学位論文要旨



No 217217
著者(漢字) 山内,徹
著者(英字)
著者(カナ) ヤマウチ,トオル
標題(和) 擬一次元バナジウム酸化物の高圧下物性の研究 : β-バナジウムブロンズに於ける電荷秩序, 超伝導, 及びその関連現象
標題(洋) High Pressure Study on Quasi-One-Dimensional Vanadium Oxides : Charge Order, Superconductivity and Related Phenomena in β-Vanadium Bronzes
報告番号 217217
報告番号 乙17217
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17217号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 教授 青木,秀夫
 東京大学 准教授 加藤,岳生
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 教授 金道,浩一
内容要旨 要旨を表示する

現代物性物理学の大きな分野の一つは,言うまでもなく電子同士が互いに相互作用をしている「強相関電子系」の研究である.この分野が脚光を浴びたのは,1986年にBednorzとMifllerによって発見された,いわゆる高温超伝導銅酸化物以降である.しかしながら,電子相関の重要性が指摘されたのは比較的古く,1937年にdeBoreとVerwayによって,バンド理論上では金属になるはずのNiOが,実際には反強磁性絶縁体である事が指摘されたのがその端緒と考えられている.以来3/4世紀を経た現在でも数多くの「強相関電子系」の研究が行われている事は,強相関系がもつ物理の奥深さを端的に表している.今日のこの分野の隆盛は,高温超伝導体銅酸化物以外にも,巨大磁気抵抗を示すマンガン酸化物や,金属絶縁体転移をおこす遷移金属酸化物等々,魅力ある物性を示す新物質が次々に発見されているからでもある.本研究では,遷移金属酸化物であるバナジウム酸化物で,常圧の基底状態である電荷秩序型絶縁体相が圧力によって抑制され,基底状態が超伝導状態になることを報告する.これは,電荷秩序相と超伝導相が圧力によって転移する現象の初めての観測であると同時に,遷移金属酸化物で初めての「秩序相抑制」によって誘起された超伝導相の発見でもあるし,強相関電子系として最も古い歴史をもつ物質系の一つであるバナジウム酸化物で,初めて観測された超伝導でもあった1.

本研究で主題とする物質は,β(β')-バナジウムブロンズと呼ばれる,結晶構造が互いに良く似た一連の物質群で,一般式β(β')-AXV2O5(A=Li,Na,Ag,Ca,Sr,Pb,Cu(β'),x=0.15~0.35(β)0.29~0.65(β'))で表す事ができる.その結晶構造を図1に示す.各バナジウムサイトがb軸方向ヘー次元的に連鎖しているので,この系は擬一次元伝導体である.この物質では,ゲストカチオンAがV2O5ホスト骨格に電子を供給するドナーとなりバナジウムイオンは4価5価の混合原子価状態をとる.この物質の最たる特徴は,この平均価数が化学量論的な場合にのみ電荷秩序型の金属絶縁体転移を示し,Aカチオン組成xが定比組成1/3から僅か10%ずれただけで,金属的挙動もろとも金属絶縁体転移が消失する事である.この系の,電荷と格子の間の整合に極めて敏感な性質は,後に述べる圧力下の電荷秩序相が示す「悪魔の階段的」相転移や,僅かな不定比性による超伝導相の消失といった,興味深い現象を理解するためのヒントになり得る.

本研究では,常圧下で電荷秩序を示す物質群の圧力下での振舞いを,10GPa程度まで電気的磁気的あるいは結晶構造的に調べた.まずは電荷秩序相と超伝導相が圧力下で競合する定比のβ-Ao,33v205(A=Li,Na,Ag)の結果を,圧力温度(P-T)相図にして図2に示す.図中緑色の領域が電荷秩序相で,淡黄色が常伝導金属相,そして赤色が超伝導相を表している.注目すべきは,常圧から圧力の印加と伴に電荷秩序転移温度が単調に減少してゆき,その転移温度が15~20K付近まで下がった時に超伝導相が現れる事である.電荷秩序相と超伝導相の境界領域の圧力では,両相は共存する、この共存が有る事によって,電荷秩序相から超伝導相へは1次相転移であることが期待できる.しかし,この超伝導相は僅かなAカチオンの不定比性2に極めて敏感なことから,試料作成上不可避な極めて僅かな不定比性による超伝導相と電荷秩序相の共存の可能性もある3.

共存領域よりも高圧側で電荷秩序相が完全に共存領域よりも高圧側で電荷秩序相が完全に消失し,超伝導相と常伝導金属相が直接接するようになると,交流帯磁率測定によってもこの超伝導が観測できるようになる4.電荷秩序相との共存領域では,超伝導体積分率はかなり小さいので,高圧下交流帯磁率測定では超伝導相は観測されず,電荷秩序相が完全に抑制された圧力領域で,始めてそれはbulkyな超伝導になるものと推測される.A=Liでは若干振舞いが違う.電荷秩序相と超伝導相が共存する所まではA=Na,Agと同じであるが,電荷秩序が完全に抑制されて,基底状態がbulkyな超伝導に成長する手前で,突然,全温度領域で電気抵抗の振舞いが変化し,超伝導相も消失する.これは超伝導相が出現して成長しかかる圧力で,非超伝導的な新しい別の相が出現する為と考えられる.この新しい相を図2では濃黄色で表している(NP相).これと似た様な現象はA・=Naでも観測されていて,超伝導がbulkyになった後,更に圧力を印可してゆくと,圧力に対して可逆的に非超伝導相が共存し始める.A=NaとA,=Liの違いは,このNP相と電荷秩序相が,P-T相図上で接近しているか離れているかの違いと思われる.A=Naに関しては,NP相出現圧力付近でのラマン散乱測定がドイツのグループによって行われており,新しいラマンモードが圧力の印加と伴に観測され,電荷の再分配が議論されている5.本論文中では更に,特異な電荷秩序温度の圧力依存性から,系の低次元性に由来すると考えられる電荷のゆらぎや,超伝導相近傍で観測されたフェルミ流体的振舞いから,超伝導転移温度が電子相関にスケールしている可能性を議論している。

更には,β'-A0.67V2Os(A=Cu,Li)でも圧力誘起超伝導相を観測した,この物質はβ-A0.33V205とほぼ同じV2O5骨格をもち,かつ電荷密度はβ-A0.33V2O5(A=Ca,Sr,Pb)と同じである.一方,これらA2+の化学量論的物質は超伝導を示さない.つまり,V205骨格上の平均電荷密度は超伝導の有無を支配していない,特徴的なのは,A=Srでは回折実験等から求めた電荷秩序温度より高温でも,あるいはもともと電荷秩序相が無いA=Pbでも,系は低温で比較的強い(Variable Range Hopping:VRH的な)局在性を示す6.この非金属的な性質が超伝導の出現を妨げている可能性が有があるが,A・=Caは電荷秩序相の消失圧力下で充分に金属的になっているので,この説明だけではA2+全体の超伝導の不在を説明できない.

ここから少し話題を変え,最後にもう一度超伝導相の有無について議論する.電荷秩序相が無いA=Pbを除くA・CaとSr7で,圧力下電気磁気測定によって電荷秩序相の中に相変化に伴うと考えられる異常を発見した.詳細にこの異常を調べる為に,結晶格子に対する電荷変調の周期を様々な圧力温度で観測した結果を図3に示す.常圧では,β-A0.33V2O5の電荷秩序相は,1次元トンネル方向であるb軸方向に3倍の長周期構造(CO1と表記)持つのであるが,Srの場合,それがわずか0.5GPaの圧力印加によってb軸方向に5倍の長周期構造(CO2)に変化する事が明らかになった.同じ事はA=Caについても観測している.一方電荷無秩序相には,図中CDO1とCDO2と表記したの2つの相があることが判明した.以上A=Srでは2GPaまでの範囲で主に4つの相があり,夫々の相の空間群は,CDO1とCDO2相はP21/a(b)とP21(b),CO1とCO2相はP21/α(3b)とP21/α(5b)であることが分かった.この主たる4つの相は約0.9GPa,90K付近の一点で交わる様に見えるのであるが,この極めて狭い圧力温度領域に,さらに長周期構造をもつ相が発見された(図3上側inset)。この図から極めて狭隘な圧力温度範囲に,k=1/7,1/11,と表される結晶格子に整合した長周期の電荷変調を伴う相と,指数付け出来ない,より長周期の相が隣接していることが分かる(図3下側inset).これらの相の空間群もそれぞれの禁制反射からP21/α(7b)とP21/α(11b)であることが分かった.さらには,示したprofileでk=0=1/∞の所に反射が現れる相,つまりは周期を無限大にまで大きくした構造,つまりはb軸方向に再び変調構造が無くなりα軸方向の並進対称性が異なった構造が,2つめの電荷無秩序構造であるCDO2相である.

驚くべき事に,これらの4種類の電荷秩序相は,電荷無秩序相CDO1相のb軸を基本にして,3,5,7,11倍の奇数或は素数倍の長周期構造を持っている8,本論文中では,この奇数あるいは素数選択的な電荷秩序現象を,図4に示したDoublet等による,β-A0.33V2O5の電子モデル9を舞台にした,「電荷移動」,「電荷量と格子の整合による長周期構造の成立」,「電荷変調と対称性の結合10」と言うメカニズムで説明して行く.Doubletモデルは2つの結晶学的に異なる梯子(V1-V3,V2-V2梯子)が,比較的弱く結合した系としてこの物質を記述している.この結合した2種類の一次元的subsystem間で電荷分布が温度圧力で変化し,その密度が共通の分母を持った簡単な有理数になった時,その分母に対応する様々な変調の4kf-CDWが発生,その周期がLandauの2次相転移のルールによって律速されると考えれば,この現象は説明可能なのである.

ここでもう一度,β-バナジウムブロンズ系に於ける超伝導相の有無の問題に立ち返る,この問題に対して2つのシナリオを提案する.ひとつは,電荷秩序相とNP相との関係が,超伝導相を支配しているというシナリオである.P-T相図上でこの2つの相がちょうど門のようになっていて,この門が開いて(ふたつの相が離れて)いる時(A=Na,Ag)に超伝導相が現れ,閉じ(両相が接触)ている時(A=Sr)には現れない.これは物理的な意味のある説明ではなく,単に相図がそうなっているから超伝導は現れないと言っているに過ぎないが,ひとつの説明ではあろう.

もうひとつのシナリオを,図5に示した強相関電子系の基底状態を模式的に表した図を用いて議論する11.この図は電子相関の強さを示す量を縦軸に,サイト当たりの電荷の量を横軸にとる.圧力をかけると一般的には相関は小さくなるので,この図で系は下側に動く事に相当し,化学置換で電荷を導入すれば横に動く事に相当する.サイトに電荷がない場合,系はバンド絶縁体になり(パネル(a)左端濃緑色部),サイトあたり電荷が1つで,相関がある臨界値よりも大きければモット絶縁体(小さければ金属)になる(右端濃緑色部).更に電荷の量が簡単な有理数で表される場合,電荷秩序に相当する構造が現れる.この電荷秩序を表す濃緑色の棒の先端に,本研究で発見された超伝導相がある.一方,モット絶縁体の横脇には,銅酸化物のキャリアドーピングで発現する高温超伝導相が位置し,有機伝導体ではモット絶縁体を圧力で潰して,つまりモット絶縁体の先端に超伝導相が現れる.以上の様にβ-バナジウムブロンズ系と他の強相関電子系の超伝導の関係を,この図で一目で見る事が出来る.

この図を,β-バナジウムブロンズ系の説明用に書き換えたものがパネル(b)である.横軸はA+とA2+イオン両方の場合を同時に表示する為に,下側軸と上側軸で値が2倍異なっていて,A+は下側軸にA2+は上側軸にスケールしている.A+の場合,圧力下での秩序構造はb軸方向3倍の長周期のみが観測されているので12,圧力印加により系は平均電荷密度の所を真っすぐに下におりてくる(中央淡青色矢印).一方A2+の場合,常圧ではA+と同じ3倍の長周期構造をもつ電荷秩序相(濃緑色部CO1)に系は位置し,加圧と伴に図中央のCO1から,2種類のsubsystemが異なる電荷密度になって,隣の5倍の電荷秩序相(CO2)に飛び移ると考えれば良い.これをこの図で表現すると,系が図中の左右に分裂した矢印の経路をたどることになる.この加圧による経路の違いが超伝導の有無に影響していると考えれば13,先に述べたA=Caでの超伝導相の不在にも一応の説明は可能である.

1 圧力という熱力学パラメータを制御しようとする場合,静水圧性の壁は常につきまとう,勿論,非静水圧性に魁して比較的強い酸化物試料もあるが,一般的に言って酸化物の場合脆い試料が多く,非常に良い瀞水圧性を確保しなければならない.これが酸化物の圧力下物性測定が他の物質系に比ぺて,やや盛んでなかった理由であろう.本研究の実験技術的breakthroughはこの静水圧性の改善技術と,純良な単結晶試料の作成技術であった.2 3%の不定比で超伝導相が完全に消失し電荷秩序は10%程度の不定比まで生き残る.3 圧力実験でしばしば問題になる圧力分布は,超伝導転移温度の圧力依存性と転移幅(電気抵抗曲線のonsetとo価setの温度差)から最大0.1GPaと見積もられるが,この圧力分布では0.5GPa程度の範囲に広がっている共存領域を説明できない.4 10GPa程度の圧力下での帯磁率測定は,最大でも数十turnの誘導的に結含した二つの小さなコイルを圧力発生部に試料と共に封じ込めるので,磁気測定としては巨大な信号を得られる超伝導体の試料でも,s/n比がせいぜい100程度である.従って,僅かでも信号が見えれば超伝導の体積分率は1%程度はある計算になる.5 C.A.Kuntscher et,al.,Phys.Rev.B,71(2005)220502R.6 このVRH的振舞いから,1次元から2次元伝導への変移を観測したが,ここではその説明は割愛する.7 常圧で電荷秩序転移温度(~160K)よりも低温(~50K)で,スピンギャップ的に振る舞うので,比較的小さな帯磁率しか示さない.一方,圧力に対する電荷秩序温度の変化はA=Li,Na,Agに比べて急激である,そこで高精度の帯磁率測定や電気抵抗測定を,約2GPaまでの比較的低圧の範囲で詳細に行った.8 ここでは9倍の相が見えていないので素数倍と言っているが,実験的には更に詳細な温度圧力scanで9倍の不在を確認しなければならない.ただ,はっきり見えている4つの電荷秩序相の長周期構造が,奇数倍のみ選択的に現れているとは言って良いと思われる.9 M.-L.Doublet and M.-B.Lepetit,Phys.Rev.B,71,075119(2005)10 Landauの相転移理論を基礎に考えると至って当たり前の話であるが,こう書くといかにも新しく感じる.11 http=//www.solis.t.u-tokyo.ac.jp/index2.html12 K.Ohowada.el.,private communication13 A+とA2+イオンの間の違いは,図4に示したsubsystemV1V3とV2V2梯子の間の電荷移動の圧力依存性が異なると考えればよいであろう,加圧によってA+とA2+が,例えばV3サイトに近づくとすると,当然VIV3梯子に電荷は集まる傾向になるであろうが,Aカチオンが1価と2価で異なる場合,同じだけ近づいた時のバナジウムサイトで感じる静電ポテンシャルの変化は違うと予想できる.

図1:β(β')一バナジウムブロンズの結晶構造,青いVO6八面体とVO5ピラミッドで表現されているのがV205骨格である.結晶学的に異なる3つのバナジウムサイト(図中,V1,V2,V3)が,b軸方向に直線的なトンネルを形成している(a).Aカチオンは図中赤い丸で表現されている.β-とβ'-構造はAカチオンの配列の違いに由来し,V205骨格は共通である(b).化学量論的Aカチオン濃度は,β-構造とβ'構造で2倍異なり,化学量論的組成式はβ-A,/3V2O5とβ'-A2/3V205である.

図2:定比β-バナジウムブロンズβ-A0.33V2O5(A=Li,Na,Ag)の圧力温度(P-T)相図.電荷秩序温度は電気伝導から,超伝導転移温度は電気伝導と交流帯磁率から求めた.(a)観測した全圧力温度範囲をカバーする相図と(b)超伝導相近傍のみの拡大図.

図3:β-Sr0.33V2O5のの圧力温度(P-T)相図.相図上に放射光実験で求めた電荷秩序相の周期を表すmarkerも重ね合わせて示した.「悪魔の階段状」転移の起る位置と,そのP-T相図上での狭隘さがよくわかる.

図4:Doublet等によるβ-A0.33V2O5の電子モデル.

図5:強相関電子系に占める本研究の位置

審査要旨 要旨を表示する

山内徹氏提出の本論文には、β-(又はβ'-)バナジウム・ブロンズと呼ばれる、AXV2O5(A=Li,Na,Ag,Ca,Sr,Pb,Cu、β一型に対してx~0.33、β'一型に対してx~0.66)という組成式で表される一連の混合原子価バナジウム酸化物について、純良単結晶試料を作成し、11ギガパスカルまでの超高圧力下における電気的・磁気的性質を詳細に測定した結果が報告されている。特に、Aカチオンが1価の陽イオンとなるLi,Na,Agの場合、高圧力下において超伝導が現れることを見出した。これはバナジウム酸化物として初めての超伝導の発見であるばかりでなく、混合原子価状態において電子の電荷が規則的な周期構造を作り絶縁体化した電荷秩序相が、圧力によって消失するときに超伝導が現れるという現象、即ち電荷秩序相と競合する超伝導状態という新しい物理現象の最初の観測例という大きな意義を持っている。更にAが2価の陽イオンとなるCa,Srの場合、圧力の変化によって異なる構造を持つ複数の電荷秩序相を発見した。特にSr0.33V205において0。9GPa付近の極めて狭い圧力範囲において、基本格子の奇数(又は素数)倍の周期を持つ構造が次々と現れる「悪魔の花」と呼ばれる逐次相転移を見出した。これらの成果は、強く相互作用する電子系、いわゆる強相関電子系の分野全体に対して大きなインパクトを与えたものと言える。

本論文は英文で8章より成る。第1章はイントロダクションであり、電子系の運動エネルギーと相互作用エネルギーが競合する状況下で、モット絶縁体、電荷秩序状態、超伝導状態など様々な量子基底状態が拮抗する強相関電子系の一般的枠組みの中に、バナジウム酸化物の研究の意義を位置付けている。第2章で圧力印加によりバナジウム酸化物の電荷秩序状態を不安定化し、新しい相の検出を目指す本研究の動機を述べたあと、第3章でこれまで知られているバナジウム。ブロンズ化合物の常圧下での性質、1次元的な結晶構造、電気伝導及び磁気的性質、電荷秩序相転移及び低温相構造、などをまとめている。第4章は本研究で行った実験の方法(粉末試料合成法及び単結晶育成法、高圧発生技術と電気抵抗率・磁化率の測定法)を記述している。

続く2章が本論文の主要な部分である。第5章では1価のAカチオンに対して現れる超伝導相に焦点をあてている。圧力印加に伴って、電荷秩序の相転移温度が減少し超伝導が出現すること、更に圧力を増すと、別の新しい相が現れて超伝導が消失することを述べている。この超伝導相は組成に非常に敏感で、Aカチオン濃度が3%変化しただけで、超伝導が消失する。更に電荷秩序が消失する領域における電気抵抗率の測定結果に基づいて、量子臨界点近傍の詳細な相図を提案しこの一連の物質に共通する臨界現象の特徴を議論している。

第6章では、超伝導を示さない2価のAカチオンに対して観測された複数の電荷秩序相に焦点を当てている。特にSr化合物では0.9GPaの圧力において、温度変化に伴い結晶の基本周期の3,5,7,11倍という奇数または素数倍の周期構造が次々と現れ、フラストレートした磁性体で観測されているいわゆる「悪魔の花」と呼ばれる相図と類似の逐次相転移が観測された。更に高圧の領域では、電気伝導度が擬1次元的な振る舞いから擬2次元的な振る舞いに変化し、何らかの不規則性による局在効果が観測された。

第7章では前2章のまとめとして1価と2価のAカチオンに対して得られた相図を統一的に理解することを試みている。最後の第8章では結論と今後の展望及び残された問題を議論している。

以上のように本研究において山内徹氏は、β-及びβ'-バナジウム・ブロンズ化合物に対し高圧力下の物性を詳細に測定し、バナジウム酸化物としての初めての超伝導状態や逐次構造相転移などの興味ある現象を発見し、電荷秩序相の不安定化に伴う量子現象という新しい問題を提起した。本研究の物性物理、特に強相関電子系の分野における意義は大変大きく、博士(理学)の学位論文に充分相応しい成果であるという点で、審査委員全員の意見が一致した。なお本研究は上田寛、磯部正彦、植田浩明、山浦淳一諸氏との共同研究を含むが、上に述べた成果の主要部分については論文提出者が主体となって研究を進めており、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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