学位論文要旨



No 217222
著者(漢字) 笹本,太郎
著者(英字)
著者(カナ) ササモト,タロウ
標題(和) 室内温熱環境形成寄与率(CRI)を利用した室内温熱環境制御に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 217222
報告番号 乙17222
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17222号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 特任教授 柳原,隆司
 東京大学 准教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、室内温熱環境における、熱的要因と室内任意点の関係を示す指標の開発を行い、室内温熱環境に対する操作要因の構造的な感度解析により、新たな室内温熱環境予測手法を提案することが目的である。

近年、建築環境の分野では、室内全体を均一に環境制御するのではなく、より良い快適性の追求や省エネルギー性の観点から室内の気流分布、温度分布を積極的に利用し、居住域内を効率的に制御することが求められている。よって、室内温熱環境の詳細な解析・予測が必要となる。

室内温熱環境の既往の研究では、CFD(計算流体力学)により、固定された境界条件の下で温熱環境形成に対する詳細な解析が行われてきた。しかし、実現象においては、熱負荷条件が変動し、室内温熱環境に影響を及ぼすので、熱負荷条件の変動に応じて操作要因の熱源を適切に制御する必要がある。これを実現するには、変動する熱負荷を的確にセンシングし、室内の温度分布性状を詳しく予測する手法を新たに開発しなければならない。

そこで、室内温熱環境を構造的に把握できる指標が開発された。その一つが、CRI(Contribution Ratio of Indoor Climate:温熱環境寄与率)である。冷房・暖房は、室温を設定温度より上昇あるいは下降させようとする要因(窓・外壁・人体・OA機器etc)に対して、冷熱源もしくは温熱源により室温を設定温度に保とうとするシステムと考えることができる。これら個々の要因が室内温熱環境の分布性状にどのように関与しているかを明確にできれば、個々の要因に対して操作要因の最も適切な設定が可能となり、室内温熱環境制御を極めて効率的に行うことができる。CFDを用いて新たに、室内温熱環境を形成する個々の要因や操作要因が、室内の各点の温熱環境にどのように影響を与えているかを物理的構造として示した指標が、CRIである。

本研究では、CRIの概念を用いて、熱的要因の対流成分をCRI(C)として、また、放射成分についてはCRI(R)として、新たに評価する指標を開発した。これらの指標を総合的に組み合わせ、室内温熱環境に対する操作要因の構造的な感度解析により、新たな室内温熱環境予測手法を提案し、精度検証を行う。また、実際のオフィス空間を模擬した実験を行い、実空間に応用したケースに関する有効性の検討も行う。以下、本論文の構成及び各章の結論を示す。

第1章では、序論として、温熱環境形成寄与率CRIについて概説した。CFD解析による室内の流れ場、温度場シミュレーションによって室内の温熱環境形成に対する個々の熱源、操作要因による空間的、時間的寄与を構造的に把握できるCRIの概説と、CRIを用いた室内任意点温度の予測手法の概念について解説した。

第2章では、第1章で解説したCRIの概念を基に、簡易的な実験を通して、室内空気温度センサーを入力として、室内任意点の温度予測手法に関する検討を行った。本章では、数値シミュレーションによる解析は用いておらず、実験により対流・放射・伝導の全熱輸送をトータルに評価したCRI(T)という指標を用いて評価を行った。

熱負荷変化による流れ場の変動が比較的少ない空間において、CRIの理論を拡張させたCRI(T)と室内空気温度センサーを用いた任意点の温度予測式の有効性を確認できた。

第3章、第4章では、CRIの原義に基づき、室内温度形成の主要因である、熱源による対流熱伝達成分と熱放射によって室内の壁面にも熱を分配している放射熱伝達成分を放射連成CFD解析により分析を行い、室内任意点の温度予測手法の開発を行う。

第3章では、放射連成CFD解析を用いて、特に対流熱伝達に着目したCRI(C)を求める。そして、求めたCRI(C)を利用して室内任意点の温度予測式を作成した。ケーススタディとして、タスク・アンビエント空調が施された空間を対象として、室内環境に対する操作要因の感度解析を行い、CRI(C)を利用して少数の室内温度センサーにより室内任意点の温度を予測する。

CRI(C)の温度予測式を用いて、熱源条件を変動させた際の室内温度予測を行ったが、予測誤差は0.8℃程乖離しており、その精度は、必ずしも満足できるものではなかった。対流伝熱のみを主体とするCRI(C)では任意の地点の空気温度を実用的な精度で予測することが困難であることが示唆された。

第4章では、第3章にて課題となった、温度予測の精度向上のために、熱源の放射熱輸送に着目して、放射熱伝達により伝熱された壁面等が2次的な対流熱源として室内空気温度形成に寄与することを考慮して、放射熱輸送の効果をCRI(C)による温度予測式に組み込むことを目的に、ある熱源の放射成分が如何に室内各位置に輸送分配され、そこで空気に熱を伝えているのかを評価する指標として、放射熱分配係数CRI(R)を定義した。ケーススタディとして自然対流の生じる閉鎖空間内と、実際の室内に近づけるために冷房(強制対流)を模擬した閉鎖空間について、それぞれCRI(R)を算出した。

放射連成CFD解析による解と比較して、CRI(R)の有効性を確認することができた。

第5章では、熱源の対流・放射両成分を評価した総合的な室内温熱環境予測システムの開発、つまり、CRI(C)とCRI(R)を組み合わせた室内温熱環境予測システムを開発し、数値解析を通して、有効性の確認を行った。また、より実用面に応用させるため、簡易的なオフィス空間を模擬した環境実験室において有効性の確認も行った。

CRI(C)とCRI(R)を組み合わせた室内温熱環境予測システムは、まず独立に変動可能な熱源の放射成分を評価するべく、CRI(R)を用いて、各熱源が放射熱伝達によって、室内を形成する全固体面に分配される熱量を評価して、全固体面を新たな2次的な熱源として定義する。全固体面は、対流熱伝達を行う熱源となるので、全固体面と独立変動可能な熱源を加えた全熱源について対流成分をCRI(C)により求めて評価し、制御対象点の温度予測をする。予測式は、第1章や第3章で提案したものを用いた。結果としては、第3章における熱源条件を変動させた際の室内温度予測では、予測誤差は0.1℃と大幅に精度が向上した。しかし、パーソナル空調の吹出温度を2℃大幅に変化させたケースでは、予測誤差は0.5℃となってしまい、予測精度が若干落ちてしまった。対流熱伝達が支配的なパーソナル空調吹出に関しては、2℃下降させることは、吹出周辺の温度場に対しても、大きく影響する。よって、温度場において線形性を仮定している、CRIの概念における限界によるものと考えられる。吹出設定温度によって温度予測に使用するCRI(C)を範囲ごとに変更することによって予測精度が向上するものと考えられる。

簡易的なオフィス空間を模擬した環境実験室における温度予測においても、CRI(C)とCRI(R)を組合わせたシステムは、有効であることが確認できた。

第6章では本研究の全体のまとめを行っており、本研究の成果と今後の課題が総括されている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「室内温熱環境形成寄与率(CRI)を利用した室内温熱環境制御に関する基礎的研究」と題し、室内温熱環境形成寄与率(CRI)の概念を用いて、室内温熱環境制御の基礎的研究として、室内温熱環境における、熱的要因と室内任意点の関係を示す指標の開発を行い、室内温熱環境に対する操作要因の構造的な感度解析により、新たな室内温熱環境予測手法を提案している。本論文の新規性は、既往研究として以前に開発されていた、室内環境における各熱源の熱的構造を評価するCRIを室内温熱環境制御に応用する点であり、まず基礎的研究として、対流・放射の両側面から熱源と室温の関係を構造的に表す指標の開発と、複数の温度センサーより、制御対象点の温度を予測する手法の提案を行った点である。具体的な成果は、以下の通りである。

まず、第1章では、本論文で利用されるメインツールとして、温熱環境形成寄与率CRI(Contribution Ratio of Indoor climate)の概説・既往研究レビューを行っている。CRIは、CFD解析による室内の流れ場、温度場シミュレーションによって室内の温熱環境形成に対する個々の熱源、操作要因による空間的、時間的寄与を構造的に把握できる指標であり、本論文の新規性である、CRIの理論を室内温熱環境制御に応用して、室内任意点温度の予測手法の概念について解説している。第2章では、CFDによる数値解析手法は一切用いず、大空間での簡易オフィスによる実験のみの検討により、熱源と任意点の温度関係を示した指標CRI(T)を定義している(実験による対流・放射・伝導の全熱輸送のトータルな評価)。第1章で解説したCRIの理論を応用して、CRI(T)による室内任意点の温度予測式の有効性の検証を行っている。室内センサーを1個配置して、その温度を入力とした場合のCRI(T)を用いた温度予測手法は精度が高く、本手法の有効性を確認している。第3章では、CRIの概念を基に、室内温度形成の主要因である、独立熱源の対流成分のみを考慮したCRI(C)の定義と、それを用いた室内温度予測を行っている。パーソナル空調のある室内オフィス空間での解析を行い、2章のCRI(T)を用いた温度予測同様に、有限点の室内センサーとCRI(C)のみを用いた室内任意点の温度予測式を導出している。センサー位置を変化させることで温度予測結果は向上したが、予測誤差が0.8℃と高精度な予測ではないという結果であった。これは、CRI(C)が熱源の対流熱伝達のみに着目した指標であり、予測精度の向上のためには、対流熱伝達に加えて、放射熱伝達の影響をも考慮した予測手法の開発が必要であることを考察している。第4章では、独立熱源の対流成分のみに着目したCRI(C)での予測での精度向上のため、新たに独立熱源の放射熱伝達成分に着目している。室内温熱環境では、独立熱源の放射熱伝達により受熱した各固体壁面が2次的な熱源として対流熱伝達して、室内温度形成要因として寄与するため、放射熱伝達によって独立熱源が分配する熱量を評価する指標の開発を行っている。放射熱伝達のメカニズムを詳細に解明し、再放射率γkの新定義を示すとともに、独立熱源の放射熱伝達による各固体面への熱分配量を評価する放射熱分配係数CRI(R)の算出方法を示している。また、自然対流が生じる閉鎖空間や強制対流が生じる簡易的な閉鎖空間を対象にCRI(R)を算出し放射熱の分配量の試算のためのケーススタディを行っている。放射連成CFD解析による解と比較して、CRI(R)が独立熱源の放射熱伝達による各固体面への熱分配量を評価する指標としての有効性を確認している。第5章では、3章、4章で解説したCRI(C)とCRI(R)を用いて、2つの指標を組合わせた温度予測式を作成し、総合的な温熱環境予測システムを開発し、3章で用いたパーソナル空調のある室内オフィス空間において、その有効性の確認と、室内オフィスを模擬した実験を通して、実用化に向けた知見を得ている。結果としては、熱源条件を様々に変更して、3章同様に放射連成CFD解析の結果と比較することで予測精度の確認を行ったが、3章での、独立熱源の直接対流成分のみに着目したCRI(C)のみの予測結果に比較して、放射熱伝達成分による寄与も考慮に入れた、CRI(R)を組合わせた室内任意点の温度予測の精度は、予測誤差が0.1℃となり、大幅に精度が向上している。しかし、課題としては、パーソナル空調など流れ場が大幅に変化するような空間においては、温度場において線形性を仮定しているCRI(C)の有効性の範囲を考慮することが必要となる。また、室内オフィスを模擬した実験を通しても、様々な熱源条件において本予測手法の有効性を確認している。CRI(C)とCRI(R)を組合わせた温度予測手法により、有限個のセンサー温度から、センサー点以外での任意点の温度予測を行うことが可能となった。

以上を要約するに、本論文は、室内温熱環境制御の基礎的研究として、室内温熱環境における室内温度場の予測に着目して、熱源と室内温度場の関係を構造的に解明し、熱源条件が変化した際にも放射連成CFD解析を毎回計算することなく、有限個のセンサーを用いて、室内温度場を簡易的に予測するシステムを開発している。既往の室内温熱環境制御(空調制御)が壁面や天井面に配置された1点のセンサーと経験則によって制御されてきたので、本研究で熱源と室内温度場の関係が構造的に解明できたことで、効率的な室内温熱環境制御が可能であると期待でき、今後の室内温熱環境制御における実用的ツールとして大いに貢献するものであると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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