学位論文要旨



No 217230
著者(漢字) 田中,富士
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,トミジ
標題(和) 外部共振器ダイオードレーザーを光源としたホログラフィックデータストレージの研究
標題(洋)
報告番号 217230
報告番号 乙17230
学位授与日 2009.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17230号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 准教授 香取,秀俊
 東京大学 准教授 三尾,典克
内容要旨 要旨を表示する

§1 研究の背景

次世代光ディスクの候補として、従来とはまったく異なる記録再生原理に基づく、ホログラフィックデータストレージ(Holographic Data Storage。HDSと略す)が有力である。なぜなら、HDSの光ディスクは、同一個所に数百回記録できるため、従来の光ディスクの記録容量を大幅に超える可能性があるからである。このための光源として、外部共振器ダイオードレーザー(External Cavity Diode Laser。ECDLと略す)を開発し、HDSに適用するための検討をおこなった。

§2 研究の内容

2.1 外部共振器ダイオードレーザー(固定波長タイプ)の開発

最初に、固定波長のLittrow型ECDLを作製した(図1参照)。シングルモードの発振原理は以下のとおりである。まずLDのマルチモード光をコリメートレンズで平行ビームにする。次にグレーティングで、このビームを0次回折光と1次回折光に分ける。このうち、0次回折光はECDLの出力光になる。1次回折光は波長によって異なる方向に進むので、グレーティングの向きを調整して、そのうちの1つをLDの導波路に戻す。すると、その波長が優勢になって、LDはシングルモードで発振する。このレーザーは80mWでもシングルモードで発振することを確認した。コヒーレンス長は14mである。

ただし、このレーザーは常にシングルモードで発振するわけではない。図2に示すLD電流対波長をみるとわかるように、シングルモードだけでなく、波長間隔が5pmの3波長で発振する(1,3)モードと、40pm離れた2つの(1,3)モードが共存して6波長で発振する(2,3)モードが繰り返しあらわれる。(1,3)モードは外部共振器(グレーティングと、LDの非発光側の端面による共振)のモード間の競合であり、(2,3)モードはLD導波路のモードの競合と外部共振器のモードの競合が複合したものである。これらのコヒーレンス長は同時に発振している波長の強度比で変わるが、最小値は(1,3)モードが2.9mm、(2,3)モードが0.6mmである

2.2 外部共振器ダイオードレーザー(固定波長タイプ)の、ホログラフィックデータストレージへの適用

2.2.1 2光束方式

この方式では、1つの光源から分けられた信号光と参照光が、別々の経路を通過して、メディア中で交差する。このため、その光路差がコヒーレンス長より長いと、干渉縞が不明瞭になって記録できない。前述のコヒーレンス長を考慮すると、使用する発振状態がシングルモードと(1,3)モードなら記録膜の厚さが4.3mmまで記録でき、(2,3)モードまで使用するなら厚さが0.9mmまで記録できる。

再生は、回折を利用するので記録膜の厚さには依存せず、シングルモード、(1,3)モード、(2,3)モードのいずれでも可能である。

2.2.2 コアキシャル方式

この方式では、反射膜のあるディスクを使用するので、透過型ホログラムと反射型ホログラムの2種類が存在する。透過型ホログラムの場合、信号光と参照光の光路差がほぼ0だから、コヒーレンス長の短い(2,3)モードでも記録できる。これに対して反射型ホログラム(信号光と参照光の進行方向がほぼ逆)の場合は、光路差が大きいので(2,3)モードでは記録できないことがある。しかし反射型ホログラムは、再生の困難なホログラムである。このため、透過型ホログラムだけを記録再生する前提ならば、 (2,3)モードを使用できる。

2.3 外部共振器ダイオードレーザー(可変波長タイプ)の開発

続いて、ECDL(可変波長タイプ)を開発した(図3参照)。これもLittrow型であり、グレーティングの方向を調整して波長を変える。出射方向が波長によって変わるので、グレーティングにミラーを90°の角度で取り付け、光をグレーティングだけでなくミラーでも反射させて、出射光方向を固定した。

このECDL(可変波長タイプ)は、波長を管理するための波長モニターを搭載している。光の2.5%がミラーを通過して2個のディテクターを照射するので、波長(言い換えるとグレーティングの角度)を変えると、ディテクター上のビームの位置が変化する。ディテクター2個の出力をU1、U2とすると、(U1-U2)/(U1+U2)という信号によって波長を把握できる。

このレーザーは、さらにモードホップモニターも搭載している。2光束方式のHDSでは(2,3)モードで記録すべきではないので、それを検出するためである。光路に置いた光学楔により、6個のディテクター上に干渉縞が生じる。光学楔の厚さを0.8mmにすると、(2,3)モードでは干渉縞が不明瞭になり、シングルモードと(1,3)モードでは明瞭になる。同時刻における6個のディテクターの出力のうち、最小値と最大値をそれぞれVmin、Vmaxとすると、Vmin/Vmaxによってモード状態を判断できる。

このレーザーの波長可変範囲は402nmから409nmまでの7nmであり、この範囲での出力は40mW以上である。平面に対する収差は0.03λrms以下、出射光方向の変動は0.04mrad以下を達成した。

2.4 外部共振器ダイオードレーザー(可変波長タイプ)によるメディアの膨張収縮の補償

記録材料がフォトポリマーの場合、記録時と再生時で温度が2K程度ずれると、記録済みのデータを再生できなくなる。フォトポリマーの熱膨張率が、基板(ガラス、ポリカーボネート、APO等)の熱膨張率に対して1桁以上大きいので、記録した回折格子の方向も間隔も変化し、Bragg条件を満たさなくなるからである。しかし、再生照明光の波長と入射角を調節すれば20Kずれても再生できることが、我々の実験で確かめられている。

これについて2光束方式の解析計算をおこない、次のように記録再生すれば効率的に補償できことを明らかにした。(具体例として、25℃において参照光の入射角が45°で、記録時の膨張率が-0.001の場合を説明する。)

記録時は、図4、5の一点鎖線(直線)にしたがって温度に対応した波長と参照光の入射角を選択する。記録すると、直後にフォトポリマーの膨張(図4、5は記録時の膨張率が-0.001)が起きるので、この影響を考慮にいれて、再生は図5、6の実線(一点鎖線に平行な直線)にしたがって温度に対応した再生照明光の波長と入射角を選択する。これにより、記録時の温度をデータとして残す必要がなくなり、再生時の温度だけで再生照明光の最適波長と最適入射角を決めることができる。記録時の膨張は、多重記録が進むにつれて徐々に起きるので、多重回数によってその値を変える必要がある。

解析式により、以下の結論も導いた。

・最適波長は、記録時の参照光方向には依存しない。

・フォトポリマーの熱膨張率および屈折率の温度係数、基板の熱膨張率の値によっては、最適波長が一定となる条件が存在する。

・その条件に近いほど、最適波長の温度依存性は小さくなる。これを反映して、基板がAPOやPCのほうが、ガラスより最適波長の変化は小さい。

・温度が変わると、撮像器上に生じる回折像の位置および倍率が変わる。このため、空間変調器の1画素を撮像器のm×m画素 (mは整数) に対応させるピクセルマッチングは破綻する。mが整数であることを前提としないオーバーサンプリング方式の採用が必須である。

この膨張収縮補償法は、記録再生可能な温度範囲が±10Kである(基板がAPO、記録膜が1.0mmで、記録時の膨張率が-0.001の場合)。その範囲を超えると、信号光入射角対再生照明光入射角のグラフの湾曲が限界を超え(図6参照)、再生像の一部が不明瞭になるためである。

記録膜の熱膨張率が想定した値から10%ずれた場合は、記録再生可能な温度範囲は±5.5Kに減少する。

基板がガラスの場合について、温度を変えた計算結果と実験結果を比較し、最適波長および再生可能な温度の上限がほぼ一致することを確認した。

図1 シングルモード化の原理。

図2 LD電流 対 波長。

図3 ECDL(可変波長タイプ)の構造。

図4 温度 対 最適波長。パラメータは記録時の膨張率

図5 温度 対 空気中の最適入射角。 (25℃で45.0°の場合)パラメータは記録時の膨張率

図6 信号光入射角 対 再生照明光入射角。最適な再生照明光入射角は一様ではない。

審査要旨 要旨を表示する

CD、DVD、Blu-rayと順調に記録容量を伸ばしてきた光ディスクは、光源の波長とレンズのNAが限界に達し、現在の記録再生方式では記録容量の限界に達している。この様な状況で、3次元記録方式の一つであるホログラフィックメモリーが再度脚光を浴び、実用化を視野に入れた研究開発が行われつつある。ホログラフィックメモリーは、基本的に厚い回折格子のブラッグ回折を用いているが、温度変化等による膨張収縮が起きると、ブラッグ条件が変化し、正しい記録の再生が行われなくなるという問題を持っている。本研究は、記録材料の非等方的な膨張収縮に対して、光源の波長と参照光の角度を同時に調節することにより、2次元ページデータを全面にわたって正しく再生する方法に関して、理論的な解析を行い、最適な再生波長と角度の組み合わせの定式化を行った。またこの解析から、実際のホログラフィックメモリーシステムにおいて、使用可能な温度範囲をみつもり、最適化を行った。また、記録再生に使用する高コヒーレンスな波長可変光源を、外部共振器付GaN系青紫色半導体レーザーにより実現し、温度補償が実際に可能であることを示した

本論文は以下の8章からなる。以下に各章の内容を要約する。

第1章では本論文の序論として、光ディスクの発展と記録容量の限界、ホログラフィックメモリーシステムの概説、記録材料となるフォトポリマーの温度特性、外部共振器付GaN系半導体レーザーのこれまでの研究状況に関して紹介している。次に、本研究の目的を述べ、本論文の構成を示している。

第2章ではホログラフィックメモリーについて概説している。まず、これまでの研究の歴史を述べ、その後現在主流となっている2方式である、2光束方式とコアキシャル方式に関して解説している。

第3章では、著者が製作した外部共振器付半導体レーザーの構造と発振モード特性に関する実験結果について述べている。特に、動作温度の変化に伴うモードの変化に関して実験と共に理論的解析を行っている。また本論文で採用したLittrow型の構成と、他で用いられているLittman型の得失に関して検討が行われている。

第4章では、第3章に述べられた外部共振器付半導体レーザーがホログラフィックメモリーのシステムに使用可能であることの検証を行っている。2光束方式とコアキシャル方式のそれぞれで、許される発振縦モード数の上限を評価し、後者の方が短いコヒーレンス長で書き込みが行える、という理論的予測を実験的に裏付けた。

第5章では、波長可変型外部共振器付半導体レーザーの製作とその性能評価について述べられている。波長モニターとモードホップモニターによりホログラフィックメモリーの書き込みに必要な縦モードの状態で発振しているかの、実時間での検証機構が付加されている。第6章以降の非等方的膨張収縮の補償実験にはここで製作されたレーザーが使用されている。

第6章が本論文での中心となる章で、記録媒体の非等方的膨張収縮の補償に関して述べられている。まず、計算のモデルが説明されている。膨張収縮の原因には、記録時と再生時の温度が異なること、およびホログラムの書き込みに伴う媒体の収縮、の2つが考慮されている。ついで、単一平面波回折格子の非等方的膨張収縮に伴うブラッグ条件の変化、およびデジタルデータを表現した2次元ページデータをホログラムとして記録した場合の全画面に対するブラッグ条件の変化を求めている。さらに再生照明光の波長と角度の両者を同時に変化させて、非等方的膨張収縮の最適補償条件を求めている。これによりページ全面で良好な再生像が得られる条件が明らかになった。具体例として25℃で波長405 nmで記録した場合について再生照明光の最適波長と最適角度をもとめ、種々の材質の基板、記録フォトポリマーを用いた場合の補償について考察した。また、補償が可能な温度範囲を、実際の材料の熱膨張率、屈折率等から求め、最終的には膨張収縮補償を考慮した記録ディスクとホログラフィックメモリードライブの設計指針を与えている。最後に実験により、温度補償が可能であることを検証している。

第7章では本研究の結果をまとめると同時に、課題と今後の展望を述べている。

この他、本論文を理解する上で参考となる知識や計算の詳細について、付録A-Cを設けて説明している。

以上のように本研究は、次世代光メモリーシステムとして有望なホログラフィックメモリーシステムにおける、記録媒体の非等方的膨張収縮の補償に関して、理論的解析を行うとともに、その解析結果から実用システムにおける動作可能温度範囲を見積もることが可能であることを示したものである。この成果はホログラフィックメモリーシステムの設計に関して、温度補償に関する一般性の高い設計指針を与えるものであり、今後の研究者、設計者に対して、幅広く活用できるツールを与えるものである。これらは今後の物理工学の発展に大きく寄与することが期待される。

よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める。

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