学位論文要旨



No 217210
著者(漢字) 清水,寿通
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,トシユキ
標題(和) キナーゼを標的にしたキノリン系抗腫瘍剤の研究
標題(洋)
報告番号 217210
報告番号 乙17210
学位授与日 2009.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17210号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

キナーゼと呼ばれる一群の酵素が生体内に存在し、生体機能の恒常性に決定的な役割を担っている。その過剰発現は発癌、免疫異常、組織線維化等多くの疾患の原因になることが知られている。

我々の研究室では、キノリン-ウレアと呼ばれる独自の基本骨格を有する化合物を中心にキナーゼ阻害剤の研究が行われており、複数のキナーゼに対して一定の成果を上げてきている。一方で、構造の多様性を広げることで異なる物理学的性質を有する化合物群の薬剤としての可能性を追うべく、ウレア骨格を有さない化合物についても取り組んできた。

本発表では、このような構造多様性を念頭に置きながら我々が取り組んできたキナーゼ阻害剤研究のうち、FGF-R2阻害剤およびTGF-β RI阻害剤に関する研究において有望な化合物を見出すまでの経緯を述べる。

第1部:FGF-R2チロシンキナーゼ阻害剤の創出

塩基性線維芽細胞増殖因子(basic Fibroblast Growth Factor、bFGF)は血管内皮細胞や線維芽細胞などに対し、細胞増殖能および遊走促進能を有し血管新生、創傷治癒などに関わっていることが知られている。また、特に胃癌においては、スキルス胃癌など分化度の低い癌を中心に、bFGFの受容体ファミリーに属するFGF-R2の過剰発現およびその予後の悪さとの相関が報告されている。従ってFGF-R2のシグナルを阻害する化合物は各種疾患の治療薬、特に低分化型胃癌における治療効果が期待できるが、阻害剤に関する報告は少ない。

社内のPDGF(platelet-derived growth factor)シグナル阻害に関する研究テーマ内において合成されたベンゾフェノン誘導体1(表1)の構造を一部変換した化合物2(表1)は非常に低濃度から用量依存的にFGF-R2シグナルを阻害することが分かった。化合物2の誘導体を種々合成することで、構造活性相関、構造代謝安定性相関を検討し、化合物最適化を行った。その結果、化合物2からin vitroの活性を著しく低下させることなく、代謝安定性に優れた化合物3を得ることに成功した。(図1)

化合物3は、細胞評価系においてPDGFRファミリー選択的なキナーゼ阻害活性を示した。また、化合物3はラット、及びヒト肝ミクロソームに対する安定性も優れており、また、注射用蒸留水、局方試験液第1液に対する溶解度も高く、薬物として優れた物理的特性を有していることが確認できた。

化合物3は、in vitro細胞増殖抑制作用評価系において、FGF-R2シグナルに依存した癌細胞の増殖を選択的に抑制した。

更に化合物3は、ヒト癌細胞を用いたin vivoマウスxenograftモデルにおいて、経口投与により、FGF-R2を発現する癌細胞のみならず、発現しない癌細胞においても用量依存的にその増殖を抑制することが判明した。(図2)我々は化合物3の有するVEGFR阻害活性により、血管新生が阻害されたためFGF-R2発現の低い癌細胞を用いた動物モデルでも抗腫瘍効果が見られたものと考察している。

以上、我々は化合物3がFGF-R2を標的にした、強力な経口抗腫瘍剤であることを見出した。また、同化合物の有するVEGFR2を初めとした他チロシンキナーゼ阻害による抗腫瘍効果についても期待できると同時に、これらチロシンキナーゼ複数種が高発現している腫瘍においては更に高い抗腫瘍効果が見込まれる。

第2章:TGF-β RIキナーゼ阻害剤の創出

TGF-β(Transforming Growth Factor-β)は、細胞の増殖分化、組織障害後の修復や再生を調節する生体にとって極めて重要なサイトカインである。そのシグナルの破綻は、様々な疾患の発症および進展に繋がることが知られている。その中で腫瘍への関与も多数報告があり、TGF-βを阻害することは、癌転移および癌細胞増殖の抑制に有効であると考えられる。

社内化合物のスクリーニングを行うことにより、TGF-βシグナルを阻害する化合物4を見出した。(図3)

本化合物の周辺誘導体を合成し、構造活性相関を検討することにより、より低分子量で高活性を示す化合物7を得ることに成功した。(表2)この化合物は、アセトフェノン4、5位にそれぞれメチル基を有することでTGF-β RIに特異的なポケットをうまく利用することができ、高活性化を実現すると同時に、同じキナーゼファミリーに属するSrcに対するキナーゼ選択性を出すことにも成功している。(表2)

また、化合物5を用いた評価試験、及び予備的なコンピューターモデリングの結果から、一連の化合物はATP拮抗型阻害剤であることが示唆された。

以上、我々はオルト位に4-キノリンオキシ基を有するベンゾフェノン及びアセトフェノン誘導体にTGF-β RIキナーゼ阻害活性があることを見出した。

本研究で見出された化合物は、これまでに報告されているTGF-β RIキナーゼ阻害剤と構造的に極めて異なり、本研究における構造活性相関は、TGF-β RIの蛋白構造やシグナル伝達の解明に有用な情報を提供したと考えている。

以上

表1 リード化合物の構造及び阻害活性

図1 化合物3の構造式及び阻害活性

図2 各種癌細胞に対する増殖抑制効果

表2 代表的化合物とキナーゼ阻害活性

図3 化合物4の構造式

審査要旨 要旨を表示する

キナーゼと呼ばれる一群の酵素が生体内に存在し、生体機能の恒常性に決定的な役割を担っている。その過剰発現は発癌、免疫異常、組織線維化等多くの疾患の原因になることが知られている。清水寿通は、FGR-R2阻害剤およびTGF-β RI阻害剤に関する研究で、以下に記す非常に興味深い成果を上げた。

I.FGF-R2チロシンキナーゼ阻害剤の創出

塩基性線維芽細胞増殖因子(basic Fibroblast Growth Factor、bFGF)は血管内皮細胞や線維芽細胞などに対し、細胞増殖能および遊走促進能を有し血管新生、創傷治癒などに関わっていることが知られている。また、特に胃癌においては、スキルス胃癌など分化度の低い癌を中心に、bFGFの受容体ファミリーに属するFGF-R2の過剰発現およびその予後の悪さとの相関が報告されている。従ってFGF-R2のシグナルを阻害する化合物は各種疾患の治療薬、特に低分化型胃癌における治療効果が期待できるが、阻害剤に関する報告は少ない。さまざまな医薬化学研究の結果、ベンゾフェノン誘導体1(表1)の構造を一部変換した化合物2(表1)は非常に低濃度から用量依存的にFGF-R2シグナルを阻害することを見出した。

本成果を基に、化合物2の誘導体を種々合成することで、構造活性相関、構造代謝安定性相関を検討し、化合物最適化を行い化合物2からin vitroの活性を著しく低下させることなく、代謝安定性に優れた化合物3を得ることに成功した。(図1)

化合物3は、細胞評価系においてPDGFRファミリー選択的なキナーゼ阻害活性を示した。また、化合物3はラット、及びヒト肝ミクロソームに対する安定性も優れており、また、注射用蒸留水、局方試験液第1液に対する溶解度も高く、薬物として優れた物理的特性を有していることが確認できた。

化合物3は、in vitro細胞増殖抑制作用評価系において、FGF-R2シグナルに依存した癌細胞の増殖を選択的に抑制した。

更に化合物3は、ヒト癌細胞を用いたin vivoマウスxenograftモデルにおいて、経口投与により、FGF-R2を発現する癌細胞のみならず、発現しない癌細胞においても用量依存的にその増殖を抑制することが判明した。(図2)清水寿通は化合物3の有するVEGFR阻害活性により、血管新生が阻害されたためFGF-R2発現の低い癌細胞を用いた動物モデルでも抗腫瘍効果が見られたものと考察している。

II.TGF-β RIキナーゼ阻害剤の創出

TGF-β (Transforming Growth Factor-β)は、細胞の増殖分化、組織障害後の修復や再生を調節する生体にとって極めて重要なサイトカインである。そのシグナルの破綻は、様々な疾患の発症および進展に繋がることが知られている。その中で腫瘍への関与も多数報告があり、TGF-βを阻害することは、癌転移および癌細胞増殖の抑制に有効であると考えられる。

清水寿通は、広範な医薬化学研究の結果、化合物4を見出し、本化合物の周辺誘導体を合成し、より低分子量で高活性を示す化合物7を得ることに成功した。(表2)この化合物は、アセトフェノン4、5位にそれぞれメチル基を有することでTGF-β RIに特異的なポケットをうまく利用することができ、高活性化を実現すると同時に、同じキナーゼファミリーに属するSrcに対するキナーゼ選択性を出すことにも成功している。(表2)本研究で見出された化合物は、これまでに報告されているTGF-β RIキナーゼ阻害剤と構造的に極めて異なり、本研究における構造活性相関は、TGFL-β RIの蛋白構造やシグナル伝達の解明に有用な情報を提供したと考える。

これらの研究成果は、新薬開発における重要な貢献であり、博士(薬学)論文に十分値する内容を有すると判断した。

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