学位論文要旨



No 217227
著者(漢字) 齋藤,幹久
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ミキヒサ
標題(和) 日本海側における冬季落雷の電磁界観測による研究
標題(洋)
報告番号 217227
報告番号 乙17227
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17227号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 教授 藤井,康正
 東京大学 准教授 熊田,亜紀子
内容要旨 要旨を表示する

現代の社会において電力の安定供給は必要不可欠である。しかしながら現在でも、屋外の送電線、配電線の故障は数多く起こっており、中でも雷による故障が最多の故障原因となっている。従って、雷放電の性状を詳しく知る事は電力の安定供給の上で重要である

冬季でも雷が多く観測される本州の日本海側では、落雷数が夏季雷に比べて少ないにもかかわらず、2回線にわたる重大な送電線故障が夏季よりも多く経験されている。また、近年では風力発電用の風車でも多くの雷被害が報告されている。冬季に日本海側で観測される落雷は夏季の落雷と様々な点で異なるパラメータを持つが、この冬季雷の性状は海外でも観測例が少なく、詳しくわかっていない。

本研究の目的は、本州の日本海沿岸で顕著な冬季雷に対して適切な雷害対策を実施するため、その特性を明らかにすることである。放電路が数kmにも及ぶ大規模な放電現象である落雷は、同じスケールでの実験は不可能であり、解明のためには実際の雷放電現象の観測が不可欠である。具体的には、観測手段として、福井平野に設置したVHF帯電磁波放射源の3次元位置標定システムと電界変化観測システム、および日本全国を観測範囲とする雷放電位置標定システムJLDN(Japanese Lightning Detection Network)を用いて冬季の落雷、特に送電線故障と同時に観測された雷放電に関して主に電磁界観測による解析を行った。

まず、冬季の正極性落雷に伴い消失した雲内電荷の位置、大きさを推定した。従来定説となっていた、上空-30℃領域に存在する正電荷から下向きリーダが大地に伸展して正極性落雷に至るというtilted dipole modelに当てはまる例は観測されず、-20℃より温かい領域の正電荷が落雷していた。また、冬季に観測された200m高構造物からの負極性上向き雷放電で中和された電荷高度も、ほぼ同じ高さの-10℃付近、高度2km以下に推定された。解析した上向き負極性雷放電では、リーダが高構造物から伸展開始する以前には雲の中で放電は開始していない。

そして、JLDNの雷放電捕捉特性を調べた。冬季の正極性、負極性雷放電について、よく知られている夏季の負極性帰還雷撃の捕捉特性と大きな違いは無い事を明らかにした。JLDNの位置標定誤差についても明らかにした。JLDNの各センサの捕捉率距離依存性及び最適なセンサ配置に関しても検討を行った。冬季の捕捉率距離依存性は夏季のそれとは大きく異なっていたが、JLDNでは季節によらず、効率よく落雷の捕捉が可能なセンサ配置になっている事が確認された。

冬季の送電線故障と同時に観測された雷放電による電界変化波形を詳細に調べた結果、負極性雷電流が大地に流入したものはすべて、正極性雷電流が大地に流入したものは約90%が、上向きリーダで開始する落雷であったと推定された。また、それに伴う大電流は帰還雷撃で発生したものではないことを推論した。冬季に上向きリーダで開始したと考えられる、送電線故障と同時に観測された雷放電に伴う電界変化波形は通常の帰還雷撃とは大きく異なる特徴を持っていた。また、それらの電界パルスのピークの電界強度を、その発生源に置いた負極性帰還雷撃電流の値に換算すると、絶対値の平均は極性を問わず200 kA相当を超える大電流であった。夏季の負極性第1帰還雷撃の電流値は平均20~30kA程度に比較して、これは非常に大きな値である。

日本海沿岸で冬季に発生する大電流を伴う負極性雷放電は、海上ではほとんど観測されず、逆に陸上で観測された大電流を伴う負極性雷放電は、殆どが上向き落雷特有の電磁界波形の特徴を持っていた。対照的に冬季の正極性大電流雷放電では、海上と陸上で発生状況にそれほど違いは見られなかった。冬季の送電線故障と同時に観測された雷放電は、海岸線からの距離により正負の比率、雷放電密度が異なり、それらの雷放電の極性ごとの空間分布と、JLDNで観測された雷放電の極性ごとの空間分布はほぼ一致する事が確認された。従って、大電流の雷放電が引き起こす送電線故障率は、JLDNなどのLLS (Lightning Location System)で観測される雷放電密度から推定できると考えられる。さらに冬季に観測された高構造物への雷撃回数と周囲の雷撃密度との関係を調べ、直線近似ではあるが、雷撃密度と高構造物への雷撃回数と構造物高さの関係を求める事ができた。この結果とJLDNで観測された雷撃密度より、500kV送電線の冬季の故障率を計算し、実績に近い数値を得るのにはじめて成功した。

冬季雷雲の電荷構造について得た知見にもとづき、風力発電システムと送電線の雷被害実績、高層気象要素を総合して、日本列島周辺を3地域に分け、それぞれの地域における高構造物への落雷様相をモデル化し、JLDNによる雷放電密度の観測データと組み合わせて、冬季の上向き落雷を考慮した落雷リスクを算出する方法を提案した。平地の100m構造物に関する落雷リスクマップを実際に作成し、高構造物への落雷リスクは通年でも日本海沿岸地域が突出しており、夏季に落雷が多い関東地方北部より数倍から1桁高いことを明らかにした。今後観測データが蓄積されれば、マップの実用性及び算定されるリスクの精度は向上する見通しである。

以上、送電線に重大な事故を多発させるにもかかわらず、その原因が解明されていなかった日本海沿岸地域の冬季雷の性状を、電磁界観測を通じて究明し、従来知られていなかった上向き大電流雷放電が原因であることを突き止めた。さらに冬季雷の種々の特異性の要因が雷雲中の電荷構造に起因するとの仮説を立て、高構造物への通年の落雷リスクを評価する方法を提案した。これらの成果は、冬季に日本海側で多く発生する、上向きリーダで開始する落雷への雷害対策に必要となる雷放電モデルの構築、侵入電流値や落雷頻度の推定などに有用である。冬季雷を中心とした雷害対策には、本研究の成果が大いに貢献すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「日本海側における冬季落雷の電磁界観測による研究」と題し、全8章で構成される

第1章は序論で、雷放電の基本的な特性、用語、本論文の背景および研究目的について述べている。本研究の目的は、本州の日本海沿岸で顕著な冬季雷に対して適切な雷害対策を実施するため、その特性を明らかにすることである。

第2章は「雷放電観測ネットワーク」で、冬季の雷放電、特に送電線故障と同時に生じた雷放電の電磁界観測に用いた、福井平野に設置したVHF帯電磁波放射源の3次元位置標定システムと電界変化観測システムの特性について述べ、性質がある程度判明している夏季雷を対象に、性能を検証している。

第3章は「冬季の落雷に関与する電荷位置の推定」で、冬季の正極性落雷に伴い消失した雲内の電荷位置推定を行った。従来定説となっていた、上空-30℃領域に存在する正電荷から下向きリーダが大地に伸展して正極性落雷に至るというtilted dipole modelの例は観測されず、-20℃より温かい領域の正電荷が落雷していた。また、冬季に観測された200m高構造物からの負極性上向き雷放電で中和された電荷高度も、ほぼ同じ高さの-10℃付近、高度2km以下に推定された。

第4章は「JLDNによる雷放電捕捉特性の解明」で、日本全国を観測範囲とする大規模雷放電位置標定システムJLDN(Japanese Lightning Detection Network)の動作特性を実測データにもとづいて解析し、冬季の正極性、負極性雷放電において、夏季の負極性帰還雷撃の捕捉特性と大きな違いはないことを示した。JLDNの位置標定誤差についても明らかにした。

第5章は「冬季に観測された大電流を伴う上向き雷放電の特性」で、冬季の送電線故障と同時に観測された雷放電による電界変化波形を詳細に調べた。負極性電流が大地に流入したものはすべて、正極性電流が大地に流入したものは約90%が、送電線からの上向きリーダで開始する落雷であったと推測された。また、それに伴う大電流は帰還雷撃で発生したものではないことを明らかにした。上向きリーダで開始したと推測されるこれらの雷放電に伴う電界変化波形は、通常の帰還雷撃によるものとは大きく異なる特徴を持つ。また、それらの電界パルスのピークの電界強度を、その発生源に置いた負極性帰還雷撃電流の値に換算すると、絶対値の平均は極性を問わず200 kA相当を超える大電流であった。夏季の負極性第1帰還雷撃の電流値は平均20~30kA程度に比較して、これは非常に大きな値である。

第6章は「冬季日本海側における高構造物への落雷リスクの検証」で、冬季の送電線故障と同時に観測された雷放電は、海岸線からの距離により正負の比率、雷放電密度が異なり、それらの雷放電の極性ごとの空間分布と、JLDNで観測された雷放電の極性ごとの空間分布はほぼ一致する事が確認された。従って、大電流の雷放電が引き起こす送電線故障率は、JLDNなどのLLS (Lightning Location System)で観測される雷放電密度から推定できると考えられる。さらに冬季に観測された高構造物への雷撃回数と周囲の雷撃密度との関係を調べ、直線近似ではあるが、雷撃密度と高構造物への雷撃回数と構造物高さの関係を求める事ができた。この結果とJLDNで観測された雷撃密度より、500kV送電線の冬季の故障率を計算し、実績に近い数値を得るのにはじめて成功した。

第7章は「上向き落雷を考慮した日本周辺における高構造物への落雷リスクの評価」で、冬季雷雲の電荷構造について得た知見にもとづき、風力発電システムと送電線の雷被害実績、高層気象要素を総合して、日本列島周辺を3地域に分け、それぞれの地域における高構造物への落雷様相をモデル化し、JLDNによる雷放電密度の観測データと組み合わせて、冬季の上向き落雷を考慮した落雷リスクを算出する方法を提案した。平地の100m構造物に関する落雷リスクマップを実際に作成し、高構造物への落雷リスクは通年でも日本海沿岸地域が突出しており、夏季に落雷が多い関東地方北部より1桁高いことを明らかにした。今後観測データが蓄積されれば、マップの実用性及び算定されるリスクの精度は向上する見通しである。

第8章は結言で、本研究で得られた成果を集約している。

以上これを要するに本論文は、送電線に重大な事故を多発させるにもかかわらずその原因が解明されていなかった日本海沿岸地域の冬季雷の性状を、電磁界観測を通じて究明し、従来知られていなかった上向き大電流雷放電が原因であることを突き止め、さらに冬季雷の種々の特異性の要因が雷雲中の電荷構造に起因するとの仮説を立て、高構造物への通年の落雷リスクを評価する方法を提案した。これらの研究成果は電気工学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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