学位論文要旨



No 217225
著者(漢字) 廣川,類
著者(英字)
著者(カナ) ヒロカワ,ルイ
標題(和) 無人ビークルのGPS/INS複合航法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217225
報告番号 乙17225
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17225号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 土屋,武司
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 准教授 矢入,健久
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

移動体の位置・速度・姿勢角を得るための航法技術は,無人ビークルの自律的な誘導を実現する上で必要不可欠であり,これまでに広く検討されてきた.

このような背景を元に本論文では,代表的な無人ビークルである無人車(UGV)と小型無人機(UAV)に関する航法技術を整理し,未解決の問題として残っている,無人ビークルの複合航法システムにおいて,小型かつ低コストで高い信頼性,可用性と精度を同時に実現する方策を具体的に提示し,解析,数値シミュレーション,ハードウエア実験などを通じてその有効性と適用範囲を検証するものである.

本論文の対象とするUGVは,工場内の監視用途など建物等の影響によりGPSの遮蔽を受けやすい屋外環境で適用されることを想定し,小型UAVは搭載容量・消費電力の制約の下で従来の航空機搭載用の慣性センサと比べて安定度が大幅に低い慣性センサや低速の計算機が搭載されることを想定する.

2.従来の複合航法技術と課題

数mの位置精度を低コストで実現する衛星航法システム(GPS)は高い可用性と信頼性を有する慣性航法装置(INS)と組みあわせたGPS/INS複合航法システムを構成することにより,すでに航空機用の航法装置やカーナビゲーションシステム等に適用され,広く実用化されている.また, 近年の半導体技術の進歩により,MEMS (Micro-Electro Mechanical Systems) 慣性センサが開発され,航法システムの小型/低コスト化が可能となっている。一方,GPSの搬送波位相を用いて,干渉測位によりcmレベルの高い精度で相対位置を求めたり,複数アンテナ間の干渉測位により姿勢角を高い精度で得る技術が主に測量用途や低速の移動体向けに実用化されている.

しかしながら,従来のGPS/INS複合航法技術には以下のような課題がある.

・GPSは,4個以上の衛星からの電波を連続的に受信する必要があり,建物による遮蔽やビークルの高機動運動等により,可用性が失われる場合がある.

・低コストのMEMS慣性センサは安定度が低く,高い姿勢角精度を得ることができない.また,GPSが不可視となった場合に長時間航法計算精度を維持することが困難である.

・GPS搬送波位相に基づく干渉測位においては,GPS追尾が中断する度に初期化が必要であり,可用性が著しく低下する.特に小型UAVのように高い機動性を有するビークルにおいては初期化が困難であり,信頼度および可用性が低下する.

・GPS/INS複合航法においては,計算負荷が高い行列計算を多用する非線形カルマンフィルタ処理を行う必要があり,小型・低コスト化の阻害要因となる.

INSを補完するセンサとして,GPS以外にもカメラ等によりローカルランドマークを観測する手法が研究されているが,従来の研究においては,GPSが使用できない場合に別の補完センサに切り替える手法が採用されていた.また,複数のGPSアンテナ間の干渉測位により姿勢角精度を改善するGPSコンパスが実用化されているが,高い機動性を有する無人ビークルへの適用は困難であった.

このように,従来のGPS/INS複合航法においては,可用性/信頼性および精度に関する課題が存在し,無人ビークルにおいて自律型の誘導制御系等を構築する上で課題となっていた.

3.本論文の目的と提案する複合航法

本論文では,建物等のGPS電波遮蔽の影響や,機体旋回ダイナミクス等の影響に関するロバスト性を有し,位置・速度・姿勢角に関する高い航法計算精度と可用性/信頼性を両立する複合航法システムを低いコストで構築することを本研究の目的とする.

本論文では,特に以下の点に着目して記述を行う.

・複数の特性が異なるセンサ,特にGPS航法に代表される遠距離のランドマークの観測と,近距離の相対観測(ローカルランドマーク)を適切に組み合わせることで,補完に用いる外界センサの入力中断等に対してロバストな推定を行う手法を提案する.

・搬送波位相GPSを適用し,位置および姿勢角に関して高い推定精度を得ると共に,タイトカップリング型GPS/INSを採用することでGPS衛星観測量の状態変化や中断に強いシステムを構築する.また,GPS/INSの出力に基づき,搬送波位相の効率的探索を行うことで,可用性と高精度の両立を図る。

・慣性センサの性能や計算機能力が低い低コストで小型のシステムを想定し,位置・姿勢角推定精度等の性能を確保する手法について提案する.

4.本論文の構成

本論文では,まず第2章において,無人ビークルに適用するGPS/INS複合航法の主要構成要素である,無人ビークルの運動およびセンサに関するダイナミクスおよび誤差,そしてカルマンフィルタに関するモデル化を行う.

以降の章は,本論文で展開する複合航法に関する研究内容の主な適用先である無人車(UGV)に関する章(3章および4章)と無人機(UAV)に関する章(5章および6章)より構成される.第3章においては,デシメートル級の精度を有し,ローカルなランドマークに基づく観測更新を行うことで可用性を改善するタイトカップリング型搬送波位相GPS/INS複合航法を提案する.また,第4章では,非線形カルマンフィルタとしてUKF(Unscented Kalman Filter)を適用することによる精度改善効果を示す.

第5章では,小型UAVに搭載された複数のアンテナ間の干渉測位に基づくタイトカップリング型マルチアンテナGPS/INS複合航法システムを提案する.また,第6章では,小型UAVに搭載する航法システムで課題となるカルマンフィルタの計算負荷低減を目的とした低次元化手法について提案を行う.

5.得られた知見

第3章では,無人車のダイナミクスモデルと搬送波位相GPSの観測モデルを密に結合し,更にレーザスキャナによるローカルランドマーク更新を行うタイトカップリング型搬送波位相DGPS/INSを提案し,解析,数値シミュレーションおよびハードウエア実験を通じて主に以下のことを明らかにした.

・提案する方式は可用性/信頼性に優れ,特にGPSの可用性が低い劣悪な環境において,性能改善効果が大きく見られた.

・ローカルランドマーク更新を行うことで,可用性および精度の改善効果が確認できた.

第4章では,無人車の複合航法システムに非線形性が強いシステムで大きな改善効果が期待できるUKFを適用し,解析,シミュレーションおよびハードウエア実験により,主に以下のことを明らかにした.

・非線形性が大きいローカルなランドマークによる観測更新に関して,UKFによる性能改善効果が認められ,特に角度に関するランドマーク観測量を用いる場合の性能改善効果が大きいことを明らかにした.

・一方,線形性が強いGPSによる観測更新に関しては性能改善効果は小さかった.

第5章では,低コストなMEMS慣性センサを用いる小型UAVにおける課題である姿勢角推定精度に関して,複数のGPSアンテナを用いるマルチアンテナ型タイトカップリングGPS/INSにより性能が改善されることを示した.本提案方式では,GPSコンパスをGPS/INSと密に結合させたタイトカップリング方式とすることで,搬送波位相の整数アンビギュイティ推定の探索効率および信頼性を大幅に改善することに成功した.また,性能改善の効果をハードウエアを含むシミュレーションおよびフィールド試験(地上試験および飛行試験)に基づき検証した.

第6章では,同じく低コストな小型UAVにおいて,従来の高次の推定フィルタでは計算負荷が高いためにオンボードのマイクロコンピュータにリアルタイム実装することが困難であるという課題に対して,低次のカルマンフィルタおよび相補フィルタから構成される複合航法システムを提案した.提案手法は,従来の代表的な構成と比べて,計算負荷が10%以下に低減されるにも関わらず,姿勢角の推定精度はほぼ同等であるという特性を有している.本章では,定式化を行った後,シミュレーションおよび実飛行試験により検証を行った.

6.まとめと今後の課題

本研究では,無人ビークル用の複合航法システムとして種々の提案を行った.本研究では,搬送波位相GPSにおいて従来課題であった可用性の低さをタイトカップリング型GPS/INSやローカルランドマーク更新との組み合わせにより解決し,高い精度と可用性・信頼性を両立できることを示した.更に,タイトカップリング型搬送波位相GPS/INSに基づく,UGV用の複合航法システムおよび小型無人機用のマルチアンテナ型GPS/INSを提案し,シミュレーションおよびハードウエア試験によりその有効性を示した.更に,推定フィルタの実装に関する検討として,UGV用複合航法におけるUKFの有用性を示し,また,デカップリングにより低次の推定フィルタが実現できることを,解析的検討およびシミュレーション等により明らかにした.

小型UAVでは,ペイロード搭載質量が限定されるために高性能な基準用航法装置を搭載することが困難であり,姿勢角精度の検証が困難である.このため,搭載カメラの画像を用いる等の実験的な手法による精度検証手法の確立が課題である.無人車においては,マルチパス環境における性能評価と航法システムの最適化が課題である.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 廣川類提出の論文は、「無人ビークルのGPS/INS複合航法に関する研究」と題し、7章からなる。

無人車(UGV,Unmanned Ground Vehicle)および無人航空機(UAV,Unmanned Aerial Vehicle)に代表される無人ビークルにおいては、自律的な誘導やカメラ等のペイロードセンサによる有効的なデータの取得のために、位置、速度、姿勢角を高い精度で得ることが必要とされる。このため、慣性航法装置(INS,Inertial Navigation System)で発生する誤差をGPS(Global Positioning System)で補完するGPS/INS複合航法に関する研究が広く行われている。しかし、都市部等でGPS電波が遮蔽される環境では搬送波位相GPSにおける位相バイアス値(アンビギュイティ)の高速決定が困難であり、また、搭載物の容積が限られている小型UAVに小型のMEMS(Micro-Electro Mechanical Systems)慣性センサを適用する場合、精度や可用性が悪いという問題点があった。さらに、可用性の悪化に対して、ローカルランドマークセンサを組み合わせる対策が考えられる。しかしこの場合、非線形性が大きく、非線形推定フィルタにおける線形化誤差により精度が低下する問題があった。加えて、高次の非線形推定フィルタに基づく従来のGPS/INS複合航法は、搭載計算機能力が低い小型UAVへの実装が困難であった。本論文ではこれらの問題を踏まえ、GPS電波の遮蔽に対するロバスト性を有し、高い位置・速度・姿勢角精度と可用性・信頼性を両立するGPS/INS複合航法に関する研究を行っている。

第1章は序論であり、過去の研究事例と課題についてまとめた上で、本研究の位置づけを行っている。

第2章では、以降の各章に共通する事項として、無人ビークルのダイナミクスモデルの定義、GPS観測モデル及び慣性センサ誤差の定義、そしてカルマンフィルタのモデル化を行っている。

第3章では、UGVにおいて、可視GPS衛星が極端に少ない環境においても性能を改善するため、UGVのダイナミクスモデルと搬送波位相GPSの観測モデルを密に結合し、さらにレーザスキャナを用いたローカルランドマークセンサによる補完を行うタイトカップリング型搬送波位相GPS/INS複合航法に関する研究を行っている。提案手法の有効性は数値シミュレーションおよび実フィールド試験データの解析で確認され、従来手法に比べて性能が大幅に改善されたことが示されている。

第4章では、第3章で提案したローカルランドマークセンサによる補完を含むGPS/INS複合航法内の拡張カルマンフィルタの線形化誤差を低減するために、UKF(Unscented Kalman Filter)の適用を提案している。線形性が高いGPS観測量を用いる場合はUKFに性能上の優位性はないものの、非線形性が大きいローカルランドマーク観測量を用いる手法においては、UKFにより計算精度が改善されることを、解析的検討、数値シミュレーションおよび実フィールド試験の解析で示している。

第5章では、小型UAVに搭載可能なMEMS慣性センサに基づく廉価なGPS/INS複合航法に関し、高い姿勢角精度と可用性を両立することを目的として、複数のアンテナ間の干渉測位に基づくタイトカップリング型マルチアンテナGPS/INS複合航法を提案している。提案手法では、GPS/INSによる推定値に基づきGPS搬送波位相のアンビギュイティ探索空間を設定することで、アンビギュイティ探索を効率化し、信頼性を改善している。本章では、実際のGPS受信モジュールを含むシミュレーションや地上試験、飛行試験を行い、精度、可用性および信頼性が大幅に改善されることを示している。

第6章では、小型UAVに搭載する航法システムで課題となるカルマンフィルタの計算負荷低減を目的とし、低次元化手法について提案を行っている。姿勢系と速度系についてデカップリングを行い、GPS速度のみを観測量とする二つの低次推定フィルタからGPS/INS複合航法システムを構成することで、大幅な計算負荷軽減を実現している。また、シミュレーションや飛行試験による評価を行い、従来手法とほぼ同等な姿勢角精度が得られることを示している。

第7章は結論であり、提案した各種航法技術と得られた知見を可用性、精度および計算負荷の観点からまとめ、今後の課題を述べている。

以上、要するに、本論文は、GPS電波の遮蔽等の可能性がある厳しい環境において高い可用性と精度を両立させることを目的とする複数のタイトカップリング型搬送波位相GPS/INS複合航法と、低い計算負荷で従来と同等の計算精度が得られる低次GPS/INS複合航法を提案している。また、解析、数値シミュレーションおよびフィールド試験を通じてそれらの有効性と適用範囲を検証しており、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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