学位論文要旨



No 217212
著者(漢字) 小山,真美
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,マミ
標題(和) フコース除去抗体のFcγRIIIへの結合とその医薬品としての意義の解析
標題(洋)
報告番号 217212
報告番号 乙17212
学位授与日 2009.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17212号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

序論

1990年代より癌治療医薬品として認可された抗癌抗体医薬品は既に9品目に達している。抗癌抗体医薬品では、これまで低分子医薬品では得られなかった、延命や病態悪化に至るまでの期間延長といった、明確な臨床効果が認められており、画期的な治療効果に注目が集まっている。抗癌抗体の薬効メカニズムには、中和活性、アポトーシス誘導活性、補体依存性細胞傷害活性、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC:antibody-dependent cellular cytotoxicity)等がある。近年、治療効果発現におけるADCC活性の重要性が、様々な臨床データより示唆されてきた。ADCC活性は、ナチュラルキラー(NK)細胞が、抗体を介して癌細胞と結合することにより、細胞障害性因子を癌細胞に向かって放出し、細胞膜に穴をあけ、死滅させる活性である。このADCC活性は、NK細胞に発現するFcγRIIIaに、可変領域を介して癌抗原に結合した抗体のFc領域が結合することによって引き起こされる。

我々は、抗体に付加するN-結合複合型糖鎖からフコースを除去した抗体(Fu(-)抗体)が、従来のフコース付加抗体(Fu(+)抗体)に比べ、高いFcγRIIIa結合活性を示し、約1000倍高いADCC活性を発揮することを見出した。既に、自社で開発したフコースが全く付加されていない糖鎖を有する抗癌抗体の臨床試験が行われており、現在Fu(-)抗体の高い薬効が確認され始めている。従って、Fu(-)抗体が生体内でどのような作用を発揮するのか、NK細胞以外の免疫細胞の機能にも影響を与えるのか調べることは、臨床効果を考える上で非常に有用である。そこで、まずFu(-)抗体が高い結合活性を示すFcγRIIIaに着目し研究を行った。また好中球はFcγRIIIaと高い相同性を示すFcγRIIIbを高発現しているため、Fu(-)抗体が好中球の抗腫瘍作用を亢進する可能性についても併せて検証した。

1.FcγRIIIaの糖鎖がFu(-)抗体との結合に及ぼす影響の解析

背景と目的

抗体Fc領域の糖鎖からのフコース除去により、ADCC活性が劇的に向上すること以外にも、抗体糖鎖が抗体分子の安定化やFc受容体や補体因子への結合に必要な因子であることが報告され、抗体糖鎖の生物学的機能が明らかとなっている。興味深いことにFc受容体であるFcγRIIIaも5本の糖鎖を有する糖蛋白質であるが、これまで糖鎖の機能は殆ど解析されていない。そこで、本研究では、FcγRIIIaの糖鎖がFu(-)抗体結合親和性に及ぼす影響を定量的に解析し、FcγRIIIaの糖鎖の生物学的機能を明らかにすることを目的に研究を行った。

本論

5ヶ所のN-結合複合型糖鎖付加部位(N38(アミノ酸配列で38番目のアスパラギン、以下同様に記載)、N45、N74、Nl62、N169)を有するFcγRIIIa細胞外ドメインリコンビナント体(野生型)と、糖鎖付加部位のアスパラギンをグルタミンに置換するよう変異を与えて糖鎖を欠損させたFcγRIIIa細胞外ドメインリコンビナント体4種(変異型)を作製し、各種リコンビナント体の抗体(リツキキサン)への結合活性をELISA及びBIAcoreにより解析した。

ELISAを行った結果、5本の糖鎖を有する野生型は、Fu(-)抗体に対してFu(+)抗体より高い結合活性を示したが、糖鎖をすべて欠損させるとFu(-)抗体に対する高い結合活性は消失した。一方、N162の糖鎖のみを付加させたリコンビナント体は、Fu(-)抗体との高い結合活性を示した。これらの結果より、FcγRIIIaの糖鎖はFu(-)抗体との高結合活性に必要であり、中でもNl62の糖鎖が必要であることが示唆された。一方、FcγRIIIaの糖鎖はFu(+)抗体への結合活性に大きな影響を及ぼさなかった。

リコンビナント体と抗体との結合活性をBIAcoreによる解離乗数、KD値を指標に定量した結果、N162の糖鎖はFu(-)抗体との親和性を約10倍上昇させる糖鎖であることを明らかにした。さらに、N45の糖鎖のみを欠損させたリコンビナント体では、Fu(-)抗体への親和性が、野生型に比べ約2倍上昇することを初めて見出した。よって、N45の糖鎖は、N162の糖鎖によるFcγRIIIaとFu(-)抗体との高い親和性を約2倍低下させる糖鎖であることを明らかにした。

本研究により、N162の糖鎖はFu(-)抗体との高い結合親和性に必要であるのに対し、N45の糖鎖はその高い結合を阻害することを発見し、FcγRIIIaに付加するN45とNl62の糖鎖がFu(-)抗体との結合に対してそれぞれ異なる作用を示すことを明らかにした。これらの結果は、Fu(-)抗体との高い結合親和性獲得メカニズムを解明する上で有用な知見となった。

2.Fu(-)抗体が好中球の機能に及ぼす影響の解析

背景と目的

好中球には、FcγRIIIaと97.8%の相同性を示すFcγRIIIbが高発現している。FcγRIIIbは、好中球の異物の食食殺菌作用に関与していることが報告されているが、好中球による癌細胞食食作用を引き起こすという報告はほとんど無い。好中球は、血中の白血球の約6割を占め、NK細胞の約10倍多く存在するので、Fu(-)抗体が好中球の機能を充進すれば、抗体による抗腫瘍作用に大きく貢献する可能性がある。そこで、まずFu(-)抗体が高いFcγRIIIb結合活性を示し、好中球による癌細胞の貪食活性を亢進する可能性に着目し、本研究を行った。

また好中球は抗原提示に関与するMHC class IIを発現しない細胞と考えられてきたが、近年サイトカイン刺激により、好中球上にMHC class IIが発現誘導されることが報告され、実際に抗原提示能を有することが明らかになってきた。従って、好中球が癌細胞を多く取り込めば、癌細胞特異的抗原をMHC class IIを介して提示して、獲得免疫を誘導できる可能性があり、この検証も併せて行った。

本論

初めにFcγRIIIbリコンビナント体を作製し、ELISAを用いて抗体(リツキサン)のFcγRIIIb結合活性を調べた。その結果、Fu(-)抗体はFu(+)抗体に比べ高いFcγRIIIb結合活性を示すことを初めて見出した。BIAcoreを用いてFcγRIIIb結合親和性を定量した結果、Fu(-)抗体はFu(+)抗体より約3倍高いFcγRIIIb結合親和性を示すことを見出した。

次に、より生体内に近い環境であるヒト末梢血を用いて好中球の食食活性を解析した。具体的には、膜標識試薬DiOC(18)で蛍光標識したCD20陽性標的癌細胞株Rajiと抗CD20抗体リツキサンとをヒト末梢血に添加し、フローサイトメトリーを用いて好中球画分を解析した。好中球の癌細胞貪食活性は、好中球が癌細胞を貪食すると癌細胞由来の蛍光DiOで陽性となることを利用して評価した。その結果、抗体添加により高い貪食活性が認められ、さらにFu(-)抗体は、Fu(+)抗体よりも高い貪食活性を発揮することを初めて発見した。

そこで、次に癌細胞を貪食した好中球上に抗原提示に関与するMHC class IIが発現誘導される可能性を検証した。具体的には、DiO標識癌細胞株Rajiとリツキサンとを末梢血に加え、好中球画分のMHC class IIの発現を調べた。その結果、興味深いことに、抗体添加により好中球上にMHC class IIの発現誘導が認められ、Fu(+)抗体に比べFu(-)抗体で処理した場合でより多くのMHC class II発現誘導好中球が認められた。

末梢血では抗体を介した様々な反応が引き起こされるため、精製好中球を用いて同様にMHC class II発現誘導を調べた結果、末梢血を用いた場合と同様に、Fu(-)抗体で処理した場合ではFu(+)抗体より高いMHC class II発現が認められた。このようにサイトカイン刺激をかけずに、抗体を介して癌細胞を貪食した好中球でMHC class IIの発現誘導が認められることを初めて発見した。

本研究により、Fu(-)抗体がFu(+)抗体に比べ高いFcγRIIIb結合活性を示すこと、好中球による貪食活性を亢進することを初めて発見した。また、初めて癌細胞を貪食した好中球でMHC class IIの発現が誘導されることを発見し、さらにFu(+)抗体よりFu(-)抗体で処理した場合に、MHC class II発現誘導好中球が多く認められることを明らかにした。

これらの結果より、Fu(-)抗体の臨床効果における新たな作用メカニズムの可能性が考えられた。すなわち、Fu(-)抗体は好中球による癌細胞、又はADCC活性によって生じた癌細胞断片の貪食活性を亢進する。多くの癌抗原を貪食した好中球ではMHC class IIの発現が誘導され、取り込んだ癌抗原を提示する。提示された癌抗原は、癌抗原特異的ヘルパーT細胞を活性化し、細胞障害性T細胞が活性化される可能性が考えられた。以上のことより、Fu(-)抗体は治療患者さんの体内で、効率のよい獲得免疫を誘導できる可能性が示唆された。

結論

本研究で大きく以下の2点を明らかにした。1点目は、FcγRIIIaに付加するN162の糖鎖はFu(-)抗体との高い結合親和性に必要であるのに対し、N45の糖鎖はその高い結合を阻害することを明らかにした。2点目は、Fu(-)抗体が好中球の貪食活性を亢進し、癌細胞を効率よく貪食した好中球上でMHC class IIが発現誘導されることを初めて発見した。本研究は、臨床治療に用いるFu(-)抗体の作用メカニズムを考える上で貴重な知見となると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

抗癌抗体医薬品は、低分子医薬品では得られなかった延命や病態悪化に至るまでの期間延長等の明確な臨床効果が認められており、画期的な治療薬として注目が集まっている。抗癌抗体の薬効メカニズムには、中和活性、アポトーシス誘導活性、補体依存性細胞傷害活性、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)等が考えられるが、近年、治療効果発現におけるADCC活性の重要性が様々な臨床データより示唆されてきた。ADCC活性は、ナチュラルキラー(NK)細胞が抗体を介して癌細胞と結合することにより細胞障害性因子を癌細胞に放出し、癌細胞の細胞膜に穴をあけ死滅させる活性である。このADCC活性は、NK細胞に発現するFcγRIIIaに可変領域を介して癌抗原に結合した抗体のFc領域が結合することによって引き起こされる。

小山は、これまでに、抗体に付加するN-結合複合型糖鎖からフコースを除去した抗体(Fu(-)抗体)が、従来のフコース付加抗体(Fu(+)抗体)に比べ高いFcγRIIIa結合活性を示し、約1000倍高いADCC活性を発揮することを見出していた。さらに、フコースが全く付加されていない糖鎖を有する抗癌抗体の臨床試験が行われ、Fu(-)抗体の高い薬効が確認され始めている。従って、Fu(-)抗体が生体内でどのような作用を発揮するのか、NK細胞以外の免疫細胞の機能にも影響を与えるのか調べることは、臨床効果を考える上で非常に有用である。そこで小山は、まずFu(-)抗体が高い結合活性を示すFcγRIIIaに着目し研究を行った。さらに、好中球がFcγRIIIaと高い相同性を示すFcγRIIIbを高発現している事に着目し、Fu(-)抗体が好中球の抗腫瘍作用を亢進する可能性についても解析を行った。

1.FcγRIIIaの糖鎖がFu(-)抗体との結合に及ぼす影響

Fc受容体であるFcγRIIIaも5本の糖鎖を有する糖蛋白質であるが、これまで糖鎖の機能は殆ど解析されていない。小山は、FcγRIIIaの糖鎖がFu(-)抗体結合親和性に及ぼす影響を定量的に解析し、FcγRIIIaの糖鎖の生物学的機能を明らかにした。

まず、5ヶ所のN-結合複合型糖鎖付加部位(N38(アミノ酸配列で38番目のアスパラギン、以下同様に記載)、N45、N74、N162、N169)を有するFcγRIIIa細胞外ドメインリコンビナント体(野生型)と、糖鎖付加部位のアスパラギンをグルタミンに置換するよう変異を与えて糖鎖を欠損させたFcγRIIIa細胞外ドメインリコンビナント体4種(変異型)を作製し、各種リコンビナント体の抗体(リツキキサン)への結合活性をELISA及びBIAcoreにより解析した。その結果、5本の糖鎖を有する野生型は、Fu(-)抗体に対してFu(+)抗体より高い結合活性を示したが、糖鎖をすべて欠損させるとFu(-)抗体に対する高い結合活性は消失した。一方、N162の糖鎖のみを付加させたリコンビナント体は、Fu(-)抗体との高い結合活性を示した。これらの結果より、小山は、FcγRIIIaの糖鎖はFu(-)抗体との高結合活性に必要であり、中でもN162の糖鎖が必要であることを明らかにした。さらに、リコンビナント体と抗体との結合活性をBIAcoreによる解離乗数、KD値を指標に定量し、N162の糖鎖はFu(-)抗体との親和性を約10倍上昇させる糖鎖であることを明らかにした。また、N45の糖鎖のみを欠損させたリコンビナント体では、Fu(-)抗体への親和性が、野生型に比べ約2倍上昇することを初めて見出した。よって、N45の糖鎖は、N162の糖鎖によるFcγRIIIaとFu(-)抗体との高い親和性を約2倍低下させる糖鎖であることを明らかにした。

以上の研究により、N162の糖鎖はFu(-)抗体との高い結合親和性に必要であるのに対し、N45の糖鎖はその高い結合を阻害することを発見し、FcγRIIIaに付加するN45とN162の糖鎖がFu(-)抗体との結合に対してそれぞれ異なる作用を示すことを明らかにした。これらの結果は、Fu(-)抗体との高い結合親和性獲得メカニズムを解明する上で有用な知見となった。

2.Fu(-)抗体が好中球の機能に及ぼす影響の解析

好中球には、FcγRIIIaと97.8%の相同性を示すFcγRIIIbが高発現している。FcγRIIIbは、好中球の異物の貪食殺菌作用に関与していることが報告されているが、好中球による癌細胞貪食作用を引き起こすという報告はほとんど無かった。好中球は、血中の白血球の約6割を占めNK細胞の約10倍多く存在するので、Fu(-)抗体が好中球の機能を亢進すれば、抗体による抗腫瘍作用に大きく貢献する可能性がある。そこで小山は、まずFu(-)抗体が高いFcγRIIIb結合活性を示し、好中球による癌細胞の貪食活性を亢進する可能性に着目した。また、好中球は抗原提示に関与するMHC class IIを発現しない細胞と考えられてきたが、近年サイトカイン刺激により、好中球上にMHC class IIが発現誘導されることが報告され、実際に抗原提示能を有することが明らかになってきた。従って、好中球が癌細胞を多く取り込めば、癌細胞特異的抗原をMHC class IIを介して提示して獲得免疫を誘導できる可能性があり、この検証も併せて行った。

初めにFcγRIIIbリコンビナント体を作製し、ELISAを用いて抗体(リツキサン)のFcγRIIIb結合活性を調べた。その結果、Fu(-)抗体はFu(+)抗体に比べ高いFcγRIIIb結合活性を示すことを初めて見出した。また、BIAcoreを用いてFcγRIIIb結合親和性を定量した結果、Fu(-)抗体はFu(+)抗体より約3倍高いFcγRIIIb結合親和性を示すことを明らかにした。

次に、より生体内に近い環境であるヒト末梢血を用いて好中球の貧食活性を解析した。その結果、抗体添加により高い貪食活性が認められ、さらにFu(-)抗体は、Fu(+)抗体よりも高い貧食活性を発揮することを初めて発見した。また、癌細胞を貪食した好中球上に抗原提示に関与するMHC class IIが発現誘導される可能性を検証した結果、興味深いことに、抗体添加により好中球上にMHC class IIの発現誘導が認められ、Fu(+)抗体に比べFu(-)抗体で処理した場合でより多くのMHC class II発現誘導好中球が認められた。末梢血では抗体を介した様々な反応が引き起こされるため、精製好中球を用いて同様にMHC class II発現誘導を調べた結果、末梢血を用いた場合と同様に、Fu(-)抗体で処理した場合ではFu(+)抗体より高いMHC class II発現が認められた。このように小山は、サイトカイン刺激無しで抗体を介して癌細胞を貪食した好中球でMHC class IIの発現誘導が認められることを初めて発見した。

このように、Fu(-)抗体がFu(+)抗体に比べ高いFcγRIIIb結合活性を示すこと、好中球による貪食活性を亢進することを初めて発見した。また、初めて癌細胞を貪食した好中球でMHC class IIの発現が誘導されることを発見し、さらにFu(+)抗体よりFu(-)抗体で処理した場合に、MHC class II発現誘導好中球が多く認められることを明らかにした。

以上のように、小山は本研究で大きく以下の2点を明らかにした。1点目は、FcγRIIIaに付加するN162の糖鎖はFu(-)抗体との高い結合親和性に必要であるのに対し、N45の糖鎖はその高い結合を阻害することを明らかにした。2点目は、Fu(-)抗体が好中球の貪食活性を亢進し、癌細胞を効率よく貪食した好中球上でMHC class IIが発現誘導されることを初めて発見した。本研究は、臨床治療に用いるFu(-)抗体の作用メカニズムを考える上で貴重な知見となると期待され、博士(薬学)に充分値するものと判断した。

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