学位論文要旨



No 217209
著者(漢字) 大多和,直樹
著者(英字)
著者(カナ) オオタワ,ナオキ
標題(和) 高校教育におけるトラッキング構造と生徒文化の変容 : 学校主導型から生徒支援型へ
標題(洋)
報告番号 217209
報告番号 乙17209
学位授与日 2009.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 第17209号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 苅谷,剛彦
 東京大学 教授 本田,由紀
 東京大学 准教授 橋本,鉱市
 東京大学 准教授 勝野,正章
 大学総合教育研究センター 教授 小林,雅之
内容要旨 要旨を表示する

●研究の目的

学校が将来の社会的地位達成・職業達成に向けて、生徒を学業成績向上へと動機づけることができていた1970~80年代の高校教育の状況を考えれば、1990年代~2000年代の学校は求心力を失いつつあるとみることができる。卒業後に「フリーター」になる生徒の数も相当数に上り、学習への意欲も減退してきている。また、学校の外に目を向ければ、消費社会の隆盛があり生徒の生活世界における学校の比重は低下してきていると考えられる。ここでは、「学校がどのように生徒を取り込んで教育を行うのか」、「どのような形で学校の存立構造を成立させるのか」といった次元の問題が、徐々に浮上し始めてきていると考えられる。

本稿では、第一に1970~80年代から1990年代~2000年代という二つの時代における変化―とくに学校の社会化エージェントとしての力が弱まっているありさま―を実証分析によって明らかにすることを試みる。しかしながら、先行研究を通じて、このことは簡単な作業ではないことがわかっている。なぜなら、たとえば日本の生徒文化論のスタンダードとなっている「地位欲求不満説」、すなわちトラッキング構造(学校階層構造)の下位の生徒ほど「逸脱文化」へと高くコミットしている現象が1990年代においても確認されるからだ。「地位欲求不満説」では、学校を通じた成功の見込みの少ない生徒が反動形成することによって「逸脱文化」へのコミットメントを高めるとしている。こうした説明は学校の求心力が危うくなる現代においては、リアリティを失っている。しかし、単純な分析では1970年代と1990年代のデータにおいて類似した分析結果が出てしまう。本稿は、生徒文化論の分析枠組みを精緻化ないしは再構成することによって、リアリティを確保しつつ現代の学校の姿をとらえるモデルを仮説的に構築することを目指す(第I部)。

第二に、1970年代から2000年代までに学校存立構造が変容し、学校主導型から生徒支援型へと変化してきているという仮説を検証することを目指す。学校主導型とは、学校が生徒を強く巻き込み、規律や学校的価値を全面に押し出して生徒を社会化していく高校教育のあり方である。これにたいして生徒支援型は、生徒の自主性を重視し、それを支援していくあり方である。本稿では、この課題を首都圏の高校における生徒支援型の成立を調べることで、その一端を明らかにする。まず、(1)生徒支援型の成立の背景となる現象として高校生アルバイターたちが学校とその外の世界をどのように経験しているのか、つぎに、(2)首都圏における生徒支援型がどのように成立しているのかを探り、その功罪はどこにあるのか、さらに(3)学校内部で行われる支援が、生徒の学校適応や進路形成にどのような影響を持つのか、についてみていく(第II部)。

●各章の内容

(1)第I部:学校主導型高校教育はどう変容したか ―1970年代~1990年代:地方X県・Y県

第I部のねらいは、生徒文化研究の枠組みを用いることによって、学校が社会化エージェントとしての力が弱まってきていることを検証していく。

第I部を構成する第一章~第三章までの章では、1979年と1997年に東北地方のX県および北陸地方のY県における同一の公立高校11校の2年生を対象に実施された比較可能な生徒対象の質問紙調査を用い分析を行う。サンプル数は、年代ごとにそれぞれ1375人ずつ。

第一章:トラッキング構造と進路形成について基礎的な構造を確認した。その際、出身階層-トラック-進路希望の関係を捉えていった。

第二章:生徒文化(生徒の行動様式や価値観)の変容について、まず(1)二つの時代における基礎的な変化を捉えた。学校関与の四類型を作成し、その付置を捉えることによって、生徒の生活世界における学校の比重の低下についての仮説検証を試みた。次に(2)地位欲求不満モデルを精緻化させ、その中心的メカニズムである反動形成が低下していることを検証した。

第三章:学校を巡る社会状況の変容のなかでリアリティの薄れた「地位欲求不満モデル」を、現代的なモデルに作り替える作業を試みた。ここでは、現代の生徒文化の分化メカニズムを[トラッキング構造]、[消費文化へのコミットメント]、[社会階層]の三つの変数を用いて再構成した。生徒の「逸脱文化」へのコミットメントにおいて、社会階層の上層で「地位欲求不満モデル」が当てはまり、社会階層の下層で消費文化へのコミットメントの一環として「逸脱文化」への接近があるというモデルを作成した。

(2)第II部:生徒支援型高校教育はどのように成立しているのか ―2000年代:首都圏

第II部では、首都圏において生徒支援型の高校教育がどのように成立しているのかについて探っていった。データソースは、各章ごとの分析課題に基づいて別々のデータを用いた。

第四章:生徒支援型の成立の一つの背景と考えられる消費文化へのコミットメントが高い「高校生アルバイター」に着目した。ここでは「高校生アルバイター」たちは、学校へと高く適応できるものの、学業への関与や進路志望は低くなることがみえてきた。分析に当たり、2001年実施にされた東京都の高校生にたいする質問紙調査データを用いた。

第五章:現代の学校において、生徒支援型の高校教育が成立していることを明らかにした。そこでは、様々な形で生徒を支援する動きがみられること、支援を通じて学校へのインボルブメントを高めようとする指導がみられることを明らかにしていった。この分析のデータソースとして、首都圏の高校の教師および生徒への聞き取り調査を用いた。

第六章:現代の学校が生徒にたいして支援(ここでは特に個別的なもの)を行うとき、その支援がどのように生徒の学校へのインボルブメントを高めるのかという問いに取り組んだ。具体的には、支援の効果は、学校適応の領域にとどまる傾向にあり、進路形成や学業の領域までは、部分化的にしか波及しないことがみえてきた。また、家庭背景によって支援に乗りやすいかどうかに差があることもみえてきた。この分析では、首都圏の中都市の高校生の質問紙調査データを用いた。

●結論

第I部の分析の結果は、地方のX県・Y県において、学校が生徒を引きつける求心力を失っていることを示唆するものとなった。また首都圏ではすでに、生徒支援型とみられる学校存立構造があることがみえてきた。この存立構造は、「学校に委ねられた選抜」(苅谷1991)を中心とした日本型高校教育システムのもつ強みが1990年代の社会経済変動によって崩れてきており、そうした状況下における学校のサバイバルストラテジーとみることができそうだ。

さらに、学校が行う支援が生徒をよりよい方向に導くことも少なからずある一方で、学校がもつ構造的な問題を当該生徒個人の問題として正当化してしまう仕組みとして機能する可能性を指摘した。基本的にはトラッキング構造の下位に位置する学校ほど、フリーターを輩出しやすい。しかし、学校が行う支援という行為を経由したとき、我々はこのようなフリーター輩出の構造的な問題に目がいきにくくなり、あたかも問題が当該生徒の個人的な離脱の問題であるかのようにみえてしまう。教師は支援をしているのに生徒は離脱したという、教師の支援と生徒の離脱の物語によって、学校がもつフリーター輩出構造の問題が隠蔽されてしまうことが考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

高校生の価値観と行動様式を示す「生徒文化」は、若者と学校、社会との相互の関係によって作り出される文化現象である。と同時に、それは、学校のあり方(「存立構造」)にも影響を及ぼしうる、教育を受ける側の特徴を反映するものとも見なしうる。日本の高校生の生徒文化は、1970年代以後どのように変容し、その結果、社会化エージェントとしての学校の存立にいかなる影響を及ぼしているのか。本研究は、二時点間の比較を可能とする質問紙調査などのデータを用いて、高校の階層性(「トラッキング構造」)との関係を視野に、これらの問題に実証的な解答を与えようとする教育社会学の研究である。

本論文は、序章と、1章から3章までの第1部、4章から6章までの第2部、および終章の8章で構成される。序章では、問題設定と研究方法、使用するデータについての説明が行われる。それを受けて、第1部を構成する1章~3章では、1979年と1997年に東北地方と北陸地方の2つの県における同一の公立高校11校の2年生を対象に実施された比較可能な生徒対象の質問紙調査を用いた分析が行われる。その結果、卒業後の進路意識においては、トラッキング構造と生徒の出身階層がともに影響を及ぼす基本的な構造が維持されていること(1章)、生徒文化の変容については、学校の比重の低下が見られ、地位欲求不満による学校への反抗的な態度形成が弱まっていること(2章)、社会階層の上層では「地位欲求不満モデル」が当てはまるが、下層では消費文化へのコミットメントの一環として「逸脱文化」への接近があること(3章)が明らかにされる。

このような生徒文化の変容の実態をふまえて、第2部では、2000年代に首都圏で実施された調査データを用いて、「学校主導型」から「生徒支援型」へと学校の存立構造が変化していることが解明される。その結果、消費文化へのコミットメントが高い「高校生アルバイター」たちは、学校に適応しているものの、学業への関与や進路志望は低くなること(4章)、現代の高校においては、生徒支援を通じて学校へのインボルブメント(包摂)を高めようとする指導がみられること(5章)、生徒支援の効果は、学校適応の領域にとどまり、進路形成や学業の領域までは部分化的にしか波及しないこと、さらには、階層要因より家庭の暖かさといった家庭的背景によって支援に乗りやすいかどうかに差があること(6章)が明らかにされる。そして、終章では、これまでの知見をもとに、「進路のパイプライン」を軸に学校の存立を維持することの困難さが、このような学校の存立構造と生徒文化との変容を結びつけている可能性が、理論的に考察される。

以上のように、本研究は、生徒文化研究と「学校から職業へのトランジション」研究とを架橋させつつ、生徒文化の変容を学校の存立構造の変化と対応づけて解明した点で高いオリジナリティを示している。その点で、今後の教育研究に重要な貢献をなすものと考えられる。以上により、博士(教育学)の学位論文として十分な水準に達しているものと認められる。

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