学位論文要旨



No 217223
著者(漢字) 小泉,雅生
著者(英字)
著者(カナ) コイズミ,マサオ
標題(和) ハウジング・フィジックス・デザインに関する研究
標題(洋)
報告番号 217223
報告番号 乙17223
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17223号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 隈,研吾
 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 准教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

現在、温暖化を背景に地球環境への負荷の低減が謳われる。しかし、建築分野における消費エネルギーやCO2排出量は依然として増え続けており、それらを削減できる住まいが社会的に求められている。同時に住宅が備えるべき性能についての議論がなされ、様々な評価手法やガイドラインが示されることとなった。さらに少子化・高齢化による家族像の変化、ライフスタイルの多様化を受けて、住まい手の住宅に対する意識も変化した。n-LDKと称される住戸形式の限界が語られ、個別性を活かした住空間デザインへの関心が高まっている。そこで本論文は、地球環境への意識、住宅性能や空間デザインへのニーズが高まる中で、新たな住宅像・住空間設計手法に関する研究を行うものである。本論文は、8章で構成されている。

1章「背景と目的」では、地球環境への負荷低減と環境工学面での環境性能の制御・確保を併せて、環境配慮と呼ぶこととして、「環境を配慮する技術から展開する新たな住空間デザイン手法の確立」という本論文の目的を明らかにした。

2章「ハウジング・フィジックス・デザインの位置づけ」では、環境配慮技術から展開する住空間デザイン手法の確立にあたって、建築における音、光、熱、空気といった物理的な条件を考えていく研究分野であるビルディング・フィジックス(建築物理)に着目し、フィジックスとデザインを同時に考えていく「フィジックス・デザイン」という概念の構築を行った。さらに対象を住宅建築に絞り、「ハウジング・フィジックス・デザイン」として本論文が取り扱う範囲を明確にした。

次いで、ハウジング・フィジックス・デザインに関連する既往の研究、理論、建築作品を概観した。環境制御技術から近代建築を読み解きその空間デザインに果たす役割を明らかにしたR.バンハム、実験的なプロジェクトを通じて日本の気候風土に適合する住宅建築を探求した藤井厚二、環境と計画を併せ考える学問分野である「建築計画原論」を打ち立てた渡辺要、環境配慮技術と住宅デザインを結びつけ「軽井沢の山荘」を残した吉村順三らの理論や実作を取り上げ、ハウジング・フィジックス・デザインの歴史的な位置づけを行った。

続けてハウジング・フィジックス・デザインの現状を分析した。住宅においては、フィジックス・デザインのポテンシャルが高く、またそれをサポートする技術が進化しているにも関わらず、十分にフィジックス・デザインが展開されていない現状を明らかにし、計画原論から分科の道をたどった環境工学を再度総合的なデザインのプロセスに組み込み、設計者の環境配慮への意識を高めていくことの必要性を述べた。

さらに、筆者を中心に公開で行われた「ハウジング・フィジックス・デザイン研究会」の概要を記し、これらの流れの中での研究会の位置づけと意義を示した。

3章「ハウジング・フィジックス・デザインの設計技法」では、設計者の意識を環境配慮へ向けるべく、環境配慮の要素技術が空間デザイン上どのような意味と可能性を持つのか、横断的な視点で分析を行った。フィジックスとデザインは対立する、もしくは両立しにくい概念ととらえられがちである。しかし、環境工学において議論されるフィジックス制御や環境負荷低減に関わる要素技術と、意匠設計における空間デザインの技法は、深く関連しているものも多い。そこで、取り上げるフィジックスを「熱」「光」「空気(換気・通風)」「音」「環境設備」「水」の各分野として、環境配慮という観点から近年注目される「緑化」を加えた。さらに「熱」に関しては「断熱」「熱容量」「熱緩衝領域」、「光」に関しては「採光」「日射制御」、「空気」に関しては「気流」「通風」「湿度・換気」という項目に分類を行った。各分野・項目に対して、それぞれの要素技術が必要とされた社会的背景やそれが可能となった技術的背景を述べ、その要素技術から展開する空間デザインに関する考察を行った。それらの技法を適用、応用した住宅の事例を挙げ、デザイン上の可能性を明らかにした。

これらの環境配慮技術から導き出された空間デザインの技法を「ハウジング・フィジックス・デザインの技法」と定義し、ハウジング・フィジックス・デザインを構成する個々の技法として位置づけた。

空間デザインにおいては、様々な技法を統合していく総合性が問われる。4章「ハウジング・フィジックス・デザインに関わる事例研究」では、複数のフィジックス・デザインの技法が適用されている5つの住宅を事例として取り上げ、総合化のプロセスを検証した。事例選択にあたっては、建築家が設計を行い、環境配慮技術を高い空間デザインに結びつけているものとした。取り上げた事例とそこで適用されているフィジックス・デザインの技法は、「ハウス・アンド・アトリエワン」(アトリエワン2005)―自由な間仕切り、蓄熱、設備機器による空間デザイン、水のデザイン、「板橋のハウス」(西沢大良2006)―熱緩衝領域、呼吸する壁、通風、「ストーンハウス」(三分一博志2005)―蓄熱、日射制御、「曽我部邸」(曽我部昌史2006)―自由な間仕切り、リフレクター、空気の流れ、「ANNEX」(五十嵐淳2006)―熱緩衝領域、透光壁、呼吸する壁である。

これらの事例は、異なる立地・居住様式・規模に、熱・光・空気の各フィジックスに関わる環境配慮技術が組み込まれたものである。また、個別の状況に応じて、画一的ではなく変化に富んだ空間デザインが展開されている。これらより、ハウジング・フィジックス・デザインが様々な敷地条件やプログラムに適用可能な、有効かつ有用な設計手法であることを示した。さらに設計プロセス・設計者の意識の分析を通じて、ハウジング・フィジックス・デザインを推し進めるにあたって、個別性を組み込んでいく視点や使い手や使われ方を意識するスタンスが重要であるとした。加えて、フィジックス・デザインへの高い意識を持った先進的な設計者が存在するにもかかわらず、フィジックスに関わる適切なコンサルティングが不在であることを明らかにした。

5章「アシタノイエにおけるフィジックス・デザイン」では、ハウジング・フィジックス・デザインの実例として住宅作品「アシタノイエ」を取り上げ、その設計プロセスと住まい方を分析した。種々のフィジックスに関わる様々な技法を総合化して1軒の中にまとめることを試みた住宅であり、より複雑な与件のもとでのハウジング・フィジックス・デザインの検証を行うものである。ここで熱・光・空気・音に関わるハウジング・フィジックス・デザインの個々の技法が影響を及ぼし合い、さらに平面・断面計画やランドスケープ・構造計画とも相互作用を生じながら展開していく様を読み解き、ハウジング・フィジックス・デザインのシナジェティックな設計プロセスを浮かび上がらせた。

続いて、アシタノイエにおける居住後の環境に関わる分析を行った。適用されたフィジックス・デザインが住まい手にどのように受け止められ、具体の家族像やライフスタイルにどのように結びついたのか、温熱環境の計測結果や空間の使われ方の検証を通じて、居住者の視点に立っての快適性や居住性を評価した。消費エネルギー等の環境負荷の低減、快適な室内環境の獲得、周辺環境と応答性を持った関係の構築がなされ、住まい手の生活に柔軟に適応する住宅が実現していることを示した。

この設計プロセスと住宅像の分析を通じて、ハウジング・フィジックス・デザインの特性を把握した。

6章「ハウジング・フィジックス・デザイン・プロセス」では、フィジックスに関する設計支援ツールの現状をまとめ、シミュレーション結果をフィードバックしながらデザインを進めた実験的な設計プロセスを取り上げた。ハウジング・フィジックス・デザインを有効に機能させるには、それぞれの技法によって実現する環境性能や空間の状態を事前に予測、把握することが求められる。また、それをサポートするシミュレーションソフトも普及し始めている。そこで、温熱環境シミュレーションによって熱的な緩衝領域の形状と配置を導き出した計画、CFDシミュレーションによって良好な通風環境を確保する屋根形状を導き出した計画、熱負荷や風環境シミュレーションを反映させて平面・断面計画を行った環境配慮型モデル住宅、の三つの設計プロセスを取り上げ、フィジックスから展開する新たな空間デザインの可能性を示した。

そこで、これらのシミュレーションソフトを援用して、住宅設計プロセスの中にフィジックスに関わるスタディを位置づけることが期待されるとした。同時に、現状では温熱環境と換気・通風環境を同時に取り扱うシミュレーションが困難であるという限界も示し、ハウジング・フィジックス・デザインを展開するための課題を明らかにした。

7章「まとめと今後の展望」では、ハウジング・フィジックス・デザインの有効性、可能性と今後の展望を述べた。ここまでに住宅建築を対象として、フィジックス制御技術や環境負荷低減技術から導き出される空間デザイン手法を体系化し、その有効性と有用性、社会的な意義を示し、さらに設計プロセス上の特徴、導き出される住宅像などを把握してきた。これらの論考を経て、環境を配慮する技術から展開する新たな住空間デザイン手法である「ハウジング・フィジックス・デザイン」を確立し、さらに推進していくにあたっての課題をまとめた。ここで構築されたハウジング・フィジックス・デザインを通じて、新たな建築空間の探求が期待されると結論づけた。

8章「資料編」では、ハウジング・フィジックス・デザインに関連する、筆者による建築作品の概要を述べ、ハウジング・フィジックス・デザインから拡がる建築デザインの可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、環境を配慮する技術から展開する新たな住空間デザイン手法の確立を目指し、「ハウジング・フィジックス・デザイン」という概念を構築し、その有効性を検証した研究である。本論文は、資料編を含む全8章で構成されている。

第1章では、研究の背景として、地球環境への意識、住宅性能や空間デザインへの意識が高まる中で、新たな住宅像・住空間設計手法が求められていることを示している。そして、地球環境への負荷低減と環境工学面での環境性能の確保を併せて、環境配慮と呼ぶこととして、「環境を配慮する技術から展開する新たな住空間デザイン手法の確立」という本論文の目的を明らかにしている。

第2章では、建築における音、光、熱、空気といった物理的な条件を考えていく研究分野であるビルディング・フィジックス(建築物理)に着目し、フィジックスとデザインを同時に考えていく「フィジックス・デザイン」という概念の構築を行い、対象を住宅建築に絞り、「ハウジング・フィジックス・デザイン」として本論文が取り扱う範囲を明確にしている。

次に、ハウジング・フィジックス・デザインに関連する既往の研究、理論、建築作品を概観し、歴史的な流れの中で研究を位置づけている。さらに、次にハウジング・フィジックス・デザインの現状を分析し、フィジックス・デザインのポテンシャルが高いにも関わらず、十分にフィジックス・デザインが展開されていないことを明らかにし、分科の道をたどった環境工学を再度総合的なデザインのプロセスに組み込み、設計者の環境配慮への意識を高めていくことの必要性を述べている。

第3章では、環境配慮の要素技術が空間デザイン上どのような意味と可能性を持つのか、横断的な視点で分析している。「断熱」「熱容量」「熱緩衝領域」「採光」「日射制御」「気流」「通風」「湿度・換気」「音」「環境設備」「水」に「緑化」という項目に分類し、それぞれの要素技術が必要とされた社会的背景やそれが可能となった技術的背景を述べ、その要素技術から展開する空間デザインに関する考察を行っている。具体的に住宅事例を挙げ、そのデザイン上の可能性を示し、これらのフィジックス制御と負荷低減を担う環境配慮技術から導き出された空間デザイン技法を、ハウジング・フィジックス・デザインの技法として位置づけている。

第4章では、複数のフィジックス・デザインの技法が適用されている5つの住宅を事例として取り上げ、総合化のプロセスを検証している。異なる立地・居住様式・規模に、熱・光・空気の各フィジックスに関わる環境配慮技術が組み込まれていること、個別の状況に応じて、画一的ではなく変化に富んだ空間デザインが展開されていることから、ハウジング・フィジックス・デザインが様々な敷地条件やプログラムに適用可能な、有効かつ有用な設計手法であることを示している。さらに設計プロセス・設計者の意識の分析を通じて、ハウジング・フィジックス・デザインを推し進めるにあたっての課題を導き出している。

第5章では、より複雑な与件のもとでのハウジング・フィジックス・デザインの有効性を検証するべく、住宅作品「アシタノイエ」を実例として取り上げ、設計プロセスと住まい方の分析を行っている。まず、ハウジング・フィジックス・デザインの個々の技法が影響を及ぼし合い、さらに平面・断面計画やランドスケープ・構造計画などとも相互作用を生じながら展開していく様を読み解き、シナジェティックな設計プロセスを浮かび上がらせている。次に、居住後の環境に関わる分析を通じて、消費エネルギー等の環境負荷の低減、快適な室内環境の獲得、周辺環境と応答性を持った関係の構築がなされていることを示している。これらの設計プロセスと住宅像の分析を通じて、ハウジング・フィジックス・デザインの特性を把握している。

第6章では、フィジックスに関する設計支援ツールの現状をまとめ、シミュレーション結果をフィードバックしながらデザインを進めた実験的な設計プロセスを分析している。温熱環境シミュレーション、CFDシミュレーションによって導き出された三つの設計プロセスを取り上げ、フィジックスから展開する新たな空間デザインの可能性を示している。

第7章では、まとめとして、ハウジング・フィジックス・デザインの有効性、可能性と今後の展望を述べ、ハウジング・フィジックス・デザインを通じて、新たな建築空間の探求が期待されると結論づけている。

第8章では、ハウジング・フィジックス・デザインに関連する論者による建築作品の概要を記し、ハウジング・フィジックス・デザインから拡がる建築デザインの可能性を示している。

以上、本論文は、ハウジング・フィジックス・デザインという概念によって、環境配慮技術と住空間デザインの新しい関係と可能性を明らかにしたものであり、意匠デザインと環境工学との融合を図る社会的な意義の高い研究である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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