学位論文要旨



No 217218
著者(漢字) 杉本,正宏
著者(英字)
著者(カナ) スギモト,マサヒロ
標題(和) アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計のための光学デザインと解析および評価に関する研究
標題(洋) Optics Design, Analysis, and Evaluation for Atacama Large Millimeter/submillimeter Array (ALMA)
報告番号 217218
報告番号 乙17218
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17218号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,昌人
 大阪府立大学 教授 真鍋,武嗣
 東京大学 教授 土居,守
 東京大学 教授 藤本,眞克
 東京大学 教授 桜井,隆
内容要旨 要旨を表示する

この論文は、電波望遠鏡システムの根幹となる光学系の設計とその評価について述べたものである。この研究は、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter submillimeter Array: ALMA) の光学系開発の一環として行なわれた。ALMA は日本、北米、欧州およびチリ共和国の国際協力のもとで建設が進められている地上最大の干渉計型電波望遠鏡である。ALMA は50 台の口径12-m アンテナから構成される12-m アレイの他、4 台の口径12-m アンテナおよび12 台の口径7-m アンテナから構成されるアタカマコンパクトアレイ(Atacama Compact Array: ACA) を有する。アタカマ高地における観測可能な大気窓をカバーするために、ALMA の観測周波数(31.3-950 GHz) は10 バンドに分割定義され、これに対応する10 種類の超高感度受信機が各アンテナへ搭載される。ALMA のような究極の望遠鏡において、光学系のわずかな損失はシステム全体の性能に大きな影響を及ぼす。光学系での常温における1 %の損失は、およそアンテナ1 台分の集光力を失うことに相当し、バンド1(31-45 GHz) 受信機雑音温度の20 %に相当する3 Kの雑音上昇を引き起こすことと等価だからである。ALMA はかつてない高感度を目指すと共に、既存の干渉計を上回る強度較正精度とイメージング精度を追求する。これまでの光学設計は能率を最大化することが重視されてきたが、ALMA のような高精度システム実現には、(1) 光学系の雑音寄与も考慮した光学設計と解析、(2) 光学システム内の定在波低減、(3) 高精度のアンテナ放射パターン評価など、光学システム全体としての最適化が求められる。この論文は、特にACA の光学設計とその評価を通してこれらを実現、ALMA の観測性能を最大限高めることを可能とした。

第1 章での導入に続き、まず第2 章では、ACA 7-m アンテナ光学設計に必要不可欠であった定在波低減のための副鏡中心部形状の設計、および受信機光学系設計を述べる。

電波分光観測を行なう場合、観測された分光データのベースラインに"リップル"と呼ばれる正弦波状の周期変動を伴うことがよく見受けられ、これが微弱なスペクトルの検出を制限したり、強度較正精度を悪化させる要因となる。これは光学系内に定在波が存在するとによって引き起こされる。特にカセグレンアンテナにおいては副鏡-給電部間に定在波が起こりやすく、またその周期(ACA 7-m アンテナでは約40 MHz) は多くの分光観測の場合に悪影響を及ぼす。この定在波を低減させるためには、副鏡で反射し給電部へ戻ってくる電力を減少させることが効果的である。これを実現する副鏡中心部の設計手法は複数存在するが、(1) 雑音上昇が起らない、(2) 広帯域にわたって給電部へ戻る反射電力を減少させることができる、といった利点から副鏡中心部を双曲面とは異なった円錐形状とする設計手法を採用した。円錐形状部のサイズを大きくすればするほど、カセグレン焦点面の広い領域において給電部へ戻る反射電力を少なくすることができるが、一方で不用意にサイズを大きくすると、特に高周波数帯のバンドにおいて、利得の損失を招いてしまう。ACA では、(1) ビームサイズより広がった天体の観測および、(2) 高周波数帯での観測が重要となる。これらACAの用途を踏まえた上で、ALMAで観測が行なわれる最高周波数(950 GHz) においても感度低下を引き起こさず、かつALMA のほぼ全周波数帯域(>84 GHz) において定在波を十分に低減させる設計に成功した。

受信機光学系設計では、12-m アンテナ用に設計された受信機光学系とACA 7-m アンテナとの不整合を解消するための準光学導波路を提案する。10 台のカートリッジ型受信機はアンテナのカセグレン焦点に設置される1 台のクライオスタットに収納される。カートリッジはクライオスタットの中心を取り囲むように配置されるため、各カートリッジはアンテナ光軸からオフセットしている。このため各カートリッジ光学系は、照度分布を対称にさせるために副鏡中心に向くようわずかな見込み角度を持っている。12-m アンテナと7-m アンテナとでは副鏡-カセグレン焦点間距離が異なるため、12-m アンテナ用に設計されたALMA 受信機をそのまま7-m アンテナへ搭載すると、照度分布の非対称性による感度損失が発生してしまう。各カートリッジ光学系の見込み角度を変更するメカニズムの必要性は以前から指摘されていたが、詳細な検討はこれまで全く行なわれていなかった。導波路設計に際しては、導波路に付随する感度損失を最小限にするように注意を払うと共に、ALMA で想定される受信機システムの操作/保守への影響がないように、光学調整などを行なわずに光学導波路を容易に設置できる設計を行なった。設計された導波路は平面鏡もしくはプリズムから構成され、すべてのカートリッジ光学系の見込み角度を切り替えることができ、照度分布非対称性による感度損失のおよそ半分以上を解消できる。またバンド4, 6, 8 の周波数帯域において放射パターン測定を行ない、導波路によって放射パターンの方向が7-m アンテナ副鏡位置へ切り替わることを確認した。

第3 章では木星および月を用いたACA 12-m アンテナの放射パターン測定結果と光学系の電磁界解析から予想されるアンテナ放射パターンの比較検証結果について述べる。アンテナの放射パターン形状を把握しておくことは、単一鏡と干渉計のデータ結合や干渉計のモザイキング観測を行なう際にイメージング精度を保証・向上させるために非常に重要となる。従来の大型ミリ波サブミリ波電波望遠鏡システムの立ち上げにおけるアンテナ放射パターンの形状測定は、天体の輝度分布をガウス分布でフィッティングを行ない半値幅を導出するにとどまるなど、十分な検証が行なわれていないケースが多々あった。アンテナ放射パターン測定に先立ち、あらかじめ実験室において測定された受信機光学系の放射パターンおよびアンテナ主鏡面の鏡面誤差を考慮し、期待されるアンテナ放射パターンを導出した。観測天体はアンテナビームパターンとほぼ同サイズかもしくはそれよりも大きいため、計算された放射パターンはさらに天体の輝度分布モデルと畳み込み計算を行なうことにより、実際の観測データと比較するためのモデルとした。観測された天体プロファイルはモデルと-20 dB レベルまで一致したことから、アンテナが光学設計通りの放射パターンを実現できていることが示された。本結果は、現在検討段階にあるALMA のイメージング処理手法の確立へ向けて大きな貢献となることが期待される。アンテナ放射パターン評価の後、試験的な天体観測を実施し、CS (J = 3-2, 146.969026 GHz) のライン検出や月食中の月の強度変化検出、太陽観測に成功したので、これらについても言及する。

第4 章では、ALMA の光学設計を感度の観点から再検討する。各光学部品の設計に基づき、最終的に得られる電波望遠鏡の能率とシステム雑音を統一的に評価する解析手段を提案するとともに、実際にALMA バンド4 (125-163 GHz) と8 (385-500 GHz) の光学性能を評価する。本章で提案する手法は、マルチモードガウス光学によるビーム伝送解析および、各光学素子に付随する光学損失解析からなる。それぞれの解析から求められた光学損出とその雑音寄与は給電部から順に合算され、光学系全体の効率と雑音性能を導出する。マルチモードガウス光学解析は、(1) 給電部における電界を高次モード展開することで基本ガウス光学解析よりも精度よく電界の伝搬を解析できる、(2) 回折の影響を扱える、(3) 物理光学計算よりも計算時間が少なくモデル変更も容易なため光学設計の最適化に適している、という利点を持つ。一方で近軸近似を超える光学部品、特にF/D 比の小さいカセグレンアンテナの計算には適用できないという欠点を持つ。このため従来のアンテナ解析においては等価パラボラとして伝搬解析が行なわれていた。しかしながらこの方法では副鏡における回折の影響を評価することができない。そこでマルチモードガウス光学で解析ができない領域にだけ物理光学計算(スカラー近似) を適応した。本解析はALMA バンド4, 8 光学系において期待される能率およびシステム雑音を見積もると共に、さらにALMA バンド1 の光学設計を検証する。これまで既存の大型ミリ波サブミリ波地上望遠鏡の光学設計においては、能率を最大化する光学設計がほとんどであった。ALMA のような非常に大気条件の良いサイトにおいて、低雑音受信機(特にバンド1) を用いた観測を行なう場合には、感度の最適化条件と能率最大化の条件が一致しないことを本解析は確認した。本解析は今後詳細な光学設計が進むバンド1 受信機開発への警鐘となるだけでなく、ALMA以降の大型地上望遠鏡の光学システム設計に応用が期待できる。

このように、最終的に得られる観測データの精度や観測システム全体の見地から光学系システムを捉えることにより、ALMA 光学系システムを向上・成立させる解析手法の提案・評価・設計開発に成功した。

図1: (a) 設計された円錐形状による副鏡からの反射波分布(カセグレン焦点面、84 GHz).(b) 設計された準光学導波路(バンド7-10). (c) ACA 12-m アンテナ放射パターン測定結果とシミュレーションの比較。(d) バンド1 における能率と感度の最適化の関係。

審査要旨 要旨を表示する

電波天文学ではチリ北部アタカマ砂漠で2012年から観測を開始するALMA(アタカマミリ波サブミリ波干渉計)により観測的研究が飛躍的に進歩すると期待されている。AI.MAは直径12mのパラボラアンテナ50台で構成される12mアレイと直径7mのアンテナ12台と直径12mのアンテナ4台で構成されるアタカマコンパクトアレイ(ACA)よりなる巨大システムである。本論文はこのALMA、特にACAを対象とした電波望遠鏡アンテナの設計法と評価法についての研究である。本論文は5つの章よりなる。

第1章ではこのALMAの望遠鏡システムの説明の後、アンテナの設計法と評価法についての現状をレビューし、ALMAのアンテナの開発において解決すべき問題を列挙している。

第2章は7mアンテナの光学設計についての章である。本研究の光学設計では以下の2点の特長がある。第一にはカセグレン副鏡と受信機フィード間の定在波による受信帯域内の周波数特性の悪化、特に平坦性の悪化の解決である。定在波を抑制するために、副鏡の中心部の反射鏡の形状を工夫して副鏡の反射波がフィードホーンに戻らないようにする設計法があり、12mアンテナでもコーン状反射鏡を取り付ける方法が採用されている。本研究ではこの方法を改良し中心部の反射鏡の形状を、自由度を増やした曲面とした。曲面形状の最適化では、光線追跡法で反射波が主鏡をどう照らすかを調整して、反射波が受信帯域全体にわたり確実に空に逃げて、雑音上昇が避けられる設計を成功させた。さらに物理光学的手法で設計を確認した。第二は12mアンテナと7mアンテナでの受信機の共通化である。12mアンテナ用受信機が7mアンテナでも使用できることは、望遠鏡サイトでのメンテナンス性を向上させ結果的に観測効率を高めることにつながる。しかし、12mアンテナと7mアンテナでは焦点距離等の光学パラメータが異なるため、12m用に合わせた受信機光学系はそのままでは7mアンテナの主鏡面上の照度分布が最適にはならない。この研究では反射鏡とプリズムからなる補正光学系を設計し、実際にその光学系を通した放射パターンを測定して12mアンテナの光学系に一致していることを確認し、受信機の共通化に成功した。

第3章はACAの12mアンテナの光学系の測定と評価法の改良についての章である。ビームパターンの測定はセンチ波帯やミリ波帯では惑星等を用いて行われるが、サブミリ波帯では感度が十分でないため測定精度が良くなかった。この向上のためには明るい光源が望まれる。月の縁を利用するビームパターンの測定方法も試みられたが、惑星を使用する方法に比べ精度が必ずしも良くなかった。本研究では精度向上しない原因が月をディスク状天体と考えていることであると特定して、輝度分布の情報を付け加えて解析することによって、惑星を用いる方法と同等のレベルまで精度を向上にさせることに成功した。さらに12mアンテナ用受信機フィードの近傍界を測定し、それからビームパターンを計算した。それを上記の観測結果と比較して12mアンテナ用アンテナ光学系が1%のレベルまで設計通りの性能であることを確認した。

第4章はマルチモードガウス光学によるビーム伝送解析と光学損失解析を組み合わせた電波望遠鏡アンテナの利得と雑音の解析法の研究である。アンテナの利得と雑音の解析は物理光学を用いれば原理的には可能であるが、サブミリ波では光学系の大きさに比べ波長が短いため計算量が劇的に増えて膨大な計算時間が必要であり、最適な光学パラメータを探す等のプロセスには現実的でない。この研究では実際に12mアンテナの測定に計算量を少なくできるマルチモードガウス光学による解析法を適用しアンテナの利得と雑音を計算した。利得については十分な精度で一致した。雑音は20%の不一致があった。ただしこの原因は受信機雑音温度が変化していたためと考えられ、予測が悪いとは言えない。さらに実際にこの方法で最も周波数の低い31-45GHz帯の光学系の最適な光学パラメータを探し、エッジレベルを変更して性能を向上させる提案も行っている。第5章は論文全体のまとめである。

本論文の提出者は多岐に亘った望遠鏡アンテナの設計法と評価法を通して、ALMAの観測性能を向上させており、電波天文学の実験的研究として高く評価できる。なお、本論文は、井口聖、関本裕太郎、稲谷順司らALMAアンテナグループとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験・観測・解析・結果のまとめを行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上の理由から、論文提出者杉本正宏に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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