS期、投与後36~72時間にsub-G1期(アポトーシス細胞)の細胞数の増加を認めた。さらに、投与後36~72時間にはM期細胞のマーカーであるリン酸化ヒストンH3陽性細胞数の減少がみられた。G2/M期の神経前駆細胞数は、投与後48時間に著しく減少したが、それと同時期にsub-Gl期の神経前駆細胞数が顕著に増加した。このことから、G2/M期で停止した神経前駆細胞が、優先的にアポトーシス誘導を受けたと考えられた。さらに、胎子終脳を用いたWestern blot解析を行ったところ、6-MP投与後36~48時間にS期遅延に関与するcdc25Aタンパク質の著しい減少が、投与後24~48時間にはG2/M期の停止に関連するリン酸化cdc2およびサイクリンB1タンパク質の増加が確認された。

以上の結果から6-MPは、神経前駆細胞のS期遅延およびG2/M期での細胞周期停止を誘導し、G21M期で停止した細胞にアポトーシスを引き起こすことが示された。

3.6-MPによる神経前駆細胞アポトーシスのメカニズム

次に、DNA傷害時にアポトーシス誘導に関与する癌抑制遺伝子、p53を中心に、6-MPによる胎子の終脳神経前駆細胞のアポトーシス経路にっいて検討した。妊娠13日のラットに6-MP 50 mg/kgを単回腹腔内投与し、投与後12~72時間に胎子終脳を採材、病理組織学的および分子生物学的検索を行った。Reversetranscription-PCR(RT-PCR)解析では、実験期間を通じて6-MPによる終脳でのp53mRNAの発現上昇は認められなかったが、Western blot解析および免疫染色では投与後24~48時間にp53タンパク質およびリン酸化p53タンパク質の増加が認められた。また、Westerm blotおよび免疫染色によって、6-MP投与後24~72時間に、内因系経路におけるp53の転写標的因子であるpumaおよびcleavedcaspase-9タンパク質の著しい増加を認めた。これに対し、外因系因子であるfasタンパク質は、実験期間を通じて発現増加しなかった。

このアポトーシスの内因系経路を明らかにするために、妊娠12日のp53遺伝子欠損マウスおよびfas遺伝子変異マウスに6-MP 50mg/kgを単回腹腔内投与し、投与後36時間に胎子終脳を採材、組織学的検索を行った。その結果、p53遺伝子欠損マウスでは終脳神経前駆細胞のアポトーシス誘導が顕著に抑制されたが、fas遺伝子変異マウスの終脳では、アポトーシス細胞数に変化はみられなかった。

以上の結果から、6-MPによる終脳神経前駆細胞アポトーシスは、p53を介した内因系経路であることが確認された。

以上の結果をまとめると、6-MPに暴露されたげっ歯類の胎子では、終脳神経前駆細胞のS期遅延およびG2/M期細胞周期停止が起こり、G2/M期で停止した細胞が優先的にアポトーシス誘導を受けることが示唆された。さらに、そのアポトーシス誘導経路は、主として活性化p53による内因系経路が担っていると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

6-mercaptopurine(6-MP)は、急性白血病の治療薬および潰瘍性大腸炎・クローン病などの炎症性腸疾患や臓器移植の際の免疫抑制剤として幅広く利用されている。

6-MPにはDNA傷害作用があり、それによる細胞死が報告されている。近年、晩婚化に伴う高齢妊娠が増加し、炎症性腸疾患や癌に罹患した妊婦が多数報告されている。これらの場合にも、しばしば6-MPが処方されるが、この薬剤による胎児神経毒性が知られている。また、6-MPを妊娠ラットに投与すると、胎子に小頭症が誘発されることが報告されている。しかしながら、6-MPによる胎子神経毒性のメカニズムついての研究はこれまで行われていない。従って、本研究は6-MP投与によって生じるラットおよびマウスの胎子神経毒性のメカニズムを明らかにすることを目的として以下3章から構成される実験を行った。

第1章 6-MPによる神経前駆細胞アポトーシスの経時的変化

妊娠13日のラットに6-MP50mg/kgを単回腹腔内投与し、投与後12~96時間に胎子終脳を採材、病理組織学的検索を行った。その結果、終脳、間脳、中脳、後脳そして脊髄で投与後24~72時間にアポトーシス細胞数の有意な増加がみられ、特に終脳で顕著であった。さらに、投与後96時間には、終脳の著しい低形成がみられた。終脳では、投与後36時間をピークにTUNEL法陽性神経前駆細胞数の増加が確認された。さらに、アポトーシス実行因子であるcleaved caspase-3陽性の神経前駆細胞数の著しい増加と電子顕微鏡観察による核の断片化も確認された。以上の結果から、6-MPは、胎子の終脳神経前駆細胞にアポトーシス誘導を促すことが分かった。

第2章 6-MPの神経前駆細胞の細胞周期への影響

続いて、6-MP投与による神経前駆細胞の細胞周期変化について詳細な検索を行った。前章と同様の実験を行って終脳神経前駆細胞を採取し、フローサイトメーターによる解析を行ったところ、6-MP投与後24~36時間にG2/M期、投与後36~48時間にS期、投与後36~72時間にsub-Gl期(アポトーシス細胞)の細胞数の増加を認めた。さらに、G2/M期の神経前駆細胞数は、投与後48時間に著しく減少したが、それと同時期にsub-Gl期の神経前駆細胞数が顕著に増加した。このことから、G2/M期で停止した神経前駆細胞が、優先的にアポトーシス誘導を受けたと考えられた。胎子終脳を用いたWestern blot解析を行ったところ、6-MP投与後36~48時間にS期遅延に関与するcdc25Aタンパク質の著しい減少が、投与後24~48時間にはG2/M期の停止に関連するリン酸化cdc2およびサイクリンB1タンパク質の増加が確認された。

以上の結果から6-MPは、神経前駆細胞のS期遅延およびG2/M期での細胞周期停止を誘導し、G2/M期で停止した細胞にアポトーシス誘導を引き起こすことが示された。

第3章 6-MPによる神経前駆細胞アポトーシスのメカニズム

次に、DNA傷害時にアポトーシス誘導に関与する癌抑制遺伝子p53を中心に、6-MPによる胎子の終脳神経前駆細胞のアポトーシス経路について検討した。妊娠13日のラットに6-MP 50mg/kgを単回腹腔内投与し、投与後12~72時間に胎子終脳を採材、病理組織学的および分子生物学的検索を行った。Westernblot解析および免疫染色では、投与後24~72時間に内因系経路の因子であるp53、puma、cleaved caspase-9タンパク質の増加が認められた。これに対し、外因系因子である趣タンパク質は、実験期間を通じて発現増加しなかった。

このアポトーシスの内因系経路を明らかにするために、妊娠12日のp53遺伝子欠損マウスおよびfas遺伝子変異マウスに6-MP 50mg/kgを単回腹腔内投与し、投与後36時間に胎子終脳を採材、組織学的検索を行った。その結果、p53遺伝子欠損マウスでは終脳神経前駆細胞のアポトーシス誘導が顕著に抑制されたが、fas遺伝子変異マウスの終脳では、アポトーシス細胞数に変化はみられなかった。

以上の結果から、6-MPによる終脳神経前駆細胞アポトーシスは、p53を介した内因系経路であることが確認された。

以上の一連の結果より、6-MPに暴露されたげっ歯類の胎子では、終脳神経前駆細胞のS期遅延およびG2/M期細胞周期停止が起こり、G2/M期で停止した細胞が優先的にアポトーシス誘導を受けることが示唆された。さらに、そのアポトーシス誘導経路は、主としてp53を介した内因系経路が担っていると考えられた。

今回の一連の研究成果より6-MPのげっ歯類、特にラットの胎子神経前駆細胞の傷害機構が明らかにされた。本研究成果は、6-MPはじめ類似の化学構造と作用を有する薬剤の副作用の理解に貴重な情報を提供するとともに、発生期の神経組織の傷害や修復機構の研究にも役立つ知見を含むものと判断される。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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