No | 217231 | |
著者(漢字) | 井口,敏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イグチ,サトシ | |
標題(和) | パイロクロア型モリブデン酸化物の金属-絶縁体転移と異常ホール効果 | |
標題(洋) | Metal-Insulator Transition and Anomalous Hall Effect in Pyrochlore Molybdates | |
報告番号 | 217231 | |
報告番号 | 乙17231 | |
学位授与日 | 2009.09.17 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第17231号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文の構成 1.Introduction 2.Experimental 3.Pressure Induced Anomalous Diffusive Paramagnetic Metal State in R2Mo2O7 4.Scaling of Anomalous Hall Effect in Nb-doped Nd2Mo2O7 with Spin Chirality 5. Magneto-Optical Probing of Anomalous Hall Resonance in Filling Controlled Nd2Mo2O7 6.Filling Controlled Anomalous Hall Effect 7.Conclusion Appendix A1.Chemical Control of Anomalous Hall Effect in (Nd1-xDyx)2Mo2O7 概要 強相関電子系における大きなテーマの一つとして、電荷-スピン自由度の結合による様々な物理現象の探求とその理解が挙げられる。特に、しばしばフラストレーションを有する系において発現する非自明な磁気構造とそれに伴う電荷-スピン結合系の物理は、従来からのモット転移系における様々な電子相とその相制御への興味のみならず、近年のマルチフェロイックスに代表される新しい量子現象の探求としても非常に注目を浴びている。 本論文で扱ったパイロクロア型モリブデン酸化物は、その名の通りパイロクロア構造という特徴的なフラストレーション格子を形成し、1電子バンド幅の変化による金属-絶縁体転移、非常に特殊なスピン構造(スピンカイラリティー)とそれに伴う特徴的な異常ホール効果を示すことが知られており、上記のような新しい物理現象の探求の場として非常に理想的である。 そこで、この系におけるフラストレーションの存在下での金属-絶縁体転移(3章)、ベリー位相による異常ホール効果(4-6章、付録1章)について行った研究をまとめたものが本論文である。 3.Pressure Induced Anomalous Diffusive Paramagnetic Metal State in R2Mo2O7 R = Nd ~ Dyの各単結晶試料において16GPaまでの超高圧力下における基底状態の電子相を広範に調べた(図1)。その結果、超高圧下においては常圧下では見られない新たな常磁性金属相が常圧下での基底状態に関わらず、ほとんどの物質において現れることが分かった。この常磁性金属相の特徴の一つは常圧下での金属-絶縁体転移点に収束しており高圧下に広く存在していることである(図2)。そのため、この常磁性金属相はこの系における特徴的な電荷-スピン結合の結果として発現する本質的なものであると考えられる。さらに、常磁性金属相での抵抗率は温度依存性がほとんどなく、Ioffe-Regel limitより高い悪い金属であることも分かった。これらの結果から圧力下で広く存在が確認される異常常磁性金属相についての起源が新しい電荷-スピン結合(拡張された2重交換相互作用モデル 図3)の結果として引き起こされる非フェルミ液体的状態である可能性を議論した。 4.Scaling of Anomalous Hall Effect in Nb-doped Nd2Mo2O7 with Spin Chirality スピンカイラリティーを有するNd2Mo2O7においてNb置換による抵抗率の増加(図1)を利用して異常ホール伝導度と縦伝導度のスケーリング則について調べた結果である。ホール抵抗率の磁場依存性(図2)から、この系におけるスピンカイラリティー(σxyx)、スピン-軌道相互作用(σxySO)による寄与を分離することができ、それぞれ伝導率(σxx)の1.61+/-0.07、1.46+/-0.15乗のスケーリング則(図3)を示すことを確かめた。理論的にもバンド間の共鳴効果として1.6乗則が導かれている。また、実際に他の様々な物質系においても、この冪乗則は非常に良く成立することが知られており、スピンカイラリティーによる異常ホール効果も例外ではないことが分かった。 5.Magneto-Optical Probing of Anomalous Hall Resonance in Filling Controlled Nd2Mo2O7 4章の結果を踏まえ、異常ホール効果の起源と考えられるバンド間共鳴効果(図1)を磁気光学カー効果によって観測を試みた結果である。磁気光学効果から得られるホール伝導度[σxy(ω)]は、通常のdcでの異常ホール効果におけるエネルギー領域の拡張を意味する。試料に使ったNd2(Mo1-xNbx)2O7は電子、(Nd1-xCax)2Mo2O7はホールドーピングに対応するためフィリングの変化に伴った光学ホール伝導度[σxy(ω)]を系統的に観測できる。その結果、中赤外領域において光学ホール伝導度に明確なピーク構造を観測し(図2)、そのフィリング変化(図3)等も含めそれらがバンド間共鳴効果のモデルによって説明出来ることを示した。 6.Filling Controlled Anomalous Hall Effect 6章では5章の結果からも推測される異常ホール効果の共鳴(モノポール)による増大(図1)について電子フィリングを変化させることによってdc領域で観測を試みた結果である。特にスピンカイラリティーの存在しないGd2Mo2O7ではスピン軌道相互作用のみによる異常ホール効果を観測できる。5章の結果からはx=0.15程度のホールドーピング量でホール伝導度のピークがdc領域に入ることが推測され、予測通りバンド間共鳴効果による異常ホール伝導度の増大(図3)を観測できたと考えられる。 A1.Chemical Control of Anomalous Hall Effect in (Nd1-xDyx)2Mo2O7 付録のA1章はスピンカイラリティーによる異常ホール効果を効率的に制御する方法についての実験である。DyはNdの3倍程度の磁化を持ち、さらに[111]方向の強い異方性を持っているイジングスピンであるため、NdをDyで部分的に置換することにより低磁場でのスピンカイラリティーの制御が可能であることが分かった。しかしDyは上記のように非常に理想的なスピンを持つが、Moスピンとの磁気的相互作用が強磁性的であり、反強磁性的であるNdとは異なっている。そのためDyの置換によるMoスピンへの寄与は、Dyと逆向きのスピンを持つNdと同様の効果(図1)である。それらを考慮すると磁化の増加の割合、ホール抵抗率の急激な減少、ホール抵抗率のDy置換量依存性などの実験結果(図2)を良く説明出来る。 図1.Nd2Mo2O7の圧力下低効率 図2.圧力下の電子相図 図3.拡張2重交換相互作用 図1.Nd2(Mo1-xNb)2O7 図2.Nd2(Mo1-xNb)2O7の2Kでのホール低効率 図3.Nd2(Mo1-xNb)2O7のスケーリング 図1.バンド間共鳴効果 図2.光学的ホール伝導度 図3.ピーク、dcホール伝導度のフィリング依存性 図1.バンド交差点での磁気フラックス異常M.Onoda,N.Nagaoso,JPSJ 71,19(2002) 図2.ホール低効率の温度依存性 図3.ホール伝導度のフィリング依存性 図1.強磁性的Dy-Mo相互作用とスピンカイラリティの変化 図2.(Nd1-xDyx)2Mo2O7の磁化、ホール低効率 | |
審査要旨 | 強相関電子科学における重要な課題のひとつは、電荷-スピン自由度の結合による様々な物理現象の探求と量子論に基づく理解、そしてその理解に根ざした電子技術応用である。本論文ではパイロクロア型モリブデン酸化物をそのような研究の対象としている。この物質系は、特徴的なフラストレーション格子を形成し、強磁性金属-スピングラス絶縁体転移、非平面配置をもつスピン構造(スピンカイラリティー)とそれに伴う特徴的な異常ホール効果を示すなど、上記のような新しい物理現象の探求の場として興味深い重要な対象である。この系におけるフラストレーションの存在下での金属-絶縁体転移、ベリー位相による異常ホール効果についての研究をまとめたものが本論文であり、全7章と付録A1章から構成される。 第1章では研究背景として、一般的なフラストレーション効果、モット絶縁体、および異常ホール効果の概念を簡潔に説明した後、パイロクロア型モリブデン酸化物におけるそれらの特徴が説明され、その問題点と課題を抽出している。 第2章では実験に用いた単結晶試料の合成、評価法とともに、基本的物性測定、圧力下物性測定、光学測定の手法について述べている。 第3章では、パイロクロア型モリブデン酸化物R2Mo2O7(R = Nd ~ Dy)における16 GP級の高静水圧力下での新奇電子相の探求を述べており、圧力誘起の常磁性金属相転移の発見と、その発現機構についての議論をおこなっている。この常磁性金属相は常圧下での金属-絶縁体転移点に収束しており、その相ではIoffe-Regel 限界を超える散逸的でかつ温度依存性のほとんどない抵抗率を示す。この散逸的常磁性金属相の起源と本質について、強磁性的な2重交換相互作用とフラストレーション効果を受けた反強磁性相互作用との競合を考え、その結果として誘起される非フェルミ液体状態の可能性を議論している。 第4章では、スピンカイラリティーを有するNd2Mo2O7において、Nb置換による電子散乱率の増加を利用して異常ホール伝導度と縦伝導度のスケーリング則について調べた結果を述べている。ホール抵抗率の磁場依存性からスピンカイラリティー、スピン-軌道相互作用による寄与が分離可能であり、それぞれが縦伝導度の1.5-1.6乗の冪乗則で表されることを見出した。これはバンド間共鳴効果を考慮したベリー位相理論の結果と良く一致しており、スピン-軌道相互作用だけでなくスピンカイラリティーによる異常ホール効果もバンド間共鳴による内因的機構で生じていることを強く示唆している。 第5章では、前章の結果を踏まえ、内因的異常ホール効果の起源であるバンド間共鳴効果を、赤外光域の磁気光学カー分光を用いて直接的に観測した結果を述べている。中赤外領域の光学的ホール伝導度において、dcのホール伝導度への収束性と同時に、明確な共鳴(ピーク)構造の観測に成功しており、そのフィリング変化等も含め、バンド構造モデルによる理論的アプローチも援用することで、バンド間共鳴機構を実証した。これは、異常ホール効果の電子論的機構をスペクトロスコピーで明らかにした最初の研究例であり、高く評価される。 第6章では、第5章の結果から推測される異常ホール効果の共鳴による異常を、電子フィリングを変化させることによって、dc領域においても観測に成功した結果について述べている。特にスピンカイラリティーではなく、スピン-軌道相互作用のみによる異常ホール効果を示すGd2Mo2O7系を用いることによって、より一般的にバンド間共鳴による異常ホール伝導度の増大もしくは制御が可能であることを明らかにした。 第7章では本研究によって得られた結果を、付録A1章も含めてまとめている。 付録A1章では、スピンカイラリティーによる異常ホール効果を化学置換効果によって効率的に制御することに成功した実験結果を述べている。 以上をまとめると、本博士論文はパイロクロア型モリブデン酸化物を舞台とした金属-絶縁体転移と異常ホール効果についての多くの新しい知見を含む研究成果を纏めたものである。フラストレーション系における金属-絶縁体転移点近傍には未解明の電子相(電荷-スピン結合状態)が存在し得る可能性を提示し、また、異常ホール効果におけるベリー位相理論を、スケーリング則、光周波数域およびdcでのホール伝導度における共鳴効果、スピンカイラリティーの制御などによって実証したものである。ここで得られた知見は基礎物性とスピントロニクス原理の理解に貢献し、また物理現象の新しい観測、制御方法の開拓も含めて物理工学の発展に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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