学位論文要旨



No 217224
著者(漢字) 橋,直彦
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ナオヒコ
標題(和) 高速ターボ圧縮機用磁気軸受システムの制御系設計・振動抑制技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 217224
報告番号 乙17224
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17224号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 准教授 鈴木,高宏
 東京大学 准教授 中野,公彦
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

制御型の磁気軸受は,電磁石による吸引力によって,ロータを非接触で支持する軸受である.非接触支持であることから,低損失であり,高速回転に適し,メンテナンスも容易である.磁気軸受の発展に同期して,ターボ圧縮機の分野では,高速ドライブ技術の利用が期待されている.高速ドライブ技術を適用して,ターボ圧縮機を高速モータで直接駆動すると,インペラ軸とモータ軸間のギヤを排除することができる.モータ自体も小型化され,装置全体の設置スペースが大幅に小さくなる.さらに磁気軸受採用も合わせると,運転立ち上げ時間の短縮化,メンテナンスの簡略化などの効果がある.最近では特にライフサイクルコストが重要評価項目になってきており,磁気軸受システム採用によるメリットが着目されている.今後は,モータとターボ機械を一体化し,かつ,全体を磁気軸受化したシステムが増加していくことが予想される.このような状況の中,一方では,磁気軸受システムをユーザーに安心して受け入れてもらうため,磁気軸受システムの信頼性を築き上げていく必要がある.磁気軸受システムは,その安定性が制御系に簡単に左右されることから,ユーザにとっては心理的不安感が拭い切れないところがあり,磁気軸受システムの信頼性の実証は,高速モータ直接駆動型ターボ機械にとって重要課題の一つである.

研究では,磁気軸受システムの信頼性を実証する具体的研究対象として,永久磁石モータ内蔵の高速小形ターボ圧縮機のプロトタイプ機を取り上げ,高速回転機としての信頼性の確立を図る.課題は二つあり,ひとつは高速回転に対応した安定で減衰性能の高い制御器の実現であり,本研究では新しい制御系設計法の提案とその評価を行う.もうひとつは,磁気軸受搭載機の高速化で生じる熱曲がり振動問題への対処であり,この問題についてメカニズムの解明を行い,安定度評価法および対処法を提案する.

2.高速ターボ圧縮機への磁気軸受の適用

一般に小中容量と呼ばれる範囲のターボ圧縮機では,増速ギヤによってインペラ軸を高速回転させ,すべり軸受でその高速回転軸を支える.ギヤや軸受に必要な潤滑油は,油ポンプ,オイルタンクなどから構成された潤滑油ユニットから供給される.圧縮機では,この潤滑油系統が原因のトラブルが少なくなく,信頼性の向上が望まれている.一方,磁気軸受を使用して,高速モータでインペラを直接駆動すると,完全オイルフリーとすることができるので,信頼性,運転管理,保守費などの点でメリットが期待できる.

本論文では,以上のメリットを狙って開発を行ったモータ直接駆動型のプロトタイプ空気圧縮機(以降,高速ターボ圧縮機と呼ぶ)について,まずその概要を示す.主な仕様は,吐出圧力0.69 MPa,吸込み風量1 850 m3/h,出力180 kWである.軸系設計としては,磁気軸受による振動抑制によって曲げ1次危険速度を越える定格回転転速度(55 000 min-1)を計画する.

3.高速ターボ圧縮機の磁気軸受制御系設計

現在の磁気軸受制御系は,ディジタル処理で構築されるのが一般的であるが,AD/DA変換や演算処理にともなう操作量の出力遅延が大きく,アナログ処理に比べ位相特性が劣る.一方,高速回転機では高速な制御指令が要求されるため,制御系の設計において,ディジタル処理による位相特性劣化に対応した手法が必要となる.

磁気軸受の制御器には,主に浮上を担う浮上制御器と不釣合い振動の抑制を担う不釣合い振動制御器がある.本研究では,浮上制御器に対して,移相回路や2次ローパスフィルタを使用した急峻な位相推移と高周波域の低ゲイン特性を有する帯域制限型制御器を提案する.ここで,急峻な位相推移を実現する上で大きな役割を果たすのは移相回路である.これは,2次フィルタの一形態となっており,複素平面の右半平面に配置した零点と左半平面に配置した極により,大きな位相推移特性を得るものである.ロータの共振・反共振の特性に合わせて,この移相回路や2次ローパスフィルタを設計することで,従来にはない高減衰で安定余裕度の高い制御系を実現できることを示す.

一方,不釣合い振動は回転速度に同期した単一周波数の強制振動であるので,その周波数のみに着目した制御法が有効である.本研究では不釣合い振動制御器として,位相シフト機能付きトラッキングフィルタを使った回転速度同期1次成分フィードバックを提案する.トラッキングフィルタは,連続的にフーリエ変換をすることで入力信号から対象周波数の振幅を取り出し,逆変換によって対象の周波数成分のみを再現するものである.位相シフト機能付きとは,フーリエ逆変換の際に位相を自在に変えられるようにするものである.位相シフトを微分操作と同様の90度進みにすることで,不釣合い振動に対し理想的な微分制御と同様の効果を及ぼすことができる.

以上の帯域制限型制御器と位相シフト機能付きトラッキングフィルタを使った不釣合い振動制御器をディジタル処理で実現し,その効果を確認する.

4.磁気軸受支持高速ターボ圧縮機の安定性評価と回転試験

帯域制限型制御器によって構成された磁気軸受制御系に対し,実際にパラメータ変動を与えた試験を行い,安定余裕を確認する.安定性の評価指標としては,ISO規格による感度関数評価を適用する.パラメータ変動としては,ゲイン変化と位相遅れを付与する.

回転中の安定性評価では,測定した伝達関数に後ろ向きと前向きの共振ピークが混在して現れる.この混在状態に対して,混在した共振ピークを分離する手法を考案し,後ろ向きと前向きモードを区別して安定性を評価することが可能であることを示す.

定格回転試験では,定格回転速度での安定性を評価し,帯域制限型制御器が零回転から定格回転速度まで非常に安定して機能することを示す.また,曲げ1次モードの危険速度通過時の不釣合い振動値を示し,不釣合い振動制御機能の効果を確認する.

5.磁気軸受弾性ロータに生じる熱曲がり振動の解明

1軸多段圧縮機を模擬したダミーロータに発生した振動増大現象(スパイラル振動)を取り上げ,この異常振動が磁気軸受の回転部に発生した鉄損による熱曲がりに起因していることを明らかにする.

まず,振動の原因として,次のようなメカニズムを仮定する.回転に同期した力がある場合,鉄心回転部に生じる磁束の交番は,周方向に一様ではなく,回転に同期した力の方向に対応した分布が生じる.磁束密度が高い部分では交番による鉄損の発生量も大きくなるので,鉄心回転部には鉄損の偏分布による定常的な温度分布が生じ,熱変形を引き起こすことになる.鉄心が熱変形すると,その変形を受けてシャフトが曲がり,新しく不釣合いが生じることになる.磁気軸受は不釣合い力の発生に反応して新たな磁気吸引力を発生し,この新たな磁気吸引力は,新たな鉄損の増加,そして新たなシャフトの変形を招くことになるので,振動変化の連鎖が続くことになる.

検証として,以下のことを行う.熱曲がりにおけるホットスポットの位置は磁気吸引力の方向であるから,磁気軸受の制御を変更すると,ホットスポットの位置も変化すると考えられる.そこで,制御則の違いによる熱曲がり振動の挙動の違いを予測するとともに実験で確かめる.次に,この結果を説明できるようなモデル化を提案し,安定不安定の条件を導くとともに,数値シミュレーションを試みる.

6.高速ターボ圧縮機に生じる熱曲がり振動の抑制と安定度評価

熱曲がり振動現象は,高速ターボ圧縮機においても現れる.前述のダミーロータ試験機では,曲げ2次の振動モードが熱曲がり振動を支配していたが,高速ターボ圧縮機では曲げ1次モードが支配的となる.高速ターボ圧縮機の定格回転速度は曲げ1次危険速度より高いところにあるので,熱曲がり振動を回避して曲げ1次危険速度を通過しなければならない.本研究では,急加減速による熱曲がり振動の回避法を適用し,曲げ1次危険速度通過を実現する.

一方,この成功により,危険速度前後で,スパイラル振動の回る方向が逆転することが実測で明らかになる.これは,前述のダミーロータ試験機では,確認できなかった項目である.

熱曲がり振動がどのくらいの速さで増大するかを知ることは,危険速度通過を実現する上で重要である.そこで次の試みとして熱曲がり振動の安定度の測定を考える.ここでは,フィードフォワード加振による熱曲がり振動モデルの同定法を提案し,熱曲がり振動の安定度について実験結果とシミュレーションを対比する.

最後に,熱曲がり振動を回避する対処法を提案し,モデルを使ってその効果を確認する.

7.おわりに

本研究では,具体的研究対象として,高速小形ターボ圧縮機のプロトタイプ機を取り上げ,新しい磁気軸受制御系設計法の提案,制御系安定性と軸振動の評価,熱曲がり振動の解明およびその抑制と安定度評価を行った.これらの研究成果により,高速ターボ圧縮機に適用する磁気軸受の制御系設計,振動抑制技術に関する課題はおおむね解決された.同時に,磁気軸受技術の信頼性の高さも提示することができたと考える.熱曲がり振動については今後も研究課題として重要である.熱曲がり振動の抑制には,予防的措置が有効で,その有効性を確認するには,電磁気と熱,振動を連係した計算手法を確立する必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

学位請求論文は,「高速ターボ圧縮機用磁気軸受システムの制御系設計・振動抑制技術に関する研究」と題し,全7章から構成されている.

制御型の磁気軸受は,電磁石による吸引力によって,ロータを非接触で支持することから,低損失であり,高速回転に適し,メンテナンスも容易である.一方,遠心圧縮機などのターボ圧縮機の分野では,モータ軸とインペラ軸を直結する構造を持つ高速ドライブ技術の利用が盛んに行われている.今後,ユーザーが高速ターボ圧縮機に磁気軸受システムを安心して受け入れるようになるためには,高速ターボ圧縮機用磁気軸受システムの信頼性確立が求められている

このような背景の元に,本論文は,磁気軸受システムの信頼性を実証する具体的研究対象として,永久磁石モータ駆動の高速小形ターボ圧縮機のプロトタイプ機を取り上げ,高速回転に対応した新しい制御系設計法の提案とその評価を行うとともに,磁気軸受搭載機の高速化によって生じる熱曲がり振動の問題に取り組み,振動発生メカニズムと安定度評価,対処法について検討したものである.

第1章は,「緒論」と題し,関連する研究についての概観と本論文中で展開されている研究の位置付けについて述べている.

第2章は,「高速ターボ圧縮機への磁気軸受の適用」と題し,検討対象となる,磁気軸受で支持されたモータ直接駆動型のプロトタイプ空気圧縮機について,その概要と磁気軸受の仕様を示している.続いて,磁気軸受制御系の構成および制御対象の振動モードと制御手法についても述べている.本研究の目的は,磁気軸受による振動抑制によって曲げ1次危険速度を越える定格回転速度での運転を実現するものである.

第3章は,「高速ターボ圧縮機の磁気軸受制御系設計」と題し,本論文で用いられている制御手法について述べている.

磁気軸受の制御には,主に浮上を担う浮上制御器と不釣合い振動の抑制を担う不釣合い振動制御器が必要である.本研究では,浮上制御器については,移相回路や2次ローパスフィルタを使用した急峻な位相推移と高周波域の低ゲイン特性を有する帯域制限型制御器を提案している.ロータの共振・反共振の特性に合わせて,この移相回路や2次ローパスフィルタを設計することで,従来にはない高減衰で安定余裕度の高い制御系を実現することができる点に特徴がある.

一方,不釣合い振動は,回転速度に同期した単一周波数の強制振動であるので,その周波数のみに着目した制御法が有効である.本研究では不釣合い振動制御器として,位相シフトトラッキングフィルタを用いた回転速度同期1次成分フィードバックを提案している.位相シフトを90度進みにすることで,不釣合い振動に対しては理想的な微分制御と同様の効果をもたらすことができる.

第4章は,「磁気軸受支持高速ターボ圧縮機の安定性評価と回転試験」と題し,帯域制限型制御器によって構成された磁気軸受制御系に対し,ゲイン変化と位相遅れをパラメータ変動として与えた試験を行い,感度関数に基づくISO規格に準拠した安定余裕を確認している.

回転中の安定性評価においては,測定した伝達関数に後ろ向きと前向きの共振ピークが混在して現れるが,混在した共振ピークを分離する手法を提案し,後ろ向きモードと前向きモードを区別した安定性評価が可能であることを示した.また,曲げ1次モードの危険速度通過時の不釣合い振動値を測定し,不釣合い振動制御機能の効果を実証することにも成功している.

第5章は,「磁気軸受弾性ロータに生じる熱曲がり振動の解明」と題し,磁気軸受によって支持された弾性ロータに生じる熱曲がり振動を実測するとともに振動の発生機構を明らかにしている.本章では,制御則の違いによる熱曲がり振動の挙動の違いを予測し,実験で確認している.また,実験結果を説明できるようなモデルを提案し,安定不安定の条件を導くことに成功している.

第6章は,「高速ターボ圧縮機に生じる熱曲がり振動の抑制と安定度評価」と題し,高速ターボ圧縮機で発生する曲げ1次モードでの熱曲がり振動を回避するために急加減速によって曲げ1次危険速度通過を実現できたことを述べている.

また,フィードフォワード加振による熱曲がり振動の同定法を提案し,熱曲がり振動の安定度について実験結果とシミュレーション結果を比較するとともに,熱曲がり振動を回避する対処法を提案し,その効果を確認している.

第7章は,結論と題し,本研究で得られた知見について纏めて述べている.

以上を要約すると,本論文は,研究対象として,高速小形ターボ圧縮機のプロトタイプ機を取り上げ,新しい磁気軸受制御系設計法の提案,制御系安定性と軸振動の評価,熱曲がり振動の解明およびその抑制と安定度評価を行ったものであり,これらの研究成果により,高速ターボ圧縮機に適用される磁気軸受の制御系設計,振動低減技術の確立に貢献した.本研究は,機械工学,特に振動学の発展に貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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